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想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

ロス恐怖症

2010-03-12 09:18:03 | Weblog
「対象喪失」についての記事。
ロス
記事内容とはちと違うが、ペットロスを恐れる日々である。

ベイビーの直腸問題、診察の結果はまだなんとも判断しがたいという内容だった。
触診してもらうと、ステロイドの効果で腫れがひき、出来物も小さくなっていた。
それでも医者はまだまだだいじょうぶとは言わない。
おまけに小走りするようになったというと、苦い顔をされて、それは薬の副産物です、
薬をやめるとおそらく前と同じように戻るはずと言われた。
あちこち具合が悪かったり調子悪かったところが炎症止めのステロイドでうまく回る
ようになっているそうだ。

ステロイドは副作用があるので使い続けることは危険であるし、急にやめることも
できない。腎臓、肝臓に悪影響が出るし、免疫力がなくなるという。
あと2週間様子をみながら投薬継続することになったが、カメからは薬を減らして
様子を見よと、言われた。
わたしもそんな気がするので、処方された薬をよくよく案配をみながら飲ませて
いこうと思う。できれば全量飲むまえにやめられたらと思うのだ。

ペットロスの記事から始めたが治療経過報告になってしまった。
ロスしたくないので、毎日神経質に見張っていたらエラいこと疲れ、その疲れが
急に出始めた感じである。眠い。
でもベイビーは信じられないくらい元気になった。
薬のせいのにわか元気であると知って少し気落ちしたが、言われてみればそうだ、
6、7才頃の元気さに戻って、調子に乗って走りつづけると弱っているはずの脚の
関節に負担がかかるだろう。

毎朝グッドモーニングかあちゃんと起こしにくるのも久しぶりだ。具合が悪いと
そばに寝なくなって、朝もすぐに起きなくなっていたから。
ベッドのど真ん中を陣取った重い図体を押しやって隅っこで寝なくてはならんのは、
ロスを思えばらくちんなことである。
どう考えても覚悟などそうそうできるものでもないし、かといって次の犬を飼うキモチ
などとてもじゃないが想像できない。

雪が融けて、春になって、何度でも夏を迎えたい。
「おまえが最後のオンナ~」じゃなくて最後の犬であると思う。
誰よりも君をアイス、あんころもちよりも君をアイスだかんな。
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何が大事かっていうと。

2010-03-11 10:10:57 | Weblog

一週間経ったので診療所の先生に診てもらいに行きます。
実際ボクとしてはだいぶよくなっとりますけん、ま、ドライブっつうか、
ママとデートです(うへえええええ、キモチワリー、おっかあって言え!)
ほめられるほどではございやせんが、まあ、ウンチ一回で全部出るようになりました。
これが素晴らしい、一本ドッコってのはたいへんに素晴らしい。



11年といくばくか生きてきて、身過ぎ世過ぎいろいろございやしたが、
一本ドッコはたいへんに重要かつ、喜びであると知ったこのごろ。
キムタクとか言われて喜ぶのは若い若い、なんたって一本ドッコが一番である。
人生、出るものが出ないでなんとする。
入れる、出す、このすみやかなる循環がいかに大切かつ、あたりまえのようで
ありがたいことであるか。
まだまだ完治ではないが、一歩も二歩も前進したようであります。
カメに感謝感謝感謝でござる。



関係ないけどもう一枚。




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ビタミンCだぜー

2010-03-09 00:50:35 | Weblog
あんた、食べられんでしょ、酸っぱいよー。

みかんをビニール袋から取り出しそこねてゴロゴロ転がった。
すばやく陣取って、ベイビーどうするつもりだ?
こちらが手を出すのを待っているのである。手を出したらパッとくわえる。
くわえても食べられないんだけど‥、取りっこして遊ぶのである。

