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映画・演劇のレビュー

SSTプロデュース『湯たんぽを持った脱獄囚』

2015-04-24 22:12:51 | 演劇

今から、30年前に書かれた作品だけど、これはそんなにも新しい作品だったのか、と改めて驚く。今まで何度もいろんな集団によるヴァージョンを見ている。もっと古典だと思っていたのだ。今日この劇場にこの芝居を見に来ていた九谷保元さんが演じた作品も見ている。(田口哲さんの演出によるものだ)まだ、今よりずっと若かった九谷さんは、思い切り汗をかいて、この不条理劇を体現していた。もう何十年も前の話だ。(たぶん)

「1986年に書かれた別役実さんの作品です。田舎のバス停で繰り広げられる、笑えないユーモアをモチーフにした、男と女の切ないお話です。」とチラシの解説にはある。SSTプロデュースの代表であり、この船場サザンシアターのオーナーである当麻英始さんのことばだ。もちろんこの芝居の演出は彼の手による。

1986年は、先日読んだ吉田篤弘『ソラシド』の舞台となった時間である。「あの頃」をめぐって、小説はそんな近過去への旅が描かれる。『ソラシド』は、86年を回想するのではなく、今では過去となった86年の時代の空気をよみがえらせる小説だ。失われた音楽を通して、なつかしいあの頃、(それは主人公のひとりにとっては自分が生まれた年、もうひとりにとっては、20代前半という時代)は果たして存在したのか。それすら危うい。そんな幻の時間を描く。あの小説を読んだあと、偶然にも、この芝居を見たことで86年という時間が僕の中で再浮上している。バブルの頃、バブルなんかとは全く無縁で生きていた。僕と、大多数の名もない人たち、これはそんな人たちのお話だ。

いつものように(別役作品はいつも同じ、ということだ)バス停のベンチ。そして電信柱。それだけ。終バスを逃した男。(1日に4便しかない。最終は18時とある)大きな旅行カバンを持ってそこにいる女。そんなふたりの不条理なやりとり。とても静かで、さみしい。徐々に明らかになるこの不思議なお話の世界に引き込まれていく。

今時、「湯たんぽ」なんてものを知らない人もいるのではないか。しかも、ここに登場するのは当然だが、ブリキのクラシックタイプ。誰がどこから脱獄するのか。そういうお話はここでは語らない。語る必要もない。

当麻さんは自分の好きな世界を、自分の好きなままに、丁寧に見せていく。いつものことだけど、それがこんなにも心地よい。主役の浅田真那さんが素晴らしい。少し硬いけど、そんな硬さがこの作品にはぴったりだ。たったひとりここにたたずむ覚悟がそこにはある。たまたま彼女とかかわりになる男を演じる水谷亮太さんは、余裕がない男をそのままで演じた。そんな自然体がいい。(ただ、演技に余裕がないだけ、かもしれない)

平日の8時半という上演時もいい。70分ほどのこの小さな芝居にぴったりだ。(もちろん、当麻さんの劇場自体のすばらしさは今更言うまでもない。)SSTプロデュースのその頑ななこだわりが素晴らしい。こんなにも幸せな芝居はそうそうないだろう。22日から始まり27日まで公演は続く。これをみすみす見逃すには、あまりに惜しすぎる。


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