Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2015年度前期刑法Ⅰ(総論) 第13週 共同正犯・共犯の諸問題(1)

2015-07-04 | 日記
 第13週(2015年07月07日・09日) 共同正犯・共犯の諸問題(1)

 以下において、共同正犯と共犯の基本問題について簡単に振り返り、いくつかの応用的な問題を考えたいと思います。

(1)共同正犯・共犯の基本問題(おさらい)
1共同正犯
 2人以上の者が、共同して犯罪を実行した場合、その全員が正犯として扱われます。AがXに暴行を加えて財物を奪えば、Aは強盗罪の正犯(単独正犯)です。AとBが強盗を共謀して、AがXに暴行を加え、Bが財物を奪った場合、AとBはともに強盗罪の正犯(共同正犯)です。Aは暴行を、Bは財物の奪取を行なっただけですが、A・Bはそれを共同して実行し(共同実行の事実)、かつ共同して実行する意思に基づいているので(共同実行の意思)、ともに強盗罪の正犯として扱われます。これを「一部実行の全部責任」の原則といいます。

 共同正犯に関する基本問題は、この「共同実行の事実」と「共同実行の意思」をいかに理解するかという論争に集約されます。つまり、それを厳密に理解して共同正犯の成立範囲を狭く捉えるのか、それとも緩やかに理解して共同正犯の成立範囲を広く捉えるのかという問題です。前者に関しては、共謀共同正犯、承継的共同正犯、共同正犯からの離脱の問題があります。後者に関しては、過失犯の共同正犯、結果的加重犯の共同正犯、片面的共同正犯の問題があります。

 共同実行の事実をめぐって、第1の共謀共同正犯については、共同実行の事実の要件を「犯罪の実行共同正犯」から「犯罪の共謀共同正犯」へと緩和する傾向が見られます。しかも、その「共謀」を「事前の明示的な共謀行為」から「現場共謀」へと緩和されています。それは、共同実行の意思の内容について、「明示の意思連絡」から「暗黙の意思連絡」への緩和を引き起こしています。第2の承継的共同正犯については、強盗罪のような結合犯(その類似形態である強姦罪も)に関して問題になります。例えば、先行行為者Aが強盗(または強姦)の目的で暴行を行なった後、後行の行為者Bが財物の奪取(または姦淫)に関与した場合に、Bが自分の強盗(または強姦)を行なうための手段として関与前の暴行を利用した場合には、暴行の承継を認めて、強盗罪(または強姦罪)の共同正犯の成立を認める見解が注目されています(中間説)。第3の共同正犯からの離脱については、同じく強盗罪などの結合犯について問題になります。例えば、AとBが強盗を共謀して、その実行に着手した後、Aがその後の行為を継続することを自らの意思で中止したが、その後はBが単独で財物の奪取を行なった場合です。実行に着手した後に、共同正犯から離脱するためには、実行行為の継続を中止するだけでなく、他の共同正犯者の行為の継続をも阻止する必要があります。

 共同実行の意思をめぐっては、第1の過失犯の共同正犯については、共同正犯は故意犯の共同正犯に限る「犯罪共同説」と故意犯・過失犯の両方について共同正犯の成立を認める「行為共同説」の間で対立があります。AとBが共同の作業として階下に資材を投げ落としたところ、資材が歩行者の頭にあたってケガを負わせ、そのケガがAが投げ落とした資材があたって生じたことが明らかにされた場合、犯罪共同説は「共同実行の意思」を「犯罪の共同実行の意思」、すなわち犯罪の故意の共同と解するので、過失犯の共同正犯はありえず、犯罪としては単独の過失犯が問題になりるだけです。XのケガがAの行為に起因する場合、Aに業務上過失致傷罪の単独正犯が成立し、Bは無罪になります。Xのケガが誰の行為に起因するのかが明らかではない場合、A・Bともに無罪です。これに対して、行為共同説は「共同実行の意思」を「行為の共同実行の意思」、すなわち行為実行の意思の共同と解するので、A・Bが階下に資材を投げ落とす作業を共同して行なっていることを認識していれば、業務上過失致傷罪の共同正犯が成立します。なぜならば、AとBにそのような共同作業の認識があれば、事故を予見し回避する共同の注意義務が科されるからです。第2の結果的加重犯の共同正犯については、傷害致死罪のような結果的加重犯の意義について判例の見解を前提にすると、基本犯である傷害罪について故意があり、それから加重結果である致死が発生していれば、それについて過失がなくても傷害致死罪が成立することになるので、犯罪共同説からは傷害について共同実行の意思があるので、傷害致死罪の共同正犯が成立することになります。しかし、加重結果について過失が必要であるという通説の立場から考えると、犯罪共同説からは傷害罪の共同正犯しか成立しません。致死の原因が明らかになれば、その行為者に傷害致死罪の単独正犯が成立します。これに対して、行為共同説からは、致死結果について共同の注意義務違反があれば、傷害致死罪の共同正犯が成立します。第3の片面的共同正犯については、「共同実行の意思」がないので、片面的共同正犯は成立しえません。例えば、AがXを狙撃するために引き金を引いたとき、Bが一方的に協力する目的で同じように引き金を引き、XがAの弾丸を受けて死亡した場合、片面的共同正犯が成立しないので、Aは殺人既遂罪の単独正犯、Bは殺人未遂罪の単独正犯になります。これが判例の考えです。これに対して、片面的共同正犯を認めるなたば、Aには殺人既遂罪の単独正犯が、Bには殺人既遂罪の共同正犯が成立します。

2共犯
 刑法の目的は法益保護であり、そのために法益を侵害する行為を犯罪として処罰します。法益侵害行為は、犯罪の構成要件に該当する行為であり、その行為を処罰するのが基本であり、それが正犯です。それ以外の行為を行なって犯罪の実行に関与しても、正犯として処罰することはできません(限縮的正犯概念)。ただし、それ以外の行為で教唆・幇助にあたる行為を行なった場合にだけ例外的に処罰されます。教唆・幇助を共犯といい、それは処罰領域を拡張する理由であると解されています(刑罰拡張事由)。

