Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

専門演習Ⅰ(04)

2020-05-25 | 日記
 第04回

 以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
(1)甲(28歳、男性、慎重178センチメートル、体重82キログラム)は、V(68歳、男性、慎重160センチメートル、体重53キログラム)が密輸入された仏像を密かに所有していることを知り、Vから、売買を装いつつ、代金を支払わずにこれを入手しようと考えた。具体的には、甲は、代金を支払う前に鑑定が必要であると言ってVから仏像の引渡しを受け、これを別の者に託して持ち去らせ、その後、自分は隙を見て逃走して代金の支払を免れようと計画した。甲は、偽名を使って自分の身元が明らかにならないようにして、Vとの間で代金や仏像の受渡しの日時・場所を決めるための交渉をし、その結果、仏像の代金は2000万円ち決まり、某日、ホテルの一室で受渡しを行うこととなった。甲は、仏像の持ち去り役として後輩の乙を誘ったが、乙には、「ホテルで人から仏像を預かることになっているが、自分にはほかに用事があるから、仏像をホテルから持ち帰ってしばらく自宅に保管しておいてくれ。」とのみ伝えて上記計画は伝えず、乙も、上記計画を知らないまま、甲の依頼に応じることとした。

(2)受渡し当日、Vは、1人で受渡し場所であるホテルの一室に行き、一方、甲も、乙をつれて同ホテルに向かい、乙を室外に待たせ、甲一人でVの待つ室内に入った。甲は、Vに対し、「金は持ってきたが、近くの喫茶店で鑑定人が待っているので、まず仏像を鑑定させてくれ。本物と鑑定できたら鑑定人から連絡が入るので、ここにある金を渡す。」と言い、2000万円が入っているように見せ掛けたアタッシュケースを示して仏像の引き渡しを求めた。Vは、代金が準備されているのであれば、先に仏像を引き渡しても代金を受け取り損ねることはないだろうと考え、仏像を甲に引き渡した。甲は、待機していた乙を室内に招き入れ、「これを頼む。」と言って、仏像を手渡したところ、乙は、準備していた風呂敷で仏像を包み、甲からの指示どおり、これを持ったままそのホテルを出て、タクシーに乗って自宅に帰った。乙がタクシーで立ち去った後、甲は、代金を支払わないまま同室から逃走しようとしたが、Vは、その意図を見破り、同室出入口ドア前に立ちはだかって、甲の逃走を阻んだ。

(3)Vは、甲が逃げないように、保護用に持ち歩いていたナイフ(刃体の長さ15センチメートル)の刃先を甲の首元に突き付け、さらに、甲に命じてアタッシュケースを開けさせたが、中には現金はほとんど入っていなかった。Vは、甲から仏像を取り返し、又は代金を支払わせようとして、その首元に突き付けたまま、「仏像を返すか、すぐに金を準備して払え。言うことを聞かないと痛い目に合うぞ。」と言った。また、Vは、甲の身元を確認しようと考え、「お前の免許証か何かを見せろ」と言った。

(4)甲は、このままではナイフで刺される危険があり、また、Vに自動車運転免許証を見られると、身元が知られ仏像の返還や代金の支払いを免れることができなくなると考えた。そこで、甲は、Vからナイフを奪い取ってVを殺害して、自分の身を守るとともに、仏像の返還や代金の支払いを免れることを意図し、隙を狙ってVからナイフを奪い取り、ナイフを取り返そうとして甲につかみかかってきたVの腹部を、殺意をもって、ナイフで1回突き刺し、Vに重傷を負わせた。甲は、すぐに逃走したが、部屋から逃げていく甲の姿を見て不審に思ったホテルの従業員が、Vが地を流して倒れているのに気付いて119番通報をした。Vは、直ちに病院に搬送され、一名を取り留めた。

(5)甲は、身を隠すために、その日のうちに外国に逃亡した。乙は、持ち帰った仏像を自宅に保管したまま、甲からの指示を待った。その後、乙は、甲から電話で、上記一連の事情を全て打ち明けられ、引き続き仏像の保管を依頼された。乙は、先輩である甲からの依頼であるのでやむを得ないと思い、そのまま仏像の保管を続けた。しかし、乙は、その電話から2週間後、金に困っていたことから、甲に無断で仏像を500万円で第三者に売却し、その代金を自己の用途に消費した。


