招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

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うぬぼれ屋

2010年07月26日 | 芝居
達者な役者さんとかけあいの台詞のやりとりをすると、
なんだか自分まで達者になった気がする。

全くの勘違いだ。

真に達者な役者は、相手役が自分よりも経験が浅かったり、
慣れていなくても、
それをひきあげるだけの力がある。

私にはない。

ひきあげてもらって、
なおかつそれを、自分がうまくなったと勘違いしそうになってしまう
うぬぼれやである。
反省、反省。

まあ、多少うぬぼれ傾向がなかったら、
芝居なんてやろうとは思わないんだろうけどさ。

それでも、勘違いしていい気になるのはかっこわるい。
自分を客観的にみて、
何がダメで、何がいいのかをちゃんと把握しとかないと。

どうも、私は20歳の頃にやった舞台を
超えられないままここまで来た気がする。
いろんな人が、当時の舞台の私を褒めてくれるのは
とても嬉しいのだが、
そこから上にいけないもどかしさがある。

技術的には今よりダメだったはずなのに、
そんなに評判がいいのは、
なんでだろう?

とにかく、自分の代表作と胸を張っていえるものを
つくっていきたいものだ。

あと何本芝居がやれるんだろうか。
自分も良し!と思え、
お客さんも良し!と言ってくれる芝居ができる日は来るのだろうか。

自分に、乞うご期待!だな。
おしっ。
頑張るぞ。






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終わった

2010年07月21日 | 芝居
昨年から、計画してきたワークショップと発表会が無事終わり、
抜け殻状態である。

そもそも発表が目標ではなく、
その過程のワークショップが主眼だったので、
その点では大成功に終わったと思っている。

もう演劇には関わらないと言っていた娘が
帰省して地元の演劇人と必死に稽古をし、
喜んでお客様の前に立った姿を見て、
きっと亡夫も喜んでいるだろうと思った。

芝居が本当に好きなのか、最近悩むことが多かった私だが、
土田氏の演劇に向き合う姿勢を間近に見て、
やはり自分はお芝居が好きなのだと確認できた。

公共ではなく、個人でプロの演劇人を招いて
ワークショップと発表会ができたということは
とても恵まれている。
良い仲間、お客様、土田氏とのご縁。

私は、なんの能力もないけれど、
とりあえず人と人を結びつけたり、
適材適所に人を配置したり、
頼み事をしたりする能力だけはあるということも
改めてわかった。

できないことをムリしてやろうとするより、
できることを自信をもって、
周囲に感謝しながらやればいいのだと。


娘は、今日帰っていった。
いればいたで楽しかったが、正直面倒くさいこともあった。

それは、きっと独り暮らしに慣れてきたからだろうと思う。

また帰ってくるねと娘は言っていたが、
年に1~2回、1回につき3日くらいで充分だと思う。


さて、今日からは自分のペースでようやく生活できる。

11月公演の台本を読み込んだり、
年明けに演出する短編のキャスティングを考えたり、
ボランティアや、習い事もある。
することは山積みだ。


ボランティアというのは
目の不自由な人が雑誌や本を耳で聴いて楽しむために
「音訳朗読」をして吹き込む作業だ。
雑誌の記事の音訳は、年始めから月1回続けてきたが、
先日初めて新書の本をひとりで音訳した。
それがほぼ完成した。
やり遂げることが苦手な私にしたら、
このボランティアは、結構頑張っている。
自分のためにもなるし。

習い事は、地元のとある伝統民族芸能の伝承者を養成する講座だ。
こっちは、ちょっとハードルが高い。
続けられるか心配だが、
とりあえずやれるところまでやってみようと思う。

「あんた、いったいどこを目指してるん?」
と、友人にたずねられたがこたえられなかった。


多分、何があっても機嫌良く毎日をやり過ごせる人になりたいだけなのだと思う。







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俳優ワークショップ

2010年07月15日 | 芝居
私が今、一番大好きな劇作家・演出家である
土田英生氏をお招きして、
地元の役者11人たちと、
40分くらいの短編の舞台を創る
というワークショップをしていただいている。

