Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第03回① 2015年10月15日)

2015-10-10 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
 第03週 脅迫の罪

 刑法は、生命・身体だけでなく、意思決定の自由・意思活動の自由、さらには行動・移動の自由をも保護する決定を設けています。逮捕・監禁の罪(31章)、脅迫の罪(32章)、略取・誘拐の罪(33章)が定められ、行動の自由に対する罪としての逮捕・監禁罪および略取・誘拐罪と意思の自由に対する罪としての脅迫罪が前後して定められています。
 行動の自由・移動の自由を行使するためには、どのように行動し、どこに移動するかについて意思決定することが必要です。従って、論理的には意思決定・意思活動の自由が行使され、そのうえで行動・移動の自由が行使されます。従って、保護法益の序列としては、まず意思決定・意思活動の自由に対する罪があり、ついで行動・移動の自由に対する罪を位置づけるのが論理的だといえるでしょう。
 なお、自由に対する罪には、性的自己決定の自由(性的自己決定権)に対する罪である強制わいせつ罪や強姦罪があり、また住居家の立ち入りの許諾の自由に対する住居侵入罪があります。

(1)脅迫罪
 刑法222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する(1項)。
 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする(2項)。

1脅迫の罪の保護法益
 脅迫とは、相手の生命などの法益に外を加えることを伝達することですが、その行為によって、どのような法益が侵害され、危険にさらされるのでしょうか。
 脅迫の内容は、畏怖させる(恐怖に陥れる)ことなので、それによって侵害され危険にさらされるのは、恐怖ゆえに行使できなくなる自由、すなわちその保護法益は意思決定の自由・意思活動の自由ということになりそうです。しかしながら、意思決定の自由・意思活動の自由を侵害する罪としては、別に強要罪があります。それは、脅迫して、自由に意思決定すること、自由に意思活動するこを侵害して、権利を行使させなかったり、また義務のない行為を行わせた場合に、個別的な意思決定の自由・意思活動の自由に対する罪としての性格を持っていることは明らかです。そうすると、意思決定の自由・意思活動の自由は、脅迫罪と強要罪によって二重に保護されていることになります。しかし、一つの法益を二重に保護する必要はないので、脅迫罪は意思決定の自由・意思活動の自由とは別の法益を保護する罪として位置づけ直すべきだという議論もあります。例えば、私生活において他者から脅かされずに安全かつ平穏にいられる自由が脅迫罪の保護法益であるととの主張があります。
 確かに、強要罪は脅迫という手段を用いて個別的な意思決定の自由・意思活動の自由を侵害する罪であり、それは個別的な権利の行使の自由、また義務のない行為を行わない自由を侵害する罪(侵害犯)です。脅迫は、一方でこの侵害犯としての強要罪の手段行為として位置づけられながら、他方でそれ自体としても犯罪になる行為です。このような規定の成り立ちを踏まえますと、脅迫罪は意思決定の自由・意思活動の自由に対する「侵害」の一歩手前の「危険」の段階において成立する犯罪ということになりそうです(危険犯)。脅迫罪も強要罪も同じ法益を保護するものですが、脅迫罪はそれを危険にさらした段階で成立する危険犯、強要罪はそれを侵害した段階で成立する侵害犯です。

2行為
 脅迫とは、生命などに害悪を加えることを告知して人を畏怖させうる行為です。告知されたことを相手方が認識すれば、実際に畏怖したことは必要ではありません(大判明43・11・15刑録16・1937)。意思決定の自由に危険が及んでいる以上、脅迫罪が成立します(危険犯)。
 判例は、脅迫にあたる行為が行われれば、ただちに脅迫罪が成立すると解しています(大判大6・11・2刑録23・1195)(抽象的危険犯説)。しかし、被害者が歯牙にもかけなかった、鼻で笑って無視したような場合にまで、脅迫罪が成立するというのは妥当ではありません。意思決定の自由に対する一定の危険の発生が要件として必要でしょう(具体的危険犯説)。
 なお、脅迫は、暴行と同様に他の犯罪の手段行為として用いられることがあります。個々の犯罪によって、意思決定の自由・意思活動の自由に対する影響の程度が異なります(強盗罪の場合、被害者の抵抗が不可能になるような脅迫でなければなりません)。

