りばぁさいどらいふ

東京を流れる某川のほとりから。
ガーデニング、アウトドアなど生活を心地よくするために思うところ、備忘録、いろいろです。

ファースト・マン

2019-02-26 07:14:00 | お出かけ
4DXで見てきました「ファースト・マン」


人類で初めて月面に降り立ったアポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングが主人公のストーリーです。
アポロ計画がどれほど危険で困難なミッションであったか丁寧に描かれた作品です。
今まで経験した4DXで最もブルンブルンと座席が動き回り・・・ものすごい臨場感でした。

1969年の月面着陸から50年。
子供の頃の「大人になったら、簡単に月へ旅行に行けるかも」という夢は叶いませんでしたが、映画の中で疑似体験はできました。moonufo
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Billboard Live TOKYO

2019-02-23 07:48:00 | お出かけ
少し前になりますが「Billboard Live TOKYO」へ。
八神純子 with 後藤次利 “The Night Flight 6” ・・・子供心にカッコいい!と思った八神純子さんのライブです。
ベースは後藤次利さんが参加。


meromero2写真は次回ライブのパンフレットです。

八神純子さんの圧倒的な歌唱力は健在・・・大満足のライブsymbol7
大人になっても変わらずカッコいい!と思える、素敵なアーティストです。
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旧東海道散歩 その36-④ 吉田宿~

2019-02-20 08:07:00 | 旧東海道散歩
御油宿に入りました。
御油宿には、本陣は最多時4軒(最少時2軒)、旅籠は62軒もありました。

歌川広重「東海道五十三次之内 御油 旅人留女」

niko姫街道と東海道の分岐点がある御油宿は、交通の要として賑わいました。御油名物「留女」が旅人を奪い合う姿がユーモラスに描かれています。すでに旅人を確保した留女は、その様子を店先からのんびり眺めていますね。

「花・ベルツゆかりの地」の案内板がありました。

花・ベルツは、日本近代医学の祖といわれるベルツ博士と国際結婚した女性です。1905年(明治38年)ベルツ博士と共にドイツへ渡りましたが、博士の死後、1922年(大正11年)第一次世界大戦の影響もあり帰国。74歳で永眠しました。そのベルツ婦人の父親の生家「戸田屋」があった場所です。

「高札場跡」


現在の御油宿を通過。


「問屋場跡」




「御油の松並木資料館」は閉館後でした。


「本陣跡」


食品メーカー「イチビキ」の工場前を通過すると・・・


国の天然記念物に指定されている「御油の松並木」が始まります。

nikoこの辺りが御油宿の西側入口です。

「御関札立掛場」

niko大名が宿泊する時に無礼のない様、通行人に注意を促す目的で立掛けられた看板(写真左)が再現されています。

約600mの杉並木が続きます。とても風情のある並木道ですが、この狭い道を結構なスピードで車が走り抜けていきます。車同士がすれ違う時は、(ガードレールが無いため)クイッと歩道に侵入してくるので注意が必要です。hekomi

winkこの杉並木は「東海道中膝栗毛」にも登場します。
弥次さんは御油宿で旅籠の留め女から「この先の松並木には悪い狐がいて旅人を化かすから、ここに泊まった方がよい」という話しを聞きますが、先を行く喜多さんを追って御油宿には泊まらず松並木へ・・・すると喜多さんが松の根に座って待っていました。しかし弥次さんはキツネが喜多さんに化けたと思い、取り押さえ、手ぬぐいで縛り上げて赤坂宿へ連れていくのです。

松並木の途中にある「御油松並木公園」で休憩です。

niko藤、つつじが満開で、竹林とのコントラストが美しい・・・素敵な公園でした。

松並木が終わり、天王川を渡ると・・・


あっという間に「赤坂宿東側見附跡」・・・赤坂宿の東側入口です。

niko実は、御油宿と赤坂宿の間は約2㎞・・・旧東海道の中でも宿場間の距離が最も短いのです。元々は1つの大きな宿場でしたが、徳川家康の命により間に松を植え2つの宿場に分けられました。大名行列は京から江戸に向かう時は赤坂宿、江戸から京に向かう時は御油宿を利用する・・・というルールがあったそうです。

歌川広重「狂歌 東海道五十三次之内 赤坂」

nikoこの辺りが描かれています。

赤坂宿には本陣4軒、脇本陣3軒、旅籠数62軒があり、御油宿同様、飯盛女を多く抱える宿場でした。

「関川神社」の境内には推定樹齢800年の楠の巨木や・・・


芭蕉の句碑がありました。

「夏農月(夏の月) 御油よ季いてゝ(御油よりいでで) 赤坂や」 
(夏の夜は、御油-赤坂間の距離くらい短いものだ)

街道沿いにはレトロな建物が続きます。


「松平彦十郎本陣跡」


紅里(べにさと)交差点の赤坂宿には復元された高札場や赤坂宿の説明版がありました。

nikoこの辺りには問屋場もあり、赤坂宿の中心地でした。

旧東海道散歩はここまで。交差点を右折し・・・


直進すると・・・


「名電赤坂駅」に到着!


