Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第02回① 2015年10月08日)

2015-10-04 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――生命・身体に対する罪
 第02週 過失傷害の罪

(1)過失傷害の罪:総説
 刑法典第2編第28章の「過失傷害の罪」には、過失致傷罪(209条)のほか、過失致死罪(210条)、業務上過失致死傷罪・重過失致死傷罪(211条)が定められています。過失傷害の罪は、生命・身体に対する侵害という点では故意の傷害罪と同じですが、その法定刑が軽いところに特徴があります。過失致傷罪と過失致死罪の法定刑は、いずれも罰金刑ですが、それが業務上の行為に起因する場合には懲役刑や禁錮刑が科されます。

 211条には業務上過失致死傷罪と重過失致死傷罪という二つの犯罪(5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金)が規定されていましたが、 2007年(平成19年)の刑法改正によって、法定刑の上限が引き上げられた「自動車運転過失致死傷罪」(7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金)が加えられました。この規定は、2013年年の改正によって、自動車運転致死傷行為処罰法の5条「過失運転致死傷罪」に移されました。

(2)過失致傷罪
刑法209条 過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない(2項)。

 本罪は、人の生理的機能に対して侵害を加えるという点では傷害罪と同じですが、暴行の故意も傷害の故意もなく、単純な過失から行なった場合を処罰する規定です。家事や育児などの狭い私生活上の致傷に限られます。被害者の告訴がなければ、検察官は公訴を提起することができません(親告罪)。

(3)過失致死罪
刑法210条 過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。

 本罪は、人の生命に対して侵害を加えるという点では殺人罪と同じですが、暴行の故意も傷害の故意もなく、単純な過失から行なった場合を処罰する規定です。例えば、母親が添い寝をしている間に乳児を窒息死させた行為が過失致死罪にあたると判断した判例があります(大判昭2・10・16刑集6・413)。

(4)業務上過失致死傷罪
刑法211条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする.

1業務の意義
 「業務」とは、判例によれば、「人が社会生活上の地位に基づき反復・継続して行う行為であって、他人の生命・身体等に危害を加えるおそれのあるもの」をいいます(最判昭33・4・18刑集12・6・1090)。そこでは、業務性を認定するにあたって、①社会生活上の地位、②反復継続性、③生命・身体などへの危険性という3つの要素が重要な意味を持ちます。タクシーの運転はもちろん、医師が往診のために自家用自動車を運転する場合も業務にあたります(大判昭14・5・23刑集18・283)。目的が収入を得るためであろうと、他の欲望を満たすためであろうと、また娯楽のためであろうと関係はありません。娯楽のため銃器を使用して狩猟行為を行う場合も業務にあたります最判昭33・4・18)。免許を必要とする業務の場合は、免許を取得していない者による行為も業務にあたる。

2業務による加重
業務上の行為を行うにあたって、行為者に過失があり、それから致死傷結果が発生した場合には、同じ結果を単純な過失から生じさせた場合よりも重く処罰されます。その理由は、判例によれば、業務に従事する者には、一般の人よりも、高度な注意義務が課されているからだと考えられています(最判昭26・6・7刑集5・7・1236)。つまり、業務上の過失による行為が加重されるのは、業務上の行為が一般の行為よりも危険であり、そこから致死傷結果が発生することを予防するために、業務者に対して高度な注意義務が課されているからだと考えられています。

 業務者は、業務上の危険な行為を反復・継続して行なうにあたって、訓練や教習を受けて、一般人よりも高い注意能力を身につけています。このように業務者には高度な注意能力があるので、一般人よりも重い注意義務を課すことができるわけです。そうすると、業務者がそれを怠った場合、強い責任非難が向けられるので、刑が加重されることになります。そうすると、判例のように、致死傷結果を予防するために高度な注意義務を科して加重処罰するというよりは、むしろ高度な注意能力があるから、致死傷結果を発生させたことの責任非難が強いので加重処罰されると考える方が理屈に合っているように思われます。