3告知の対象(行為客体)と加害の対象
 害悪の告知対象は、意思決定と意思活動の自由の主体である人(自然人)です。「法人」もまた告知対象になりうるかについては、判例は否定的です。本罪の保護法益は、意思決定・意思活動の自由なので、その主体たりえない「法人」は行為客体から除外されます(東京高判昭50・7・1刑月7・7=8・765、大阪高判昭61・12・16高刑集39・4・592、高松高判平8・1・25判時1571・148)。ただし、脅迫によって法人の業務が妨害された場合には、「人の業務」が妨害されたので、脅迫罪よりも重い威力業務妨害罪(234条)で対応することができます。
害悪が加えられる対象は、告知対象である被害者本人とその親族である。親族以外の者に害悪を加える旨を告知しても、脅迫罪は成立しません。ただし、改正刑法草案303条2項は、加害の対象を「親族その他密接な関係にある者」と規定し、脅迫罪の成立範囲を拡大させています。

4告知される害悪の内容
 告知される害悪の内容は、生命、身体、自由、名誉または財産に対して外を加えることです。過去に生じた害悪ではなく、将来において実現可能な害悪でなければなりません。また、告知者がそれを直接的または間接的に支配・左右し、実現しうるものでなければなりません(最判昭27・7・25刑集6・7・941)。例えば、対立する相手陣営から「出火お見舞い申し上げます火の元にご用心 八月十六日」と書いたハガキが郵送された事案に関して、脅迫罪の成立が認められています(最判昭35・3・18刑集14・4・416)。言葉のニュアンスや脈絡、客観的な状況などから勘案すれば、放火の予告ともとれる内容であったからです。内容的に害悪であっても、およそ起こりえないようなものであれば、脅迫にはあたりません。従って、天変地異の告知(丑の刻参りなど)は、相手が畏怖しようとも、そのような迷信を「害の告知」として脅迫罪で裁く必要はありません(迷信犯)。

5権利行使(濫用)と脅迫罪の成否
 告知される害悪の内容について、例えばドイツ刑法では「重罪」と規定されているため、それ以外の害悪を告知しても、脅迫罪にはなりません。日本の刑法の場合も、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える」と規定しているので、その解釈としては、告知される内容は殺人罪や傷害罪であると考えることもできます。しかし、通説・判例は、虚偽告訴罪で告訴する意思がないないにもかかわらず、相手を畏怖させるために告訴を告知した事案について、それ自体として犯罪にあたらない「告訴権の濫用」の場合でも、脅迫罪が成立すると傍論で述べたものがあります(大判大3・12・1刑録20・2303)。

(2)強要罪
 刑法223条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対して害を加える旨告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する(1項)。
 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対して害を加える旨告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする(2項)。
 前2項の未遂は、罰する(3項)。

1強要行為
強要罪は、脅迫または暴行用いて、人に義務のない行為を行わせ、または権利の行使を妨害する行為です。意思決定の自由を侵害し、自由な意思行動を侵害するところに特徴があります。

2義務のない行為を行わせる
 「人に義務のない行為を行わせる」とは、法的に履行すべき義務のない行為を行わせることです。AがXの感情を害する発言をしたとして、暴行・脅迫を用いて人に謝罪状を書かせた場合、法的に謝罪状を書く義務がなかったなたば、それは強要罪にあたります(大判大15・3・24刑集5・117)。また、13歳の子守の女性を叱責するために、暴行・脅迫を用いて水入りバケツを長時間頭に持たせた場合も、そうしなければならない法的義務はないので、強要罪にあたります(大判大8・6・30刑録25・820)。法的義務を履行させるために暴行・脅迫を用いた場合、義務を履行させることは権利の行使なので強要罪にはあたりませんが、脅迫罪が成立する可能性はあります。

