~以下、グリゴローヴィチ版『スパルタクス』が、ボリショイ以外のバレエ団で上演された、公演画像を見た件での雑談です。
スターのポルーニンが客演した、ノヴォシビリスクバレエ公演。 2018年12月頃のだったかも。~
海外のバレエ公演で、好キャストの『スパルタクス』全幕を、画像で見た。
(日本の公演に行くだけだと、見られるものに限界があるので、日本で見られない公演が、いくばくかでも見られると嬉しい。)
『スパルタクス』全3幕
音楽:A.ハチャトリアン
振付;Y.グリゴローヴィチ
主役・奴隷の解放軍指導者・スパルタクス:セルゲイ・ポルーニン
敵役・クラッスス将軍:イーゴリ・ゼレンスキー
後のキャストは、名前知らない人。ノヴォシビリスクバレエ団
スパルタクス上演史上でも、この位、主役・準主役、メインの二人が二人とも良い感じって。
スター性ある上に適役、踊りの上手さ&魅力、役の身分の上下関係に違和感がない、といった点で必要十分条件を備えてるのって、このレベルは、もしかして珍しいかも?と思える好配役だった。
好みの違いは、見る人によってあると思うけど。
客観的に、これ以上の好キャストって、なかなかない、かも(?昔のボリショイのガチファンが聞いたら違う、っていうかもしれん。)
このバレエに限らないけど、キャストって重要で、主役がいいのは時々あっても、この作品のメインの二人、二人ともいいのが貴重。スター性、存在感、高等技術において、力が拮抗しているので、片側だけ見劣り感もないし。スターのポルーニンに互せるものが、ゼレンスキーにあるので。
(大昔の成功者、V.ワシーリエフ(スパ)とM.リエパ(クラッスス)だって、冷静に考えると、何となく、ちぐはぐ。(敵役のリエパが、ハンサムすぎる、主役より脇役が、女性ファンが騒ぎそうな人、しかも将軍役なのも???リエパって、どっちかというと、王子とか、そういうイメージの風貌じゃないのかな?自分はリアル世代じゃなから、よく知らないけど。
ゼレンスキーはそこまでハンサムってんでもなく、王子専科風でもなく。舞踊が男性的っていうか、空間支配力があって、将軍っていわれれば、まあ、あってるのかも。
ポルーニンは、身体能力高い男性ダンサーだから、珍しい男性バレエで、男の子モードで、王子役とは別の魅力を出してる感じかな? こういう男性バレエは、どうしてもガンガン跳べて廻れる体力強烈なダンサーが抜擢になるので、ポルーニン位、個人人気の出る、華のある人がキャストされるチャンスも貴重すぎ。上体だしてもそこそこ綺麗だし。
ついでに言うと、例えば、2006年パリ公演の、スパ役:カルロス・アコスタは、奴隷には見える風貌だけど、ポルーニン程の主役の華はなかったと記憶してる。きっと、技術的にとりあえずこの振付を踊れるから、抜擢されたんではないかなあ?と推察するけれど。)
ここのバレエ団と比べると、
ボリショイは、まじめで、言わば“バレエの決まりごとにがんじがらめになっている”部分があって。(クラシックバレエの規範に厳格であることと、作品を自由に表現することって、時として両立がそんなに簡単ではない、の、か、も??)
それが阻害してる要素からは、こっちのバレエ団(ノヴォシビリスク)は、自由、なのかも?