4胎児性傷害の問題
 人になる前の「胎児」の段階で受けた暴行が、生後、人となった段階で傷害としてあらわれた場合、どのように考えるべきでしょうか。暴行を受けた時点では、胎児は人ではないので、人に対する暴行は成立しません。しかし、傷害の結果は人として生まれた後に生じているので、人に対する傷害が成立するようにも思われます。
 例えば、業務上の行為によって胎児に加えられた危害が、生まれた後に傷害という形をともなって現れた「熊本水俣病事件」があります。第一審裁判所は、業務上過失致死傷罪の客体である「人」は、業務上の行為の時点ではなく、致死傷という結果発生の時点において存在していればよいと論じて、業務上過失致傷罪の成立を肯定しました。これに対して、最高裁は、胎児は母体の一部分であり、妊婦という人に対して業務上の行為が行なわれ、赤ん坊という人のところで傷害が発生したのであるから、業務上過失致傷罪の成立を肯定することができると判断しました(最決昭63・2・29刑集42・2・314)。最高裁の判断は、胎児性傷害の問題を錯誤論における「方法の錯誤の事例」として扱って、それを過失の認定に応用したものです。行為者が故意に妊婦という人に暴行を加えたところ、誤って赤ん坊という人を傷害したという事案(妊婦は無傷であると仮定します)、行為者が実現しようとした妊婦に対する傷害罪の構成要件と、客観的に実現した赤ん坊に対する傷害罪の構成要件は、傷害罪の構成要件という点では一致(符合)しているので、赤ん坊に対する傷害罪の故意を認めることができます(総論・錯誤論と法定的符合説)。最高裁は、この論理を胎児性傷害の事案に応用して、赤ん坊に対する業務上過失致傷罪の成立を認めたのです。
 しかし、法定的符合説が適用されるのは、行為の時点において妊婦と赤ん坊という人という2つの行為客体が存在していた場合に限られると解するならば、最高裁の判断には問題があるといわざるをえません。妊婦という「人」に対する業務上過失は、行為の時点において存在していなかった赤ん坊に対する致傷結果には符合しないのではないでしょうか。

(5)重過失致死傷罪
刑法211条 重大な過失により人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する(1項後段)。

 致死傷結果が発生する事案では、「業務上過失」が問題になるのがほとんどなので、「重大な過失」が問題になるケースはあまりありません。しかし、通常の過失(単純過失)とも業務上過失とも異なる「重大な過失」の内容、そして加重処罰される根拠を明らかにしておく理論的な課題はあります。判例では、自転車を「けんけん乗り」をして、赤信号を見落として、横断歩道上の歩行者の一団に突っ込んで負傷させ、重過失致傷罪の成立を認めた事案があります(東京高判昭57・8・10刑月14・5=6・324)。自転車運転中の人身事故は、基本的に重過失致死傷罪に問われると見ておいた方がよいでしょう。

 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――生命・身体に対する罪
 第02週 堕胎の罪

(1)堕胎の罪
 刑法は、生後の人の生命・身体を保護するだけでなく、胎児の発育をも保護する規定を設けています。堕胎罪の保護法益は、第一には「胎児の生命・身体」ですが、胎児に対する侵害は、母体への侵害を介して行われるので、その保護法益には副次的に「母親の生命・身体」も含まれることになります。
 堕胎罪は、胎児が堕胎によって母体内で死亡した場合に成立するだけでなく(胎児殺)、生きたまま母体外に排出された場合にも成立します。胎児の生命が危険にさらされているからです。その意味で、本罪は危険の発生をもって既遂に達する危険犯です。