 練習答案の作成
 論点の成立と叙述の順序
 設問では、「甲及び乙の罪責を論じなさい」とあるので、Vの罪責は除外する(権利行使と恐喝罪など)。

(1)甲の罪責について
1)財物詐欺罪の成立について
1甲は、代金を支払う意思があるように装ってVを欺いて、Vから仏像の引き渡しを受けた。この行為について財物詐欺罪が成立するか。

2財物詐欺罪とは、人を欺いて財物を交付させる行為である。欺くとは、虚偽の事実を真実であるように告知することである。被害者がそれによって錯誤に陥れられ、それによって財物の占有を移転させることによって既遂に達する。

3代金支払いの意思があるかのように装うのは、欺く行為にあたる。それによってVが錯誤に陥れられ、その錯誤は財物の交付の引き起こす性質を持つ。甲は仏像を受け取り、それを乙に渡したので、Vによる交付の事実を認めることができる。財物詐欺罪が成立すると思われる。

4しかし、交付された仏像は密輸品であり、それは取引の対象にならない禁制品である。Vが欺かれてこの仏像を売却するために甲に交付しても、民法上、不法な原因により給付した物の返還を求める権利は認められないので、甲が返還請求権の及ばない仏像を騙し取っても、それを刑法上の財物詐欺罪として処罰する必要性はないと考えることもできる。つまり、民法上の私権の及ばない物を刑法で保護する必要はない。もしも、刑法を適用して保護するなら、1国の法秩序・法体系において矛盾をきたし、法秩序の統一性を破る愚行を犯すことになる。
 しかし、不法な原因により給付した物について民法上の返還請求権が及ばなくても、刑法上なおも保護を要する場合があるのではないか。本件のように、たとえ返還請求できない仏像であっても、それを騙し取るような行為は、社会の財産的秩序を乱す違法な行為であると言わなければならない。刑法には、そのような行為をも禁圧すべき目的があり、その目的を果たすためには、返還請求権が認められない財物であっても、保護の対象に含めておく必要があるのではないだろうか。そのように解するなら、民法上の返還請求権の有無にかかわりなく、被害者を欺いてその財物を交付させた以上、財物詐欺罪が成立するのは当然であるといえる。

5以上から、甲には財物詐欺罪(刑246①)が成立する。

2)利益強盗未遂罪の成立について
1甲は、仏像の返還やその代金の支払いを免れるために、Aの腹部をナイフで刺して、重傷を負わせた。この行為につき利益強盗殺人未遂罪が成立しないか。

2利益強盗罪とは、暴行または脅迫を用いて、財物以外の財産上の利益を得る行為をいう(刑236②)。財産上の利益を得るとは、被害者に債権を放棄させたり、債務を免除・猶予させることをいうが、被害者が利益を処分する行為を行うことは必要ではなく、被害者が事実上、債権を行使できない状態を作り出すことで既遂に達する。利益の取得は永久的である必要はなく、一時的なものでも足りる。
 暴行を加えて利益を得ようとした際に、被害者を死傷させる故意がない場合、強盗致傷・致死罪が成立するが(刑240)、その故意がある場合に強盗傷害罪・殺人罪が成立するかは争いがある。本条は結果的加重犯に特有の「よって」という文言が用いられていないこと、かりに死傷の故意がある場合に強盗罪と傷害罪または殺人罪の観念的競合とすると、故意のある場合の処断刑が故意がない場合よりも軽くなって不均衡が生ずるので、死傷につき故意のある場合も含むと解すべきである。
 これら強盗致傷、致死、傷害、殺人の4種の犯罪に未遂犯の処罰規定が適用されるが、その未遂とは強盗が故意に被害者を殺害しようとしたが遂げられなかった場合を指すと解される。強盗致傷・傷害の未遂は強盗罪として扱うことができる、強盗致死罪の未遂は強盗致傷罪として扱えば足りる。強盗殺人の未遂のみが240条の犯罪の未遂である。