 教唆は、人に犯罪遂行の意思を生じさせて、それを実行し、法益侵害の結果を発生させることです。教唆したが、その実行に着手しなかった場合には、教唆は成立しません(共犯従属性説)。共犯は正犯の実行が行なわれた場合にしか成立しません(実行従属性説)。しかも、それが犯罪の構成要件に該当し違法でなければなりません(要素従属性説:制限従属性説)。例えば、AがBを教唆してXを殺害させた場合、Bは殺人既遂罪の正犯、Aはその教唆犯です。では、AがBを教唆してXを殺害させたが、Xのところでは殺意は生じがなかった場合、殺人の故意を責任要素と捉えると、Bの行為は殺人罪の構成要件に該当し違法なので、Aには殺人罪の教唆が成立しますが、殺人の故意を構成要件要素と捉えると、Bの行為は殺人罪の構成要件に該当しないので、Aには殺人罪の教唆は成立しません。この場合、Aは故意なきBを道具のように利用してX殺害を行なった殺人罪の間接正犯になりますが、主観的には殺人の教唆の故意しかなかったので、抽象的事実の錯誤の問題として、殺人罪の構成要件のなかに殺人罪の教唆の類型が包摂され、その部分について重なり合いがあれば、殺人罪の教唆の成立が認められますが、故意を構成要件的故意と捉えるならば、道具であるBには殺意はないので、重なり合いは認められないことになります。故意を責任要素と解するならば、重なり合いは認められます。

 幇助は、すでに犯罪遂行の意思のある人に物理的または心理的に援助して、その遂行を容易にすることです。例えば、AがX殺害を計画しているBに拳銃を貸し与えて幇助して、それを実行させた場合、Bは殺人既遂罪の正犯、Aはその幇助犯です。また、AがX殺害を計画しているBに対して、「家族のことはオレが面倒を見る」と激励して、それを実行させた場合もBは殺人既遂罪の正犯、Aはその幇助犯です。物理的幇助の場合、幇助行為は生命侵害に対して因果的な影響を及ぼしていることは明らかですが、心理的幇助の場合、生命侵害を促進したかどうかは可視的ではないので、殺人の故意が強化されたかどうか、その心理的幇助が一般に人の決意を強化するものであったかどうかによって判断することになります。幇助については、判例が片面的幇助を認めています。なぜならば、幇助は、教唆のように「人を幇助して犯罪を実行させた者は」と規定されていません。「正犯を幇助した者は」という条文になっているので、正犯のところで幇助されている認識がなくても構わないように解釈できる余地があるからです。

 共犯は、正犯の構成要件該当性と違法性に従属して成立しますが、違法性を「法益侵害」(結果無価値論)と捉えると、共犯の成立要件として、教唆・幇助と法益侵害の(間接的な)因果関係が必要になりますが、「倫理的規範違反」(行為無価値論)と捉えると、法益侵害との因果関係は必要ではなく、反倫理的な行為との因果関係で足りる、つまり法益侵害との関連が希薄になります。行為無価値論のほうが、共犯の成立要件がゆるいように思います。

3共犯の故意(再論)
 教唆・幇助の故意は、正犯に犯罪を行なわせることの認識です。例えば、正犯に殺人罪を行なわせることの認識です。Aが、Bに「Xを殺害せよ」と指示し、BがXを殺害した場合(あるいは殺害するに至らなかった場合)、Bは殺人既遂罪(あるいは殺人未遂罪)の正犯であり、Aは正犯の殺人既遂罪を行なわせる認識があったので、殺人既遂罪(あるいは殺人未遂罪)の教唆になります。つまり、教唆の故意は、「正犯に既遂結果を惹起させる認識」です。

 では、薬物捜査官Aが、覚せい剤の売人Bに対して、薬物取引の現場を押さえて、「覚せい剤譲渡未遂罪」の現行犯で逮捕するために、「覚せい剤を売ってくれ」と依頼し、覚せい剤の譲渡を教唆し、Bがカバンから覚せい剤を取り出し、手渡そうとしたところで(覚せい剤譲渡罪の実行に着手したところで)、覚せい剤譲渡未遂罪の嫌疑で現行犯逮捕しました。Bは覚せい剤譲渡未遂罪の正犯です。では、Aはその教唆になるのでしょうか。これは、いわゆる「アジャン・プロヴォカトゥール」の問題です。結論的には、Aには覚せい剤譲渡未遂の教唆は成立しません。それは、Aには「教唆の故意」(人に覚せい剤譲渡既遂罪を行なわせる認識)がないからです。

 「アジャン・プロヴォカトゥール」を不可罰にするための根拠づけとしては、「教唆の故意がない」という理由で足ります。しかし、その説明の前提には、「覚せい剤譲渡の教唆にあたる行為を行なっているが……」という評価があります。しかし、その説明が十分に行なわれているとはいえません。確かに、Bは覚せい剤譲渡未遂を行なっています。それはBから見れば、「公衆衛生や健康」という法益に対して具体的危険性のある行為です。では、それはAから見ても違法なのでしょうか。Aから見れば、それは未遂に終わるべくして、終わっているので、法益侵害の具体的危険性があるとはいえない(Aに覚せい剤譲渡罪の実行に着手させていない)のではないでしょうか。このように、正犯Bの行為と教唆犯Aの行為の間に「違法の相対性」があることを前提にして、Bの行為に法益侵害の具体的危険性があっても、Bの行為にはそれがないと判断することができるならば、「アジャン・プロヴォカトゥール」は、客観的には「覚せい剤譲渡未遂の教唆」にあたるが、「教唆して覚せい剤譲渡既遂を実行させる認識(教唆の故意)がない」というのではなく、Aが行なった行為は、Bから見れば、覚せい剤譲渡の実行の着手が認められない、その未遂の構成要件該当行為を行なわせていないと説明することもできるのではないでしょうか。

