懐かしのバレエ

バレエ、パフォーミングアーツ等の感想、及び、日々雑感。バレエは、少し以前の回顧も。他、政治、社会、競馬、少女マンガ。

ザハロワ&ウヴァーロフ「カルメン組曲」初日

2009-06-02 01:16:00 | バレエ
分析上、『マノン』と同根とも言われる、メリメの小説「カルメン」。

そのバレエ化を「ザハーロワのすべて」公演で見た。4月29日、公演初日。

第一部「カルメン組曲」アロンソ原振付、プリセツキー改訂版。
音楽:ビゼー/編曲シチェドリン(テープ演奏)

カルメン:ザハーロワ、ホセ:ウヴァーロフ
トレアドール;シュピレフスキー
共演:キエフバレエ団

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この日のサプライズは、劇のクライマックスの手前から。

最終場。

裏切ったカルメンに、怒りの眼差しを向けているホセは、火の様だった。

ただ、カッとなった怒りでなく、その怒りの裏にはホセの考えがある。ホセはカルメンを、熟慮の末に唯一の女性として選んだ。だから彼女もそうすると、彼は思っていた。ホセの表情を見ていると、絶句してしまう。

この青年には、遊びの恋と言う考えがない。ホセの、愛についてのピュアな考え方に、私は色を失った。

私は火のように怒るホセが怖かった。ウヴァーロフを嫌いになりそうな位、怖かった。ザハーロワのカルメンに向かって、「殺してやる!」と言うような目で見ていた。でも、そんなホセを見ていると、ホセが何を感じているか、自然に伝わってくる。頭で考えようとしなくても。

ホセの熱い怒りを見ると、彼が、愛について真剣なのが判る。彼にとって、恋人の裏切りとは、ありえないこと。信じられない事。だから、こちらも心を動かされる。怖いけど、私はこの青年に惹かれ、無意識のうちに共感もしていた。この青年は女性との向き合い方が、至極まともなのだ。

美貌のカルメンに、そこまでの深い考えは無いように、私には思えた。避けがたい悲劇の予感。胸が詰まった。息をつめて舞台を見ていた。

そいうえば、舞台の前半の、ホセのソロ、恋の歓びが見えず、苦悩ばかりが見えた。何でそんなに悩むのかと思った。後半を見ると、このホセが、ただカルメンの性的魅力に引きずられただけではなく、口説いてくるカルメンを慎重に見て、彼女を自分の意思で選んで、愛したと解る。

かなり主体的、能動的なホセだった。そして殺すまでにも、物凄く悩んでいるのが解る。よく考えてみると、自分の知ってる従来のアロンソ版のホセ(だいたい受身。初演者ニコライ・ファジェーチェフは小説通りのキャラ)とは、かなり違う。

前半のホセのソロは、私には今回のウヴァーロフよりも、例えば以前見たザバブーリンのホセの方が泣けた。

(ザハブーリンはシンプルな動き、叙情的な踊りで、切ない恋を訴えた。ウヴァーロフは回転技を多用し、硬直したような振りで、アンビバレンツな感情に引き裂かれたホセを表現した。)

ザバブーリン@ホセは、チェルノブロフキナ@カルメンに、大きな胸を触らせられて、性的魅力に引きずられたように見えた。それで私はアロンソ版ホセを、情けない男だと思っていた。

しかしウヴァーロフのホセは、同じ版の演出なのに、情けなさがなく、恋の狂気でもなかった。理を感じる所が、一番怖い。そして深くもあった。

そして、ラストシーン。
ザハブーリンのホセは、「運命」(牛を模した黒レオタード姿の女性)に、誘導され、ただふらふらとカルメンを刺した。

このシーンは「運命」も重要な役割を果たし、ホセは運命に導かれたと見ることもできる。しかし、今回は運命役が弱かったこともあり、この関係は逆転していて、ホセが主で、運命が従。

ウヴァーロフのホセは、嫉妬に目が眩んで運命に導かれるまま、ただふらふらとカルメンを刺したのではなかった。カッとなって頭に血が上って、というのでもない。熟慮の末。もっとも知的なホセ像だった。

この日のホセは、はっきりと自分の意志で、確信犯的にカルメンを刺したように見えた。

もう、何も言えなかった。バレエやドラマ、作り事の世界では、時々人が死ぬ。簡単に殺される。でも、現実には、人は人を簡単には殺さない。人を殺すのは余程の事。ホセがカルメンを殺すのは、余程の事だと、ウヴァーロフのホセの演技に、私は考えさせられた。バレエの演技で何かを教えられるように感じたことは、なかなか無い。

カルメンはホセにとって、殺さなければ手に入らない女。でも、ホセはカルメンを殺すことによって、愛する女性を得られるのか?それとも、ホセはカルメンを殺して、愛する人を永遠に失うのか?

小説を読んで抱いた私の問いに、思いがけずウヴァーロフのホセは、最良の回答をくれた。

ホセはカルメンを刺した後、右腕に彼女を抱きとめ、彼女の腕を自分の首筋に廻してカルメンを抱き上げ、そして、幸せそうに笑った!この場面でこんな演技を、私は見た事がない!・・・「やっとカルメンは自分のものになった」、きっと、そんな意味。恋人と結ばれたような優しい笑顔に、見ていて虚を突かれた。

カルメンを抱きしめる。その腕をすり抜けて、死体が下へずり落ちてゆく。ホセの表情が曇る。たぶん、体温が下降とか、重さとか、だんだんこれは死体だ、彼女はもう死んで失われたのだ、と触れた肌から実感するという意味だと思う。カルメンを刺した後、ウヴァーロフの表情が刻々と、くるくると変わった。一瞬一瞬の、表情がすべて素晴らしかった。ホセが、そこに生きていた。

走馬灯のように、カルメンとの日々、カルメンへの複雑な感情がウヴァーロフ・ホセの脳裏をよぎったのだ!と、はっきりと手ごたえを感じながら、私は思った。

彼はこの日、生きた演技をした。そして同じ事は、2度起こらなかった。

相手役のザハロワは、従来的なファム・ファタールとしてよりも、この聡明なホセに真摯な愛を捧げられるに相応しいフェミニンな魅力で、東京公演最終日に、今までのイメージを覆す好演を見せた。それは後日の話になる。

一瞬の中の、永遠。ホセはカルメンを殺して、彼女を得た。そのやわらかな笑顔は、独りよがりでエゴイストな男のものには、私には見え難かった。
一瞬の至福の後、ホセは、大切な人を永遠に失った事を悟る。

ホセが立ち尽くすラストシーン。ビゼーの情熱的な音楽に、シチェドリンの編曲は硬質な透明感を加えた。「カルメン」歌いだしの音楽が、鐘の鳴るように響き、全てを浄化するように、悲しみのホセと、カルメンの亡骸の上に降り注いだ。
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