墨汁日記

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徒然草 第九十四段

2005-10-21 19:58:28 | 徒然草
 常磐井相国、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面あひ奉りて、馬より下りたるけるを、相国、後に、「北面某は、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか、君に仕うまつり候ふべき」と申されければ、北面を放たれにけり。
 勅書を、馬の上ながら、捧げて見せ奉るべし、下るべからずとぞ。

<口語訳>
  常磐井相国、出仕いたしましたが、勅書を持った北面お会いになられて、馬より下りたのを、相国、後に、「北面某は、勅書を持ちながら下馬しました者です。この程度の者、いかがでしょう、君に仕え奉りますべきか」と申されませば、北面を放たれました。
 勅書を、馬の上のまま、捧げて見せ奉るべき、下りるべからずだと。

<意訳>
 常磐井相国が朝廷に出仕いたしましたところ。たまたま上皇の勅書を持った北面の武士が馬に乗って現れました。北面の武士は、常磐井相国に出会ってつい馬を下りて挨拶してしまいました。
 相国はその後、上皇にこう言われました。
「なにがしとかいう北面の武士。陛下の勅書を持ちながら下馬いたしました。この程度の者に、陛下の大切な勅書を持たされるのはいかがなものでしょうか」
 それを聞いて上皇は、その北面の武士を放免なされたそうです。
 上皇の勅書は馬に乗ったまま、捧げ奉るべきものだ。相手が誰であろうと、天皇の勅書を持つ者はけっして馬を下りてはならないという。

<感想>
 常磐井相国は、歌人で本名を西園寺実氏という。一時は大政大臣という役人の最高位までのぼりつめた偉い人であるが、嫌な奴だ。
 上皇は隠居した天皇。先代の天皇だね。
 北面とは、上皇を守る武士のこと。
 勅書は、上皇の命令書。
 ある日だ。上皇を警護する北面の武士が、上皇の命令書をあずかり、現場に行こうとしていた。そこへ常磐井相国が現れた。常磐井相国はとても偉い貴族だったので、つい、北面の武士は馬からおりて挨拶してしまった。
 この北面の武士には、なんの悪気も無い。むしろ、多少はうっかり者だけどいい奴だったんだろう。だからこそ、つい、常磐井相国に出会って馬を下て挨拶してしまった。そのくらい常磐井相国は偉い人でもあったのだろう。だが、常磐井相国にしてみれば、それは許されない事であった。
 上皇の勅書は、上皇とおんなじくらい偉いのだ。それを持つ身であれば、うかつな態度は許されない。勅書は上皇そのものであり、その勅書を持つ者が、わざわざ下馬してまで挨拶するということは、上皇そのものである勅書より、目の前に居るその相手の方が偉いと認める行為なのだ。
 あー。なんてめんどくさい。うざくてだるくなって体の力が抜ける話だ。
 たかが元天皇の命令書にナニをそこまで必死になる必要があるのだ。現天皇の勅書なら話は別だぜ。引退した天皇なんだぜ。いいじゃん。せっかく下馬してまで挨拶してくれたんだ。見逃してよろうよ。なぜ見逃してやれなかったんだ。
 常磐井相国のチクりにより結局、北面の武士は役職を解雇される。
 たかが紙切れだぜ。それと北面の武士の職とは、どちらが偉いのか。
 常磐井相国の頭の中では、勅書の方が当然に北面の武士の立場なんかより、ずっと偉いのであろう。では、常磐井相国の偉さをを認めて挨拶した北面の武士の立場は? 当然にない。もともと北面の武士なんかを常磐井相国は自分と同じ人間だなんて思ってもいなかったであろう。
 そういう話である。兼好もなんかいたたまれないなと思いながらこの段を書いているようだ。

原作 兼好法師