(2)必要的共犯
刑法60条「共同正犯」、61条「教唆犯」62条「幇助犯」の規定は、一般には単独で行ないうる犯罪に対して複数人が関与した事案に関するものです。例えば、殺人罪のような犯罪は1人でも実行できますし、人にそそのかされなくても、また他人から援助を受けなくても実行できます。このような犯罪を2人以上で実行する共同正犯、教唆・幇助によって関与する共犯を「任意的共犯」といいます。

1多衆犯・集団犯
 これに対して、犯罪には一定の人数規模で行なわれることを前提とした犯罪や、犯罪が成立するためには相手方の存在が必要な犯罪があります。これを「必要的共犯」といいます。例えば、内乱罪(77)、騒乱罪(106)は、それが成立するためには、その実行行為である暴行を一定規模の多数(多衆)の人間集団が行なうことを前提にしています。凶器準備集合罪(208の2)もまた、集合という実行行為を一定規模の集団によって行なわれることを前提にしています。これらは必要的共犯のなかでも、多衆犯または集団犯とよばれています。多衆犯・集団犯の場合、複数人の集団による犯罪であることが前提になっているので、刑法60条を適用して、共同正犯として扱う必要はありません(内乱罪のように集団内部の役割分担を理由に刑が個別化されている場合もあります)。集団の外から、その集団に協力する行為に対して刑法61条を適用して、集団犯の教唆の成立が認められています。

2対向犯
 また、犯罪が成立するために、相手の犯罪が必要なものがあります。重婚罪(184)、賭博罪(185)、収賄罪(197以下)・贈賄罪(198)などがそうです。覚せい剤の譲渡罪・覚せい剤の譲受罪(覚41の2)もそうです。相手の存在が必要であるという意味で、「対向犯」といいます。重婚とは、配偶者のあるAが他の人Bとの間で(法的または事実的に)婚姻関係に入ることですが、Aだけでなく、Bも重婚罪に問われます(ただし、Bに重婚の故意がない場合、重婚の構成要該当性または故意が否定されます)。賭博罪は、一般のギャンブルと同じで、賭博を主催する「親A」と、その人を相手にして賭け事をする「子B」によって成立します。Bに賭博罪が成立し、Aにも賭博罪または賭博場開帳図利罪(186)が成立します。収賄罪はワイロを収受する行為であり、それが成り立つためにはワイロを供与する人が存在していなければなりません。それが贈賄罪です。覚せい剤の譲渡と譲受も同じです。

 ただし、ある犯罪が成立するために、相手方の存在が必要であっても、その相手の処罰が最初から否定されているものがあります。例えば、わいせつ文書頒布罪(195)や嘱託殺人罪(202)などです。わいせつ文書の「頒布」とは、譲渡や販売などの行為ですが、例えばAの譲渡・販売が成立するためには、相手方Bの譲受・購入という行為が必要であるにもかかわらず、処罰されるのはAの頒布(譲渡・販売)だけで、Bの譲受・購入は除外されています。嘱託殺人罪は、AがBからの嘱託を受けてBを殺害する行為ですが、その成立には殺害を嘱託するBの存在が必要です。Bの処罰も最初から除外されています。Bが殺されなかった場合、Aは嘱託殺人未遂罪ですが、生き残ったBを処罰する規定はありません。

3対向犯として処罰されない相手方を教唆として処罰することができるか?
 しかし、考えるべき問題があります。例えば、Bがわいせつ文書を買いたいとか、殺してくれと嘱託したから、Aがわいせつ文書頒布罪や嘱託殺人(未遂)罪を行なった場合、Bを対抗犯として処罰される規定がなくても、Aに対する販売依頼や殺人嘱託を教唆として処罰することがきでうのではないかという問題です。この場合、Bは犯罪の被害者です(わいせつ文書頒布罪の法益は、性秩序や性的道義観念であり、その担い手はBを含む社会全体です)。「被害者は加害者の共犯にはなりえない」ので、Bが処罰から除外されているのは至極当然です。刑法において、対抗犯の一方の当事者が処罰され、他方の当事者が処罰されていないのは、立法者がそのように判断したことの表れでしょう(立法者意思説)。例えば、弁護士法は、弁護士でない人が弁護活動を行なうのを禁止・処罰していますが(弁72・74)、非弁活動は1人でできるものではなく、それを依頼する人がいるから行なわれるのです。非弁活動を依頼した人は、その教唆にあたるのかというと、判例は否定しています(最判昭43・12・24刑集22巻13号1625頁)。なぜかというと、刑法が非弁活動の依頼人を処罰する規定を設けなかったのは、そのような立法判断があったです。それにもかかわらず、それを教唆規定を用いて処罰するというのは、法の意図するところではないというのです。

 ただし、「立法者がそのように判断したからだ」というだけでは説明としては十分ではありません。むしろ立法者がそのように判断した実質的な根拠が明らかにされるべきです(実質的根拠説)。一方の当事者だけ処罰し、他方の当事者を処罰しない規定を設けた実質的な根拠は、Aが惹起した法益侵害は、Bから見て(または、Bがそれを自分で惹起した場合)、法益侵害とはいえないという点にあります。正犯Aが惹起した結果は、Aから見れば違法ですが、背後にいるBから見れば違法ではないということです。ここには共犯の処罰根拠論におういて問題になった「違法の相対化」を認める考えがあります(純粋惹起説と混合惹起説)。この説明は、殺害を嘱託したBの行為について、ストレートにあてはまります。しかし、わいせつ文書頒布を依頼したBについては異論もあります。というのは、わいせつ文書頒布罪の被害者はBを含む社会全体ですが、Bもまた性的秩序という社会的法益を侵害しうる立場にあるからです。つまり、BはAを教唆して、にわいせつ文書を頒布させて、自分が受け取ることによって、B自身がが性的秩序を乱していると認定することができるからです。ただし、Bに教唆の成立を認めることができても、それは譲渡・販売(頒布)という行為に対応する譲受・購入を超えて、積極的に働きかける行為でなければ、教唆にはあたらないと思います。例えば、Bが近所の小学校にわいせつ文書をばらまくために、Aに対して大量のわいせつ文書の販売を依頼し、それを受け取ったBが小学校にばらまいたとします。Bはわいせつ文書頒布罪の正犯ですが、それ以前に、Aのわいせつ文書頒布罪の教唆にあたるかと考えると、BがAに依頼する行為は、「単純な譲渡・販売の依頼」を超えて、積極的に働きかけてわいせつ文書頒布を行なわせた教唆といえるでしょう。とはいえ、「単なる 譲渡・販売の依頼」と「それを超える積極的な働きかけ」の限界は、さほど明確ではありません。