3甲は、騙し取った仏像の返還やその代金の支払いという債務の履行を免れるために、殺意をもってVに重傷を負わせた。甲は偽名を用いており、Vが重傷を負ったために、甲を追跡することが非常に困難になったことから、一時的であっても債務の履行を免れ、財産上の利益を得たということができる。甲の債務は、密輸入された仏像の返還または対価の支払いであり、Vに民法上それを求める権利がなくても、甲が債務を履行せずに利益を得ることは、上述のとおり刑法上処罰する必要がある。ゆえに、甲の行為は利益強盗殺人未遂罪の構成要件に該当する。

4正当防衛の成否
 ただし、甲が殺意をもってナイフでVの腹部を刺して重傷を負わせたのは、Vが甲にナイフを突き付けたからである。これは急迫不正の侵害にあたる。甲はナイフを奪って、自分の身を守るためにVを刺したので、防衛の意思があったということができる。では、防衛行為として相当なものであったか。甲がVにナイフで脅されたのは、甲がVを欺いて仏像を騙し取ったからであり、Vによる急迫不正の侵害は、甲が自ら招いたものといえる。このような場合、防衛行為の相当性は、厳格に判断すべきである。さらに、甲はVからナイフを奪って、凶器を持たないVをたんに威嚇するだけでなく、その腹部を刺したのであるから、防衛行為の相当性を大きく逸脱していると思われる。従って、正当防衛ではなく、過剰防衛の規定が適用されるだけである。

5結論
 以上から、甲には財物詐欺罪(刑246①)と利益強盗殺人未遂罪(刑243、240)が成立する。この2罪は、Vの財物の占有と返還請求権および代金債権ならびに生命に向けられた行為であり、法益の担い手がVという単一の客体であることに鑑みて、包括一罪とすべきである。

(2)乙の罪責について
1)盗品保管罪の成立について
1乙は甲から仏像を受け取り、タクシーに乗って自宅に帰り、それを保管したが、後に乙は甲からその仏像が詐欺によって得られたものであることを知らされたが、そのまま保管し続けた。乙に盗品保管罪が成立しないか。

2盗品保管罪とは、財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を保管する行為である。窃盗罪や財物詐欺罪を行った者がその盗品を保管しても、保護法益である被害者の追求権は重ねて侵害されないので、本罪は他人が行った財物詐欺罪などによって領得された盗品を保管する行為である。

3甲は盗品であることを知らず、甲から仏像を預かり、保管したが、途中で盗品であることを知らされ、その後も保管を継続した。この行為は盗品保管罪にあたるのか。盗品であることを知りながら保管を始めた場合や、保管の途中でそれを知り、保管方法などを変更して、あらためて保管し直した場合に盗品保管罪が成立することは明らかであるが、盗品であることを知らずに保管し、その後盗品であることを知ったが、新たな保管行為を行わず、以前の保管状態をそのまま継続した場合にも本罪が成立するのか。

4盗品保管罪は、いわゆる継続犯であり、保管行為を開始し、それが終了するまで被害者の追求権は侵害され続ける。保管作業の完了によって犯罪としては終了し、保管状態が継続する状態犯ではない。このように解すると、盗品であることを知らずに仏像を保管を開始し、その後盗品であることを知った時点から保管罪が成立する。仏像が密輸品であるためVに返還請求権が認められなくても、盗品保管罪は成立する。

5結論 罪数関係
 以上から乙には盗品保管罪が成立する。

2)横領罪の成立について
1乙は保管していた仏像を甲に無断で第3者に売却したが、この行為が横領罪にあたらないか。

2横領罪とは、自己の占有する他人の物を横領する行為である、財物の保管を委託した者を排除して、その経済的用法に基づいて使用、収益、処分することをいう。

3乙は甲から預かって仏像を保管していたので、この仏像は乙が占有する他人の財物にあたり、それを無断で売却したのは、甲を排除して、仏像を商品として処分する行為にあたる。

4ただし、この仏像は甲が詐欺によって領得した財物であり、またVが密輸入した物であるので、返還請求権が認められない。そのような物についても横領罪は成立するのか。返還請求権が及ばない物であっても、それは乙にとっては「他人の物」であるので、横領罪が成立する。

5結論
 以上から、乙には横領罪が成立する。
 盗品保管罪と横領罪は、同一の客体である仏像に対して行われたことから、包括一罪にあたる。