墨汁日記

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徒然草 第九十一段

2005-10-18 19:52:44 | 徒然草
 赤舌日といふ事、陰陽道には沙汰なき事なり。昔の人、これを忌まず。この比、何者の言ひ出でて忌み始めけるにか、この日ある事、末とほらずと言ひて、その日言ひたりしこと、したりしことかなはず、得たりし物は失ひつ、企てたりし事成らずといふ、愚かなり。吉日を撰びてなしたるわざの末とほらぬを数へて見んも、また等しかるべし。
 その故は、無常変易の境、ありと見るものも在ぜず。始めある事も終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定なり。物皆幻化なり。何事か暫くも住する。この理を知らざるなり。「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

<口語訳>
 赤日という事、陰陽道には沙汰なき事だ。昔の人、これを忌まない。この頃、何者の言い出して忌み始めたのか、この日ある事、末通らずと言って、その日言ったりしたこと、したりしたことかなわず、得たりした物は失って、企てたりした事成らずという、愚かだ。吉日を撰んでなした技の末通らないを数えて見ても、また等しいはず。
 その故は、無常変易の境、ありと見るものも在らない。始めある事も終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定だ。物皆幻と化す。何事か暫くでも住めるか。この理を知らないのだ。「吉日に悪をすると、必ず凶だ。悪日に善を行うと、必ず吉だ」と言う。吉凶は、人によって、日によらない。

<意訳>
 暦の赤口を忌む習慣は最近の俗信である。陰陽道では赤口を問題にしないし、昔の人も赤口を忌まなかった。
 赤口にやる事は、「先が通らず」と言い。言った事や、した事が必ずかなわないと忌み嫌う。赤口に得たものは失い、赤口に計画した事は叶わないと言うが、それは愚かだ。
 わざわざ大安吉日を選んでした事でも、良い結果に終わらない事だってある。それと、たまたま赤口の日にした事が良い結果に終わったのを比べたら、どちらが多いだろうか。もしかしたら、同じぐらいかもしれない。
 何故か。
 世の中は常に変わり、占いの結果ですら今日の夜には変わる。あると思ったものがあるとはかぎらないし、はじめがあっても終りがあるとはかぎらない。
 志しは遂げ切らず、望みが果てる事もない。
 人の心は不定で、全ては幻である。
 何事でも良い、変わらずに暫くの間でも、この世に有るものなどあろうか。無いと思うなら、この理を覚えておくべきだ。
「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言う。
 吉凶など人の都合だ。暦など関係ない。

原作 兼好法師