4他人を教唆して、自分の刑事事件の証拠を隠滅させた場合
証拠隠滅罪(104)は、他人の刑事事件に関する証拠を隠滅する行為です。自分の刑事事件の証拠を隠滅しても、証拠隠滅罪で処罰できません。Bが自己の殺人罪の証拠(ナイフ)を川に捨てて隠滅しても、証拠隠滅罪の構成要件には該当しません。

 では、BがAを教唆して、自分の殺人罪の証拠を隠滅させた場合はどうでしょうか。AはBという他人の刑事事件の証拠を隠滅したので、証拠隠滅罪の正犯です。BはAを教唆して、それを実行させたので、証拠隠滅罪の教唆をしたことになるのでしょうか。この問題を解くためには、Bが自分の刑事事件の証拠を隠滅しても処罰されない理由を明らかにする必要があります。なぜ自分の刑事事件の証拠を隠滅しても、処罰されないのでしょうか。「自分の刑事事件の証拠は自分の所有物だから、それを隠滅しても罪に問われないから」でしょうか。そうではありません。証拠隠滅罪が個人法益に対する罪であれば、自分で自分の法益を侵害しても罪にはなりませんが、証拠隠滅罪は個人法益に対する罪ではなく、刑事司法の効率的な作用という保護法益を危殆化する犯罪、つまり国家法益に対する罪です。犯罪を行なった行為者が、たとえ自分の刑事事件の証拠であっても、それを隠滅することは、この国家法益を侵害・危殆化することになります。つまり違法だということです。しかし、違法な行為であっても、処罰の対象から除外されているのは、犯罪行為者に対して適法な行為(犯罪捜査機関への自首や証拠の提出)を行なうよう期待することが不可能か、または非常に困難だから(適法行為の期待可能性がないから)、非難可能性がない(責任がない)ので、あらかじめ処罰する条文が設けられていないからです。

 このように自分の刑事事件の証拠の隠滅は、違法ではあるが、責任がないと解すると、BがAに自分の刑事事件の証拠を隠滅させる行為は、他人を教唆して(その他人から見れば他人の)証拠を隠滅する行為を行なわせたことになるので、証拠隠滅罪の教唆にあたることになります(最決昭40・9・16刑集19巻6号679頁)。Bが自分で自分の証拠を隠滅するのは、適法行為の期待可能性がないので非難できないといえますが、他人を巻き込んで、他人にさせるのも、適法行為の期待可能性がないとはいえないでしょう。判例は、これを「防禦の濫用」であると指摘しています。

(3)共犯と身分
 次は、「共犯と身分」という問題について考えたいと思います。

1身分犯の意義
 刑法には、「身分犯」と呼ばれる犯罪があります。「身分犯」とは、一定の社会的地位や職業などが犯罪の成立要素、とくに行為主体の重要な要素になっている犯罪をいいます。従って、身分の要素を持たない者には、「身分犯」を行なうことはできません。その典型は、例えば収賄罪における「公務員」、保護責任者遺棄罪における「保護責任者」などです。強姦罪の行為主体は、法文上は特定されていませんが、行為客体が「女子」に限定されていること、実行行為が「姦淫」(男性の生殖器を女性の生殖器に挿入する行為)とされていることなどを踏まえると、その行為主体は「男性」に限定にされます。それゆえ、刑法典の犯罪のうち、どれが身分犯であるかは、その規定の形式や解釈によって特定されることになります。事後強盗罪(238)は「窃盗が」、強盗致死傷罪(240)は「強盗が」という規定形式で定められているので、それらは身分犯と解することができますが、学説には窃盗と暴行・脅迫の、また強盗と傷害・傷害致死・殺人の「結合犯」と解するものもあります(詳細は刑法各論で学んでください)。

2身分犯の諸類型
 このように身分犯とは、行為者の身分が犯罪の成立要素になっている犯罪ですが、それには構成的身分犯と加減的身分犯(加重的身分犯と減軽的身分犯)という2つの種類があります。

 構成的身分犯とは、それ自体としては犯罪にあたらない行為ですが、特定の身分をする者がそれを行なうことで、その行為が初めて可罰性を帯びる犯罪をいいます。その典型例が収賄罪です。国家や地方自治体などから正式の職員として採用・選挙され、一定の職務に従事することを義務付けられている者が、その職務に関連して、他者から金銭や物品を受け取った場合、収賄罪が成立します。公務員であることは、収賄罪を構成する身分(構成的身分)です。これに対して、民間企業の社員が同じ行為を行なっても、処罰の対象にはなりません。ただし、社内規則によって懲戒処分を受けることが多いです。

 加減的身分犯とは、それ自体として犯罪にあたる行為を身分を有する者が行なった場合、その刑が加重されたり、また減軽されたりする犯罪をいいます。例えば、他人から預かった物を自分の欲しいままに利用・処分する行為は横領罪にあたります。物品を預かった以上、そのような行為は誰が行なっても横領罪にあたりますが、それを業務者が行なった場合、業務上横領罪として刑が加重されます。業務者であることは、業務上横領罪の刑を加重する身分(加重的身分)です。保護責任者遺棄罪も同じです。

