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映画・演劇のレビュー

『焉知水粉 クロッシング・ザ・センチメンタル・デザート』

2012-02-25 09:21:20 | 映画
 たった36分の短編映画である。しかも、話らしい話もない。まぁ、この上映時間なのだから、当然のことだろう。登場人物も3人。父と息子の話であり、その息子とベトナム人の少女との話でもある。父の営む水粉屋で(ということで、いいのだろうか。パンみたいな感じで、台湾のケーキというか、お菓子で、まぁ、パンケーキかぁ)彼女がバイトをする。ほんのひと時のふれあいを描く。

 1993年の夏の話だ。それを、現代の彼の回想として見せるというよくあるパターンなのだが、父と息子のなんでもないやりとりや、偶然バイトとしてやってきた少女に淡い恋心を抱き、彼女の作るオリジナルの水粉に感激し、それをメニューに加えようとして、父と衝突し、彼女はクビになる、というただそれだけの話。頑固な父のこだわりと、それに対して反発する息子。だが、そんなストーリーが大事なのではない。本当はなんでもよかったのである。描きたかったのはそんなお話自体ではない。あの時代、まだ若かったころ、ほんの少し出会った素敵な少女との時間。父への想い。センチメンタルなのは、デザート(あの水粉)ではなく、この青年の方で、こういう感傷的な映画を作る監督の張騰元自身であろう。

 まだ若いこの監督が、こういう映画を作るというのは、あまりに後ろ向き過ぎないか、なんて思わないでもないが、若いからこそ、こういうのに、憧れる気持ちはよくわかる。自伝的な作品なのだろうが、年齢的に主人公は自分の世代ではない。彼がやりたかったことは、自分の子供時代の「時代の雰囲気」を再現する、ということだろう。懐かしいほんの少し昔。これはまぁ、台湾版プチ『ALWAYS 三丁目の夕日』だ。明らかに若い頃のホウ・シャオシェンに影響を受けている。台湾も著しい経済成長でかつての雰囲気が損なわれつつある。時代の流れなのだから仕方ないことなのだろう。だが、それでいい、というわけではあるまい。
 
 失われていくものをいとおしむ。ここに描かれる父の姿に象徴される「あの頃」を、描くことが、この映画の目的である。その目的は達成された。これはとてもセンチメンタルで、心に沁みる短編になっている。だが、これだけでは、「何か」が足りない。そこが、この作家のこれからの作品の中で描かれるはずだ。彼の長編デビューが楽しみである。

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