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映画・演劇のレビュー

『みをつくし料理帖』

2020-10-26 21:15:02 | 映画

これが角川春樹の最後の監督作品になるらしい。78歳。8本目の映画。今まで毎回全く違うジャンルの映画を作ってきた。どれもそれほど面白くはない。だけど、彼は自分の撮りたい映画を作ってきた。『犬神家の一族』を皮切りにして一世を風靡した製作者として数々の作品を作ってきた。角川映画は70年代から80年代の日本映画界をリードした。でも、映画監督としては評価されていない。趣味の域を出ない作品しか作れなかったからかもしれない。大予算の映画も手掛けた。それらはヒット作になった。だけども、作品としては評価されていない。それぞれそれなりには悪くはない映画だ。地味な映画だけど『時をかける少女』は大林映画とは違う魅力があった。

今回も実はそれほど期待はしなかった。だけど、予想に反して実に気持ちのいい映画で、感心した。こんな映画ってなかなかない。ちゃんとお金と時間をかけて丁寧に作られた良心的な作品で、心に沁みる。こんなにも何もない映画もめずらしい。

ひとりの女の子が料理人として成長していく姿を淡々と描く。ストーリーらしいストーリーはない。日々の暮らしのスケッチだ。彼女の日々を静かにひとつひとつ描いていく、でも、ドキュメンタリータッチの客観視ではなく、暖かく見守っていくという感じだ。お話も淡い。感情的になることはなるところも、極力抑え込む。庶民の暮らしの点描。もちろんそこには小さなドラマはある。(そこには彼女にとって大きなドラマも含む)だけど、それだって、やがては日々の生活に埋もれていく。幼なじみとの再会をクライマックスに用意して、彼女たち二人のドラマとして全体はまとめてあるけど、あくまでもこれは主人公である澪(松本穂香)の物語だ。江戸で一番の料理人になるという夢をかなえるためにがんばる、とかいうような根性ものではない。彼女はただ目の前のちいさな出来事のひとつひとつに対処する。おいしいものを届けたい。それが大事。身を尽くして料理に精進することが彼女の生きる意味。

これは彼女のそんなちいさな幸せを見守るだけの映画。何もない。なんでもない。そんな月日の積み重ねが生きることだと教えてくれる。周囲の善意に包まれて、彼女を優しく見守る人たちが素敵だ。こんな優しさに包まれて生きれたら幸せだろう。

それにしても、この静かな映画の音響は素晴らしい。それと当然のことだけど、ささやかな料理の数々のこの映画をしっかりと支える。これは実に地味な映画なのだ。だけど、それがねらいでもある。角川春樹監督の最高傑作になった。


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