招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

ナイスガイ

2006年04月15日 | 夫ネタ
「ナイスガイ」
いまどきあまり聞かない表現。
昭和30年代の日活映画なんかのイメージがある。

夫が、女性台湾スタッフみんなから言われているらしい。
「ナイスガイ」
自慢げに鼻の穴をふくらませて報告してくる夫。
私の持っている「ナイスガイ」のイメージを根底からくつがえされた。

夫は、いつも仕事の際スタッフウケがいい。
いつも笑顔を絶やさないし、文句を言わない。偉そうにもしない。
気軽にスタッフの仕事を手伝う。
台詞覚えが早く、NGを出さない。
たしかに、スタッフとしては一緒に仕事がしやすいと思う。

しかし。
それじゃあ、「ナイスガイ」ではなく「気のいいおっさん」ではないか。
台湾における「ナイスガイ」の定義をスタッフの皆さんにとことん聞いてみたいものだ。

銭湯の思い出

2006年04月15日 | 思い出場話(懐かしの昭和編)
私が小学生のころ、私の住んでいた町では、
家にお風呂があるほうがめずらしかった。
近所には大きな銭湯が2つもあり、みんなそこに行った。
銭湯は、早朝から深夜までやっていた。

友達と待ち合わせて、銭湯で話し込んだりもした。
必ず誰か知り合いの大人がいて、一人で行っても背中を流してもらえた。
おかえしにおばちゃんたちの背中を流すのも当たり前だった。
ボディソープなんかなかったから、うまく石けんを泡たてられないでいると、
「貸してごらん」と言って泡たててくれた。

小五にもなって、小柄なのをいいことに
いまだにお母さんと一緒に女湯に入りに来るクラスメートのMくんは
クラスの女子から総スカンをくらっていたのは言うまでもない。
女湯に入るだけならまだしも、他の男子に「○○は、結構胸がふくらんでた」
などと情報を流していたので、
みんなでつるし上げたこともあった。

風呂上がりには、コーヒー牛乳を飲んだ。
湯上がりに瓶からラッパ飲みするコーヒー牛乳は
どうしてあんなに美味しかったんだろう。
もうあんなに美味しいコーヒー牛乳は飲むことができない気がする。
番台のおばちゃんと仲がよかったので、時々賞味期限ぎりぎりになったのを
タダでもらうこともあった。

近所の商店街のスナックに勤めている色っぽいお姉さんの下着が黒で
ちょっとどきどきしたこととか、
赤ちゃんを連れてきていた若いお母さんに、
「自分がお湯につかっている間脱衣場のベッドに寝かせた赤ちゃんをみていてくれないか」
と頼まれたこととか、いろなことを思い出す。

あのころは、近所の大人や知らない人から話しかけられることが多かった。
銭湯でマナーが悪いとちゃんと叱ってくれる大人がいた。
今、私はよその子どものことを気にしてやったり、
叱ってやったりができない大人だ。

自分がしてもらってきたことを、社会に返してあげていないことをちょっと反省。