と思える部分が、グロゴローヴィチ振付の面白さ、個々のバレエ団のグリ版の面白さを、うまく引き出していた、ともいえる。
------
が、しかしながら、暫く見入った後、考えが覆って、
矛盾するが、しばらく見ていると、やはり反面、私が一番好きなのは、(基本的には)、やはり、グリゴローヴィチ自身が、そして彼の信頼するスタッフが、振りうつし等、演技指導するボリショイバレエ団の『スパルタクス』の群舞の動き、演技、なのだった。
(ハチャトリアンの音楽と、コールドが混然一体となる瞬間の、バレエの醍醐味は、やはりボリショイで見た2000年代位までのが、自分的には一番かも。エギナがスパルタクス軍を酒と女でグダグダにさせる3幕の見せ場の盛り上がりの、音楽と振付のコラボ具合とか、独特のものがあったような。それに、エロいシーンも、どっか品格(?)があったかも?(うろ覚え)演技も厚みがあって、ダンサーによっては、色々考えて演じてそうで、その分、見た後にインスパイアされるものは、多かったかな。
グリゴローヴィチが、この振付でやりたかったコールドの動きって、例えばこんな感じだったんでは?と一番感じたのは、2002年ボリ来日公演、東京公演の、ベロゴロフツェフ主役の日のコールドだった。過去だなあ・・・。あの時は、観客は皆びっくりして、舞踊世界に圧倒されていたっけ。そういうのは、その後のスパ公演では、自分は見ることはなかった。
そういうのと、今回のゼレンスキーが多分、実質演出になるのかな?と推測される舞台とで、コールドの印象、現出される舞踊世界が、自分にはかなり違って見えた。同じ振付でも、演出家によって、多少捌き方が変わる。そういう点も、それぞれの違いをお面白がりながら見た。どう違うかって、細かく書けなくてごめん。時間なくて。)
ちなみに、ベロゴロさんは、この日より、もっと後の海外公演の方が出来は良かったみたいなんだけど。)
--------
さて、2018年頃のノヴォシの話に戻って。主役&準主役は、ポルーニン:スパルタクス、ゼレンスキー:クラッスス、
このコンビには、「この組み合わせでボリショイでやってほしい」、位の印象をもった。
(けれど、そういう思いは、この地方バレエ団で、この好舞台を実現した、たぶん芸術監督?のゼレンスキーや、ノヴォシビリスク・バレエ団の人々に、失礼かな?)
大昔のボリショイ来日公演、『スパルタクス』全幕に感動したオールドファンは、その後のキャストを認めないかも(?)しれないけれど。
時間がたつと、やはりそれは視野が狭い面もあるのかもね、とか、
作品を延命させるために、新たなダンサーを必要とする、という現実と、そして、キャストが変わることによって、名振付という物は、新たな命を吹き込まれるものなのかも?ね、
と思いもした。
スパルタクスとクラッススは、敵対関係だけど、この役の、ポルーニンとゼレンスキーは、実際には仲が良さそうで、そういう信頼関係が、舞台をより充実させていた気がした。
(エギナ役とかは、名のあるバレリーナなのかもしれないが、ノヴォシビリスクバレエに詳しくない自分は、お名前知らなくて、感想割愛。)
(自分は、こういう「男の子のチャンバラバレエ」みたいな、男の世界のよりも、女性美のバレエの方が本質的には好きな人間なのだけど。)
何となく、二人とも、やりたい作品をやりたい仲間とやってるような、楽しんで踊ってそうな感じがあって、そこは見ていて楽しかった。
自分は、ゼレンスキー、特に好きなダンサーではないけど、この敵役クラッスス役に付いては、歴代グリゴローヴィチ版のスパのクラッスス役の中では、かなり適役で、好キャストなんではなかろうか?(ボリショイのガチファンは、違うっていうかもだけど。)
軍を率いる手ぶり、脚、皆をかしづかせている者の傍若無人さみたいのが、過去に見た同役の人より出てたような。
そして相変わらず、空間を支配するジャンプで、宙を切る時の脚のラインの型の定まり方の安定感と、脚のラインのきれいさ。
酒池肉林シーンで女の子好きそうな感じが出ていて、役にあってて嬉しい。