 なお、事後強盗罪の「窃盗」、強盗致死傷罪の「強盗」は、「身分犯」の要件であると解することができたとしても、それは構成的身分なのか、それとも加減的身分なのか、解釈論上の争いがあります。

 そもそも、なぜ犯罪を構成する身分というものがあるのでしょうか。それは、その身分者が重要な法益を担っていたり、重大な義務を負っているからです。犯罪の刑を加重する身分もまた、法益侵害や義務に対する侵害性を重大かするからです。だから、罪になったり、刑が加重されたりすると考えられます。

3共犯と身分
 共犯と身分の問題類型は、(①)構成的身分犯と(②)加減的身分犯に関して、以下のように分類して考察することができます。(1)構成的身分犯に非身分者が関与した場合、(2-1)加減的身分犯に非身分者が関与した場合、(2-2)非身分者の罪に加減的身分犯の身分者が関与した場合です。これらの問題類型の扱いに関しては、刑法65条が適用されます。ただし、65条の条文解釈は複雑です。(③)として、その複雑さについて考えたいと思います。

①構成的身分犯に非身分者が関与した場合(構成的身分の連帯作用)
 まず、(1)構成的身分犯への非身分者の関与です。この関与者には、65条1項が適用される。なお、「関与」の形態には、共同実行の形態と教唆・幇助の形態の2種類があることに留意してください。

 65条1項によれば、「犯人の身分によって構成すべき犯罪行為」に非身分者が関与したときは、非身分者には構成的身分犯の「共犯」が成立すると規定しています(この「共犯」には共同正犯と教唆・幇助も含まれると通説・判例は考えています)。構成的身分犯は、身分を有する者にのみ成立する犯罪であるので、非身分者が単独でそれを行なっても処罰されませんが、構成的身分犯に非身分者が関与した場合、構成的身分犯の共犯が成立するというのが65条1項の趣旨です。その理由は、刑法65条1項が、「構成的身分への連帯作用」を認めているところにあります。例えば、公務員Aの収賄(197)に非公務員Bが加功した場合、A・Bに収賄罪の共犯(A・Bの共同正犯、またはAの正犯とBの共犯)が成立します。

②-1加減的身分犯に非身分者が関与した場合(加減的身分の個別化作用=その身分者への非連帯)
 次に、(2-1)加減的身分犯への非身分者の関与については、65条2項が適用されます。65条2項によれば、「身分によって特に刑の軽重があるときは」、「非身分者」には「通常の刑」が科されます。「通常の刑」とは、身分によって刑が加重・減軽される前の刑を意味します。加減的身分犯は、一般に誰によっても行ないうる犯罪の刑を身分によって加重・減軽する犯罪です。加減的身分犯に非身分者が加功した場合、身分者には加減的身分犯の刑が、非身分者には「通常の刑」が科されます。その理由は、65条2項が「加減的身分の個別化作用」を認めているとことにあります。例えば、Aの常習賭博(186)に非常習者Bが加功した場合、身分者Aは常習賭博罪の、非身分者Bには単純賭博罪の共犯が成立します。

②-2非身分者の罪に加減的身分犯の身分者が関与した場合(通常の刑の罪の身分者への連帯作用)
 では、(2-2)非身分者の罪に加減的身分犯の身分者が加功した場合、どのように扱われるのでしょうか。非常習者Bの単純賭博に常習者Aが関与した場合、非身分者Bには単純賭博罪が成立しますが、常習者Aには単純賭博罪の共犯が成立するのでしょうか。それとも、常習賭博罪の共犯が成立するのでしょうか。65条2項は、「身分のない者には通常の刑を科する」と定めているだけで、「身分のある者に加減された刑を科する」とは定めていません。この問題は、共犯の処罰根拠論と関わっています。

③共犯の処罰根拠(再論)
 この問題は、共犯の処罰根拠論と関わっています。通説の惹起説(因果的共犯論)は、共犯が(直接的に法益侵害を行なった)正犯を介して間接的に法益侵害に関与したところに共犯の処罰根拠があると主張します。ただし、その学説のなかでも、「違法の相対化」を認めない修正惹起説と「違法の相対化」を認める純粋惹起説・混合惹起説の間で対立があります。

 修正惹起説は、正犯の違法と共犯の違法は同じだと考えるので、常習者Bが非常習者Aを教唆して、単純賭博罪の構成要件に該当する違法な行為を行なわせた場合、Bには単純賭博罪の教唆になります。

 これに対して、純粋惹起説は、違法の相対化を認めるため、常習者Bには常習賭博罪の教唆が成立することになります。ただし、混合惹起説も「違法の相対化」を認めますが、正犯の違法は共犯の違法を上回ることができても、共犯の違法は正犯の違法を上回ることはできないと考えるので、Bは常習者ですが、単純賭博罪の教唆しか成立しません。

 この事案に関する限り、Bに単純賭博罪の教唆を認める純粋惹起説と混合惹起説は、Bの教唆は、正犯Aの賭博行為によって惹起された単純賭博罪の構成要件該当の違法な結果に従属すると解しています。その基礎には、結果無価値論的な違法論があるようです。これに対して、Bに常習賭博罪の教唆を認める純粋惹起説は、Bの教唆行為は常習性の表現したものであり、その違法性には常習性が備わっていると解しています。その基礎には、行為無価値論的な違法論があるようです。

4判例における身分の定義
 判例は、「刑法65条にいわゆる身分は、男女の性別、内外国人の別、親族の関係、公務員たる資格のような関係のみならず、総て一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態を指称する」(最判昭和27・9・19刑集6巻8号1083頁)として、身分の意義を広く解しています。性別、国籍、親族関係、職業などを理由とする身分については確定しやすいですが、それ以外の身分は解釈に委ねざるをえません。判例では、麻薬輸入罪の「営利の目的」も「犯人の特殊な状態」であり、身分に含まれるといいます(最判昭和42・3・7刑集21巻2号417頁)。

