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映画・演劇のレビュー

『先生、私の隣に座っていただけませんか?』

2021-09-11 16:40:24 | 映画

今、ネットフリックスで短編映画をずっと見ている。ndjc若手映画作家育成プロジェクトの作品だ。30分でいろんな新人作家の壮大な試みを体感できる。35ミリの映画をプロのスタッフ、役者たちを使い作る。それがちゃんと劇場でも公開されるし、そこを登竜門にして本格デビューもできる。真剣勝負だ。ここをスタートにしてすでにたくさんの劇場用長編映画を作っている監督もいる。先日、この映画の監督である堀江貴大の『はなくじらちち』を見て面白かったので、さっそくこの映画を見に行くことにした。

長編作品の中でも彼のセンスが見事に生かされていて満足な出来だった。コメディなのだが、なんだか先に読めない展開はある種のホラーでもある。黒木華の演じる妻が実に怖い。別に何をするわけでもないけど、しかも、どちらかというと何もしない。何もしないから反対に怖い、ということなのだ。被害者であるはずの妻よりも疑心暗鬼になる夫の柄本佑に感情移入できる。彼が妻の態度に一喜一憂する。それだけでお話を引っ張っていく。うまいのだけど少し途中から退屈してくるのはその一本調子の展開ゆえであろう。ラストの妻の出した答えには震撼させられるけど、それだけではただのオチにしかならない。短編ならそれでもいいけど、2時間の映画としてはあれだけでは少しつらい。要するに長編映としてのバランスがうまくとれていないということだろう。

2時間という長さをうまく使い切れていないのはとても残念だ。これは登場人物がほぼ5人のみ、というミニマムな映画で低予算で作れるお手軽な映画でもある。アイデァ勝負の作品なので短編としてなら成功だが、2時間の作品としては小さく収まりすぎていて劇場までわざわざ足を運ばせるだけの魅力はない。これなら深夜のTV枠でも充分可能な企画だろう。これを敢えて劇場用長編とするためには、もう少し仕掛けが必要ではないか。

終盤の展開で妻と夫が競作して作品を仕上げる部分がある。映画のクライマックスだ。それをふたりのそれぞれの愛人たちと妻の母親が見守るというとんでもない事態が描かれる。それは5人での夕食会という設定からのいきなりの展開である。家出していた妻はどこにいっていたのか、なぜ帰ってきたのか。何をしようとしているのか。いくつもの謎がすべて氷解していくのだが、ここで映画ならではの仕掛けがあればよかったと思う。あっと驚く展開はたとえば森田芳光の『家族ゲーム」のラストのヘリコブターの音、でもいい。あそこにはあれだけでそれまでのすべてがひっくり返るくらいの驚きがあったはずだ。あんなものがこの映画にも欲しいのだ。

黒木華の選択は怖いけど、作品がそこで小さく収まり、あれだけではなんだか物足りない。この長い映画のタイトルの怖さは映画を見ればわかるのだが、結局はそれだけがオチになり、わかりやすい映画にしかならないのも惜しい。


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