鎌倉中書王にて御鞠ありけるに、雨降りて後、未だ庭の乾かざりければ、いかがせんと沙汰ありけるに、佐々木隠岐入道、鋸の屑を車に積みて、多く奉りたりければ、一庭に敷かれて、泥土の煩ひなかりけり。「取り留めけん用意、有り難し」と、人感じ合へりけり。
この事を或者の語り出でたりしに、吉田中納言の、「乾き砂子の用意やはなかりける」とのたまひたりしかば、恥かしかりき。いみじと思ひける鋸の屑、賤しく、異様の事なり。庭の儀を奉行する人、乾き砂子を設くるは、故実なりとぞ。
<口語訳>
鎌倉中書王にて御蹴鞠ありますに、雨降って後、いまだ庭が乾かなければ、いかがせんと沙汰ありますに、佐々木隠岐入道、鋸の屑を車に積んで、多く奉りいたしませば、庭に敷かれて、泥土の煩いなくなりました。「取り留めます用意、有り難し」と、人感じ合いました。
この事を或者が語り出たら、吉田中納言が、「乾き砂子の用意はなかったのか」と仰れれば、恥かしかった。すごいと思った鋸の屑、賤しく、異様の事である。庭の儀を奉行する人、乾き砂子を設けるは、故実だぞ。
<意訳>
鎌倉の中書王の御所にて蹴鞠が催されたそうです。
しかし、その日は雨が上がった後で庭はすっかりぬかるんでいます。どうしようかと相談していますと、佐々木隠岐入道がおがくずを車一杯つんであらわれました。それを庭に敷き詰めたので泥水の心配はなくなりました。「こんな時の為におがくずを用意しておかれる、お心、有り難い」と皆、感動しました。
そんな鎌倉での見聞を、ある者が吉田中納言に語ったところ。
「乾いた砂の用意はなかったのですか?」
と言われてしまいました。
恥ずかしい。すごいと思ったおがくずは、中途半端な対処で、京都ではまずやらないことである。庭を管理する人、乾いた砂を用意しておくのは故実だぞ。
<感想>
この段の「或者」とは、もしかしたら関東に行った事のある兼行本人なのかもしれない。
吉田中納言の言う事は実に合理的である。おがくずなんか庭に敷きつめたら、その日はいいだろうがすぐにじゅくじゅくと腐りだし、やがてはかえってぬかるみだす。庭の肥しにしかならないし掃除も大変だ。乾いた砂だったらいくらまこうが別に問題はない。
昔の人の言う事は、実に合理的で隙が無い。
原作 兼好法師
この事を或者の語り出でたりしに、吉田中納言の、「乾き砂子の用意やはなかりける」とのたまひたりしかば、恥かしかりき。いみじと思ひける鋸の屑、賤しく、異様の事なり。庭の儀を奉行する人、乾き砂子を設くるは、故実なりとぞ。
<口語訳>
鎌倉中書王にて御蹴鞠ありますに、雨降って後、いまだ庭が乾かなければ、いかがせんと沙汰ありますに、佐々木隠岐入道、鋸の屑を車に積んで、多く奉りいたしませば、庭に敷かれて、泥土の煩いなくなりました。「取り留めます用意、有り難し」と、人感じ合いました。
この事を或者が語り出たら、吉田中納言が、「乾き砂子の用意はなかったのか」と仰れれば、恥かしかった。すごいと思った鋸の屑、賤しく、異様の事である。庭の儀を奉行する人、乾き砂子を設けるは、故実だぞ。
<意訳>
鎌倉の中書王の御所にて蹴鞠が催されたそうです。
しかし、その日は雨が上がった後で庭はすっかりぬかるんでいます。どうしようかと相談していますと、佐々木隠岐入道がおがくずを車一杯つんであらわれました。それを庭に敷き詰めたので泥水の心配はなくなりました。「こんな時の為におがくずを用意しておかれる、お心、有り難い」と皆、感動しました。
そんな鎌倉での見聞を、ある者が吉田中納言に語ったところ。
「乾いた砂の用意はなかったのですか?」
と言われてしまいました。
恥ずかしい。すごいと思ったおがくずは、中途半端な対処で、京都ではまずやらないことである。庭を管理する人、乾いた砂を用意しておくのは故実だぞ。
<感想>
この段の「或者」とは、もしかしたら関東に行った事のある兼行本人なのかもしれない。
吉田中納言の言う事は実に合理的である。おがくずなんか庭に敷きつめたら、その日はいいだろうがすぐにじゅくじゅくと腐りだし、やがてはかえってぬかるみだす。庭の肥しにしかならないし掃除も大変だ。乾いた砂だったらいくらまこうが別に問題はない。
昔の人の言う事は、実に合理的で隙が無い。
原作 兼好法師