はじめは、1泊2日で演技の基礎となるワークショップを・・・
ということでお願いしたのが、
土田さんのご厚意で、せっかくなので1週間滞在して
みんなで1本短編作品を創ってみよう!
そして最終日には発表会をしてみよう!
ということになったのだ。

私達が出会った、市民芸術村の企画ではなく、
個人的な企画で、こんな贅沢な時間が持てるのは
ありえない。

土田さんには、忙しい時間をぬって、
がっつり、地元の役者と向き合ってもらっている。

言い出しっぺの私は、なんとなく責任者になっているが、
結局何もしていない。
何をしていいか分からずおろおろしているだけだ。


役者としては参加していない。
代わりに娘が参加している。

ワークショップは、土田さんのおかげで
終始笑いが絶えない。
笑いすぎて目尻のしわが増えた。
腹筋がひくひくして、インナーマッスルも鍛えられていると思う。

やっぱり私が見込んだ、劇作家・演出家はすごい!
と、ほれぼれとその仕事ぶりを見ている。

初日は、みんなの抱えている悩みや問題をアイディアとして出し、
それをもとにグループをつくった。

2日目の昨夜は、グループごとに細かく設定をきめ、
即興で実際やりとりをして、
面白い台詞や展開を拾い出して台本を創る作業。
それを終わってからグループごとに書き出して
土田さんに提出。
本日の夕方までに土田さんが台本にまとめて下さる。
これは、実際とても大変な作業だ。
「大変だけど・・・・大丈夫!頑張る!」
と、おっしゃる土田さん。
その熱意になんとかみんなで応えて良い1週間にしたい。

参加している役者たちは、年齢もバラバラだし、
普段出演している芝居のジャンルも違うなか、
手探りとはいえ、とても楽しそうにエチュードに挑戦している。
楽しむ余裕がまだない人も、
そのとまどって、おろおろしているところに、
その人本来の面白さや、必死さが出て
それがとても新鮮だったりする。

きっと、面白いものになるはずだ。

金沢にお住まいの方、

7月19日(祝)17時~(開場は開演の30分前)
金沢市民芸術村にて発表会をいたします。
入場は無料。

観に来てね。

興味のある方は
私を直接ご存じの方は私にご連絡を!
ご存じではないかたは

peco616☆mail.goo.ne.jp (☆のところを@にかえてメールでご連絡を)








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大阪観劇旅行

2010年02月24日 | 芝居
20日、21日と友人とふたりで観劇を兼ねて
大阪と京都へ行ってきた。

まず、初なんばグランド花月体験をした。
漫才や漫談は、期待どおり。
そして、新喜劇のほうだが、
実は今まで私は吉本新喜劇をちょいと小バカにしていたところがある。

松竹新喜劇で育ったと言っても過言ではないくらいの私は
吉本新喜劇が、単にギャグの見せ合いにすぎないと
テレビのオンエアを見て思っていた。

正直幕があいても全く期待していなかった。

が。
座長がすごかった。
全体をみて、渡すべきひとにきちんとパスを渡し、
アドリブで面白さを引き出させる。
例え滑っても、見捨てず
座長のつっこみで笑いにつなげる。

いきなりなねたふりに、動揺して素になりそうな若手を
いたぶるように見せてはいるが
実はチャンスを与えているように思える。
そこに座員への愛を感じる。

アドリブで出たネタをあとでフォローして使ったり、
絶対ここはテレビ中継でカットした方がいいと判断した部分は
「はいっ」と切って編集しやすいようにする。

座長、すごいわ。
その日のお客がここに反応すると分かると
これでもかとそのネタにこだわる。

芸人て、すごいな。
笑われるのではなく、笑わしているその姿はカッコイイ。

今まで小バカにしててごめんなさい!
そんな気持ちになった。

で、梅田に移動して行ったところが立ち飲みの串カツ屋。
前回は、通天閣の前の串カツ屋に行列して入ったのだが、
今回は夕方ということもあり立ち飲みのおっさんと爺さんの間に
割り込ませてもらって入った。

とりあえず生中を頼み、
やれやれとカウンターを見回すと・・・・。
なんと女は、私と友人の2人だけ。
もう、おっさん、おっさん、じいさん、おっさん、じいさん、おっさん。
若い男性すらいなかった。