歯形があちこちについているみかんを、その後食べました。
一ついかが? と向いたみかん一房差し出しても、首を横へ向けて避けます。
酸っぱいの、ダメなんだよねー、カメと同じだよねー。
そう、先生も酸っぱいものが大の苦手であられますので、「これ、酸っぱくないです」
と言って柑橘類等をお勧めしても、なかなか騙されません。
はい、何度かいたずらして信用を失っていますので。

ベイビーも小さい頃に「おいしいよ~」とみかんをみせびらかすおっかあにツラレて
パクっと食べて吐き出してからは利口になって甘噛みして転がして遊ぶオモチャ
という位置づけにしているよう。
そののちに、うさこはみかんの皮を向いていただきます。
もちろん舐めたり噛んだりしたあとのみかんをです。イラナイというベイビーに、
おいしいよ~とみせびらかして食べるのであります。
バッカみたいでしょ、そうなんですよ~、アホですよ~。楽しいですよ~。

第一義、義を以て第一とするという一のところを空白にして、そこに何を入れるか?
その問いをカメから出されて、各自色々と応えていたけれど。
忠と応えた方がいて、わたしはなんだか泣けました。
忠義となるわけです。正解は一なのですけれど、その方のなかに忠義という言葉が
あるのだなあと思うと、それがなぜだか心を打つのでした。
その方にとても似合う言葉であったせいもあると思います。
その方は長く人の上に立つ立場を勤めてこられたようですが、このご時世、義など
なくなってしまったかのような時代にあって、志を高く持ちつづけるのは困難な
ことだと思います。
なればこその義であり、忠を思うことでしょう。

金より義でありますなあ。義のためにこそ金を活かすのでありますなあ。
食うためのみにあらず。
義なくば恵みめぐることなし、です。


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見渡せば、空。

2010-03-08 11:53:46 | Weblog
東北地方で雪が降るのは当然のことだろうけれど、数年来降雪が少なかった。
ある年などまだ紅葉が散りきらない頃に突然雪が降って白い雪に赤や黄、茶が
混じった。
美しくないことこのうえなく、そのまま本格的な雪も降らないまま年が明け、
一度大雪になっただけで春を迎えた。
その年は樹々に花のつきが悪かった。

雪はあたりまえに降るものとは思わなくなってきた今日このごろ、降るわ、
降るわでまたびっくり。
低気圧前線が小幅に横たわっていると用心しなければならんのである。
新潟が雪でも、太平洋側が雪でも、どまんなかにいるのでどちらの影響も受けて
福島県の上側、下側が降っていなくても山にぶつかった低気圧のせいで降ってくる。

日々、空をみない日はない。
東京では空を見ないのみならず陽にあたらないまま一日を過ごすこともザラだが、
(地下鉄の駅を出てすぐに建物に入り日暮れて夜になってまた地下鉄に乗れば、ね)
森にいるとみわたすかぎり、空。
みわたすかぎり、樹々と土。

ベイビーの具合は少しづつ良くなっているようであるが、根治するにはまだまだ
日ぐすりが要るようだ。
っていうか、投薬開始してまだ四日じゃね? とひとりツッコミする。
待つがわは、いつも時の過ぎるのが遅いのであるよ。
今朝は数ヶ月ぶりかという活発さをみせてくれて、つくづく変化に対して鈍感だった、
常識にとらわれすぎていたと反省している。
常識とは、歳をとればおとなしくなるという考えである。ベイビーの検査結果について
獣医がとても高齢犬とは思えないと言ったし、アゴの白ヒゲの少なさにも驚いたように
ヤツはほんとうはまだまだ寄る年波の影響は出ていないのであった。
長いあいだ、不快、不調であったことよと思うと、わたしはマヌケである。
いや、自覚していたがこれほどとは‥‥。

つねづね、カメが言っていたことにもっと耳を傾けるべきであった。
常識にとらわれるというのは恐ろしいことである。目の前にある事実に気がいかなくなる。
固定概念にはばまれては、せっかくの眼も耳もはたらかないのである。
慣れとは恐ろしい。