*ボリショイの歴代クラッスス役たちは、それぞれ魅力はあるけど、ちょっと根がまじめすぎるかな?っていうのと、どうしても、主役のスパに、その時代の一番メインのダンサーが入って、2番手以下のダンサーがクラッスス役になる。その点、ゼレの場合、芸術監督をやってて、バレエ団の中での地位がとても高いので、実際の立場・今回の上演集団の中での地位の高さが、
劇の虚構の設定、クラッスス将軍という高位の人の役どころにあっていて、殊更に作らずとも、女たち侍らしての乱ちき騒ぎシーンとか、スパルタクスよりもずっと地位が上の感じとか、そういう雰囲気が自然に出しやすい立場で、見ていて違和感がない。
スターのポルーニンは、信頼するゼレンスキー監督の下で、伸び伸びと本来の資質を全開させて、部分的にはっとするようなジャンプとか宙を切る回転の切れが目立つ時があって、この振付の一部を新鮮に見せていた。
どちらかというと、ポイントで惹きつける踊りだったが、過去のスパルタクス役たちと比べても、はっとする様な切れ味を見せた瞬間があった点、過去の成功したダンサーの模倣で行かなかったこととか、ちょっと、現代のスパルタクス役として、良かったと思う。
というか、個人的には、今まで見たポルーニンの他の舞台の画像より、技術的に魅力が高かった。
【コールド】、
権力者クラッススが、ローマの退廃的文化をさく裂させるシーンとか、女たちを侍らして、でもって、愛妾のエギナと酒池肉林パーティーやってる所なんかは、
ボリショイの人たちって、今回の舞台と比べると、いささか、まじめすぎるのかもね?と思う位、ローマの貴族の相手をする女のしどけない感じは自然に出てたような気がするし、ゼレンスキーとエギナ役のからみも、いかにもそれらしい感じが、ボリショイの舞台より多かった気はする。
ただ、そうはいっても、ハチャトリアンの音楽を的確に表現した、ボリショイのコールドのアカデミックな舞踊スタイルは、しばらく見ていると、やはり、ノヴォシでは得られない満足感もある。
と、ボリショイ、ノヴォシの二つのバレエ団のグリゴローヴィチ版「スパルタクス」は、私に、改めて作品の魅力を多角的に伝えてくれた。
色々なバレエ団で上演されるというのも、優れた振付作品が今一度試され、また別の面から光を与えられるという点で、なかなかいい事なのかもしれない。
そうはいっても、主役のポルーニン、準主役のゼレンスキーの、やりたい演目を伸び伸び踊ってるらしく好演あってのことではあった。
この舞台を堪能しつつ、また、ボリショイバレエ団の方の舞台も見たいな、と思う様な、舞台鑑賞となった。
(個人的には、マイ・スパルタクスは、イレク・ムハメードフ(ジャンプに圧倒されるのは皆そうだと思うけど、私的には、加えて、やはりスパ役の演技の深さは他の追随を許さないので)、昔のボリショイファンに確定評価があるのは、大昔のウラジーミル・ワシーリエフ。で、その後の時代で、私的には、見たかったひとりに、デニス・マトヴィエンコのスパルタクスがあったりしたけれど。)
ついでながら、生舞台「スパ」は、自分は2002年頃のボリショイ来日公演で見て。
この時のスパルタクス役は、ドミートリィ・ベロゴロフツェフ(『神無き現代のスパルタクス』、といった風情で、過去のスパ役と比べ、カリスマ性より苦悩する方が目立った。カオスを感じさせる舞台、コールド。踊りの洪水のような強烈な印象を受けるコールド、舞台だった。)と、
クレフツォフ(夫人のパリシナと共演だった)の二人。
(クレフツォフの方は、旧ソ連の英雄像のような、強くて妻には優しい、『理想のスパルタクス』の印象。感動した後、ホールを出る時に、「でも、あんな理想的な男性って、現代日本にいるのかしら?」って思って、我に返って笑ったり、てな観劇体験だった。踊り方は、アキレス腱切ってたクレさんの方は、踊り盛りベロゴロさんより、省エネな感じで、上手にエネルギー配分して全幕を乗り切ってる感じだった。)
ベロゴロとクレさんで、対照的な世界観。そして、ウラジーミル・ワシーリエフの雷神のような、われがねのような声が聞こえてきそうな、怖さもあるスパルタクスと比べると、クレさんの形象は、怖そうではなかったところが違った。)