ま、そんなことに動揺する私たちではない。
さすがにひとりでは入れないが、
ふたりなら平気だ。

ほんのちょっとつまむつもりが
美味しくてたくさん食べてしまった。

ビバ、串カツと生中。

ほろ酔いで本来の目的である
劇団MONOの「赤い薬」を観劇。

これは、とある薬の治験(新薬の開発の過程で人体で試す)のために
山の中の建物に半年間隔離された4人の男と、
その経過を観察する医師と看護婦のお話だ。

そのとある薬がなんなのかは、
誰にも知らされていない。

とにかく半年間薬の治験に協力したら一千万円の報酬がもらえる
ということで、それぞれわけありで身よりもない男達が集まって生活している。

そして、医師と看護婦もなんだかわけありそうだということが分かってくる。


ネタバレになるのでこれ以上書けないが、
緻密に計算された絶妙な間合いとやりとり、
何気ない普通な会話から少しずつ少しずつ
大変なことになっていく予感がするあの感じ。

これは見ないと分からない。
この面白さをぜひたくさんの人と分かち合いたい。

全国6都市を廻るのでぜひ!

観劇後、また飲む。
入った居酒屋がタッチパネルで注文する方式だった。
連れが目を輝かせてタッチパネルに触れる様が可愛かった。

翌日の京都のことは後日。




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勉強会

2010年01月31日 | 芝居
私が現在所属している演劇ユニットの
脚本勉強会が、昨日、今日と行われた。

昨年の公演以来、これだけのメンバーが揃うのは初めてだ。
昨年の公演に参加できなかったメンバーも来て、
初顔あわせの人同士もいたりして、
中々刺激的な集まりだったと思う。

うちに2週間ホームステイしていた女優さんが
今回もうちに1泊2日していった。
土曜の夜は、集まれるメンバーで飲み会をしたのだが、
結局女子会となり、
またまたガールズトーク炸裂。

翌日の勉強会もあるため、
早めに切り上げて帰宅したものの、
結局彼女と深夜1時半すぎまで、
芝居のことや、あんなことや、こんなことを喋りまくった。

勉強会といっても、
ノートとペンをもって・・・というのではなく、
組み合わせをどんどん変えての読み合わせで、
戯曲のイメージをみんなで膨らませていく。

いろんな個性、いろんなとらえ方の違いが面白い。

こういう機会がなければ、
多分自分からは手に取らなかったであろう作家の戯曲は
時代を超えた普遍的なテーマがあり、
この年齢になってようやくその面白さがわかった。

勝手に、難しそうとか
古そうとか思って避けてきたもののなかに
たくさん宝物がみつかりそうな気がする。

食わず嫌い、先入観、決めつけは
芝居選びも、人生に関してもだめだなとつくづく思う。

芝居は自分にとって余生の楽しみだし、
仕事じゃないんだからと、
自分が苦手なことから逃げていたずるいところがあったが、
ちゃんとやろう、欲を出そうと思った。

現役で、人に迷惑をかけずにいろんなことができる時間の
カウントダウンをしはじめていたけど、
そんなことをせずに、
まだまだ、もっともっと挑戦していかんとなぁと
同世代の彼女からたくさん学んだ。

ああ、楽しかった。


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門前の小僧なんとやら

2009年12月10日 | 芝居
本来、私は役者がしたい。
役者をしたい。

好きな演出家と、
良い脚本をつかい、
気に入った仲間のもとで
役者だけがしたいと言ってもいいくらいだ。

しかし、立場や年齢や、
役者として舞台に立つための場を作るためや、
なんか気がついたらいくばくかのお礼をいただく立場で
舞台と関わることが増えた。

で、向いていないのに、
講師をしたり、制作したり、
演出もどきをしたりするはめになっている。

でも、舞台に関わるのは
たくさんの人間でひとつの頂点をめざして
頑張るのが好きだから
向いていないことや、あんまり気がすすまないことも、
なんとかこなそうと努力している。

