あすはとうとう今シーズンの最終戦です。東京はひと足はやいシーズンオフに入ってしまうのですけど、自分はオフになりますとサッカーをほとんど観ません。体育会から文化系に転入する感じ。とくに映画を観る機会が増えます。
自分的映画シーズンの開幕戦は、「黄金を抱いて翔べ」でございました。
まったく飽きることのない、密度の高い作品でした。とっても面白いです。
例によって予備知識ゼロですから、基礎となるストーリーそのものも楽しむことができました。原作もあるし公開して時間もたったので、ネタバレ上等ってことで。まだ観てないかたはご注意を。
北川と幸田はどろぼうさんです。ひさしくおつとめはご無沙汰だったようですけど、北川に呼ばれ幸田が大阪に来て、新しいおつとめが始まります。銀行の地下に貯蔵してある金塊がターゲット。北川の緻密だけどスケールが大きく、楽しいおつとめ計画のもと、大阪の街でその道のプロがスカウトされます。錠前破りの幸田、爆弾作りのモモことチョウ・リョファン。システムメンテナンスの専門家で、ターゲットとなる銀行に入ることができる野田、エレベータメンテナンスの専門家であるじいちゃんこと斉藤。これに北川の弟、春樹が加わった6人のパーティです。
話の筋は、おつとめの準備から決行までを、一方的などろぼうさん目線で描くストーリーです。ドラマチックかつスリリングにするために、メンバーのサイドストーリーを絡めさせます。幸田は子供のころ吹田に住んでいて、母親に連れられ教会によく行ってました。母親は教会の神父と関係しています。その教会が火事になったことを契機に大阪を離れるわけですけど、火事と幸田に深い関わりがあり、それが幸田の人格形成に影響しています。また幸田は、北との繋がりもある左翼活動家の山岸とも関係があり、北との関連に少なからず知識があります。モモは、北のスパイです。末永という、北と日本の二重スパイを追う過程で逆に末永に嵌められ、北に追われる身となっています。来日した兄が、自分を処分することを命じられているとわかり、兄を殺してしまうことで、北の工作員が身近に迫るようになりました。斉藤はいまは中之島の清掃員をしていますけど、情報屋でもあります。末永との繋がりもあります。春樹は厭世的な自殺願望者です。自暴自棄のはけ口をギャンブルにかけ、キングが主催するカジノで問題を起こし、キングに目をつけられています。北川はメンバーで唯一家族があり、奥さんと息子の三人暮らしで、トラックの運転手をしています。家族仲はよく、奥さんのお腹には、二人目がいます。
人がいないところに行って、人間になりたいという北川のセリフに始まり、同じセリフで終わります。北川のキャラクター設定から、春樹のような厭世的なものは感じられません。むしろ野心家な印象があり、世の中との関係を密接に持ちたいほうだと思います。ちょっとセリフの意図はわかりませんでした。
銀行強盗を軸に、北、教会火事、キングの報復と3つのサイドストーリーが絡む構成ですが、作品に濃密なスリル感を生み出しているのは、モモの存在です。北の工作員に追われるモモをパーティに導いたことで、パーティも北の追跡にさらされることになります。モモ自身はもとより、末永に買収された山岸が、モモの居場所をつきとめるために幸田に近寄ります。山岸は野田にも接近していて、裏家業が初体験の野田はビビっています。また山岸は、春樹がモモと近い関係にあると知り、春樹を拉致してモモとの交換条件にしようとします。末永はキングも買収しており、キングもモモを追っています。モモを追う過程でキングはふたたび春樹と幸田に出会い、多数で囲んで重傷を負わせます。春樹は、山岸と北川、幸田との間で成立した交渉で取り戻します。モモは、パーティが用意した爆弾製造と身を隠すためのアパートに匿っていて、とりあえず安全です。
一方、北川家とキングの私闘のほうは、エスカレートします。春樹と幸田に怪我を負わせた報復で、北川はキングを襲います。キングはその報復として、身重の北川の奥さんと息子を車で跳ね、事故死させます。この私闘は、原因が自分にあると感じた春樹がキングと刺し違えたことで決着しますけど、北川は、ひとりになってしまいます。
パーティのなかにも不穏な空気が生まれます。工作員が知るはずのないモモの居場所を知っていたり、山岸が幸田と春樹がモモと関係していることをなぜか知っていたり、不審なことが重なります。パーティのなかで唯一問題に直面していないじいちゃんがやはり犯人で、末永の情報屋をしていたのです。幸田がじいちゃんを糾弾しようとしますけど、じいちゃんと話すなかで教会火事のことをじいちゃんが知っていて、子供のころに面識があったとわかり、いったんは問題にしないことになりました。