この2002年公演は、エロっぽかったグラチョーワの「女帝エギナ」とか、主役のベロゴロフツェフより拍手が多かった、しなやか曲線を描いて飛ぶ、軟弱キャラのネポロジニーのクラッススとか、美脚アントーニチェワのフリーギアとか、自分はネポのクラッススより、ローマの歴史書から抜け出たような見かけだったルィーフロフのクラッススの方が、ローマの将軍っぽくてキャラ的には納得度が高かったとか、・・・・いい出せばきりない。)
ついでに、ネポのクラッススとグラチョーワのエギナって、他キャストに比べて、女の方が支配的な関係性に見えた。
もっと言えば、2006年頃のパリ公演の日本でのTV放送があった時のものとか。
(一番印象が良かったのは、理想の妻・ニーナ・カプツォーワの美しきフリギア。スパルタクスの死の後のシーンの演技は、歴代フリギア役の中でも一番、胸を打たれる演技だったって言ったら、大昔のプリセツカヤの演技がいいっていう人は異論があるかな? あくまで、私主観ということで。
あと、オケが、パリの方のオケで、ボリショイ管弦楽団とは違う良さがあったと記憶。)
他にも、スパネタは、あるけど。
あ、2012年冬のボリ来日公演、のパーヴェル・ドミトリチェンコ主演の『スパルタクス』は、上演当時の拙稿が、別にあるので、興味ある人はそっちを見て下さい。2月だったかな。
推敲してない。拙文失敬。
スターのポルーニンが客演した、ノヴォシビリスクバレエ公演。 2018年12月頃のだったかも。~
海外のバレエ公演で、好キャストの『スパルタクス』全幕を、画像で見た。
(日本の公演に行くだけだと、見られるものに限界があるので、日本で見られない公演が、いくばくかでも見られると嬉しい。)
『スパルタクス』全3幕
音楽:A.ハチャトリアン
振付;Y.グリゴローヴィチ
主役・奴隷の解放軍指導者・スパルタクス:セルゲイ・ポルーニン
敵役・クラッスス将軍:イーゴリ・ゼレンスキー
後のキャストは、名前知らない人。ノヴォシビリスクバレエ団
スパルタクス上演史上でも、この位、主役・準主役、メインの二人が二人とも良い感じって。
スター性ある上に適役、踊りの上手さ&魅力、役の身分の上下関係に違和感がない、といった点で必要十分条件を備えてるのって、このレベルは、もしかして珍しいかも?と思える好配役だった。
好みの違いは、見る人によってあると思うけど。
客観的に、これ以上の好キャストって、なかなかない、かも(?昔のボリショイのガチファンが聞いたら違う、っていうかもしれん。)
このバレエに限らないけど、キャストって重要で、主役がいいのは時々あっても、この作品のメインの二人、二人ともいいのが貴重。スター性、存在感、高等技術において、力が拮抗しているので、片側だけ見劣り感もないし。スターのポルーニンに互せるものが、ゼレンスキーにあるので。
(大昔の成功者、V.ワシーリエフ(スパ)とM.リエパ(クラッスス)だって、冷静に考えると、何となく、ちぐはぐ。(敵役のリエパが、ハンサムすぎる、主役より脇役が、女性ファンが騒ぎそうな人、しかも将軍役なのも???リエパって、どっちかというと、王子とか、そういうイメージの風貌じゃないのかな?自分はリアル世代じゃなから、よく知らないけど。
ゼレンスキーはそこまでハンサムってんでもなく、王子専科風でもなく。舞踊が男性的っていうか、空間支配力があって、将軍っていわれれば、まあ、あってるのかも。
ポルーニンは、身体能力高い男性ダンサーだから、珍しい男性バレエで、男の子モードで、王子役とは別の魅力を出してる感じかな? こういう男性バレエは、どうしてもガンガン跳べて廻れる体力強烈なダンサーが抜擢になるので、ポルーニン位、個人人気の出る、華のある人がキャストされるチャンスも貴重すぎ。上体だしてもそこそこ綺麗だし。
ついでに言うと、例えば、2006年パリ公演の、スパ役:カルロス・アコスタは、奴隷には見える風貌だけど、ポルーニン程の主役の華はなかったと記憶してる。きっと、技術的にとりあえずこの振付を踊れるから、抜擢されたんではないかなあ?と推察するけれど。)
ここのバレエ団と比べると、
ボリショイは、まじめで、言わば“バレエの決まりごとにがんじがらめになっている”部分があって。(クラシックバレエの規範に厳格であることと、作品を自由に表現することって、時として両立がそんなに簡単ではない、の、か、も??)
それが阻害してる要素からは、こっちのバレエ団(ノヴォシビリスク)は、自由、なのかも?