5適用範囲
 非身分者が構成的身分犯に加功した場合、65条1項によれば、構成的身分犯の「共犯」が成立します。この「共犯」には、教唆・幇助だけでなく、共同正犯も含まれます(大判明44・10・9刑録17輯1652頁、大判昭和9・11・20刑集13巻1514頁)。この点は、すでに述べました。

 しかし、非身分者は単独では身分犯の「正犯」にはなりえない、身分者と共同して実行すれば「共同正犯」になるのというのは、実は単純には理解できない問題であるはずです。学説には、「共犯」には「共同正犯」は含まれず、非身分者には「教唆・幇助」しか成立しないと解するものがあります。

(4)不作為と共犯
 不作為と共犯の問題は、不作為犯の共同正犯、不作為犯に対する共犯、不作為による共犯の問題があります。

1不作為犯の共同正犯
不作為犯の共同正犯は、真正不作為犯の共同正犯と不真正不作為犯の共同正犯です。

 真正不作為犯の共同正犯は、不退去罪(130後)の共同正犯です。例えば、A・Bが一定の理由に基づいて、他人の住居に立ち入った後、家人から退去を求められたにもかかわらず、共同して退去しなかった場合、不退去罪の共同正犯が成立します。

 不真正不作為犯の共同正犯は、不作為による殺人罪(199)の共同正犯です。例えば、医師Aと看護師Bが、病院で生まれた新生児Xを殺害するために、保育器に入れるなどの適切な措置をとらずに放置して殺害したような場合です。AとBには、新生児に対して共同して医療措置を講ずる義務があり(保障者的地位)、その措置を講ずることが可能で(作為の可能性)、また容易であったにもかかわらず(作為の容易性)、それを故意に行わなかったので、その不作為は殺人罪の実行行為にあたります。適切な措置を講じていたならば、Xの死亡は「十中八九」回避しえたので、不作為による殺人罪の共同正犯が成立します。

2不作為犯に対する共犯
 Bが理由があって他人の住居に立ち入った後、退去するよう命ぜられたにもかかわらず、退去しなかった場合、退去せずに不退去の態度をとったBの不作為は不退去罪に該当します。Aがそれを教唆して行なわせた場合、AはBを(作為によって)教唆し、不退去罪を行なわせたとして、刑法65条1項を適用し、不退去罪の教唆が成立するといえます。このように真正不作為犯の場合の共犯は、65条1項を適用することで解決されます。

 では、不真正不作為犯の場合はどうでしょうか。例えば、刑法217条の単純遺棄罪、218条の保護責任者遺棄罪・保護責任者不保護罪について考えてみます。刑法217条は作為による単純遺棄罪を定め、218条は前段に作為・不作為による保護責任者遺棄罪、後段に不作為による保護責任者不保護罪を定めています。217条の作為による単純遺棄罪と218条前段の作為による保護責任者遺棄罪とは減軽類型・加重類型の関係にあるので、保護責任者ではないAが保護責任者であるBに要扶助者Xを遺棄させた場合、保護責任者Bは、作為による保護責任者遺棄罪の正犯、保護責任者ではないAは、刑法65条2項を適用して、単純遺棄罪の教唆になります。

 では、保護責任者ではないAが、保護責任者のBを教唆して、不作為による保護責任者遺棄(218条前段)や保護責任者不保護(218条後段)を行なわせた場合はどうでしょうか。Bは不作為による保護責任者遺棄罪や保護責任者不保護罪の正犯です。これらは法文に規定がある不作為犯、真正不作為犯です。Aが教唆して真正不作為犯を行なわせた場合、どうなるのでしょうか。この場合、刑法65条1項を適用して、保護責任者ではないAにも保護責任者遺棄罪や保護責任者不保護罪の教唆犯が成立することになります。しかし、そうすると、正犯Bが作為による保護責任者遺棄罪を行なった場合と比べて、Aの罪責が重くなるので、ここでもAには、不作為による保護責任者遺棄罪や保護責任者不保護罪の教唆にとどまると解すべきでしょう。

3不作為による共犯
 不作為による共犯とは、教唆・幇助それ自体が不作為によって行なわれ、それによって正犯の作為が促進される場合です。正犯は作為によって行なわれる場合が多いので、その証明は比較的容易ですが、それを不作為によって教唆・幇助する、とくに不作為によって幇助する場合の証明は容易ではないでしょう。

 例えば、内縁の夫BがAの子どもXを虐待しているときに、Aが何もせずに、傍観したとします。その結果、BはXを死に至らしめました。Bには傷害致死罪が成立します。では、Aはどのようい扱われるのでしょうか。Aが何もしない不作為によって、Bの虐待を促進したというならば、Bの傷害致死罪を不作為によって幇助したということができます。

 幇助は、一般には物理的・心理的な援助であり、それは作為で行なわれることが想定されています。従って、不作為による幇助というのは、一定の作為義務に反した不作為の場合に該当することになります。つまり、Aが幇助したといえるには、Aに実の子Xの生命や身体の安全を守るべき義務(保護義務)、または内縁の夫Bの虐待を阻止すべき義務(阻止義務)があったにもかかわらず、それ行なわなかったといえる場合です。Aにそのような作為義務があったといえるならば、傍観する態度を盗り続けたことによって、Bの虐待が加速し、Xを死亡させたといえるのえ、Bの傷害致死を不作為によって幇助したと認定することができます(札幌高判平成12・3・16判時1711号170頁)。

 ただし、不作為による幇助の成否は、作為義務の内容が法律で明示されていないので、不真正不作為犯論の作為義務論に基づいて、厳格に認定されなければなりません。Aが被害者Xとの関係において、保護義務を負う保障人であること、また加害者との関係において阻止義務を負う保障人であること、その作為義務は、その履行が求められた時点において履行可能であったこと、また容易であったこと、などの要素を厳格に認定することによって、不作為による幇助の成否を判断しなければなりません。