1自己堕胎罪
 刑法212条 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1年以下の懲役に処する。

 堕胎とは、自然の分娩期に先立って、人為的に胎児を母体外に排出することです(大判明44・12・8刑録17・2183)。本罪の主体は、「妊娠中の女子」、すなわち胎児の母親です。自分で行なっているので、副次的な保護法益である「母親の生命・身体」は放棄・処分されています(自殺も自傷も不可罰)。堕胎の方法は、薬物またはその他の方法であり、胎児の生命・身体に有害に作用する物に限られます。「その他の方法」のなかに、「他人に依頼して堕胎させる行為」が含まれるかどうかについては、争いがあります。それもまた、「その他の方法」による自己堕胎にあたると解され、依頼されて堕胎した者には同意堕胎罪が成立します。依頼した女子に同意堕胎罪の教唆にあたらないのは、同意堕胎罪は、妊娠中の女子以外の者を行為主体とする加重的身分犯であり、その身分のない妊娠中の女性には刑法65条2項を適用して、「通常の刑」である自己堕胎罪にあたると解されます(総論・共犯と身分)。
 自分自身が妊娠中であると錯誤して薬物を摂取しても、行為客体である胎児は母体の内部には存在していないので、堕胎にはあたりません。胎児が、一般人の見地から存在していると思われていたことを理由に、堕胎への着手を観念できたとしても、自己堕胎罪については未遂の処罰の規定がないので、不可罰です。

2同意堕胎罪・同意堕胎致死傷罪
 刑法213条 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、2年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

 妊娠中の女子からの嘱託・承諾に基づいて、他者によって行われる堕胎罪が同意堕胎罪です。生命・身体への侵害が発生し、それへの同意がない場合には同意堕胎致死傷罪が成立します。本罪は結果的加重犯です(基本犯である同意堕胎罪を故意に行ない、致死という加重結果が生じた場合。学説は加重結果について過失を求めています)。

 妊娠中の女子Aが他の者Bと共同して堕胎した場合、女子Aには自己堕胎罪が、他の者Bには同意堕胎罪が成立し、両罪は共同正犯の関係に立ちます(大判大8・2・27刑録25・261)。BがAに堕胎するよう命じたので、AがCに依頼して堕胎させた場合は、Cには同意堕胎罪が、Aには自己堕胎罪が成立します。BはAに対する自己堕胎罪の教唆またはCに対する同意堕胎罪の教唆にあたると思われます。

3業務上堕胎罪・業務上堕胎致死傷罪
 刑法214条 医師、助産婦、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、3月以上5年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、6月以上7年以下の懲役に処する。

 本罪の行為主体は、医師、助産婦、薬剤師、医薬品販売業者に限られています。業務者による同意堕胎罪であることから、刑罰が加重されています(加重的身分犯)。胎児の生命・身体に対する危険という点では同意堕胎罪も業務上堕胎罪も同じですが、業務者に対する非難可能性が高いため、刑罰が加重されています。

4不同意堕胎罪
 刑法215条 女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、6月以上7年以下の懲役に処する(1項)。前項の罪の未遂は、罰する(2項)。

 妊娠中の女子の同意に基づかない堕胎であり、母体・胎児の両方の生命・身体を脅かしているため、法定刑は最も重くされています。この罪についてのみ、未遂の処罰規定が設けられています。

5不同意堕胎罪致死傷罪
 刑法216条 前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

 本罪は不同意堕胎罪の結果的加重犯です。「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」とは、不同意堕胎から致傷結果が発生した場合、不同意堕胎罪(6月以上7年以下の懲役)と傷害罪(1月以上15年以下の懲役または1万円以上50万円以下の罰金)の法定刑を比較して、その上限・下限とも重い方を採用して処断刑を割り出すという意味です(6月以上15年以下の懲役になります)。不同意堕胎から致死結果が発生した場合、不同意堕胎罪と傷害致死罪(3年以上20年以下)の法定刑を比較して処断刑を割り出します(3年以上20年以下の懲役)。