昨夜も、演出すべき人が出演しているために、
そんなつもりはなかったのに、
演出もどきをしてしまった。

言ってることや、やっていることは
亡夫の受け売りだったり、
この前の舞台の演出家のしていることを
見よう見まねでしている。

全然芝居の経験のない人や、
良い演出家と舞台を創った経験のない人よりは
ちょっとだけそのへんは有利かもしれない。

けれど、きっと私の後ろで亡夫は
役者にダメ出ししている演出家もどきの私自身に
ダメ出しをしているような気がする。

そういう言い方では伝わらないとか、
そこはこだわるとこじゃないとか、
そこはあきらめて他をおさえておけとか、
照明の入るタイミングはそれじゃないとか、
位置関係の把握のしかたが大雑把すぎるとか。

だって、あたし、演出家じゃないんだも~ん
単なる門前の小僧だも~ん
と、開き直りつつも
今夜も稽古。

週末から月曜にかけて、
色々楽しみな予定や仕事がたくさん入っている。
それをめざして、
人参を前にして走る馬みたいにして、
なんとか楽しんでやっていこうと思う。
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芝居ににじみ出るもの

2009年11月27日 | 芝居
大きなアクシデントもなく、
ほぼ満席の客席からなりやまぬ拍手をいただき、
無事初日があいた。

それにしてもつくづく思うのは、演技にその人の人柄や人生が
どうやっても出てくるということ。

私は何度も演出家から

「ゆるがない自信。腹をくくった覚悟を決めた、ぶれない言葉。
 身体と心にまっすぐな芯をもって」

というようなダメだしが続いた。

コミカルなシーンはべつにして、
シリアスなシーンでの私はどうしても
それができなかった。

他の人を見ていても、どんなに役柄を演じていても
その人自身のもつ良いところも悪いところも
演技に現れてしまうことが分かる。

魅力的な役者になりたければ、
日常の自分自身を磨くしかないのだと痛感する。
技術的なことや、舞台の場数を踏むことは当然だが、
一番大切なのは、本人がどこまで自分自身のことを知り、
弱いところもダメなところも全て含めて
自分を引き受け、認めて、闘っていくことなのだと思った。

初日の昨夜、娘が往復夜行バスで日帰りで観に来た。

一度も私の芝居を心から誉めたことのない娘が

「おかあさん、良かったよ」と言った。

大好きなゴディバのチョコを持ってきた。
ゆっくり大事に口のなかでとろかせた昨夜だった。





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いよいよ

2009年11月24日 | 芝居
いよいよ、明後日初日を迎える。

もう、毎日がお祭り騒ぎみたいなことになっている私の精神状態。
忙しくて、楽しくて、でもおよそ3年ぶりの舞台復帰で不安もあり。

女ふたりの共同生活は最高。

料理が苦手だけど、洗い物や掃除、洗濯が好きな女優さんと、
料理は苦にならないけど、あとはめんどくさい私が
連携プレーで家事を分担しつつ、
稽古後は深夜まで芝居談義でもりあがり、
ガールズトークも炸裂しつつすごしている。

プロの役者さんの根性や情熱に触発されつつ、
どれだけ大変な職業かということもわかり、
地元でアマチュアとして舞台に立つほうが
ずっと私には向いていたことを改めて痛感した。

プロにはプロの、アマチュアにはアマチュアの
喜び、苦しみ、悩みがある。
そんなことをお互い語りあっている。


動員600人をめざしているなか、
初日と千秋楽は前売りが完売した。
土曜日昼公演もそろそろ完売しそうだ。
私は、76枚のチケットを売った。
亡夫がいたころは、100枚以上のチケットをさばいていたのだが、
今回はこれが限界かな。
でも、よく頑張ったほうだと思う。
パンフレットの打ち合わせで、
私が間違い電話して、留守電にメッセージを残した相手先から
「間違ってますよ」とコールバックがあったのだが、
その相手先にまでチケットを売った。

生の舞台を見たことがないという人にもたくさん売った。
観劇初体験の人に、へぼい芝居を見せたら、
芝居嫌いになってしまう…
その責任もある。

頑張るっ。
それしかない。



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意外な展開

2008年03月30日 | 芝居
以前ここで、2年間継続して
地元でとある講座を受講していると書いた。

その講座が今日で終了した。
それは、戯曲を1本書いてみようという講座だった。
私は役者として地方の演劇にかかわってきたが、
戯曲を書くなんて思いも寄らなかったし、
書こうという気もなかった。
それでも、芝居の台本というのは、
いったいどういう過程を経て生まれるのかという、
その経過をつぶさに自分の目で確かめてみたいという好奇心はあった。