30分に1本の電車をのんびり待って・・・豊橋駅に戻りました。


28,270歩の散歩でした。run


この日は「ホテルアークリッシュ豊橋」に宿泊。

nikoロビーには大きな暖炉、宿泊者が無料で利用できるラウンジもあり居心地の良いホテルでした。

夕食はホテル近くの「とりとり亭」。鮮魚も豊富で美味しかったです。


(2018.04.21)
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旧東海道散歩 その36-③ 吉田宿~

2019-02-17 08:25:00 | 旧東海道散歩
JR飯田線の踏切を渡り・・・

吉田宿 と御油宿 の中間にあった「伊奈村立場茶屋跡(茶屋本陣跡)」

niko茶屋と言っても格式の高い加藤家には、明治天皇も御休憩されたそうです。俳人烏巣(京都で医者を営んでいました)は加藤家の生まれで、松尾芭蕉と親交がありました。
芭蕉句碑  「かくさぬぞ 宿は菜汁に 唐が羅し」
(菜汁に唐辛子だけの粗末ないつもの食膳を、客の前でも隠そうともしない。烏巣は気取らぬ人物だ。)
烏巣句碑  「ももの花 さかひしまらぬ かきね哉」
(隣家との境にある桃の木の花はどちらからでも愛でることができる。隣家との境も桃の木の所有者もはっきりしない。)

「山本太鼓店」の前には・・・


日本橋から75番めの「伊奈一里塚跡」


「須佐之男神社」


佐奈川を渡り・・・


「若宮白鳥神社遥拝所と冷泉為村の歌碑」

「散る残る 花もやあると さくら村 青葉の木かげ 立ちぞやすらふ」 
niko為村が江戸に下った時に、この辺り(旧桜村)を詠んだ歌です。

迂回路でバイパスの高架下を通り・・・


国道1号線に合流。

niko標識に名古屋が登場しました。

しばらく国道1号線沿いを進み・・・


国府町薮下交差点で左に入り、旧東海道を進みます。


火除けの神「半僧防大権現の祠と秋葉山常夜燈」


「薬師堂」

行基(奈良時代の僧侶で、奈良東大寺の大仏を造りました。)が刻んだ薬師如来像が安置されています。

御神木のクスの大樹が目を引く「大社(おおやしろ)神社」


約100mの立派な石垣・・・1794年(寛政6年)近くにあった(老中 田沼意次 の所領の)田沼陣屋の石垣を移築したそうです。


日本橋から76番めの「御油一里塚跡」


姫街道と東海道の分岐点「御油追分」

niko常夜燈や「秋葉三尺坊大権現」と「砥鹿神社」への道標がありました。

右へ進むと姫街道です。

niko見付宿で分かれた姫街道は、浜名湖の北側を通り約60㎞・・・ここで旧東海道に合流することになるのですね。そう考えると何とも感慨深い!姫街道も歩きたくなりました。

我々は直進し、旧東海道を進みます。


美しい音羽川




御油橋を渡り「御油宿」へ入ります。


(つづく)
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旧東海道散歩 その36-② 吉田宿~

2019-02-14 07:30:00 | 旧東海道散歩
「吉田宿船会所」

nikoこの辺りは奥三河の産物の集積、伊勢参宮への近道として要となった「吉田湊」の船町でした。

豊橋(とよばし)の手前を下流に進むと・・・かつての「豊橋」の親柱と記念碑があります。


隣接する公園。


豊川に架かる「豊橋」を渡ります。


歌川広重「東海道五十三次之内 吉田 豊川橋」

niko左側の吉田大橋(豊橋)は長さ218m、旧東海道にある四大大橋の1つでした。豊川には伊勢へ向かう早船が見られます。手前の吉田城は改装中。足場が組まれ、職人たちが作業中です。

豊橋から見える「吉田城の本丸鉄櫓」


対岸の「ういろう屋」


橋を渡り左折すると・・・「豊川稲荷遙拝所」


「聖眼寺」

niko境内の古碑松葉塚には「松葉を焚て手拭あふる寒さ哉」の句碑がありました。

日本橋から74番めの「下地一里塚」


1703年(元禄16年)創業の食品メーカー「ヤマサン」の前を通過し・・・




脇道に入ると・・・


「瓜郷遺跡(うりごういせき)」

niko弥生時代の集落跡です。登呂遺跡は知っていましたが、瓜郷遺跡は知りませんでした。弥生土器,木製の農具などが発見されたそうです。

静かで居心地がよく、しばらく休憩しました。

「豊橋魚市場」


市場前の食堂が魅力的でしたが・・・もう少し先へ進みます。

豊川放水路を渡ると・・・

hi歩道がないので危険です。

「子だが橋碑(こだがばしひ)」

hiむか~し、むかし。近くの神社で、春の大祭の初日にこの橋を最初に通る若い女性を生贄にする習慣がありました。「子だが止むを得ん」と生贄にして神に奉ったことから「子だが橋」・・・千年前の悲しい伝説です。

この辺りには「秋葉山常夜燈」が点在しています。




「古民家カフェ もくせいの花」・・・昼食はこちらにしましょう。

niko障害のある方々が働いているカフェです。ホールスタッフの女性が常連客に「おじさん裸足で寒くない?」などと声をかけ、アットホームな雰囲気。

食事をしていると・・・
smile美味しい?
meromero2美味しいです。しかも安い!
smileうん?安くないよ!安くない。

美味しいか安いと思うか・・・人それぞれですものねwink
キッチンスタッフもホールスタッフも一生懸命働いている姿が気持ち良いお店でした。
お勧めのシフォンケーキを購入しホテルで食べましたが、ふわふわで美味しかったです。

(つづく)
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