(2)堕胎罪の関連問題
1母体保護法との関係
 堕胎罪の保護法益は、胎児と母親の生命・身体ですが、母体保護法によって、例外的に違法性が阻却され、その成立が否定される場合があります。

 1996(平8年)に優生保護法が改正され、母体保護法が制定されました。この法によれば、妊娠を継続すること、または分娩することが、身体的・経済的な理由から母体の健康を著しく害するおそれがあり、または倫理的に問題がある場合には、指定された医師が堕胎を行なっても、業務上堕胎罪の違法性が阻却されます(いわゆる人工妊娠中絶)(総論・違法性阻却事由)。ただし、それには妊娠中の女性の同意があること、また妊娠満22週未満であることなどの母体保護法上の一定の要件を満たしていることが必要です。また、母体保護法の要件を満たしていなくても、母体の生命・身体への侵害を避けるためにやむを得ず堕胎を行った場合、緊急避難による違法性阻却が認められる場合がある(総論・緊急避難)。

2堕胎罪と帝王切開の区別――抽象的危険犯説から具体的危険犯説へ
 堕胎は、「自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体外に排出すること」と定義されますが、生命・身体が危険にさらされている母体を「帝王切開」して、胎児を取り出す行為も、堕胎罪にあたるのでしょうか。自然の分娩に先立って胎児を取り出す行為は、問題がないとはいえません(抽象的危険犯説からは堕胎にあたると判断されます)。しかし、それは一定の条件と設備のもとで、母体と胎児の安全に配慮しながら行なわれるので、差し迫った危険が発生しているとはいえません(具体的危険犯説からは堕胎にはあたらないとはんだんされます)。「帝王切開」と堕胎罪とを区別するために、帝王切開は人為的な早産でありますが、胎児の生命・身体には危険が及んでいないので、堕胎罪の構成要件に該当しないと考えるべきです(具体的危険犯説)。

3分娩開始後の胎児――堕胎罪の行為客体か?
 堕胎を「自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体外に排出すること」と定義すると、自然の分娩の開始以降の胎児は堕胎罪の行為客体ではありません。自然の分娩が始まり、胎児が母体外に一部でも露出すれば、それは堕胎罪の行為客体ではなく、殺人罪や傷害罪の客体である人となります。そうすると、自然の分娩の開始から一部露出までの間は(判例・一部露出説)、胎児でもばければ、人でもないことになり、刑法的保護のすきまが生ずることになります。保護のすきまを埋めるために、判例の堕胎概念を少し拡張して、自然の分娩が開始された後、胎児を人為的に母体外に排出した場合には堕胎罪が成立すると考える必要があります。

4堕胎後、放置して死亡させた場合の罪数問題
 医師が自然の分娩期前の胎児を母体外に排出した後、放置して54時間後に死亡させた事案につき、最高裁は、医師に業務上堕胎罪に加え、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました(最決昭63・1・19刑集42・1・1)。両罪は、包括して保護責任者遺棄致死罪の1罪として扱われます。

 この判例は堕胎罪の保護法益を「胎児の生命・身体」(通説・判例)と捉える立場から、遺棄罪の保護法益(人の生命・身体)と区別しています。しかし、堕胎を「嬰児殺」(母体内での胎児殺害または母体外での赤ちゃんの殺害)と捉える立場からは、医師が胎児を排出し、その後の放置して死亡させても、それは一連の嬰児殺の行為であると評価され、業務上堕胎罪が成立するだけである(山口・20)。