しかも、その講師を私が大好きな作家が担当するという。

よし、戯曲は書かなくても聴講生として参加しよう!
ということで参加した。
ところが、講座の中身があまりに面白く楽しいのと、
講師の乗せ上手なのとで、気がついたら2回目の講座から
正式な受講生として戯曲を書く側にまわっていた。

直接原稿にアドバイスをもらいながら、
何度も練り直し、最終稿を提出。
昨日、長編を提出した7名の中から1席と2席が決定した。
1席になった作品は、地元の演出家と役者によって、
地元で上演される。

戯曲を書いたのは、生まれて初めてだったので、
最後まで書き上げられただけで大感激だった。
そして、その上私の作品は2席となった!
嬉しかった。
題材は、自分の亡き父親への思いをとりあげた。
自分の心の奥にあるパンドラの箱を
おそるおそる開けて、
それと向き合う作業は正直辛い部分もたくさんあった。
それでも、「書くことでお父さんを許してあげればいいじゃないか」
と言ってくださった講師の後押しで、
書くことで実際父のことを理解できた(もしくはしようとする)気になった。

講師や、ともに受講していたメンバーがいたからこその
結果だと思う。

「このままこのグループを終わらせるのはもったいない」という
講師の薦めもあり、
その中の有志で定期的に集まりを持ち、
書き続けることにもなった。

書くという作業は孤独だし、
所属する劇団を持たない私のような人間にとって、
同じことを続ける仲間の存在は貴重である。

互いの作品を持ち寄り、合評しあう同人のようなグループが生まれた。
戯曲賞に応募しようとか、
いますぐ自分の作品を上演しようとか、
劇団をたちあげようという気持ちは
まだ私にはおそれおおくてない。
それでも、自分の思いを戯曲に託す作業は、
今の私にとって必要なことだと痛感した。

もう少し、頑張ってみようと思う。


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第二の劇団時代 (波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台 完結

2007年09月13日 | 芝居
第二の劇団時代(波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台の巻

第二の劇団時代(波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台の巻 つづき


顔をこわばらせて戻ってきたかかしさんを見て、
私たちはいやな予感がした。
が、かかしさんはどこも殴られたり蹴られたりした様子もない。
とりあえず何か話し合いができたようだった。

ひょっとしてこのまま公演は中止にしなければならないのだろうか?
今後の公演はどうなるのだろうか?

不安いっぱいの私たちや、何が起きたのかまだよく分からないお客さんにむかって
かかしさんが説明を始めた。

同じフロアにお住まいのかたから、
公演による音と振動について苦情がありました。
しかし、本番中であることを考慮していただき、
このまま公演は続ける許可をもらいました。
音に関しては、少し音量を下げて上演いたします。
大変ご心配をおかけして、申し訳ありません。

という内容だった。
あのすごい剣幕のこわもてさんが、よく譲歩してくれたものだ。
かかしさんたちはいったいどうやって納得してもらったのだろう?
今となっては、詳細は分からない。
とにかく、こわもてさんが怒鳴り込んで来て中断された場所の少し前から
また何事もなかったように芝居を始めることができた。

全く文句を言わなかったお客さんもすごいし、
そんなことがあったあとに、何事もなかったようにまた、
芝居の世界に入っていける役者達もすごいと思う。
私は、まだ少し心臓がどきどきしていたが、
スポットライトを扱う手が震えるほどではなかった。

そんなこんなで、なんとか公演を終えた。
速攻で、かかしさんたち大人組は菓子折を持って
こわもてさんのお部屋をたずねた。

戻ってきたかかしさんの話しによると、
こわもてさんの奥さんは、とても恐縮していたようだ。
こわもてさんは、その筋の事務所で、
ちょっと大きな失敗をして、
ちょうど小指をつめておわびをしたところだったらしい。
(おいおい。)
で、その傷口が化膿して熱も出て、
部屋でうんうんうなっていたところ、
私たちに劇団の公演の音が耳についてイライラし、
飛び込んできたとのこと。

