Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2015年度前期刑法Ⅰ(総論) 第14週 共同正犯・共犯の諸問題(2)

2015-07-04 | 日記
 第14週(2015年07月14日・16日) 共同正犯・共犯の諸問題(2)
(5)共犯と違法性阻却事由
 Xは、AとBに対して急迫不正の侵害を加えたところ、AとBが共同してXに対して反撃して、死亡させました。その際、Aには積極的加害意思がありましたが、Bには防衛の意思しかありませんでした。また、AがBを教唆してXに対して傷害を行なわせるために(Aには積極的加害意思あり)、X宅に向かわせたところ、Xが突然Bに先制攻撃を仕掛けてきたため、Bはとっさに反撃して、Xに死亡させました。

 これが、共同正犯・共犯と違法性阻却事由の問題です。まず共同正犯の事案を検討し、次に共犯(教唆)の事例を検討します。

1共同正犯と違法性阻却事由
 共同正犯の成立には、「共同実行の事実」と「共同実行の意思」が必要です。一定の犯罪の構成要件に該当する行為について、共同して実行した事実が確認されれば、その実行者の全員の行為に構成要件該当性が認められ、その違法性が推定されます。正当防衛のような違法性阻却事由にあたる事実があれば、その効果は原則的に共同正犯者全員の行為に及びます。では、Aに積極的加害意思があった場合はどうかなるのでしょうか。一般に積極的加害意思に基づいて行為を行なった場合、Xによる侵害の急迫性が否定されるので、Aの行為は正当防衛にはあたりません。では、正当防衛の意思で行なったBの行為は、正当防衛として違法性が阻却されるのでしょうか。

 このような事案に関して、判例では、Aは積極的加害意思があり、Bは防衛の意思に基づいていたので、Xの侵害はAとの関係では急迫性を否定し、Bとの関係では急迫不正を肯定し、AとBに傷害致死罪の共同正犯を認め、Bにだけ過剰防衛(36②)を適用しました(最決平成4・6・5刑集46巻4号245頁)。判例によれば、共同正犯の要件である「共同実行の事実」は、犯罪の構成要件該当性のレベルにおいて共通していますが、違法性阻却事由については、その者の間で相対的に判断されているようです。

2共犯と違法性阻却事由
 AがBを教唆してXに傷害を行なわせ、死亡させたが、Bの行為が急迫不正の侵害に対する反撃にあたる場合、Yの行為は殺人罪または傷害致死罪の構成要件に該当しますが、過剰防衛として扱われます。では、Aについてはどうでしょうか。Aには正当防衛の意思はなく、傷害の教唆の認識でした。Aとの関係では、Xに侵害の急迫性は否定されるのでしょうか。

 共犯は、正犯の構成要件該当性と違法性に従属すると考えると(制限従属形式)、正犯の違法性が阻却される場合、共犯は不成立です。正犯の違法性が減少する場合、共犯は「違法性が減少した殺人罪または傷害致死罪の教唆」にあたります。これは、正犯と教唆犯で「違法の相対性」を認めない立場からの結論です。しかし、違法性阻却事由は、とくに侵害の急迫性は、関与者(正犯と共犯)の間で相対的に捉えることができるならば、A結論は異なります。Aは積極的加害意思に基づいて教唆したので、Xの侵害はAとの関係では急迫性は否定されます。従って、Aには違法性が阻却も減少もされない殺人罪または傷害致死罪の教唆が成立することになります。

 正犯の違法性が阻却されたり、減少したりするのに、背後の共犯の行為が、その効果を受けないというのは、やはり疑問が残ります。Aには正当防衛の意思はありませんでしたが、偶然とはいえ、Bを教唆して正当防衛や過剰防衛を行なわせたからです。これは「偶然防衛」の一種、「偶然による」正当防衛・過剰防衛の教唆」といえる理論現象です。正当防衛論において、結果無価値論は、偶然防衛について違法性の阻却や減少の効果を認めていますが、その考えをここでも当てはめることができるならば、「違法の相対性」を否定し、Aの教唆の違法性も阻却され、減少すると思われます。また「違法の相対性」を肯定しても、共犯の違法性は、正犯の違法性を超えることはできないというのであれば(混合惹起説)、Aの競争の違法性も阻却・減少します。