カメに今回言われたことは、「あなたは犬に教わってるなあ」であった。
教わっていることに違いないが、そのことに感謝ばかりしていられない。
覆水盆に返らず。詫びてもどうしようもないことも、悔いても遅いこともあるのだから。
慢心と常識に囚われることがなにより恐ろしい。
日々、一時一時を新しいと思う謙虚さを、わたしはどこかに置いていたのだと思う。
スンマセン、ホントニスンマセン。

今日も新しい空だ。
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やがてまた芽吹くので

2010-03-07 00:19:54 | Weblog
希望、生きる力は希望が糧となる。
「人身事故で遅延しています」というアナウンスを駅のホームや改札口で聞くことが
珍しくない日々、大都市東京だけではなく地方にも不条理の死が蔓延しているニッポン。

「希望」という言葉が嫌いだった若かった頃、希望を知らなかったからだ。
死のうかと考え迷う人に、この生きる糧はどうしたら届くのだろうか。
行政の福祉やNPOの生活支援ではなく、希望だ。
一時しのぎの銭をもらうことが希望ではない。腹を満たすことではないのだ。

わたしの名を呼んでくれる人がいる、生きていてもいいと。
希望とはそういうこと。
あなたのためにわたしはここでふんばらなければならない。
また希望とは内側からつきあげるように湧いてくる他者を思う気持ち。
そして、隣の見知らぬ人にも同じ気持ちがあることがふと聞こえてくるような瞬間。



森のなかで枯れ木立を眺めて、新緑のまぶしい季節を思う。
めぐりくる時を知ることも希望、その希望が人一人の力ではどうしようもないことを
知っている。
絶体絶命の時、だが死ぬよりも、頭を垂れて生きていよ。
死んだって生きたって同じさとほざきながら、生きていよ。
生きていればその腹の底で、生きていることを欲しているはず。
その欲望を、希望に変えるにはただ一つ、「我」を捨て「技」を捨て無となり
成り果てたとき、吹く風に逆らわないでいられるだろう。

丸裸の樹々が芽吹くのは、あたりまえだ。あたりまえになるには我を捨て去ることしかない。
生まれてこのかた、一重二重とくるまれてきた我をこんどは一枚づつ薄皮でいいから
はがすことである。はがれるごとに垂れた首ももちあがり、光もみえるようになるだろう。
人を生かすのは、希望でしかない。


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ステロイド薬投与の経過2

2010-03-07 00:01:00 | 親分

大切な愛犬が直腸に異常という症状でご心配の方もいらっしゃるかもしれないので、
今回処方してもらった薬名を書いておく。参考になればと思います。
〈タイロシン(抗生物質)プレドニゾロン(ステロイド)トランサミン(止血剤)〉

朝、散歩の足取りやや重く息も荒い。
血便は改善されつつあってほとんど下血しなくなった。まだ血の塊があるが。
確実に薬が効いているようだ。
歩調が遅いことやだるそうな気配も薬の影響だろうと思う。

微熱が心配で診療所へ電話する。担当医が不在だったが、来院はオーケーとのこと。
状態を説明すると、翌日も続くようであれば連れてきてと言われる。

心配なので昨日よりさらに早く帰宅。
元気なときと同じでぬいぐるみをくわえてお出迎えしてくれた。
なんでなんだろう? なんでベイビーはぬいぐるみをくわえてるんだろう?
うれしかったり、はりきったりすると、くわえて走ってくる。
しばらくくわえたまま、わたしの回りではしゃいでいるのである。
それにつきあって、よ~し、グッドボーイだったねえ、お留守番ありがとうね、と
言って取り上げるまで続くのである。
一昨日と昨日はそれがなかったが、今日はお出迎えだった。
ちょっと元気なのか? でも、そうでもなくその後はまたダラリと寝てしまう。
予想以上に早く会えたのでやっぱり嬉しかったんだろうかなあ。