3権利の行使を妨害する
 「権利の行使を妨害する」とは、法律によって保障されている権利はもちろん、法的保護を受ける個人の自由の行使を妨害することをいいます。例えば、XがAから「代金を払わなければ法的手続をとるぞ」と催促されたのに対して、「お前の店は~~の問題があるようだから、新聞に書くぞ」と告げて、Aの法的手続を中止させた場合、強要罪の成立を認めた判例があります(大判昭7・7・20刑集11・1104)。動物の品質・技能を競う競技大会への出場する自由もまた「権利」にあたります(岡山地判昭43・4・20下刑集10・4・416)。ただし、被害者が権利を行使して得られる利益と加害者が中止させて得られる利益とを比較衡量して、強要罪の違法性があるか否かを実質的に判断する必要があります。

4未遂と罪数
 脅迫したつもりが、それが被害者に伝わっていなかった場合は、脅迫それ自体が行われていないので、強要罪の実行の着手は否定されます。暴行・脅迫を加えたが、義務のない行為を行わせるに至らなかったなどの場合は強要未遂です(大判昭7・3・17刑集11・437)。義務のない行為を行わせても、それが暴行・脅迫との因果関係がない場合もまた強要未遂です。
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
 第03週 逮捕および監禁の罪

 逮捕および監禁の罪は、行動の自由、移動の自由を侵害する罪です。基本犯である逮捕・監禁罪(220条)とその結果的加重犯である逮捕・監禁致死傷罪(221条)から成り立っています。

(1)逮捕罪・監禁罪
  刑法220条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。

1逮捕
 逮捕とは、人の身体を直接的に拘束して、行動の自由・場所の自由を侵害することをいいます。ロープなどで人の胸部、足を直接的に柱に縛りつける行為(大阪高判昭26・10・26高刑集4・9・1173)。暴行のような身体に有形的・物理的な作用を及ぼすのが通常の方法ですが、脅迫のような無形的・心理的な作用によっても可能です。
 身体の直接的な拘束によって移動の自由が侵害されたが、それが短時間であった場合、逮捕罪は成立せず、暴行にとどまると解されます。、判例では、わら縄で両足を5分間縛り、引きずり回した行為について、逮捕罪の成立を認めたものがあります(大判昭7・2・29刑集11・141)。

2監禁
 監禁とは、人の身体を間接的に拘束して、一定の場所から脱出することを不可能または著しく困難にすることによって、移動の自由を奪うことです。深夜の海の沖合に停泊中の漁船の一区画に女性を閉じこめ、漁船からの脱出を著しく困難にした(最判昭24・12・20刑集3・12・2036)、被害者を脅迫して「自動車」に乗せて、降りたいと告げたにもかかわらず、降ろさなかった(最決昭30・9・29刑集9・10・2098)、強姦の目的を隠して女性を「バイク」の荷台に乗せて疾走し、女性がその目的に気づいて飛び降りた(最決昭38・4・18刑集17・3・248)ような場合、監禁罪の成立が認められています。このように物理的な方法で移動の自由を侵害すれば、監禁にあたることは明らかですが、それ以外にも、例えばカミソリを突きつけて、「お前の顔を切るといったら、必ず切るからな」などと脅迫して女性を畏怖し、部屋から出ようにも出られなくした場合も監禁罪が成立します(東京高判昭40・6・25高刑集18・3・238)。入浴中の女性の衣服を持ち去って、羞恥心から風呂場から出られないようにした場合、監禁罪が成立するかは疑問です。
 一定の場所から脱出が困難にされ、それが監禁にあたるといえるためには、多少の時間継続を要します。判例では、暴行・脅迫によって8畳間から約30分間脱出できないようにした事案について監禁罪の成立を認めたものがあります(大判昭7・2・12刑集11・75)。