 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――生命・身体に対する罪
 第02週 遺棄の罪

(1)遺棄の罪
遺棄罪の保護法益は、扶助(保護)を必要とする者(要扶助者)の生命・身体です。それを保護を受けない状態に置き、その安全を脅かした場合に成立します。判例は、「本罪は、他人の扶持助力がなければ自ら日常の生活を営むべき動作をできない者を遺棄することにより直ちに成立し、現実に生命身体に対する危険を発生させたことを要しない」(大判大4・5・21刑録21・670)と解して、生命・身体に対する危険犯と捉えています(抽象的危険犯説)。
 学説には遺棄罪を生命に対する危険犯と捉える見解(山口・31)がありますが、条文が傷害の罪などの後に配列されていることや、遺棄行為から致死だけでなく、致傷の結果が発生した場合に加重処罰する規定を設けていることからも、遺棄罪を身体に対する危険犯として捉えるべきでしょう)。
 要保護者を遺棄して、そこから傷害または死亡が発生した場合、遺棄致死傷罪が成立する。この場合の遺棄致死傷罪は「結果的加重犯」ですが、致死傷結果につき故意がある場合について、傷害罪や殺人罪が成立するのか、それとも遺棄致死傷罪にとどまるのかは争いがあります。

(2)遺棄罪(単純遺棄罪)
刑法217条 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、1年以下の懲役に処する。

1行為客体
 本罪の行為客体は、「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者」です。それは、判例によれば、他人の助力がなければ通常の日常生活を営むための動作ができず、自己の生命・身体への危険を回避できない者をいいいます(大判大4・5・21刑録21・670)。年齢や障害の状況から扶助の必要性の有無を判断することによって、客体の範囲を特定することができますが、「疾病」については個別的・具体的な検討が必要です。泥酔状態にある者を要扶助者と判断した判例があります(最決昭43・11・7判時541・83)。

2行為
遺棄とは、要扶助者と行為者の間に場所的な離隔を生じさせて、その生命・身体の安全を危険にさらすことをいいます。例えば、要扶助者を危険な場所に連れて行く行為(作為による移置)がそれにあたりますが、さらに「置去り」のような不作為によっても可能です。ある場所(例えば公園)まで要扶助者と一緒に行き(それ自体は移置にはあたりません)、その後、残して帰る動作は「作為」ですが、ここで重要なのは、客体に対して作為をもって働きかけたかどうかです。「置去り」は、客体に働きかけてないので、それは「不作為」として認定されます。
 1人では歩けない人を深夜の山の中に連れていく行為は、その人の生命・身体に危険を及ぼす行為なので、作為による移置であり、それを行なった者はすべて遺棄罪で処罰されます。一緒に山にハイキングに出かけ、夕暮れになって1人残し下山した人もまた不作為による置去りとして処罰されるのでしょうか。不作為犯は、作為義務に反した不作為、つまり保護責任者の不作為だけが問題になるので、保護責任のない人が置き去りにしても、遺棄罪にはあたりません。従って、単純遺棄罪における遺棄は作為による移置に限られることになります。

(3)保護責任者遺棄罪・保護責任者不保護罪
 刑法218条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。

1行為
 本罪は、単純遺棄罪と同様に要扶助者を遺棄する罪ですが、行為主体が保護責任者に限定されているため、「置去り」の場合も遺棄にあたります。要扶助者が危険な場所に移動するのを制止しない不作為は、置去りではなく、移置にあたります。その場合の移置は「不作為による移置」といえます。
 また、要扶助者の生存に必要な保護をなさない不作為は、移置でも、置去りでもあえりません。それは保護責任者による不保護にあたります。乳児にミルクを与えずに栄養障害を発生させた場合がそれにあたります(大判大5・2・12刑録22・134)。ただし学説のなかには、遺棄を「作為による移置」に限定し、「不作為による移置」と「置去り」は「不保護」として扱うものもあります(町野、西田)。
 保護責任者による不作為の遺棄(置去り)と不保護は、不作為が犯罪として規定されているので、真正不作為犯ということができます(総論・不作為犯論)。