と思える部分が、グロゴローヴィチ振付の面白さ、個々のバレエ団のグリ版の面白さを、うまく引き出していた、ともいえる。
------
が、しかしながら、暫く見入った後、考えが覆って、
矛盾するが、しばらく見ていると、やはり反面、私が一番好きなのは、(基本的には)、やはり、グリゴローヴィチ自身が、そして彼の信頼するスタッフが、振りうつし等、演技指導するボリショイバレエ団の『スパルタクス』の群舞の動き、演技、なのだった。
(ハチャトリアンの音楽と、コールドが混然一体となる瞬間の、バレエの醍醐味は、やはりボリショイで見た2000年代位までのが、自分的には一番かも。エギナがスパルタクス軍を酒と女でグダグダにさせる3幕の見せ場の盛り上がりの、音楽と振付のコラボ具合とか、独特のものがあったような。それに、エロいシーンも、どっか品格(?)があったかも?(うろ覚え)演技も厚みがあって、ダンサーによっては、色々考えて演じてそうで、その分、見た後にインスパイアされるものは、多かったかな。
グリゴローヴィチが、この振付でやりたかったコールドの動きって、例えばこんな感じだったんでは?と一番感じたのは、2002年ボリ来日公演、東京公演の、ベロゴロフツェフ主役の日のコールドだった。過去だなあ・・・。あの時は、観客は皆びっくりして、舞踊世界に圧倒されていたっけ。そういうのは、その後のスパ公演では、自分は見ることはなかった。
そういうのと、今回のゼレンスキーが多分、実質演出になるのかな?と推測される舞台とで、コールドの印象、現出される舞踊世界が、自分にはかなり違って見えた。同じ振付でも、演出家によって、多少捌き方が変わる。そういう点も、それぞれの違いをお面白がりながら見た。どう違うかって、細かく書けなくてごめん。時間なくて。)
ちなみに、ベロゴロさんは、この日より、もっと後の海外公演の方が出来は良かったみたいなんだけど。)
--------
さて、2018年頃のノヴォシの話に戻って。主役&準主役は、ポルーニン:スパルタクス、ゼレンスキー:クラッスス、
このコンビには、「この組み合わせでボリショイでやってほしい」、位の印象をもった。
(けれど、そういう思いは、この地方バレエ団で、この好舞台を実現した、たぶん芸術監督?のゼレンスキーや、ノヴォシビリスク・バレエ団の人々に、失礼かな?)
大昔のボリショイ来日公演、『スパルタクス』全幕に感動したオールドファンは、その後のキャストを認めないかも(?)しれないけれど。
時間がたつと、やはりそれは視野が狭い面もあるのかもね、とか、
作品を延命させるために、新たなダンサーを必要とする、という現実と、そして、キャストが変わることによって、名振付という物は、新たな命を吹き込まれるものなのかも?ね、
と思いもした。
スパルタクスとクラッススは、敵対関係だけど、この役の、ポルーニンとゼレンスキーは、実際には仲が良さそうで、そういう信頼関係が、舞台をより充実させていた気がした。
(エギナ役とかは、名のあるバレリーナなのかもしれないが、ノヴォシビリスクバレエに詳しくない自分は、お名前知らなくて、感想割愛。)
(自分は、こういう「男の子のチャンバラバレエ」みたいな、男の世界のよりも、女性美のバレエの方が本質的には好きな人間なのだけど。)
何となく、二人とも、やりたい作品をやりたい仲間とやってるような、楽しんで踊ってそうな感じがあって、そこは見ていて楽しかった。
自分は、ゼレンスキー、特に好きなダンサーではないけど、この敵役クラッスス役に付いては、歴代グリゴローヴィチ版のスパのクラッスス役の中では、かなり適役で、好キャストなんではなかろうか?(ボリショイのガチファンは、違うっていうかもだけど。)
軍を率いる手ぶり、脚、皆をかしづかせている者の傍若無人さみたいのが、過去に見た同役の人より出てたような。
そして相変わらず、空間を支配するジャンプで、宙を切る時の脚のラインの型の定まり方の安定感と、脚のラインのきれいさ。
酒池肉林シーンで女の子好きそうな感じが出ていて、役にあってて嬉しい。
*ボリショイの歴代クラッスス役たちは、それぞれ魅力はあるけど、ちょっと根がまじめすぎるかな?っていうのと、どうしても、主役のスパに、その時代の一番メインのダンサーが入って、2番手以下のダンサーがクラッスス役になる。その点、ゼレの場合、芸術監督をやってて、バレエ団の中での地位がとても高いので、実際の立場・今回の上演集団の中での地位の高さが、
劇の虚構の設定、クラッスス将軍という高位の人の役どころにあっていて、殊更に作らずとも、女たち侍らしての乱ちき騒ぎシーンとか、スパルタクスよりもずっと地位が上の感じとか、そういう雰囲気が自然に出しやすい立場で、見ていて違和感がない。