(6)共犯と錯誤
1共同正犯と具体的事実の錯誤
 AとBが共同してXを殺害したが、AとBはその人をYだと勘違いしていました(具体的事実の錯誤における客体の錯誤)。このような場合、法定的符合説・具体的符合説のいずれからも、錯誤は故意を阻却しません。AとBには、(故意の)殺人罪の共同正犯です。

 また、AとBが共同してXを殺害するために各々発砲したが、弾丸は隣にいたYに命中した(具体的事実の錯誤における方法の錯誤)。このような場合、法定的符合説(+数故意犯説)からは、錯誤があっても故意は阻却されません。A・Bには、Yに対する殺人既遂罪の共同正犯、Xに対する殺人未遂罪の共同正犯が成立します。これに対して、具体的符合説からは、方法の錯誤は故意を阻却するので、A・BにはXに対する殺人未遂罪の共同正犯、Yに対する過失致死罪の共同正犯が成立します。犯罪共同説は、過失犯の共同正犯を否定するので、Yの死亡に対しては、AまたはBのいづれかに過失致死罪の単独正犯が成立しますが、その場合、誰の弾丸があたってYが死亡したのか、因果関係の認定が求められます。

2教唆と具体的事実の錯誤
 AがBに対してX殺害を教唆し、Bは指示された人物を殺害したが、その人はYであった場合(客体の錯誤)、具体的符合説・法定的符合説からは、錯誤は殺人罪の故意を否定しません。BにはYに対する殺人罪が成立します。Aには、その教唆が成立します。

 AがBに対してX殺害を教唆し、Bは指示された人物の隣にいた人をXだと勘違いして殺害したが、その人はYであった場合、その錯誤は、Bにとっては客体の錯誤なので、具体的符合説・法定的符合説からは、錯誤は殺人罪の故意を否定しません。BにはYに対する殺人罪が成立します。しかし、Aから見た場合、それは「方法の錯誤」です。法定的符合説からは、錯誤は故意を否定しないので、Yに対する殺人既遂罪の教唆が成立し、さらにXに対する殺人未遂の教唆も成立する可能性があります。これに対して、具体的符合説からは、BはY殺人の正犯、AはX殺人未遂の教唆が成立します。Y殺人既遂については、過失による教唆なので、不処罰です。

3教唆と抽象的事実の錯誤
 AはBに「X会社の倉庫」(非現住建造物)を放火するよう教唆したところ、Bは「X宅」(現住建造物)を放火しました(客体の錯誤)。Bの行為は現住建造物放火罪の構成要件に該当しますが、Bはその建物を倉庫(非現住建造物)と認識していたので、刑法38条2項によれば、Yには現住建造物放火罪の故意を認めることができません。しかし、法定的符合説に基づいて、構成要件が重なり合う非現住建造物放火罪の成立を認めることができます。

 Aは、非現住建造物放火の教唆の故意で、現住建造物放火の教唆を行なっていたことになるので、構成要件の重なる非現住建造物放火の教唆が成立します。

4共犯類型と正犯類型(構成要件)にまたがる錯誤
 医師Aが、患者Xを殺害するために、事情を知らない看護師Bを利用して、毒物を飲ませた場合、Bには殺人の故意・過失はないので、構成要件に該当しません。制限従属性説からは、正犯が構成要件に該当する違法な行為を行なっていないので、教唆は成立しません。Aは殺人罪の教唆にあたりません。しかし、Aは事情を知らないBを道具として利用してX殺害を行なっているので、殺人罪の間接正犯であり、その認識もあるといえます。

 では、医師Aが患者Xを殺害するために、看護師Bに「この毒薬でXを殺害してくれ」と依頼して毒薬を手渡したが、Bは「いつもの冗談だろう」と思い、受け取った薬をXに投与して死亡させたとします。Bには殺人の故意・過失はないので、殺人罪の構成要件に該当しません。制限従属性説からは、正犯が構成要件に該当する違法な行為を行なっていないので、教唆は成立しません。Aは殺人罪の教唆にはあたりません。しかし、Aは事情を知らないBを道具として利用してX殺害を行なっているので、殺人罪の間接正犯が成立しそうですが、Aにはその認識はありません。教唆のつもりでした。つまり、Aは殺人の教唆の故意で、客観的には殺人罪の間接正犯を行なっていたということです。ここには、殺人罪の教唆類型と殺人罪の正犯類型の間にまたがる錯誤が生じています。