2保護責任者
 本罪は保護責任者という身分によって単純遺棄罪の刑を加重した類型です。保護責任者と要扶助者との間に一定の関係があることが必要ですが、判例は保護責任の発生根拠を、法令、契約、事務管理、慣習、条理(先行行為など)に基づいて限定しています。
 保護責任者遺棄罪の範囲を明確にするうえで、誰が保護責任者にあたるのかを判断するための基準が重要になってきます。問題になるのは、交通事故後の「ひき逃げ」の事案です。交通事故は、過失運転致傷罪(自動車運転致死行為処罰法)、「ひき逃げ」は道路交通法の救護義務違反・事故報告義務違反の罪(道交法72条)にあたります。この場合、交通事故(先行行為)を根拠に運転者に負傷者に対する保護責任を課すことができるならば、「ひき逃げ」は救護義務違反であると同時に、保護責任者遺棄罪にあたります。負傷者を遺棄したために死亡させた場合、保護責任者遺棄致死罪になります。そうすると、過失運転致傷罪、救護義務違反の罪・報告義務違反の罪、保護責任者遺棄(致死)罪が成立することになります。ただし、判例は、交通事故を惹き起こしたことだけを理由に運転者に保護責任を課すことができるとは判断していません。事故後に、負傷者を自分の自動車に乗せことによって、運転者の保護責任が認められています(最判昭34・7・24刑集13・8・1163)。
自動車内に負傷者を乗せたことによって、その生命・身体の安全に対する独占的・排他的な保護責任を引き受けたというふうに理解しています。

3軽犯罪法違反の罪と遺棄罪
 軽犯罪法は、「自己の占有する場所内に、老年、幼年、不具若しくは病傷のために扶助を必要とする者又は人の死体若しくは死胎のあることを知りながら、速やかにこれを公務員に申し出なかった」場合、一般人もでも軽犯罪法違反の罪として処罰する規定を設けています(1条18号)。その根拠は、公務員への申出義務違反にあります。要扶助者の生命・身体の安全の確保は、国家(行政)の管轄業務であり、一般人はその業務の遂行を確実にするために、公務員(行政)にその存在を通報する義務が課されているだけです。通報しなかったことを理由に単純遺棄に問われることはありません。

(4)遺棄致死傷罪
 刑法219条 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

 本罪は、単純遺棄罪と保護責任者遺棄罪・不保護罪を行い、致死傷を発生させた場合に成立します。「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」とは、遺棄罪または保護責任者遺棄罪と傷害罪・傷害致死罪の法定刑を比較して、その上限・下限ともに「重い刑」により処断するという意味です。

(5)遺棄罪の応用問題
1生命・身体の安全に対する危険の程度
 遺棄罪の条文は、「遺棄した者は……」と記述されているため、遺棄にあたる行為が行われれば、ただちに成立すると解釈することができます。しかも、「……を遺棄し、その生命ないし身体を危険にさらした者は……」という条文にはなっていないため、危険の発生を要しないと解することも可能です。しかし、全く危険でない行為を処罰するというのは刑罰権の濫用に他なりません。それを制約するためにも、一定の危険の発生が必要であると解すべきです。

 判例は、遺棄罪は「他人の扶持助力がなければ自ら日常の生活を営むべき動作をできない者を遺棄することにより直ちに成立し、現実に生命身体に対する危険を発生させたことを要しない」(大判大4・5・21)と判断して、その成立には生命・身体に対する現実的な危険の発生は必要ではないと解しています。遺棄にあたる行為が行われれば、ただちに遺棄罪が成立するという立場を「抽象的危険犯説」(通説)といいます。理論的には一定の危険の発生を要件とすべきです(具体的危険説)。例えば、病院や教会の前に赤ちゃんを置き去りにする行為は、それだけでは生命・身体の危険はないように考えられます。

2遺棄罪の共犯
 保護責任者遺棄罪は、身分者(保護責任者)が要扶助者を遺棄した場合に成立するが、それを非身分者と共同して行った場合、解釈論上の問題が生じます。

 保護責任者という身分は、基本犯である単純遺棄罪を加重する身分です。従って、身分者と非身分者が共同して要扶助者を作為によって遺棄した、刑法65条2項を適用して、身分者には保護責任者遺棄罪が、非身分者には単純遺棄罪が成立します(総論・共犯と身分)。