 かりにBの飲酒癖・暴力癖がひどく、Xを守ろうとすると、Bの暴力が自分に向けられるおそれがあったり、A自信が妊娠中であり、お腹の胎児が被害にあうおそれがあったような場合には、Aが保障人的地位にあったとしても、作為義務を履行することは可能でなかったとか、容易でなかったといえるかもしれません。そうすると、作為義務は否定されます。さらに、これらの要素が満たされ、客観的に見て作為義務に反した不作為を理由に幇助の類型に該当していても、それ以外の適法行為の期待可能性がなかったならば、幇助の責任は阻却されます。






















 第13週 練習問題

(1)基本問題
1 単独で行なえる犯罪を共同して実行した場合を「任意的共犯」という。最初かか複数人で行なうことが予定されている場合を「必要的共犯」という。(     )
 必要的共犯には、「集団犯」(または「多衆犯」)と「対向犯」がある。

2 集団犯には「       罪」、「       罪」、「       罪」などがある。

3 対向犯には「       罪」、「       罪」、「       罪」などがある。

4 公務員の夫Aと非公務員の妻Bは、入札予定前に落札予定価格を業者に教えた見返りに、共同してワイロを受け取った。Aは公務員であるので、公務員のみを行為主体とする収賄罪が成立する。しかし、Bは公務員ではないので、収賄罪の行為主体にはなりえないので、収賄罪の共同正犯にはならず、収賄罪の幇助にしかならない。(     )

5 身分者が行なった場合と、非身分者が行なった場合とで法定刑が加重・減軽される犯罪のことを「不真正身分犯」または「加減的身分犯」といい、例えば保護責任者遺棄罪や常習賭博罪がこれにあたる。(     )

6 賭博の非常習者Aが、常習者Bに対して賭博の資金を貸し与えて、賭博を幇助した場合、単純賭博罪の幇助犯が成立する。(     )

7 尊属殺人罪(旧200)によれば、子どもが親を殺害すれば、通常の殺人罪よりも刑が加重されますが、それが設けられていた時代の判例によれば、加重的身分者である子どもAが、親Bを殺害するよう友人Bを教唆して実行させた場合、Bには通常の殺人罪が、Aには尊属殺人罪の教唆が成立する。(     )

8 このような判例の考え方を一般化することができるならば、例えば賭博で大儲けをしたために、真面目に働いて金銭を得ることがバカらしくなったAが、賭博の経験のない友人Bに賭博の仕方を教え、賭博させた場合は、単純賭博罪の教唆が成立することになる。(     )

9 不作為犯の共犯の例としては、A・BがXの家に立ち入った後、Xから退去するよう求められたにもかかわらず、退去しない「       罪」の共同正犯がある。

10 不作為による共犯の例としては、実子Xを虐待する内縁の夫Bを静止せずに、見て見ぬふりをした実母Aの事案では、Xが虐待死した場合、「         罪」の幇助の成立が認められている。


(2)練習問題
1集団犯
・Aらは日本で内乱を実行するために、組織的な暴力的デモを計画した。Aが参謀本部の部長になり、組織メンバーのBが副参謀、そのともでCが資金調達、Dが実行部隊を務めた。彼らは、デモ行進を開始したとたん、警官隊により鎮圧された。Aの供述によると、組織メンバーのEが警官隊の活動を妨害するために、近くで交通渋滞を引き起こしたこと、事前に組織メンバーではないFから資金を受けていたことが判明した(Fはデモに不参加)。

 A・B・C・D 内乱罪の正犯(集団犯なので、騒乱罪の共同正犯と表現するのは不適切)

 E 内乱罪の正犯または幇助犯?

 F 内乱罪の幇助犯?


2対向犯
・交通事故を起こしたAは、Bが弁護士資格を持っていないことを知りながら、Bに依頼して、被害者Xとの示談交渉に当たらせた。

 B 非弁活動罪の正犯

 A 非弁活動罪の教唆犯?
   立法者意思


・AはBに自分を殺すよう依頼した。Bは、Aを殺そうとしたが、殺すに至らなかった。

 B 嘱託殺人未遂罪の正犯

 A 嘱託殺人未遂罪の教唆?
   Bが惹起した「A嘱託殺人未遂」は、Aから見た場合、法益侵害・危殆化か?
   違法の相対性(純粋惹起説・混合惹起説)


・Aは、Bに対して、「暴力団から離脱したければ、日々を詰めよ」と命じた。Bは左手の小指を切り落とした。

 B 自傷(傷害罪の構成要件に該当しないので、不可罰)

 A 傷害罪の教唆?
   Bが惹起した「A自傷」は、Aから見た場合、法益侵害・危殆化か?
   違法の相対性(純粋惹起説)


・教師Aは、授業中にノートに落書きをした生徒Bに対して、そのノートを破棄するよう指示した。Bはノートを破り捨てた。

 B 財産の任意的処分(器物損壊罪の構成要件に該当しないので、不可罰)

 A 器物損壊罪の教唆?
   Bが惹起した「Aノート破棄」は、Aから見た場合、法益侵害か?
   違法の相対性(純粋惹起説)


・AはBに教唆してわいせつ文書を頒布させ、それを受け取った。

B わいせつ文書頒布罪の正犯

A わいせつ文書頒布罪の教唆?
  Bが惹起した「わいせつ文書頒布」は、Aから見た場合、法益侵害か?
  違法の相対性(純粋惹起説・混合惹起説)


・罪を犯したAは、妻Bに働きかけて、その事件の証拠を隠滅させた。

 B 証拠隠滅罪の正犯(ただし、105の適用可能)

 A 証拠隠滅罪の教唆犯?
   Bが惹起した「A刑事事件の証拠隠滅」は、Aから見た場合、法益侵害か?
   違法の連帯性(修正惹起説)