スターのポルーニンは、信頼するゼレンスキー監督の下で、伸び伸びと本来の資質を全開させて、部分的にはっとするようなジャンプとか宙を切る回転の切れが目立つ時があって、この振付の一部を新鮮に見せていた。
どちらかというと、ポイントで惹きつける踊りだったが、過去のスパルタクス役たちと比べても、はっとする様な切れ味を見せた瞬間があった点、過去の成功したダンサーの模倣で行かなかったこととか、ちょっと、現代のスパルタクス役として、良かったと思う。
というか、個人的には、今まで見たポルーニンの他の舞台の画像より、技術的に魅力が高かった。
【コールド】、
権力者クラッススが、ローマの退廃的文化をさく裂させるシーンとか、女たちを侍らして、でもって、愛妾のエギナと酒池肉林パーティーやってる所なんかは、
ボリショイの人たちって、今回の舞台と比べると、いささか、まじめすぎるのかもね?と思う位、ローマの貴族の相手をする女のしどけない感じは自然に出てたような気がするし、ゼレンスキーとエギナ役のからみも、いかにもそれらしい感じが、ボリショイの舞台より多かった気はする。
ただ、そうはいっても、ハチャトリアンの音楽を的確に表現した、ボリショイのコールドのアカデミックな舞踊スタイルは、しばらく見ていると、やはり、ノヴォシでは得られない満足感もある。
と、ボリショイ、ノヴォシの二つのバレエ団のグリゴローヴィチ版「スパルタクス」は、私に、改めて作品の魅力を多角的に伝えてくれた。
色々なバレエ団で上演されるというのも、優れた振付作品が今一度試され、また別の面から光を与えられるという点で、なかなかいい事なのかもしれない。
そうはいっても、主役のポルーニン、準主役のゼレンスキーの、やりたい演目を伸び伸び踊ってるらしく好演あってのことではあった。
この舞台を堪能しつつ、また、ボリショイバレエ団の方の舞台も見たいな、と思う様な、舞台鑑賞となった。
(個人的には、マイ・スパルタクスは、イレク・ムハメードフ(ジャンプに圧倒されるのは皆そうだと思うけど、私的には、加えて、やはりスパ役の演技の深さは他の追随を許さないので)、昔のボリショイファンに確定評価があるのは、大昔のウラジーミル・ワシーリエフ。で、その後の時代で、私的には、見たかったひとりに、デニス・マトヴィエンコのスパルタクスがあったりしたけれど。)
ついでながら、生舞台「スパ」は、自分は2002年頃のボリショイ来日公演で見て。
この時のスパルタクス役は、ドミートリィ・ベロゴロフツェフ(『神無き現代のスパルタクス』、といった風情で、過去のスパ役と比べ、カリスマ性より苦悩する方が目立った。カオスを感じさせる舞台、コールド。踊りの洪水のような強烈な印象を受けるコールド、舞台だった。)と、
クレフツォフ(夫人のパリシナと共演だった)の二人。
(クレフツォフの方は、旧ソ連の英雄像のような、強くて妻には優しい、『理想のスパルタクス』の印象。感動した後、ホールを出る時に、「でも、あんな理想的な男性って、現代日本にいるのかしら?」って思って、我に返って笑ったり、てな観劇体験だった。踊り方は、アキレス腱切ってたクレさんの方は、踊り盛りベロゴロさんより、省エネな感じで、上手にエネルギー配分して全幕を乗り切ってる感じだった。)
ベロゴロとクレさんで、対照的な世界観。そして、ウラジーミル・ワシーリエフの雷神のような、われがねのような声が聞こえてきそうな、怖さもあるスパルタクスと比べると、クレさんの形象は、怖そうではなかったところが違った。)
この2002年公演は、エロっぽかったグラチョーワの「女帝エギナ」とか、主役のベロゴロフツェフより拍手が多かった、しなやか曲線を描いて飛ぶ、軟弱キャラのネポロジニーのクラッススとか、美脚アントーニチェワのフリーギアとか、自分はネポのクラッススより、ローマの歴史書から抜け出たような見かけだったルィーフロフのクラッススの方が、ローマの将軍っぽくてキャラ的には納得度が高かったとか、・・・・いい出せばきりない。)
ついでに、ネポのクラッススとグラチョーワのエギナって、他キャストに比べて、女の方が支配的な関係性に見えた。
もっと言えば、2006年頃のパリ公演の日本でのTV放送があった時のものとか。
(一番印象が良かったのは、理想の妻・ニーナ・カプツォーワの美しきフリギア。スパルタクスの死の後のシーンの演技は、歴代フリギア役の中でも一番、胸を打たれる演技だったって言ったら、大昔のプリセツカヤの演技がいいっていう人は異論があるかな? あくまで、私主観ということで。
あと、オケが、パリの方のオケで、ボリショイ管弦楽団とは違う良さがあったと記憶。)
他にも、スパネタは、あるけど。
あ、2012年冬のボリ来日公演、のパーヴェル・ドミトリチェンコ主演の『スパルタクス』は、上演当時の拙稿が、別にあるので、興味ある人はそっちを見て下さい。2月だったかな。
推敲してない。拙文失敬。