こわもてさんも、稽古中か何かだと思っていたのが、
たくさんのお客さんが入っての本番中だったため、
かなり焦ったようだった。

小指の傷さえよくなってしまえば、
こわもてさんはかたぎには手を出さない穏やかな?その筋の人となった。
以後、公演中はもちろんのこと、
稽古中にさえも怒鳴り込まれることは一度もなかった。

それにしても、こんな経験、
世の中にたくさんの劇団があるが、
私たちくらいではないだろうか。

あと、もう一度だけ、公演中に芝居が中断したことがある。
それはまた次の機会に。

番外編 スリリングな舞台の巻 ~完~




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第二の劇団時代(波瀾万丈編) 番外編 スリリングな舞台の巻

2007年09月10日 | 芝居
ここんとこずっと、この第二の劇団時代(波瀾万丈編)を
書いていないことに気がついた。

すでにもう、お忘れになっている方や、
初めての方は、カテゴリーの「芝居」のところを読んでいただくと、
結婚前の若かりし頃の私が地元劇団で過ごした日々を綴ったものが読めます。

ということで、今日はその番外編。
これ以上スリリングな思いはできないだろうという
私にとってもお客さんにとっても強烈な舞台の想い出。

私たちの劇団は、その当時地元劇団で初めて、
稽古場兼、常設劇場を持っていた。
繁華街から車で10分ほどの住宅街にある古いスーパーの2階を借りて、
自分たちの手で改装し、
照明設備から音響設備の工事、
客席のベンチまで手作りした。
劇団員は、ひと月一万円の団費を払いそこを維持していた。

猫の額ほどの小さなスペースだったが、
劇団員は、その場所を愛し、守ろうとしていた。
団費だけではもちろん足りないので、
毎月1本新しい作品を上演するという、
今から考えると無謀な挑戦をし、
自転車操業状態で頑張っていた。

大家さんは、それなりに私たちに理解を示してくれていたが、
やはり劇団の稽古や公演で大きな音や振動があると、
他の店子さんたちからクレームがたくさん来た。
稽古場の下はスーパー、
そして上はなんと普通のアパートの部屋だったのである。

よくまぁ、そんなところに劇場を作ったものだと、
今さらながらあきれるのだが、
稽古中に怒鳴りこまれるたびに、
かかしさんとロボットさんが頭を下げ、
音量を調整し、稽古の内容を調整しつつ、
なんとかかんとか、他の店子さんたちとうまくやっていた。

もし私が、上のアパートに住んでいたとしたら、
そのうるささと振動に絶対耐えられないと思う。
なぜなんとかなっていたのかが今となっては本当に不思議である。

さて、そんなある日私たちの稽古場と同じフロアに、
新しくアパートの部屋ができた。

え?
同じフロア?
それはまずいんじゃないだろうか?
大家さんはどういうつもりなんだろう?
いったいどんな人が入居するんだろうか?
同じフロアに、人の出入りがやたら多い、
大きな音で音楽を流したり、
どたどたダンスやマット運動したりする劇団があることを、
納得して入居してくるのだろうか?

私たちは、びくびく様子をうかがっていた。

……入居してきたのは、見るからにこわもての、
いわゆる「その筋の事務所に所属している」
男性と、その奥さんらしき人だった。

そして私たちのイヤな予感は的中することになる。

つづく。



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第二の劇団時代(波瀾万丈変)番外編その③

2007年04月22日 | 芝居
ロボットさんの部屋を飛び出した私は、階段を駆け下りつつも、
もしかしたら追いかけて来てくれるのではないかという
淡い期待を抱いていた。

階下の劇団の稽古場につづく階段の踊り場で、
ふと立ち止まったりもしてみた。
しかし、後ろはシーンと静まりかえっていた。
がっくりと肩をおとし、とぼとぼと稽古場の前をとおると、
とばしやとサスペンダーがいた。
稽古は休みだが、自主練習に来たようだ。

「お、pecoちゃんも自主練習に来たの?」
稽古熱心なサスペンダーが聞く。
「何、やぼなこと聞いてるんだ、ロボットさんとこに来てるに決まってるだろ?」
「あ、そうか。買い物でも行くの?」