夜の散歩は足取りが朝に比べてかなり回復した様子だった。でも帰り道はゆっくり。
でもこれまでで一番良い便である。柔らかいが、ほぼ普通。出血無し。血塊少々。
ベイビーも違和感がなくなって渋らず、痛みもないように見えた。

帰宅後、ずっとゴロゴロしながら遊んでいる。
時々、起きあがってなんかおやつなーい? ねえ、なんかちょうだい? という眼。
よしよし、その調子。
マッサージなぞしてしんぜようと、ゴロゴロしているのでそのまま揉んで歌う。
歌っていると気分がいいらしく、笑う。シッポばんばんで応えるのも久しぶりな感じ。
久々にベイビーがお調子者の顔に戻った。

明日もまた薬、用心して経過をみていこう。
「ブログ見たけどね」と心配してくれた母に、「どうかって、書いた通りよ」と
素っ気なく応える。だってまだいいとも悪いともなんとも言えない途中のこと。
説明するのはやや堪える感じ。
そうかあ、闘病中の人にいろいろと病状を尋ねるのはよくないんだなあ、
聞かれてもやるせないんだなあ、などと後で考えたしだい。
何事も我が身に起きなければ真にはわからんのであるなあ。
快復のあかつきには、パーティーでもしまっせ。

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ステロイド薬投与の経過1

2010-03-06 09:06:58 | 親分
若い医者は止血剤を処方してくれたが、あまり期待できないんだけどと言っていた。
それも繰り返し言っていたのであるが。
今朝は鮮血が出ていないのをみてオッ、即効だと思ったのであった。
でもベイビーはダルダルな感じで歩いている。朝の散歩は途中で切り上げて戻った。

歩き方もいつもと全然違った。
首を下げうなだれたように歩く老犬を見て、いつかああなるのかなあ、でもまだ
だいじょうぶ、顔上げて歩いているもん、そう思っていたのだけれど。
今朝はじめてうなだれ気味に歩いた‥‥。強い薬と説明されていたが、こたえると見える。
家に入るなりバタンキューであった。からだを拭いてもらっても起きあがらない。
おやつをみせられて、ガバッと起きる。彼らしい、うんだいじょうぶだ。

心配なので早めに帰宅。
大喜びして出迎えてくれたので、ちょっと安心した。
でもぜんたいになんだか弱っている感じだ。気のせいかとよくよく観察したけど
気のせいではない、リアルに弱っている。
それなのに元気を装ってくれているようにも見える。けなげである。

額を触るとこころなしか熱い気がして、犬の熱など測ったことないので思案する。
体温計も人間用しかない。今日は気温が高いのでそのせいもあるかとしばし様子を見続け、
15分ほどしてまた触ってみたら冷えていた。迷っていた医者への電話を控え、さらに様子を
みることにした。
しかし、しかしだ。ご飯は少なめ、甘えてもあげられん、これは許せと言い聞かせる。

早めの夕刻に散歩。
ウンチに血がついているけど、投薬前に比べると少ない。鮮血もない。
朝よりさらによくなっていた。
歩く速度が遅い。薬の影響だろう、極端な弱りぶりになんだか胸が苦しくなる。
ベイビーが立ち止まってわたしを見上げる。
かわいい眼をしている。
瞬間、ピピピピピっとハートが交差する。
さあもう帰ろう、ゆっくりでいいさと自分で自分を励ます。
ベイビーはちょっとだけ足取りが軽くなったようであった。

夜、そばに寝てからだをほぐしてやりながら本を読む。
寝息が荒いので気になる。やたら気になる。ページがなかなかめくれない。
あああ、君は辛いだろうなあ、思うと胸が苦しくなる。
泣くわけにもいかんのだが、泣けてくる。
いやだめだ、だめだ。辛抱である。
いちばん辛抱しているのはベイビーなんだからな。
感傷は敵であるぞと言い聞かせる。

