墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

平成マシンガンズを読んで 284 マダム一時撤退

2007-03-14 21:41:47 | 

 マダムがピッと袋を破った。
 オレンジ色の包装ビニールはさかれて、だいだい色のキャロット風味のアイススキャンディが惜しみもなくオレンジなツヤツヤとした姿態をわずかな冷気と共にひけびらかす。その様子はオレンジとしか表現出来ないほどにオレンジで、きらびやかに荘厳なだいだい色のアイスキャンディ。

 おいしはアイスキャンディを待ちかねる。
 おいしは公園のベンチの上に座っていた。

 マダムは数分前に言った。

「少し疲れたね、あすこのベンチで一休みしようよ。あのベンチで休憩だ」

 おいしは疑問に思った。
 疲れた?
 疲れたもなにも、マダムはまだ何もしてない。
 実績になるような事を何もしてないのに疲れてるなら、単なる空回りだ。

 残暑厳しいなか、マダムの指示するベンチは日陰の中にあった。

 そこに座ってマダムとアイスを食べるおいし。
 マダムは前歯でアイスの 4/1 を削ぎ取り右手に取って、おいしの前に広げてある包装のビニールの上に置いた。

「あんま食べ過ぎると毒だからね」

 そう言いながらマダムはベタベタの手を舌でなめとっている。
 はしたない女だとおいしは思う。

 ベンチに座ってアイスを食べているうちに、後ろの植え込みからヤブッ蚊が飛んで来た。あまりの蚊の猛襲に耐えかね1人と1羽は撤退を余儀なくされる。

「うわー撤退だよ!」

 炎天下の砂場に面した、ギラギラの滑り台の前まで逃げてきて、蚊はいなくなった。残りのアイスをかじりながらマダムは言った。

「なんだって夏の日陰には必ず蚊がいるんだろうねぇ。安心して休んでもいられない。難儀だねぇ」

 難儀なんだとおいしは思う。マダムは続ける。

「やはり、死神に追いつくまで、私らに安住の地はないようだ」

 ないんだとおいしは思った。 


平成マシンガンズを読んで 283 いたたまれない気持ち

2007-03-13 02:21:29 | 

 消え入りたい。
 この今いるところから逃亡したい気分で、穴があったら身を潜めたい。
 やってしまったという感情で身体はいっぱいになって、目はしぜんと下を向く。
 自分の座るシートを見つめながら、いっそのことなら自分の体がペラペラになって、このシートとシートの隙間に潜めたならどんなにか幸せだろうと考える。そして、いたたまれないというのは、きっとこんな気持ちのことを言うのだろうなとも考える。
 もういたたまれようもないほどにいたたまれない気分にドップリつかったら、いたたまれなさも少し落ち着いたので、少し心に余裕を取り戻して死神の顔に視線を移したら、死神もいたたまれないような無表情をしていた。

 さすがの死神も、人がたくさん乗っている中央線の車内で『子供達の復讐』などと叫んでいた自分を反省をしたのだろう。
 それとも、もしかしたら、こんな公衆の面前で中学生に叱られた事を死神は根にもっているのかもしれない。
 怒らせちゃったかな?

 私達2人が沈黙しているうちに、乗客達は見て見ぬフリから、まったく見なくなった。人のうわさも75秒と言うのは本当らしい。

 電車が『三鷹駅』に到着した。
 車内には、それなりの人の入れ替えがおこる。私の左に座っていたおじさんはドアが開くとスッと立ち上がりホームをめざした。
 私の隣があいている。

「死神ここに座んな」

「!?」

「はやくはやく。座られちゃうよ!」

「うん。わかった」

 大人のくせに、小学校の男子みたいな返事なのでおかしい。死神はドサッと私の隣に腰をおろした。

「死神、怒ってる?」

「なんで俺が?」

 別に怒っていないらしい。よかった。
 なら、言うべき事は言おう。

「恥ずかしいから、電車の中で演説しないでよ!」

「悪かった!」

 素直に謝られると気分がいい。慈悲って感情も生まれる。

「もう許してあげるから。演説したいなら私の耳元でそっとささやきなさい。聞いててあげるから」

 そう言ったら死神は不思議そうな目をして私を見た。


平成マシンガンズを読んで 282 暴走する死神とその鎮圧

2007-03-11 10:47:41 | 

「『教育理念』が建前なら、今の教育の実態はなんだろうか。
 もちろん、競争だよな。
 そう。結局は、良い大学に入って一流企業に行くのが最終目標なんだよ。
 その為に学校に行っているにすぎないし、勉強なんてもんは、高い給料を貰えるようになる為の手段。しょせん金だよ。勉強なんてつまんない。
 他人より裕福になれ。
 少なくとも、負け組にだけはなるな。
 そんな風に大人からハッパかけられ勉強していて、ふと気づく。実は、まわりのクラス・メイトってお友達なんかじゃなくて自分の敵なんだと。
 本当に成功する者はごくわずか。他人を押しのけてでも這い上がらなきゃ成功者にはなれない。
 そうか、まわりはみんな敵なんだという認識。クラスメイトはみんな、自分と同じ狭い門を目指して走る敵である。こいつらは自分を蹴落とそうとしている加害者だ。
 そして、生まれる被害者妄想。
 なにしろ、みんなが加害者なら、自分は被害者だ。
 大人からの抑圧と、本来は敵である学友との建前のつきあい。
 精神は知らず知らずに屈折し鬱屈していく。
 こうして、子供達は被害者妄想にこりかたまった、他人を非難する事しかできない醜い大人に完成させられる。
 なんと愚かな教育!
 なんと哀れな子供達!
 子供達よ歌え復讐の歌を!
 討つのだ眼前の敵を!
 今こそ立ち上がれ子供達の復…」

 もう、死神には我慢出来ない!
 こんなに大勢の人が乗っている電車の中でワケのわからん演説をぶちやがって。偉そうに、お前は何様だ! お前の演説のせいで、一緒の私が死ぬほど恥ずかしい!