 このような錯誤もまた抽象的事実の錯誤です。この場合、法定的符合説を適用して、構成要件の重なる範囲で罪の成立を認めることになります。では、殺人罪の教唆類型と殺人罪の正犯類型の間において、構成要件の重なり合いはあるでしょうか。例えば、主観的にはS罪(軽い罪)を行なうつもりだったのに、客観的にはO罪(重い罪)を行なった場合、S罪とO罪の構成要件の重なり合いの有無について答えるためには、S罪とO罪の構成要件が重なっているか、端的に言えば、重い罪の構成要件のなかに、軽い罪の構成要件が包摂されているかという問題に答えなければなりません。客観的には殺人罪の間接正犯(殺人罪の故意のないBにX殺害を実行させた)が行なわれたわけですが、その構成要件のなかに、主観的に行なおうとした殺人罪の教唆(Bに殺人罪の故意を持たせて、X殺害をBに実行させる)が包摂されていなければなりません。

 では、それを検討してみますが、まずは「犯罪の故意を責任要素として位置づけた場合」の両罪の構成要件を図式化してみます。

・殺人罪の間接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を責任能力・故意・規範的障害のない人に実行させる

・殺人罪の教唆類型
 殺人罪にあたる行為を人に実行させる
・被教唆者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を実行する(責任能力や故意は責任要素なので構成要件では不問)

 このように図式化してみると、殺人罪の間接正犯の構成要件と殺人罪の教唆の行為類型の間には、「殺人罪にあたる行為を人に実行させる」という部分において重なり合いが認められます。従って、殺人罪の教唆類型と殺人罪の正犯類型の間にまたがる抽象的事実の錯誤の場合、法定的符合説を適用して、殺人罪の教唆の範囲で構成要件の重なり合いを認めることができるので、Aには殺人罪の教唆が成立します。

 では、「犯罪の故意を構成要件要素として位置づけた場合」の図式はどうなるでしょうか。

・殺人罪の間接正犯の構成要件
 殺人罪の行為を故意(直接正犯の故意)のない人に故意(間接正犯の故意)に実行させる

・殺人罪の教唆類型
 殺人罪にあたる行為の故意(正犯故意)を持たせて、人に故意(教唆故意)に実行させる
・被教唆者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を故意(正犯故意)に実行する

 このように図式化してみると、殺人罪の間接正犯の構成要件は「殺人罪にあたる行為を、故意(直接正犯故意)のない人に故意(間接正犯の故意)に実行させる」です。殺人罪の教唆の行為類型は「殺人罪にあたる行為を故意(正犯故意)を持たせて、人に故意(教唆故意)に実行させる」です。この2つの類型について重なり合いを見ると、軽い罪である殺人罪の教唆の行為類型の範囲で重なり合いを認めることはできません。なぜならば、殺人罪の間接正犯の構成要件のなかに、殺人教唆の類型が入っていないからです。従って、殺人罪の教唆としても処罰できません。Aには殺人罪の正犯の故意がないので、殺人罪の正犯として処罰できないだけでなく、殺人の教唆があっても、殺人教唆の構成要件的重なり合いが認められないでの、殺人教唆でも処罰できません。この処罰のすきまは、どのようにすれば埋まるのでしょうか。それは、一般に故意を責任要素として位置づけることによってしか解決できません。

5教唆類型と幇助類型にまたがる錯誤
 医師Aが患者Xを殺害するために、看護師Bに「この毒薬でXを殺害してくれ」と依頼して、毒薬を手渡したが、BはすでにX殺害を決意しており、毒薬を手渡されたことによって決意が強化され、犯行に及んだ場合はどうでしょうか。Aが行なった行為は、客観的には殺人罪の幇助ですが、主観的には殺人罪の教唆のつもりでした。教唆と幇助は、共犯という点では共通していますが、「人に犯罪遂行の意思を生じさせて、犯罪を実行させる」のと、「犯罪遂行の意思のある人の意思を強化し、また犯行を促進して実行させる」のとでは、行為類型が異なります。従って、この錯誤もまた異なる構成要件(共犯類型)にまたがる抽象的事実の錯誤です。法定的符合説を適用して、教唆と幇助の行為類型の間に重なり合いがあれば、その範囲で犯罪が成立します。