3行為客体
 逮捕罪・監禁罪の行為客体は、移動の自由・行動の自由の担い手である人です。その自由が制約されていることを認識できない人(乳児や精神病者)が本罪の行為客体になりうるかどうかは争いがあります。判例では、1歳7ヶ月の幼児を押さえつけて部屋の片隅に追いやり、4時間30分ほど部屋から出られないようにした事案について、「自然的、事実的意味において任意に行動し得る者である以上、たとえ法的に責任能力や行動能力はもちろん、幼児のように意思能力を欠如しているものであっても監禁罪の行為客体となり得る」として監禁罪の成立が認められています(京都地判昭45・10・12刑月2・10・1104、判時614号104頁、判タ255号227頁)。行動・移動の自由が侵害されていることを被害者が認識していることは、逮捕罪・監禁罪の成立要件ではないといことです。これを「可能的自由説」といい、通説・判例の立場です。これに対して、被害者の認識を要するとする立場を「現実的自由説」といいます。

4錯誤と同意
 被害者が行動・移動の自由の侵害に同意していた場合、逮捕罪や監禁罪の構成要件に該当しますが、違法性が阻却されます(同意による違法性阻却)。あるいは、そのような行為はそもそも「不法に」行われたとはいえないので、逮捕罪や監禁罪の構成要件該当性が否定されます(構成要件不該当)。
 強姦目的で女性を家まで送ってあげると欺いて、自動車の助手席に乗せて疾走した場合、被害者は移動の自由の制約に同意していますが、その同意は錯誤によるものです。「現実的自由説」からは、被害者は移動の自由の制約には同意しているので、違法性が阻却されます。これに対して、「可能的自由説」からは、被害者の同意が犯罪の違法性を阻却するのは、それが真意に基づき、また社会通念に照らして相当な場合だけなので、被害者が欺かれて同意した場合、監禁罪の違法性は粗客されません(最決昭33・3・19刑集12・4・636、広島高判昭51・9・21刑月8・9=10・380)。

5継続犯
逮捕罪・監禁罪は、行動・移動の自由を侵害した時点で既遂に達し、その後も犯罪として継続します(継続犯)。従って、逮捕罪・監禁罪が継続している間は、被害者は行為者に正当防衛できます。さらに、公訴時効の起算点は「犯罪行為が終わった時から進行する」(刑訴253)と定められているので、逮捕罪・監禁罪の公訴時効の計算は、被害者が逮捕・監禁から解放され、自由が回復した時点から開始します(公訴時効は5年。刑訴250条5号)。
 犯罪が既遂に達し、それによって終了するものを「状態犯」といいます。
 逮捕罪または監禁罪が継続して行われている途中から他人が関与した場合、関与以降は逮捕罪または監禁罪の共同正犯が成立します。AがXに暴行を加えて負傷させて監禁し、その後Bが監禁に関与した場合、監禁罪は継続犯であるので、Bには監禁の承継的共同正犯が成立します。Aが惹起した負傷をも承継するかどうかについては、傷害の部分は継続犯ではないので、承継は否定されます。

(2)逮捕致死傷罪・監禁致死傷罪
 刑法221条 逮捕・監禁罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

1逮捕・監禁と致死傷との因果関係
 本罪は、逮捕罪・監禁罪を故意に行い、それから被害者が死傷した場合です(結果的加重犯)。逮捕行為・監禁行為と致死傷との間に因果関係が必要です(名古屋高判昭35・11・1下刑集2・11=12・1338)。具体的には、逮捕・監禁の目的で被害者に有形力を加えたために負傷した場合(名古屋高判昭31・5・31裁特3・14・685)、監禁状態が続いたために栄養失調になり、健康状態が悪くなったとか、また監禁されている場所から脱出しようとして、転落し、死傷したような場合(東京高判昭55・10・7刑月12・10・1101)です。致死傷結果は、逮捕・監禁そのものから、あるいは逮捕・監禁の手段行為である暴行から生ずることが必要です。
 最近の最高裁判例では、行為者が被害者を自動車のトランクに押し込み(監禁し)、直線道路で停車しているときに、前方不注意で走行してきた後続車両に追突され、被害者が死亡した事案について、監禁致死罪の成立が認められています(最決平18・2・27)。この死傷結果は、監禁それ自体や監禁の手段行為から発生したものではありませんが、それとの因果関係が認められています。自動車をそのような場所に駐車しなかったならば、追突事故は生じなかったし、死傷も避けれたといえるならば、路上に駐車して監禁したことと、追突事故で死亡したこととの因果関係が認められるということです。
 監禁中に暴行を加えて負傷させた場合には、監禁致傷罪ではなく、監禁罪と傷害罪の併合罪が成立すると判断されています(名古屋高判昭31・5・31高刑集3・14・685)。「適法な逮捕・監禁」から致死傷の結果が発生した場合は、過失致死傷罪が成立します。