 我慢は臨界点を超え、私は叫んでいた!

「演説をやめなさい! 電車の中でしょ!」

 叫んだとたん冷静になった。
 血の気がすーっと引いていく。
 しまった。
 やらかしてしまった。

 夏もおわりかけているが、まだ残暑厳しいそんな平日のお昼。
 中央線の車内はいくらか空いているものの、シートは乗客でうまり立っている人もいる。その車内で演説する中年男と、それを叱りつける制服の中学生。あきらかに異様なシュチュエーションだ。

 私に叱られたのがショックだったのか、死神はしゅんとなって謝る。

「ごめんなさい」

 うわっ、こいつ最悪、空気読めてない。これで、うちらは確実に変な2人組に決定だよっ。他の乗客の視線が痛い。知らんぷりを装いながらも、あきらかに私達を観察している。
 怒りと恥ずかしさで熱くなっていた体が一気にクールダウンして、消え入りたい気持ちになる。


平成マシンガンズを読んで 281 死神の教育論

2007-03-11 10:44:06 | 

 話し続けていくうちに、まるで死人のような目だった死神の目に不気味な存在感があらわれはじめた。顔は相変わらずの無表情だが、目だけは光を吸収する底なしのブラック・ホールのよう。

 やばい。
 死神が調子にのってきた。
 自分の言葉に陶酔しかけて、おさえていた声もだんだんと大きくなってきている。こんな電車の中で、例の『へ理屈』を大声でぶちまかされたら、たまったもんじゃない。マジかんべんしてほしい。
 ちらっと視線を動かし周囲を観察すると、さっきまで文庫本を読みふけっていた左どなりに座っているおじさんの手が固まっている。本に興味を失った様子で、聞き耳をたてているような感じがする。

「ねぇ死神、ちょっと……」

「今の混沌とした教育の状況に対して、あえて俺は言おう。現代の教育は競争原理にのっとった『競争教育』であると!」

 駄目だっ。
 死神の奴すでにバーニングファイヤーしている。もう、そのまま勝手に燃え尽きてしまえ!

「理念ない教育は悲しい。
 子供達こそが未来を創造するのだ。教育は、この国の未来をある程度決定する重要なものである。
 なのに、この国には肝心の『教育理念』がない。あるにはあるが、ただの建前と化している!
 その理由はこの国の政治家に明確な日本の未来像がないからだろう。未来の日本をどうしたいかという想定がないから、日本の子供をどのような大人に育てたら良いのか分かっていない。
 国の政策として考えるなら、教育改革の根本には『どのような日本にしたいか?』がなくてはならない。
 次に『では、そういう日本にする為には、どのような日本人が必要か?』となる。
 そうすれば、目標となるべき『日本人像』が出来たのだから、そういう日本人になるような教育方針を『理念』とすれば良いだろう。
 ただ、国策にのっとった教育は常に危険がともなう。
 その理念が適正な物であるかどうか、公正に審査するシステムも同時に必要となろう。
 とにかく教育改革をするならキチンとした『日本の未来像』がまず必要で、今までのやり方じゃ駄目っぽいから今度はこうしてみよう。なんていう小手先の変革は子供達の混乱を招くだけ、ろくな結果にならないのは目に見えている。
『改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり』と兼行も言っている」


平成マシンガンズを読んで 280 終わりのないレース

2007-03-10 05:08:11 | 

 本当を言うと、死神の言う事はよく解らない。
 なんとなく解るような気もするし、共感をおぼえる部分もあるけど、死神はなにか大事な事を隠している。
 それは、死神が私に『子供達の復讐』とやらをさせたい理由。
 その理由が解らないかぎり、死神の真意は理解できない。
 しかし、死神に復讐をさせたい動機を聞いても、お得意のへ理屈をぶちかまして逃げるだけだろう。

 電車に揺られながら考える。
 考えなきゃならない。時間はないけど良く考えなきゃ。死神にながされちゃ駄目だ。

 死神は私の考えを知らずに話し続ける。

「現代の子供達は無意識に復讐を望んでいる。
 矛盾した大人達。そういう矛盾した大人にさせられる悲しみ。
 世の中から、とてつもない強制を受けている息苦しさ。
 大人になる意味も、勉強する意味も、大人は誰も教えてくれない。ただなんとなく、社会的敗者にならない為には大人の言うように学校に行って勉強しなきゃならないんだろうなぁと思えるだけ。
 ニートやフリーターなんて負け組になってはいけないのだ。どの大人も負けても良いよなんて甘い事は言ってくれない。負ける事は恥で、敗者になるな、逃げてはいけない。前向きに生きろと、ただそれだけを言う。
 せいぜい、自分のできる範囲の限界までは頑張って、そこそこの大人にだけはなるのだと励ます。
 大人達に強制され、みんなと同じ方向に向かって走らされる。
 競争。かけっこ。レース。
 ビリにだけはなれない。走りきらなきゃならない。
 でもゴールはどこなんだ?
 なんで走らなきゃいけないの?
 子供達はゴールもないレースを死ぬまで続けさせられる。理由も解らないし、むしろ理由なんてないらしい。
 なんで、こんな世の中に生まれてきたのだろう?
 疑問はいらだちを生み、子供達に復讐の心を抱かせる」