私は、堰を切ったようにとばしやとサスペンダーに、
ほんのさっきロボットさんの部屋で起きたことを涙目で訴えた。

「ひどいなぁ」
「そりゃ、あんまりじゃないか!」
2人は、まるで自分のことのように腹をたててくれた。
なんだか、それでかなり溜飲が下がる単純な私。

「ちょっと、ロボットさんを甘やかしすぎだよ、pecoちゃんはさぁ。」
「そうそう、がつんと言わなきゃ。」
「もう一回、部屋に戻って言ってやれ、言ってやれ。」
2人に後押しされ、もう1度部屋に戻って、
文句を言うことにした。
一緒になって憤慨してくれているとばしやとサスペンダーも後ろからついてきてくれた。

ドアをあけると、ロボットさんはお湯を沸かしていた。
今からやってくるファンの女の子2人にお茶を淹れるためなのだろう。
むかむかと腹がたつ。
しかし、ロボットさんは全く悪びれた様子もなく、
「忘れ物?」
と聞きやがッた。
これで、完全に戦意は喪失である。
この男は、さっき飛び出していった私が
どれだけ悲しかったかとか、傷ついたかとか、
そういうことに全く気付いていなかった。
人の感情に無頓着な奴なのである。

後ろで、とばしやとサスペンダーが私をつついている。
後ろの2人に気がついたロボットさんは、
「お~、お前ら丁度いいや。
 悪いけど、pecoちゃんを家まで車で送ってやってくれないか?」
と、しれ~っとした顔で頼んでいる。

あっけにとられるとばしやとサスペンダー。
とばしやが聞いた。
「pecoちゃん帰して、自分はファンの女の子を部屋によぶわけ?」
ロボットさんは、
「おお。うちに来たいって言ってるしな。ファンは大切にせんといかんやろ。」
「それにしても、それpecoちゃんが可哀相じゃないか?」
サスペンダーが言った。
「え?なんで?」
なんでって、あんた…。
だめだこりゃ…私はドリフのコントのいかりや長介のようにつぶやいた。

こうして私は、とばしやの車に乗せてもらい、家まで送ってもらうことにした。
心配したサスペンダーも一緒に車に乗り込んだ。
「じゃあさ、今から気張らしにどっか遊びに行くってのはどうだ?」
とばしやが言う。
「とことん付き合うよ」
サスペンダーも言う。

しかし、彼らはほんとは自主練習に来たはずである。
迷惑をかけるのは悪い。
それに、2人にはそれぞれ劇団内につきあっている彼女もいる。
彼女たちに誤解されるのも、本意ではない。

「いいって、いいって。大丈夫。私を送ったら戻って稽古して。ありがとう。」
そう言うととばしやは、
「じゃあさ、俺ら時々ロボットさんの部屋の様子チェックするから」
と真顔で言う。

いや、そこまでしなくていいから。
とりあえず、あれだけしれっとしていたロボットさんは、
やましい気持ちのかけらもないだろう。
しかもファンの女の子は2人で来るわけだし。
とばしやとサスペンダーの気持ちだけ、ありがたく感謝した。

このファンの女の子は、この後3回ほど登場し、
私の心をかき乱すことになるのだが、
そのたびごとにロボットさんは無神経ぶりをいかんなく発揮する。
それはまた、べつの機会にお話ししたいと思う。


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第二の劇団時代 (波瀾万丈編)番外編その②

2007年04月21日 | 芝居
第二の劇団時代(波瀾万丈編) 番外編その①の続きを書く前に、
今朝のできごとをちょっと。

夫が手書きで文章を書いていた。
最近夫は考えをまとめる時は、手書きにしている。
しかし、何度も何度もひとつの字を書いては消し、書いては消している。

「どうしたん?」

のぞき込むと、「妻」という字が書けないという。
最初は「毒」と書いて、違う違うと思い書き直すのだが、
どうしても妻と毒の中間みたいな字になるというのだ。
全然違うやん!
なんで間違うのかが理解に苦しむ。
「やっぱり、妻=毒なんじゃないかなぁ」
つぶやく夫の後頭部を軽くはたいておいた。
失敬な奴だ。

そう、これから書く思い出話は、
この失敬で失礼で、とんでもなく無神経なオヤジの
若かりし頃の失敬伝説?である。

            