モモに向けた北の訴追が危険な状況になってきたこと。北川が家族をすべて失い、後に引けなくなったこと。自分の過去を知り、かつモモを危険にさらす原因を作ったじいちゃんに対する、幸田の糾弾。さらに、野田がシステムメンテナンスのために銀行に行く日取りなどが影響し、決行の日取りが決まりました。変電所爆破、共同溝爆破、警備員の処分、金塊保管庫の爆破、エレベーターの対処、変装用の服など、決行に向けた準備がいよいよ整います。
そんなおり、ついにモモの居場所が末永の知るところとなり、襲撃されます。たまたま、バッテラを食べたいというモモに差し入れるため居合わせた幸田も襲われます。二人は瀕死の重傷を負いますけど、隠れ家を抜け出しかつて家事があった、あの吹田の教会にたどり着きます。朝を迎え、冷たくなったモモを残し、銀行に向かう幸田。北川とじいちゃんは、エレベータメンテナンス会社の人間になりすまして銀行に潜り込みます。野田は、変電所と共同溝を爆破します。警備員を処分し、ついに金塊にたどり着く北川と幸田。逃避の直前に、幸田がエレベーターをコントロールする部屋に潜入していたじいちゃんの元に向かいますが、ついてみるとじいちゃんは自殺していました。一枚の写真を残し。そこには、幼少の幸田と母親、それに神父姿のじいちゃんが映っていました。
この作品は、無駄がないです。だから面白いんだと思います。4つのストーリーをすべて一人称で描いています。よく関わった当事者それぞれの目線を絡ませる構成がありますけど、それだとテーマの深堀ができる一方で、スピード感は失われやすくなります。無駄というのは言い過ぎで、テーマや監督の方針でディレクションが変わって然るべきだと思います。ですけど、この作品のテーマには、この一人称の描き方が合っていました。
それから、大阪を舞台にしているところが活きていると思います。シリアスなドラマにも関わらず、どことなく肩の力が抜けた緩さがあるのです。井筒監督のキャラクターそのものですね。たとえば襲撃されている銀行の行員さんが、絶望的な恐怖感ではなくどことなく他人事のように飄々としている様が、大阪的なのです。これも、4つのストーリーにフィーチャーするため、余計なエクスキューズを省こうという意図なのかもしれませんね。
ストーリーがシンプルな分、密度の高さはキャストに負っています。それぞれのキャストが、しっかりとキャラクター設定していて、細やかな表現を見せてくれます。それが、観ている側をスクリーンに惹きつけるのだと思います。北川、幸田、モモ、春樹は、大阪人ではありません。じいちゃんも、大阪に長く住んでいるにも関わらず大阪弁を話しません。パーティで大阪ネイティブは野田だけ。そのような設定も、シンプルな舞台に登場する人物のキャラを立てることに一役かっているに違いありません。
幸田を演じているのは、妻夫木くんです。悪人で感情を抑制したキャラクターを演じ、びっくりさせられましたけど、幸田もまた、かつての妻夫木くんのイメージを覆します。冷徹で影がある人物で、目つきが尋常ではありません。妻夫木くんはますます幅が広がりますね。ただ、悪人と違って性格や行動に多少抑揚がありますし、キャラが立っていますから、それほど演技は難しくなかったんじゃないかと思います。
浅野忠信さんの存在感は、スクリーンから匂ってきそうです。もともと目に表情が少ない役者さんで、抑揚のないキャラが多かった印象があります。北川は表情も行動も賑やかで、およそ真逆なキャラクターですけど、浅野さんはうって変わって表情豊かに演じていました。
チャンミンさんは、東方神起なんだそうですね。自分は韓流は全然わからないのですけど、ちょっとだけ魅力がわかったような気がします。パーティのなかで、繊細で美しいルックスは際立っていました。俳優デビュー作だそうですけど、存在感バツグンなので、よい役者さんになりそうです。
西田さんは、得てして余計なサービス精神がオーバーフローすることがありますけど、ひたすら影ある演技に徹すると、逆に素晴らしい存在感になります。
キングのように、キレたチンピラをやらせると若手では一品の青木崇高さん。目がすでに尋常ではないですからねw。
我らが自転車役者、鶴見辰吾さんはすごく幅広い役を演じられる役者さんになりましたね。今作ではフィクサーを演じますけど、静かな狂気を匂わせ、怖かったです。
井筒和幸監督の作品を観たのは意外に少なく、二代目はクリスチャンとパッチギだけ。映画館で観たのは今作が初めて。監督が想いを込めて作られたそうですけど、その想いが濃厚に伝わる、素晴らしい作品ですね。
129分のなかにドラマがぎっちり詰め込まれた、まったく飽きることのない作品です。男っぽいお話ですからデートには向かないかもしれませんけど、素晴らしい娯楽作品です。オススメ。