 2処断刑
 「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」とは、逮捕・監禁致傷罪と傷害罪、逮捕・監禁致死罪と傷害致死罪の法定刑を比較して、それらの上限・下限の重い方によって処断刑を確定するという意味です。



 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
 第03週 略取・誘拐および人身売買の罪

(1)略取・誘拐および人身売買罪
 略取・誘拐および人身売買の罪の章は、刑法が制定された当初は、未成年者略取・誘拐罪、営利目的略取・誘拐罪、日本国外移送目的略取・誘拐罪、被拐取者収受罪からなっていましたが、身の代金目的略取・誘拐罪が新設され(1964年)、その後さらに人身売買罪が設けられました(2005年)。関連規定が増えたため、全体の構成は複雑になっています。
 略取・誘拐罪の保護法益は、被害者(被拐取者)の行動の自由と身体の安全である。未成年者が行為客体の場合には、親権者の監護権も保護法益になりえますが(福岡高判昭31・4・14高刑裁特3・8・409)、年齢が20才に近ければ、監護権の保護の必要性は相対的に低くなります。

 (2)未成年者略取・誘拐罪
刑法224条 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する(1項)。未遂も罰する(228条)。

1行為客体
本罪の行為客体は、「未成年者」(20歳未満の者:民3条)です。婚姻によって成人と見なされる場合、その意思を尊重して、行為客体から除外すべきでしょう。身体の安全が保護法益に含まれるため、略取・誘拐の意味を理解できない嬰児・精神障害者なども含まれます。

2実行行為
 本罪の実行行為は、略取・誘拐である。これは、未成年者略取・誘拐罪に限らず、営利目的等略取・誘拐罪、身の代金目的等略取・誘拐罪、所在国外移送目的等略取・誘拐罪に共通する要件です。
 略取・誘拐の意義
 「略取」とは、暴行または脅迫を用いて、被拐取者の意思に反して、その生活環境から離脱させて、自己または第三者の実力的支配下に移すことです。この暴行・脅迫は、誘拐と同様に扱われるため、被拐取者の反抗を抑圧するほど強いものでなくてもかまいません(広島高岡山支判昭30・6・16高刑特裁2・12・610)。「誘拐」とは、被拐取者を欺いて、または誘惑して、その生活環境から離脱させて、自己または第三者の実力的支配下に移すことです。
 暴行・脅迫・欺罔・誘惑の開始によって、本罪の実行の着手が肯定されます。被拐取者が自己または第三者の実力的支配下に移ることによって既遂に達します。14歳の少女を誘惑して、自転車に乗せて、1・4㎞ほど連れ去ったが、少女の母親がそれを発見して奪還した場合でも、少女を実力的支配下に置いている以上、未成年者誘拐罪の成立が肯定されています(東京高判昭30・3・26高刑特裁2・7・219)。
 状態犯か、継続犯か
 通説は、被拐取者が自己または第三者の実力的支配下にいる間は、行動の自由への侵害が続いているので、略取・誘拐罪を「継続犯」と解しています(大判大13・12・12刑集3・871、大阪高判昭53・7・28高刑集31・2・118)。これに対して、被拐取者を実力的支配下に移した時点で既遂に達し、略取・誘拐という行為も終了しているので、「状態犯」と解することも可能です。
 被害者の同意
未成年者が同意している場合、未成年者略取・誘拐罪の違法性は阻却されるでしょうか。親権者の監護権も本罪の保護法益に含まれるならば、違法性は減少しても、完全に阻却されることはありませんが、残された違法性の程度が可罰的違法性のレベルを下回ることは考えられます。未成年者の年齢が相対的に高いかどうか、意思能力・行動能力が備わっているかどうかを基準にして、同意の効果を実態に即して判断されるべきしょう。

