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映画・演劇のレビュー

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

2021-12-02 17:49:44 | 映画

ジェーン・カンピオンの久々の新作映画だ。なんと劇場公開から10日ほどでネットフリックスでの配信がスタートした。最近このパターンで「垂涎もの」の映画がどんどん公開される。うれしいような、もったいないような。でも、ついつい安易にTVで先に見てしまう。

1925年のモンタナを舞台にした映画がニュージーランド映画として作られる。フランスとベルギーの合作映画でフランス人の監督がアメリカの西部を舞台にした映画を一昨日見たのだが(ロール・デゥ・クレモン=トネール『ムスタング』)なんとなくこの両者は内容も感触がよく似ている。そこにあるアメリカに対する距離が映画を形作る。どちらも過剰な説明はない、無口な映画だ。そして、どちらもたまたまだと思うけど女性監督だ。

荒涼とした大地のロケーションを背景にして、牛や馬を通して、主人公たちの孤独な心情を描く。先に見た『ムスタング』は誰にも心を開けないひとりの受刑者が、矯正プログラムとしてムスタングの飼育をする日々を描く。馬と彼の姿を丁寧に追っていく。とてもいい映画だった。ジェーン・カンピオン作品は、より複雑だ。

一見粗野な、でも頭の切れる兄と、一見繊細、でも弱弱しい弟、そんな弟と結婚してやってくる女性とその息子、という4人のお話を丁寧に見せていく。彼らの中にあるそれぞれの相容れない思いが、悲劇を生む。他者を受け入れないというところも『ムスタング』と似ている。

内面の告白は一切しない。だから何が彼らの心を動かしているのか、わかりにくい。見ていてもどかしい。4人は、頑なに心を閉ざして、言葉にしない。映画はストーリーを前面に押し出さない。だから、しばらく見ていても、この映画が何の話なのかもなかなか明確にはならない。

カリスマ的存在で周囲から恐れられる牧場主フィル (ベネディクト・カンバーバッチ)を主人公にして弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)との確執が描かれる。フイルはジョージが連れてきた女(キルステン・ダンスト)とその息子(ピーター)が気に入らない。というか、フィルは他者を寄せ付けない。彼だけではない。4人は同じ家で暮らしているのに、(夫婦なのに、兄弟なのに、母子なのに、)ひとりだ。

後半、大学の夏休みで牧場に帰ってきたピーターと心の交流をするようになるフィル、という図式(これがこの映画の結論なのかと思わせるわかりやすい一見ハートウォーミングのようなこの流れ!)から、母親がさらに心を病んでいくという展開へ。彼女のアルコール依存をフィルはもちろんジョージも止めない。やがて、いきなりの結末へとなだれこむ。映画が提示したこのラストに呆然とする。救われない。(まぁ、ジェーン・カンピオンにはその気はないし。)

結局、ピーター(彼が実は主人公だったのではないか!)の中にある空洞は何なのかはわからないままだ。それを母への想いと単純に理解することはできない。邪悪な心情、だなんていう気もない。フィルと寄り添う瞬間には嘘はなかったはずだ。もやもやした想いが残る。


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