 保護責任者不保護罪の場合は、その行為主体は保護責任者に限られているので、その身分は保護責任者不保護罪を構成する身分です。従って、非身分者は単独では保護責任者不保護罪を行なえませんが、非身分者と身分者が共同して保護しなかった場合、刑法65条1項を適用して、保護責任者不保護罪の共同正犯が成立します。しかし、非身分者が単独では行なうことができない保護責任者不保護罪を身分者と共同した場合に同正犯が成立するというのは問題があります。その共犯(教唆・幇助)の成立にとどめるべきだと思いますそのためには、刑法65条1項の「加巧」は「共同正犯」ではなく、「共犯」(教唆・幇助)の意味で理解すべきでしょう。かりに「加巧」に「共同正犯」も含まれるとしても、非身分者の共同正犯を共犯に準じて扱い、任意的に刑の減軽を認めるべきしょう(刑法65条1項には刑の任意的減軽は定められていませんが、改正刑法草案31条1項にはその規定があります)。

 では、身分者と非身分者が共同して要扶助者を「置去り」にした場合、身分者には保護責任者遺棄罪が成立することは明らかですが、非身分者には何罪が成立するのでしょうか。保護責任者による不作為の遺棄の場合、保護責任者という身分は「加重的身分」でしょうか、それとも「構成的身分」でしょうか。「加重的身分」として考えると、刑法65条2項が適用され、非身分者は「不作為による単純遺棄」を行ったとして無罪になります。それに対して、「構成的身分」として考えると、刑法65条1項が適用され、非身分者にも保護責任者遺棄罪が成立します(通説)。ただし、不作為は「不保護」にあたると解するならば、このような解釈論上の問題を検討する必要はなくなります。

3遺棄致死罪と殺人罪の区別は可能か?
 遺棄によって要扶助者が負傷することを予見していた場合、傷害の故意が認められ、死亡を予見していた場合、殺人の故意が認められます。このような場合、遺棄致傷罪・遺棄致死罪が成立するのでしょうか、それとも傷害罪・殺人罪が成立するのでしょうか。遺棄致死傷罪は結果的加重犯であると解すると、死傷につき故意のある場合は、傷害罪または殺人罪にあたることになります。
 例えば、餓死・凍死させる目的で要扶助者を真冬の山中に連れて行くような行為(作為による移置)は、もはや遺棄ではなく殺人の実行行為にあたると判断してよいでしょう。作為の場合はそれで問題はないように思いますが、不作為の場合は、いくつか議論があります。例えば、交通事故後に負傷者を自動車に乗せて病院に運ぼうとしたが、事故の発覚を恐れて、別に場所に死んでもやむをえないと思いながら、置き去りし、その後、第三者によって救助された事案について、「不作為による殺人罪」(不真正不作為犯)の成立が認められました(東京地判昭40・9・30下刑集7・9・1828)。判決では、運転者に課された義務の内容として、「右被害者の傷害の程度、遺棄された時間的、場所的状況等から放置しておけば死亡する高度の蓋然性が認められ」ると述べて、負傷者の生命に対する高度な危険性があったことを理由に、運転者にはこの危険を除去すべき作為義務があったと認定して、その不作為が殺人未遂罪の構成要件に該当すると判断しています。
 負傷者がたんにケガをしたというだけでなく、致命的な傷を受け、命の危険が迫っている状況にあり、運転者にその危険を取り除き、生命を維持すべき義務があったので、殺人未遂罪の構成要件該当性が認められたわけです。しかし、そのような生命への危険性を除去する客観的な義務の程度ではなく、「このまま死んでもやむを得ない」と思っていたことを理由に、殺人罪の構成要件該当性を認めたというのであれば、構成要件該当性判断を主観化することなり、問題です。