(3)営利目的等略取・誘拐罪
刑法225条 営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。未遂も罰する(228条)。

1行為客体
本罪の行為客体には、成人も未成年者も含まれます。営利目的などから未成年者を略取・誘拐した場合、未成年者略取・誘拐罪の加重類型として本罪が成立します(大判明44・12・8刑録17・2168)。所定の目的を持たずに、成人を略取・誘拐しても、本罪は成立しません。

 2目的
 営利の目的とは、略取・誘拐によって、自ら財産上の利益を得たり、第三者に得させる目的です。被拐取者の負担・犠牲によって得られるものに限られず、略取・誘拐を行った見返りとして、第三者から与えられる報酬も含まれます(最決昭37・11・21刑集16・11・1570)。ただし、本条の趣旨は、被拐取者を過酷な作業に従事させて搾取することにあるので、「営利の目的」は被拐取者を直接利用して利益を得る目的に限るべきでしょう。
 わいせつの目的とは、姦淫など被拐取者の性的自由を侵害する目的です。結婚の目的とは、法律婚・事実婚を含む通常の夫婦生活の実質を備えた関係を築く目的です(岡山地判昭43・5・6下刑集10・5・561)。生命若しくは身体に対する加害の目的は、被拐取者を殺害もしくは暴行・傷害する目的です。臓器の摘出などの目的は、これにあたります。
 これらの目的は「主観的違法要素」と解されています。それが構成的身分を根拠づける要素であるならば、目的を持たない者が、成人に対する営利目的等誘拐罪に関与した場合、本罪の共同正犯になります(刑65①適用)。しかし、単独では正犯たりえないので、刑の減軽を認めるべきしょう。これに対して、この目的が加重的身分の根拠であり、本罪が未成年者略取・誘拐罪の加重類型であるならば、成人の略取・誘拐に目的なしに関与しても無罪です(刑65②適用)。

(4)身の代金目的略取・誘拐罪
刑法225条の2 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期若しくは3年以上の懲役に処する(1項)。未遂も罰する(228条)。
 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、前項と同様とする(2項)。

1本罪の特徴
本罪は、身の代金を得る目的による略取・誘拐に対処するために、1964(昭39)年に創設された規定です。それ以前までは、身の代金目的での略取・誘拐は、営利目的略取・誘拐罪として扱われ、身の代金の要求・交付は恐喝罪として扱われてきました。そして、両罪は併合罪として処理されてきました(東京高判昭31・9・27高刑集9・9・1944)。本罪の創設により、営利目的から身の代金目的が除外され、新たな犯罪類型として独立し、刑罰も加重されました。
 1項の罪の後、2項の罪が行われるので、1項は2項の未遂形態である。従って、2項の未遂の処罰規定を設ける必要はありません。

2身の代金の要求相手
 身の代金の要求相手は「近親者」と「安否を憂慮する者」です。それ以外の者に身の代金を交付させる目的で略取・誘拐しても、本罪にはあたりません。ただし、被拐取者が未成年者の場合には未成年者略取・誘拐罪が成立します。
 近親者とは、直系血族、配偶者、兄弟姉妹を含む関係の者であり、「親族」よりも狭いと解されています(大阪地判昭51・10・25刑月8・9=10・435)。安否を憂慮する者とは、被拐取者との間に特別な人的関係があるために、近親者と同様に被拐取者の安否を親身になって心配する者のことです。会社の代表取締役が略取され、常務取締役に身の代金が要求された事案では、2人の関係が経済的利害に基づく関係でしかなく、すでに不仲である場合には、常務取締役は「安否を憂慮する者」にはあたらないと判断されたものがあります(大阪地判昭51・10・25刑月8・9=10・435)。それに対して、相互銀行の代表取締役社長が略取され、銀行幹部に身の代金が要求された事案では、銀行幹部らが「安否を憂慮する者」にあたると判断されています(最決昭62・3・24刑集41・2・173、東京地判平4・6・19判タ806・227)。