 では、行為類型の重なり合いはあるでしょうか。図式化してみましょう。まずは、「故意を責任要素として位置づけた場合」の図式化です。

・殺人罪の教唆の行為類型
 殺人罪にあたる行為を人に実行させる
・被教唆者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を実行する

・殺人罪の幇助の行為類型
 殺人罪にあたる行為を人に容易に実行させる
・被教唆者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を実行する

 この場合の教唆と幇助では、「殺人罪にあたる行為を容易に実行させる」という軽い幇助の部分において重なり合いが認められます。

 では、「故意を構成要件要素として位置づけた場合」の図式化はどうでしょうか。

・殺人罪の教唆の行為類型
 殺人罪にあたる行為の故意(正犯故意)を持たせて、人に故意(教唆故意)実行させる
・被教唆者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を故意(正犯故意)に実行する

・殺人罪の幇助の行為類型
 殺人罪にあたる行為の故意(正犯故意)のある人の犯行を故意(幇助故意)に促進する
・ 被幇助者(正犯)による殺人罪の直接正犯の構成要件
 殺人罪にあたる行為を故意(正犯故意)に実行する

 この場合の教唆と幇助は、「殺人にあたる行為の故意(正犯故意)のある人の犯行を故意(幇助故意)に促進する」という軽い幇助の部分において重なり合いが認められます。従って、ここでは、教唆と間接正犯にまたがる錯誤のような問題は生じません。

6教唆と結果的加重犯
AがBに対してXの傷害を教唆したところ、BはXを死亡させた場合、Bには傷害致死罪が成立します。では、Aには傷害致死罪の教唆が成立するのでしょうか。

 傷害致死罪のような結果的加重犯は、基本犯である傷害を故意に行ない、そこから加重結果の死亡が生ずれば成立すると考えると、Aには傷害致死罪の教唆が成立します。「致死」については、正犯に故意を生じさせていないので、その部分の教唆は成立しないように見えますが、致死の部分には、判例のように(故意はもちろん)過失も必要ではないと考えれば、傷害致死罪という結果的加重犯は、故意犯の部分と過失犯の部分からなるのではなく、それ自体として1つの故意犯であるので、それに対する教唆も成立します。傷害致死罪は、行為者が基本犯である傷害罪を故意に行ない、そこから加重結果である致死が生じた場合に成立します。判例は、加重結果について過失は不要であると解します。つまり、傷害致死罪という1個の故意犯と考えているので、傷害致死罪の教唆が成立することになります。幇助についても同じです。

 しかし、学説の多くは、責任主義を徹底する立場から、結果的加重犯の加重結果については過失が必要であると主張します。つまり、結果的加重犯は、故意の基本犯と過失の加重犯から成り立つ犯罪であるということです。Bに加重結果の致死について過失が認められる場合に限って、傷害致死罪の成立が認められるということです。この場合、「教唆は、正犯に犯罪遂行の意思を生じさせること」と解すると、正犯の過失犯の部分については、正犯の故意はないので、故意を生じさせていない以上、加重結果に対する教唆は成立しないはずです。このように解すれば、Aには傷害罪の教唆にとどまると解されますが、教唆者のところで、結果的加重犯について過失があった場合には(正犯が過失により加重結果を発生させることを、教唆者が予見可能であった場合)、結果的加重犯に対する教唆が成立すると主張する学説が多く見られます。

(7)承継的共同正犯
Aが強盗を行なうために、コンビニに押し入り、店員Xにナイフを突きつけて、「レジの鍵を渡せ」と言って、恐怖に怯えたXが鍵を渡そうとしたとこと、店舗内にいた客Bが、「オレがレジの金を取ってやるぜ。ただし、分け前をもらうぜ」と言って、レジを開けて、現金を取った。AとBは一緒に逃走した。