2共犯と身分
・構成的身分犯の意義を説明し、その例を挙げなさい。


 非公務員Aは、公務員Bの職務に関連して、企業Cからのワイロを共同して受け取った。
 C 贈賄罪の正犯

 A・B 収賄罪の共同正犯正犯?
     刑法65条1項


 非公務員Aは、公務員Bに働きかけ、その職務に関連する企業Cからワイロを受け取らせた。
 B 収賄罪の正犯

 C 贈賄罪の正犯

 A 収賄罪の教唆犯
   刑法65条1項


・加減的身分犯の意義を説明し、その例を挙げなさい。


 賭博常習者Aは未経験者Bと一緒に賭博を行なった。
 A・B 刑法65条2項 身分者Aには常習賭博罪の正犯
             非身分者には単純賭博罪の正犯

A・Bは単純賭博罪の範囲で共同正犯(単純賭博の違法性の連帯)
             常習性は個別化(賭博罪の責任の個別化


 賭博の常習癖のないAは、常習者Bに資金を提供して賭博をさせた。
 B 常習賭博罪の正犯

 A 刑法65条2項 「身分のない者には通常の刑を科する」
           Aは常習癖のない者(身分のない者)
           →(通常の刑の罪である)単純賭博罪の教唆


 賭博の常習者Aは、常習癖のないBに資金を提供して賭博をさせた。
 B 単純賭博罪の正犯

 A 刑法65条2項 「身分のない者には通常の刑を科する」
           常習者Aは「身分のない者」? 
           →Aには刑法65条2項は適用されず、常習賭博罪の教唆 


3不作為と共犯
・不作為犯の共同正犯
 A・Bは、正当な理由によりX宅に立ち入った後、Xからの退去要請に反して退去しなかった。

 A・B 退去すべき共同義務→共同義務の共同違反+その認識(故意)=不退去罪の共同正犯


・不作為犯に対する教唆
 非身分者Aは、保護責任者Bを教唆して、実子Xを遺棄させた。
 B 保護責任者遺棄罪の正犯(これは加減的身分犯)

 A 刑法65条2項 通常の刑にあたる単純遺棄罪の教唆


 非身分者Aは、保護責任者Bを教唆して、実子Xを保護させなかった。
 B 保護責任者不保護罪の正犯(これは構成的身分犯)

 A 刑法65条1項 保護責任者不保護罪の教唆?
   刑法218条の前段は「加減的身分犯」、後段は「構成的身分犯」
   同一の罰条にある2つの罪は、規定形式が異なるが、実質的には同じ
   →保護責任者不保護罪の教唆に対して、「通常の刑」である単純遺棄罪の教唆の刑を科す


・犯罪に対する不作為の幇助
 実母Aは、実子Xに対する内縁の夫Bの虐待を止めなかった。Xは虐待死した。

 B 傷害致死罪の正犯

 A 幇助は作為形式
   不作為による幇助は、Xの生命・身体の安全を確保すべき作為義務に反した不作為
  では、Aに作為義務はあるか? Aの保障者的地位 + 作為の可能性 + 作為の容易性
 AはXの実母であり、Bの内縁の妻である。AはX・Bと日常生活の営んでいる。従って、AにはXの生命・身体の安全を確保すべき義務がある。また、またそれを害するBの暴行を阻止すべき義務がある。Aは警察や近隣住民の援助を求めて、それを行ないうる状況にあり、さらにそれは困難なことではなかった(札幌高裁の事案の場合)。→Aの不作為は幇助類型に該当

 幇助の因果性 作為義務を尽くせば、十中八九、Bの暴行に影響を与え、それを弱めることができ、またBの虐待の意思を弱めることができた。→幇助の正犯行為への因果性

(3)応用問題
1Aは、Bに「小学校に配布するので、わいせつ写真を大量に購入したい」と働きかけた。Bは、それに応じて、数千枚のわいせつ写真を印刷して、Aに販売した。
・事実関係の整理と問題の所在
 B
 A


・前提の議論
 共犯の処罰根拠

 Bが惹起した性的秩序の侵害・危殆化は、もちろんBから見れば法益侵害であり、違法である。Aに教唆が成立するためには、それがAから見ても違法でなければならない。性的秩序の担い手は社会全体であり、Aはそのなかに含まれるので、Aもまた被害当事者の1人である。従って、Aがわいせつ文書の頒布(譲渡・販売)に対応する通常の行為(譲受・購入)を行なっている限りは、Bの行為を教唆したとして処罰する実質的な必要性はない。わいせつ文書の頒布を処罰する一方で、譲受・購入の行為を処罰する規定が設けられなかったのも、立法者のところでそのような政策的な判断があったものと思われる。

・展開
 しかし、その被害の規模と影響は、Aのところにとどまらず、小学校の児童や地域全体に及んでいる。それは甚大である。このことに鑑みると、Aが行なった行為は通常の譲受・購入の域を超えているため、その事態に即して、Aの行為がBのわいせつ文書頒布罪の教唆にあたるかどうかをあらためて検討する必要がある。


・結論


2賭博の常習者Aは、初心者Bに賭博の方法を教えた。Bは賭博をして、大儲けした。
・事実関係の整理と問題の所在
 B
 A

・前提的議論
 単純賭博罪と常習賭博罪の関係
 刑法65条2項の適用方法

・展開
 65条2項 「身分のない者には通常の刑を科す」の意義

・結論

3A離婚後、実子Xを育てていたところ、Bと内縁関係に入り生活していたが、BのXに対する虐待が日常化し、それを止めようとすると、自分にも暴力が向けられた。ある日、いつものようにBがXを虐待していたが、Aは「止めても無駄だろう」と思い、止めなかった。すると、Bはいい気になって虐待をエスカレートし、Xを死亡させた。

・事実関係と問題の所在
 B
 A Bの罪に対する幇助?

・前提的議論
 幇助の意義  「物理的援助」または「心理的援助による正犯故意の強化」による正犯の促進
 幇助の規定形式 作為形式。不作為の場合は「作為義務に反した不作為」であることを要す。 作為義務論 保障者的地位 作為の可能性と容易性
       加重結果との因果関係 作為義務の履行と結果回避の十中八九の可能性


・展開
 A 保障者的地位
   作為可能性
   作為容易性
   結果回避可能性

・結論