3身の代金目的略取・誘拐予備罪
 刑法228条の3 第225条の2項第1項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、2年以下の懲役に処する。ただし、実行に着手する前に自主した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

 本罪は、基本犯である身の代金目的略取・誘拐罪を行う目的で行われた準備行為を処罰する規定です。基本犯の実行に近接した危険性を備えた行為が行われた場合が本罪にあたります。
 予備を行った後、基本犯の実行に着手する前に自首した者は、その刑が必要的に減軽または免除される。実行の着手前に自首しても、予備罪は成立していますが、狙われていた被害者の生命・身体などの安全を保護するために、政策的にその刑を必要的に減軽または免除することとしています。従って、予備罪への中止犯の規定の準用の可否をめぐる問題は、身の代金目的略取・誘拐予備では生じません。

(5)所在国外移送目的略取・誘拐罪
 刑法226条 所在国外に移送する目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、2年以上の有期懲役に処する。未遂も罰する(228条)

 本罪は、人をその所在国から他国に移送する目的で略取・誘拐する行為です。かつては日本から他国に移送する場合だけに限られていましたが、現行規定では外国から他国に移送する場合も含まれるようになりました。日本国民がそれを行った場合だけでなく、それ以外の者が日本国民に対して行った場合も成立します(刑3、3の2)。本罪は、国連の越境組織犯罪防止条約に附属する「人身取引」に関する議定書に基づいて、それを国内法化した規定です(2005年)。
 オランダ人の夫が、別居中の日本人の妻の養育する2歳の子どもを日本からオランダに連れ去った事案で、本罪の成立が認められています(最決平15・3・18刑集57・3・371)。

(6)人身売買罪
 刑法226条の2 人を買い受けた者は、3月以上5年以下の懲役に処する(1項)。
 未成年者を買い受けた者は、月以上7年以下の懲役に処する(2項)。
 営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を買い受けた者は、1年以上10年以下の懲役に処する(3項)。
 人を売り渡した者も、前項と同様とする(4項)。
 所在国外に移送する目的で、人を売買した者は、2年以上の有期懲役に処する(5項)。
 1項ないし5項の罪の未遂も罰する(228条)。

 「人身取引」に関する議定書に基づいて、それが国内法化された結果、人の買い取りが処罰されることになりました(1項)。その行為客体が未成年者売買の場合、刑が加重されます(2項)。わいせつ目的等に基づく場合も(3項)、また所在国外に移送する目的の場合も加重されます(5項)。人の買い取りだけでなく、人の売り渡しも処罰されます(4項)。人の売り渡しを所在国外に移送する目的で行った場合には、刑が加重されます(5項)。これらの罪の未遂も処罰されます。

(7)被略取者等所在国外移送罪
 刑法226条の3 略取され、誘拐され、又は売買された者を所在国外に移送した者は、2年以下の有期懲役に処する。未遂も処罰する(228条)。

 本罪は、略取・誘拐罪、人身売買罪の被害者を所在国外に移送する行為を処罰する規定である。その未遂も処罰される。

(8)被略取者引渡罪
 刑法227条 第224条、第225条または前3条の罪を犯した者を幇助する目的で、略取され、誘拐され、又は売買された者を引き渡し、収受し、輸送し、蔵匿し、又は隠避させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する(1項)。未遂も罰する(228条)。
 第225条の2第1項の罪を犯した者を幇助する目的で、略取され又は誘拐された者を引き渡し、収受し、輸送し、隠匿し、又は隠避させた者は、1年以上10年以下の懲役に処する(1項)。未遂も罰する(228条)。
 営利、わいせつ又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、略取され、誘拐され、又は売買された者を引き渡し、収受し、輸送し、又は隠匿した者は、6月以上7年以下の懲役に処する(3項)。未遂も罰する(228条)。
 第225条の2第1項の目的で、略取され又は誘拐された者を収受した者は、2年以上の有期懲役に処する(4項前段)。4項前段の罪の未遂は罰する(228条)。
 略取され又は誘拐された者を収受した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させた、又はこれを要求する行為をしたときも、同様とする(4項後段)。