 このような場合、Aは脅迫を手段とした財物の強取を行なっているので、強盗罪が成立しますが、Bは財物を奪っただけなので、強盗罪が成立するかどうかは自明ではありません。途中関与したBが、それ以前にAが単独で行なった脅迫を承継するならば、Bにも強盗罪が成立しますが、学説には承継を全面的に肯定する説(全面肯定説)と全面的に否定する説(全面否定説)が激しく対立していますが、条件つきで、承継を肯定する中間説が注目されています。中間説は、後行の行為者が先行の行為者の単独で行なった行為を自己の犯罪を実行する手段として積極的に利用する意思に基づいて、それを利用して犯罪を遂行したと言える場合に、承継を認めます。Bは、金銭欲しさに途中から関与し、Aの脅迫によってXが恐怖に怯えている状態を利用して、レジから現金を取っているので、承継を認め、Bにも強盗罪が成立するといえます。

(8)共同正犯からの離脱
 2人以上が犯罪を共謀し、その実行に着手した後または着手する前に、一部の者が共同正犯から離脱することができるでしょうか。

1実行の着手後の離脱
 A・B・Cが強盗を凶暴し、銀行に押し入り、A・Bが行員に暴行を加えた後、Cが金庫のお金を取ろうとしたとき、AがB・Cに対して、自己の意思に基づいて「やっぱりやめる」と離脱の意思を表明して逃げて帰ったが、B・Cはその後も犯行を継続し、銀行のお金を奪って逃走したとします。このような場合、Aは実行の着手後に犯罪の継続を中止していますが、A・B・Cの全員が強盗既遂罪の共同正犯になります。A・B・Cが強盗の共同正犯の関係を形成し、それを実行に移した場合、Aがそこから抜けただけでは、共同正犯の関係が解消されないからです。Aが離脱の意思を表明するだけでなく、B・Cによる犯行の継続を阻止すれば、Aの離脱は認められ、3人とも強盗未遂罪の共同正犯になります。強盗の実行に着手する前の「強盗予備罪」は、この強盗未遂罪に吸収されます。

 この場合、Aが自らの意思で犯罪を中止した場合には、Aの強盗未遂についは中止未遂の規定(43但書)を適用され、刑が必要的に減軽または免除されます。

2実行の着手前の離脱
 A・B・Cが強盗を凶暴し、銀行に押し入る前に、AがB・Cに「やっぱりやめる」と離脱の意思を表明して、さっさと帰ったが、B・Cはその後も犯行を継続し、銀行のお金を奪って逃走したとします。このような場合、Aは実行の着手前に関与することを止めていますが、A・B・Cの全員が強盗既遂罪の共同正犯になります。A・B・Cが強盗の共同正犯の関係を形成し、そのうちのB・Cがそれを実行に移した場合、Aがそこから抜けただけでは、共同正犯の関係が解消されないからです。Aが離脱の意思を表明し、B・Cがそれを承認すれば、Aの離脱は認められます。その後のB・Cが強盗既遂を行えば、B・Cは強盗既遂罪の共同正犯になります(ただし、Aがリーダー格であった場合は、離脱の表明と了承では足りません。AはB・Cの実行の着手を阻止しなければ、離脱は認められません)。

 もっとも、Aは、B・Cの強盗の着手前に強盗の準備を行なっているので、強盗予備罪で処罰される可能性があります。B・Cの強盗予備は、強盗既遂罪に吸収されるので、それを取り上げて問題にする必要はありませんが、Aについては着手前に離脱しているため、強盗予備罪を吸収する犯罪がなく、強盗予備罪の処罰可能性が残ります。中止未遂の規定は、強盗の実行の着手後に適用されるものなので、その着手前に離脱した場合には適用されません。そうすると、Aは強盗予備罪で処罰されることになってしまいます。

 しかし、強盗の実行に着手した後に離脱した場合には中止未遂の規定が適用され、刑が必要的に減軽または免除されるのに、着手前に離脱した場合には、刑が減軽・免除されないというのは不均衡であると思います。さらに、強盗予備罪には、殺人予備罪や放火予備罪のような「情状による刑の任意的免除」の規定はないので、強盗予備は(執行猶予はつくかもしれませんが)他の予備罪との関係でも不均衡であると思います。このような不均衡を解消するには、実行の着手前に離脱した場合には、予備罪に刑法43条但し書きの規定を「準用」し、その刑を必要的に減軽または免除すべきでしょう。

