比叡山に、大師勧請の起請といふ事は、慈恵僧正書き始め給ひけるなり。起請文といふ事、法曹にはその沙汰なし。古の聖代、すべて、起請文につきて行はるる政はなきを、近代、この事流布したるなり。
また、法令には、水火に穢れを立てず。入物には穢れあるべし。
<口語訳>
比叡山の、大師勧請の起請という事は、慈恵僧正書き始められたのである。起請文という事、法曹にはその沙汰ない。古の聖代、すべて、起請文について行われる政はないのを、近代、この事流布したのである。
また、法令では、水火にケガレをたてない。入れ物にはケガレあるはず。
<意訳>
比叡山「開祖」の霊界からの召還は、慈恵僧正によってはじめられた。
召還の契約書「起請文」は、べつに召還を行った慈恵僧正以外の誰をも縛るものではない。慈恵僧正と召還された「開祖」の間で結ばれた契約書なのだ。過去に、こういうものを参考にして政治を行った例はない。最近である、「起請文」を政治の前例として用いだしたのは。
また、法令では火や水にはケガレを認めない。しかし、入れ物にはケガレがあるだろう。
<感想>
○「大師勧請」は、死んじゃった「大師」に来てくれ~とお願いする事。
○「起請」は、お願いをおこす事。
○「慈恵僧正」は、焼け落ちた比叡山延暦寺を統合した、偉い人。
○「起請文」は、霊界の人との契約書。「この世にあらわれてお力ぞい願えれば、なんでもいたします」とか書いてあった。
○「法曹」は、坊主や法師。
○「その沙汰なし」は、「関係ない」。
○「古の聖代」は、過去のお手本とすべき時代。
○「政(まつりごと)」は、この段では「政治」と理解しておく。
○「また、法令には、水火に穢れを立てず。入物には穢れあるべし」は、そういう事。意味は現在では「そういう事」としか判明できていない。
この段は、という事である。
原作 兼好法師