習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『ぐるりのこと』

2008-07-14 23:22:42 | 映画
 正直言って、嫌な映画だ。タイトルの『ぐるりのこと』とは僕らの生活のこと。ぐるり(周囲)のあれこれをそのまま綴っただけのこと、という意味だ。

 1993年夏から2001年春まで。ある夫婦の約10年間が淡々と描かれていく。あまりのそっけなさにドキュメンタリーでも見ている気分にさせられる。30歳から40歳直前までにのかなり微妙な時間。2人とその周囲の人々の動向が、社会的な出来事を背景にして(主人公が法廷画家で彼が当時有名だった事件の裁判の傍聴をしている姿が出てくる)静かに描かれる。

 橋口亮輔監督6年ぶりの新作である。『ハッシュ』のあの感動と比較すると、このあまりに突き放したような映画には違和感が残る。心地よくないのだ。もちろんそこに作者の狙いがあるのだから、これは思惑通りの映画なのだろう。

 主人公の2人のだらしなさが最初はどうにも受け入れ難く、まぁ、だらしないのはリリーフランキー扮する夫の方で、木村多江の妻の方は「しっかりしている」と言ったほうがいいのかも知れないのだが、へんな潔癖症が(あのセックスする日だから、というエピソードは凄い)かなり鬱陶しく、2人に共感なんか出来ない。

 しかし、そんな2人をずっと見ていくうちに少しずつ彼らがなんだか愛しく思えてくる。なんだか懸命に生きているそんな姿が、その媚びない姿勢が、好ましく見えてくるのだ。流産してから、妻は徐々に心のバランスを崩していく。そんな自分と向き合いながら、夫の支えもあり、2人で危ういながらも、なんとか生きていく。

 偶然ありついた法廷画家という仕事をこなしながらなんとか生きていく夫と、結局、雑誌の編集という仕事を辞めていく妻。(若手編集者とのいざこざの場面が凄い。あれはストレスたまるわぁ)本来の希望であった日本画の仕事に打ち込むことになる。天井画の仕事を依頼されて引き受ける。

 公私に亘って美しいことなんて何もない毎日の中を、ただ生き抜いていく。そして気付けば、2人は本物の夫婦になっている。結婚式もしないまま、子供が出来て(でも死産だったけど)そのまっま生活してきた。別れようと思ったらいつでも別れることは出来たはずだ。なのに、なんとなく別れることなく、生きてきた。気付くといつの日にからか、落ち着いた日々を送っている。長年連れ添った夫婦、になっている。

 しかし、そんな絆だっていつどうなるのか、わからない。この危うい日々の積み重ねの先に未来はある。これはそんなことを描く大人の映画だ。青春映画の大傑作である『ハッシュ』を撮った後、橋口監督は一足飛びに大人映画の大傑作を作ってしまった。若者から大人に、全く無理なく一気に成長してしまった彼がこの後どんな映画を見せてくれることになるのか、今からそれが楽しみでならない。2時間20分もある映画なのに、いきなり終わった瞬間そのあっけなさと、時の経つことの早さに驚いた。

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