先日、いやちょっと前になりますが、
仕事場で会った職人さんと話したことがあるのですが、
「ああ、そうだよね。」と思うことがありました。
建築現場でトレシューを履いていたのです。
安全靴でないので労災はおりないと思いますが、
野球経験者かなそれとも俺と同じ指導者的な立場かたまたま履いていたのかな?
と思いながら声を鰍ッました。
そうするとその方は経験者であり、指導者でありました。
それも世田谷のマンモス少年野球チームの監督さん。
結構やられているのでもう総監督であり大変忙しい立場の方でした。
チーム全体から試合采配まで。
そんなにでかいチームの総監なら試合は任せたらどうですか?経験者も大勢いるでしょう。と訊いてみるとその方はかぶりを振って「確かに経験者はいっぱいいますよ。しかしやりたがらないんですよ。○○○○○○ないから。」
うーんそうだな私も初めはそうだったもんな。けど子供と野球と関わりたい○○○○ない位置で関わっていたいと思った記憶があります。
「しかし、それだけ経験者がいるといろいろ言っていただけるんじゃないですか、てか、言われるんじゃないですか?」
「いやぁいわれますよ、だって親父コーチは評論家ですから。」
えっ!ずキューンとしました。
なるほど、TVを見ていていつも皆さんが思っていること。
野球にしても政治にしてもじゃお前やってみろと言いたくなりますよね。
まぁそれを商売にしているのですから。いいとして。
何が言いたいかというと表題通り先日の試合でありがたかったのです。
こんな前振りで何が?!
ベンチから子供たちに声を鰍ッてくれること。
剣の指導者はちゃんとベンチから声を鰍ッてくれる。
かけすぎる事もありますが・・・・・。
子供たちがベンチに帰ってくると賞賛や注意事項など私が手の回らないことや気のつかないことをすっと言っていただける。
ありがたいなぁと試合中思っていました。
そしてわたしは聞き耳を立てて何を言ってるか意外と聞いているのです。聞こえる範囲でね。
ありがたい。
欲を言えばコソコソとわたしの近くに来てこういうこともありますよ。いやぁいいですねぇ!しかし、こうしてもいいかもしれませんね。そろそろ誰を準備しますかなんてプロ野球のコーチみたいにしてくれるとわたしもプロ野球の監督になったみたいで気持ちいいんですけど。
って俺のことはどうでもいいのか
実際、子どもたちも救われる機会が増えるのではないかと。
仕事場で会った職人さんと話したことがあるのですが、
「ああ、そうだよね。」と思うことがありました。
建築現場でトレシューを履いていたのです。
安全靴でないので労災はおりないと思いますが、
野球経験者かなそれとも俺と同じ指導者的な立場かたまたま履いていたのかな?
と思いながら声を鰍ッました。
そうするとその方は経験者であり、指導者でありました。
それも世田谷のマンモス少年野球チームの監督さん。
結構やられているのでもう総監督であり大変忙しい立場の方でした。
チーム全体から試合采配まで。
そんなにでかいチームの総監なら試合は任せたらどうですか?経験者も大勢いるでしょう。と訊いてみるとその方はかぶりを振って「確かに経験者はいっぱいいますよ。しかしやりたがらないんですよ。○○○○○○ないから。」
うーんそうだな私も初めはそうだったもんな。けど子供と野球と関わりたい○○○○ない位置で関わっていたいと思った記憶があります。
「しかし、それだけ経験者がいるといろいろ言っていただけるんじゃないですか、てか、言われるんじゃないですか?」
「いやぁいわれますよ、だって親父コーチは評論家ですから。」
えっ!ずキューンとしました。
なるほど、TVを見ていていつも皆さんが思っていること。
野球にしても政治にしてもじゃお前やってみろと言いたくなりますよね。
まぁそれを商売にしているのですから。いいとして。
何が言いたいかというと表題通り先日の試合でありがたかったのです。
こんな前振りで何が?!
ベンチから子供たちに声を鰍ッてくれること。
剣の指導者はちゃんとベンチから声を鰍ッてくれる。
かけすぎる事もありますが・・・・・。
子供たちがベンチに帰ってくると賞賛や注意事項など私が手の回らないことや気のつかないことをすっと言っていただける。
ありがたいなぁと試合中思っていました。
そしてわたしは聞き耳を立てて何を言ってるか意外と聞いているのです。聞こえる範囲でね。
ありがたい。
欲を言えばコソコソとわたしの近くに来てこういうこともありますよ。いやぁいいですねぇ!しかし、こうしてもいいかもしれませんね。そろそろ誰を準備しますかなんてプロ野球のコーチみたいにしてくれるとわたしもプロ野球の監督になったみたいで気持ちいいんですけど。
って俺のことはどうでもいいのか
実際、子どもたちも救われる機会が増えるのではないかと。