カメに前日の診察結果を報告した。お願いするまでもなくどうだったかと聞かれた。
「あいつは病気では死なんよ、犬神だかんな」そう言っていただいた。
「死なんよ」は、死なせないよ、なのであるなあ。


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おいら闘病犬になるぜ、ちょこっとな。

2010-03-05 00:40:31 | Weblog
昨日、約束の時間40分過ぎてもひたすら耐えてもらってきた紹介状先の大学病院に
直行せずに、セカンドオピニオンのため六本木ヒルズ前の小動物病院へ行った。
ここは駐車場がなく路駐するしかなく付き添いなくして行けない不便な病院だ。

その若い医師はベイビーの肛門に指を入れること数分間、ベイビーもよく我慢した。
ああ、ありますね。あります、という医師の声でがっくりきた。
なんだかわからないけど、ある。
小さな瘤があってそこから出血しているらしい。血便の原因はとりあえずそれだった。
あとは精密検査をしてどの範囲に瘤があるかを知る必要があるのだが、なにせ高齢犬の
ベイビーなので大事をとって血液検査とレントゲンで身体検査をすることになった。
2時間待ちであった。

再び行くと無事終了しましたー、あっちで遊んでますと言われてみると床でニコニコ顔。
看護士さんにお愛想ふりまいているのだった。女子がいるとごきげんなのである。
して、医師は渋い顔である。聞くのがなにやらおそろしい気がして腰がひける。
前脚、悪いですかとまず聞かれた。
ええ、ちょっと痛いみたいですね、あまり走らなくなりました、そういうと医師の顔が
パッと明るくなった。実はレントゲンの時、あまり元気なもので男二人で押さえつけて
それで脚を痛がっていたからもしかしてこっちで傷めたかと心配してたもんで、という。
じゃ本題入りますと声が明るくなった医師が続けた。

血液検査、この通りなんですがと一覧表を示して数値の説明を始めた。見ればわかった。
オーケーなんじゃない? と見て思った。数値はどれも許容範囲なのだ。
いいですね、と言うと、そうなんです、びっくりです、12歳でこれはおどろきました、
優秀ですこれを見るかぎりは、という。
そうだよね、これだけじゃわからんものな、まだ続きがあるならさっさとしゃべってくれ
と思うが長々と説明するのである。
声のトーンがだんだん高くなってきて、自分の声に酔うタイプの男性ではないかとふと
疑ったりするが、時々合う眼はマジメで誠実そう、あるいは熱情型にみえる。

レントゲン写真が5枚ずらずらと並べられベイビーの体内が映し出された。
おお、りっぱな背骨だと思っていると医師が言った。
心臓、デカイです。こっからここまでこれが心臓なんですが、この子は標準サイズより
デカイ、つまりデカイってことは肥大ってことで。
肥大ですか? デカイと肥大は同じですか?と言うと、いや、そこ、そこなんですよ。
心音を聞くかぎり問題ないし、肥大とも言えないんじゃないかと問題にする必要ない
んじゃないかと現段階では思いますです、と言った。ほっとする。
一年前、かかりつけ医師にやはりお尻を見てもらったとき、心音を聞いてその医師が
言ったのは、若いねーあんた若いよー、心臓がこれだけ丈夫ならだいじょうぶ、だった。
そしてお尻の穴に指を入れて、問題ないよーとその医師は言ったのだった。
お尻は別として心臓はだいじょうぶだったはず、ちょっとデカイだけさと思う。
お尻はあのときほんとうにだいじょうぶだったのか、とふと思う。思いたくないが。

そして内臓を次々に見て、ガスが溜まっていることが判明。原因は来院してからずっと
ハアハアと荒い息をして興奮していることも原因になるのでと医師は言った。
それより前立腺がやや腫れてます、ここだけ歳相応ってとこでしょうか、そう言って
な、しょうがないよな、とベイビーに向かって笑いかけた。ベイビーはハアハアと返事する。
診察中に気心が知れたらしい。

