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映画・演劇のレビュー

劇団N2 『居坐りのひ』

2016-02-12 20:30:21 | 演劇

 

N2を見るにはこれで3度目となる。ウイングカップに3年連続で参加しているからだ。そして、その3本の作品で毎年着実に成長している。

 

作、演出の杉本奈月さんの中で「劇」というものがどんどん進化し変貌していくさまが、その作品からストレートに伝わってくることがとても心地よい。基本的な姿勢は全く変わらない。だが、ストーリー性をどんどん排除していく。光と音。かすかな気配。心が震える瞬間。そんなもののひとつひとつが捉えられる。具体的な場所から抽象的なものへと、姿を変えていく。『光が丘3丁目』の教会、『月並みに次ぐ』の夜の路上、そして、今回のどことも知れない場所。

 

1年間かけてこの『居座りのひ』というタイトルの作品をいろんな形に変化させてきた。チラシによると静劇、音楽劇、2人芝居、1人芝居、俳優不在、と考えられるあらゆるパターンを試しているようだ。(この後、さらに14日には詩劇として再演するようだ。)だが、とりあえずは、ひとつの到達点として、今回のこの作品があるのだろう。しかし、これが完全版というわけでもあるまい。これすらもひとつの過程でしかない。

 

PlanMの樋口ミユさんの作劇と近い。しかし、杉本さんは樋口さん以上に茫洋としている。このとりとめのなさには、少し困惑する。正直言うとこういう観念的な芝居は苦手かもしれない。ストレートに伝わってきたならいいのだが、そうじゃない場合仕方なくそれを理屈で理解しようとしても、拒絶されたとき、どうしたらいいのか、わからなくなる。わかるかどうかではなく、感じるかどうかなのだが、ちょっと微妙。

 

とても刺激的だし、何も考えずに見ている分には問題ないのだが、しかし、だからどうなのか、と考え始めるとムリ。じゃあ止めれば、と思う。この空間に身を任せてまどろむだけでいい。彼女=物書き、歌うたい、と彼女を巡る2人の男(木偶の坊・言の葉、点灯夫・落とし子)が、すれ違い、離れていく。もちろんまともな会話も交わさない。パンフには空席として「鵯 、白蛇、人魚、船乗り、名のない花」とある。彼ら以外にもそこには何ものかが存在しているらしい。

 

このたたずまいを受け取る。そこにいて、いない存在。『居座りのひ』というタイトルそのままに、そこに居座って、なくしてしまったものを、見守る。そんな時間を丁寧に掬い取っていく。舞台美術とも相俟って、この象徴的な劇空間は何かを伝えるわけではなく、何も伝えないということにことさら雄弁になる。1時間という当初の設定を大きく上回り1時間20分の長さになったのもその空白を大切にしたゆえであろう。カーテンを閉めたところから始まり、開けることで終わる。だが、それ以前からそれ以後まで陸続きで、ある。

 


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