 1項は、未成年者略取・誘拐罪(224条)、営利目的等略取・誘拐罪(225条)、所在国外移送目的略取・誘拐罪(226条)、人身売買罪(226条の2)、被略取者等所在国外移送罪(226条の3)を行った者を事後的に幇助する目的で、これらの罪の被害者を引き渡し、収受し、輸送し、隠匿し、または隠避する行為です。

 2項は、身の代金目的略取・誘拐罪(225条の2第1項)を行った者を事後的に幇助する目的で、この罪の被害者を引き渡し、収受し、輸送し、隠匿し、または隠避する行為です。

 3項は、営利目的等略取・誘拐罪(225条)および営利目的等人身売買(226条の2第3項)の被害者を引き渡し、収受し、輸送しまたは隠匿する行為である。基本犯を事後的に幇助する目的は要件として不要です。

 4項前段は、身の代金目的略取・誘拐罪(225条の2第1項)の被害者を収受する行為である。4項後段は、それを収受した者が、被害者の近親者または安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、またはこれを要求する行為である。基本犯を事後的に幇助する目的は要件として不要です。

(9)解放による刑の減免
 刑法228条の2 第225条の2又は第227条第2項若しくは第4項の罪を犯した者が、公訴が提起される前に、略取され又は誘拐された者を安全な場所に解放したときは、その刑を減軽する。

 身の代金目的略取・誘拐罪の行為(225条の2)を行った者、または身の代金目的略取・誘拐罪を行った者を幇助する目的で被拐取者を隠匿するなどの行為(227条2項)を行った者、もしくは身の代金目的略取・誘拐罪の被拐取者を収受する行為を行った者および被拐取者を収受した者で、その近親者等に対して財物を交付させ、またはそれを要求する行為(227条4項)を行った者が、公訴が提起される前に、被拐取者を安全な場所に解放したときは、その刑が必要的に減軽されます。

 安全な場所とは、被拐取者が近親者・警察当局によって安全に救出されると認められる場所のことです。その安全性は、具体的かつ実質的に見て、危険にさらされるおそれのないことを意味します。漠然とした危険があっても、また不安感・危惧感がぬぐえなくても、場所の安全性は否定されません(最決昭54・6・26刑集33・4・364)。行為者に被拐取者の解放するよう促し、規定の政策目的を実現するために、「安全な場所」を広く捉えるべきでしょう。

(8)親告罪
刑法229条 第224条の罪、第225条の罪及びこれらの罪を幇助する目的で犯した227条第1項の罪並びに同条第3項の罪並びにこれらの罪の未遂罪は、営利又は生命若しくは身体に対するが外の目的による場合を除き、告訴がなければ公訴を提起することができない。ただし、略取され、誘拐され、又は売買された者は犯人と婚姻したときは、婚姻の無効又は取消しの裁判が確定した後でなければ告訴の効力はない。

 未成年者略取・誘拐罪(224条)、営利目的等略取・誘拐罪(225条)、これらの罪を幇助する目的で行われた被拐取者の引き渡し等の罪(227条1項)、営利目的等略取・誘拐・人身売買の被害者の引き渡し等の罪(227条3項)、およびこれらの罪の未遂は、告訴がなければ公訴を提起することはできません。ただし、営利または生命・身体加害の目的による場合は除かれます。

 略取・誘拐・売買された被害者が、被疑者と婚姻した場合、裁判で婚姻の無効または取り消しが確定した後でなければ告訴できません。

告訴権は被害者にあるので、未成年者略取・誘拐罪の場合を含めて、被拐取者に告訴権があります。ただし、略取・誘拐の罪の保護法益に親権者の監護権を含めて考えるならば、監護権者にも告訴権があることになります(福岡高判昭31・4・14高刑裁特3・8・409)。