(9)片面的共犯
共犯は正犯に従属して成立しますが、正犯は一般に共犯に教唆されたこと、または幇助されたことを認識しています。では、共犯が一方的に正犯を教唆・幇助するというようなことはありうるでしょうか。これが片面的共犯の問題です。

 刑法61条は、人を教唆して犯罪を実行させた場合に教唆にあたると規定しています。教唆とは、人に犯罪遂行の意思を生じさせ、その犯罪を実行させることをいいます。従って、被教唆者の犯罪の意思は、教唆者によって作り上げられたものなので、片面的教唆のようなものはありえません。

 AがBに犯罪を教唆したが、Bがそれとは無関係に犯罪を遂行する意思を持ち、実行した場合、Aの教唆行為とBの犯罪遂行の意思形成との間には因果関係がないので、Aの教唆は不完全に終わっているので(教唆の未遂)、不可罰です。

 刑法62条は、正犯を幇助した場合に幇助が成立すると規定しています。規定の形式が教唆とは異なります。あくまでも、正犯を幇助している以上、幇助が成立すると解釈できるので、片面的幇助はありえます。判例も認めています。

(10)予備罪と共犯
 刑法60条の「犯罪」が法益侵害行為の類型であるならば、その行為の着手前に成立する予備罪は、(処罰されるという意味では犯罪ですが)刑法60条の「犯罪」ではないので、予備罪は共同正犯の対象にはなりません。ただし、予備もまた犯罪の既遂類型(構成要件該当行為)であると解するならば、それを複数人で行なえば、予備罪の共同正犯が成立します。予備罪も「犯罪」(刑60)であり、61条の「犯罪」も、62条の「正犯」も、それと同じ意味において解釈するならば、予備罪への教唆・幇助も成立することになります。判例では「他人が行なう予備罪に対する幇助」が伝統的に肯定されてきました(大判昭和4・2・19刑集8巻84頁)。それは、戦後の下級審でも引き継がれ、「他人が行なう予備罪に対する幇助」が肯定されています(大阪高判昭和38・1・22高刑集16間2号177頁)。さらには、最高裁では、「予備罪の共同正犯」の成立が認められています(最決昭和37・11・8刑集16巻11号1522頁)。

 このような判例・裁判例の立場を理論的に説明すると、どのようになるでしょうか。予備罪は、法益侵害行為を行なう目的に基づいて、その準備行為として行なわれる犯罪です。しかも、それは「自分の犯罪を実現するための予備」です。つまり、自己の犯罪(殺人、強盗、身代金誘拐、放火など)を実現する目的に基づいて、そのために自己で準備をする行為が予備罪です(自己目的のための自己予備)。従って、複数人が共通する犯罪目的を持って(共同実行の意思)、その予備を共同して実行した場合(共同実行の事実)には、「予備罪の共同正犯」を認めることができます。しかし、共同実行の事実があっても、その目的がない人については、共同実行の意思はないのでいては、予備罪の共同正犯にはなりません(他者目的のための自己予備は予備罪ではありません)。しかし、それは他人の予備罪に協力したと理解して、予備罪の幇助の成立として扱えば足ります(他者による自己予備への幇助)。要するに予備罪は、①自己目的の自己予備(予備罪)、②自己目的を共有した複数人による自己予備の共同正犯、③「他者が行なう予備罪」の教唆・幇助として整理することができます。

 この「自己目的」は、「予備罪を構成する身分」です。①は構成的身分犯としての予備罪の単独による実行、②は構成的身分犯としての予備罪の複数人による共同実行(60)、③は構成的身分犯に対する非身分者の関与(65条1項)として説明することができます。しかし、殺人目的を「殺人予備罪の構成的身分」と捉えるのは、身分の概念を過度に広く捉えることになると批判があります。せいぜい、通貨偽造供用準備罪(153)のように、自己だけでなく、他者が行なう通貨偽造の用に供する目的で行われる準備の場合にも成立すると定められている場合に限るべきでしょう。一般の予備罪は、このような他人が行なう犯罪の用に供する目的のための準備に適用されることが明示されていないので、慎重に判断することが求められています。