肝心の直腸から肛門への部分はレントゲンには鮮明には写っていなかった。
やはりそこを見るには内視鏡検査しかないが、リンパ節各所に変異はみられないことが
わかり現段階で癌の転移の心配だけはないということだ。
内視鏡検査でポリープを調べ、生体検査をしなければ悪性か良性かただのポリープなのか
わからない。わからなければ治療方針が決まらないと医師は言った。
そして、うーーんとうなっている。
お持ちの紹介状の大学は内視鏡検査ははっきり言ってヘタクソですから他の大学病院を
紹介しますし、医師も紹介します。これまでの検査内容なら全身麻酔を受けてもほぼ
だいじょうぶだと言えます、と結んだ。



さて、ここからはおっかあの番である。どうするか決めるのはあたいである。
「悪性の場合は切りますよね?」 とまず聞いた。
「はい、切ります。しかし切った後の問題は転移ですから癌を叩く治療が必要です。」
「いやそうなったら緩和ケアでお願いしたいので」と小さな声で言った。なぜか声が
小さくなるのであった‥。
すると医師は急にまたあの高い透る声に戻って言うのであった。
「ああ、それならこうしましょう、そうだ、そうだ、おっしゃるとおりです。
まずはですね、内科的治療を試みて様子を見ましょう。内視鏡で調べるのはそれから
でもいいと思います。抗生剤とちょっと強いですがステロイドを使うのはどうでしょうか。
問題はステロイドを使った場合、もしかして癌だった場合がやっかいなのです。
癌が隠れてしまうというか治療しにくいんですね。そういう問題が起きるかもしれない
けれどもそれもやってみないとわからないってことです、はい。」
「お薬で、お願いします。だいじょうぶな気がするので。体力今はあるということが
わかったのはとてもよかったです。検査してよかったと思います。」
「わかりました、この子ならだいじょうぶかもしれない。いや、ほんと癌が小さくなった
子だっているんですよ、薬でね。やってみましょう。」
希望の持てそうな話を最後に持ってくるんだものなあ、でもこの医師が慎重であることは
わかった。押し付けたり威圧したりもしない。セカンドオピニオンで来たことを知っても
対応に変化はなかった。とりあえず嘘はつかないようなので○。

そこへ院長が戻ってきた。それまで若い医師と助手と看護士しかいなかったので
久しく来ないうちにあの院長先生はいなくなったのだろうかと気になったりして
いたのであった。院長のまん丸の童顔を見てほっとした。
ベイビーも小太りの院長に体当たりして、シッポバンバンでさっそく歓迎した。

長い時間を診察のために費やして、ベイビーは疲れたことだろう。
わたしは一つだけ前に歩を進めて、一つだけ小さな覚悟をした。
老いるのはいっしょだ。いっしょに過ごしていくだけだ。
もっと賢く鋭くなりたいものだ。もの言わぬベイビーの不自由がすぐにわかる
ように。その点、足らんので鋭意努力するのみである。

神さまに、痛くなりませんようにとだけお願いお願いお願いしますだ。
(カメが幾人もの人々の激しい痛みを和らげてきたことを近くに見て知っているのさ
ここ一番、ベイビーのためにもお願いせねばならんのである)




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なりすまし家猫

2010-03-03 09:33:52 | Weblog
牙隠し家猫になりすまし、うかうかと喉ならしたり。


化かされてひだまりに憩うは極楽鳥‥じゃなくて極楽トンボ、じゃなくて兎。


明日はベイビーの検査入院だす、ドキドキだす。
でもカメが医者の診たてに「?」だったのでそっちを信じることにした。
ま、歳も歳であるからして用心のために行くということに決めた。ただし‥‥、
内視鏡だのバリウムだの、ヤメヤメ。高齢犬に麻酔などして、いったい誰が責任取るんじゃと
聞いてもノーコメントの医者に頼るのはバカだと思うのであるよ。
帰ってこぬかもしれんというのに一筆など書けんよ、命預けませんっての。
だまーってしおらしく「はい、はい」と医者に返事しつつ腹のなかでばっかじゃねーのとキッパリ
拒否の覚悟を決めたのであった。
信じるに足る相手に出会うのは難しい。
迷ったらダメ、迷う相手とはダメ、これまで生きてきて身につけた勘であるなあ。
ベイビーを守るのはあたいとそして神さまである。

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不忠者にあらず

2010-03-02 17:16:46 | Weblog
 (おっかあがまだウンチを褒めてくれやせんのだ、とほほなのだ)

昨今、いや明治維新以来といったほうがいいだ ろうか、忠義なる言葉は
日を追うごとに忘れ去られているようだ。
忠誠や忠義などシュレッターにポイでさあ次行くよ~みたいなもんで
ある。捨てられすっかり廃れてきたようだ。
はては大日本帝国の時代を思い出すとでもいうのか「愛国心」と並んで
その正しい意味、本意と離れたイメージ(このイメージというのがそも
そも問題なのだが)が付着してしまっているように思う。
そのくせ(くせといいいたいくらい)四十七士の仇討を毎年末になると
飽きもせず観ている。なんじゃこりゃーニホンジン、だ。

野党自民党から民主党への鞍替え議員が5人になったというニュース。
頭をよぎるのがニクンニツカエズ(二君に仕えず)という武士の心得である。
3人目くらいまではフーンとぼんやりしていた。
ところが5人になった。
党を変えるのは主人、君主を変えるのと同じである。政党政治家は党の
主張が主人であり、政党助成金の分け前で活動するんだからな、鞍替えは
忠義に反しているといってもまったく外れてはいないだろう?

いや、わかっている、わかっているよ。もち、うさこだってそのくらい、
わかっちゃいるけどね~~、言ってみたいのさ~~。
もともと主義主張より人脈金脈なんだもの、コロコロと変わるってこと
くらいわかっちゃいるさ。

政治家なんか引き合いにだして忠義を語るほうがどうかしてるって?
その党利、いやその通りでござる。
不忠者といえば、小早川秀秋であるぞ。
関ヶ原で西軍から東軍へ寝返った、あの殿さま。四百年経っても裏切り者
の烙印は消えない武将。戦乱の世とはいえ不名誉なことで、その反対に
位置して名君の誉れ高く語り継がれる上杉氏や真田氏と比べれば歴然、
忠義を忘れたる者に下される罰は重いんである。
不忠なれば、覚悟がいるんである。キッパリが大事である。

いやいやそんな世の中単純じゃないんだよ、時代が違うんだよ、時代が
と言ったそこの若造クン。 おろか者! 時代は関係ないんだよ。
志は不動なのじゃ。時の波に洗われて丸くなる、なんてものはそもそも
ヤワイんじゃ。堅くなければ志ではないんじゃ、義じゃないんじゃよ。
おろか者よばかゾウ君、いや若造クン。

忠とは、義とは、心の話なんだかんな。時代で心が変わると思ってんのか、
変わってんのは前頭葉部でセコク回転している脳みそじゃ。
おめえさんの海馬の隅っこのちっちゃいメモリーボックスにころがってる
スカスカの情報を使いまわしして頭ひねってるつもりだろうけど、あっち
いきこっちいきして、つまるところ目先の利を追っているんだろうが。
それが正しけりゃ、小早川秀秋だって化けて出て戯作者を名誉棄損で
訴えてるだろうさ。

忠義とは語るは易し、行うは難しなのだよ。
ゆえに美談になるのである。人は手を汚さずして美しいものをタダで
ながめるのが好きだからねえ。それだとイタくもカユクもないからねえ。

うさこは「真田太平記」にて武士の魂、忠義をお勉強中であるからして、
雑言許してたもれ。
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