さて、日曜日の朝足取りも軽くロボットさんの部屋に行くと、
相変わらずそこは地獄絵図のようなすさまじい散らかしようであった。
たしか先週の土曜日にきれいに片付けておいたはずである。
いったいどうやったら1週間でここまで汚すことができるのか不思議なくらいだ。
しかし、そんなことでめげるような私ではなかった。

ゴミと脱ぎ散らかした服と万年床の部屋の真ん中で、
優雅に煙草をすうロボットさんを、物干し場に移動させ、
戦闘開始である。
煙草と湿気とほこりが絶妙にブレンドされたよどんだ空気を
窓とドアを全開にして追い出し、
ゴミと洗濯物を選別し、
散乱したものをそれぞれあるべきところに納める。
洗濯機をまわしつつ、掃除機をかけ、
拭き掃除をする。

掃除がすんだら、流しにたまった食器を洗う。
狭いロボットさんのアパートはあっとういう間にきれいになった。
その間、ロボットさんはゆったりと煙草をふかしているだけだ。
「ちょっと、あなたも手伝ったらどうなの!」
今の私なら確実にぶちきれるところだが、
当時の私は違った。
さぁ、このきびきびとかいがいしく働く私を見て~
という健気さ全開、いや健気さというよりも戦略的意図が大きかったかもしれない。
とにかく、地獄絵図のようだったロボットさんの部屋は
楽園に(ちょっと大げさではあるが)早変わりしたのである。

さ、このあとどうしよう。
買いだしに行って、お昼ご飯を作って食べて、
その後ドライブにでも連れていってもらおうか?
それともたまには贅沢して映画に行くのもいいかしら?
などと、まるで芸当をしたあとご褒美を待つ子イヌのような顔をして、
見えない尻尾をぶんぶん振り回してロボットさんの前に行く、
可愛い女(私のことである。お間違えのないようによろしく)がひとり。

すると、ロボットさんはこの可愛い女に向かって言い放った。

「もう、帰っていいよ」

え?どういうこと?
帰っていいよって、いいよって、べつに帰りたいわけじゃないし。
ていうか、これで帰ったら私はダスキンお掃除サービスのお姉さんじゃないか。
いや、お掃除サービスのお姉さんはまだ賃金が貰えるが、
私は完全無料奉仕である。
何を言ってるんだ、この人は。
納得できずに、顔中に?マークを浮かべて佇む私に、
ロボットさんは言う。

「ちょっと人が訪ねてくるんだ」

私はいたらだめなの?
どういう人?何しに来るの?

私からの質問にはなんだかもごもごと歯切れが悪い。
しかも、私を家まで送っていると間に合わないので、
自分でバスで帰れとまで言う。
あんまりだ!と思いつつも、そこまで言うなら仕方がないと
すごすご帰り支度をしていると、
ロボットさんは台所においてあったお揃いのスリッパの
私の分だけを押し入れにしまった。
私用のピンクのマグカップも一緒にしまった。

ここで私はやっと気がついた。
「女の人が来るのねっ。」

図星をつかれたロボットさんは、しどろもどろになりながら、
「やましいことはないんだ。しかもひとりじゃなくて2人でくるんだ。
 ほら、pecoちゃんも知ってるだろ?劇団の常連さんでぼくのファンで
 いつも花とか差し入れとかくれる‥」

その子のことなら知っている。
当時、サスペンダーにも、とばしやにも、ジュリーにも、
それぞれかなり熱烈なファンがいた。
そういう存在はとても大事だ。
しかし、いくら大事なファンとはいえ
何も一人暮らしのこの部屋に招きいれることはないではないか。
百歩譲ってそうするのならば、私に掃除をさせるというのは、
あまりにもひどい仕打ちである。
そして、私と付き合っている痕跡を隠そうとするなんて!

「帰るっ」

私はロボットさんの部屋を飛び出した。

つづく。
(じらしてすみません。多分次回でこの番外編は完結です)





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第二の劇団時代 (波瀾万丈編) その49

2007年03月22日 | 芝居
久々の、第二の劇団時代(波瀾万丈編)でございます。
あいだが開きすぎて、どこまでお話が進んでいたかお忘れのかた、
第二の劇団時代 (波瀾万丈編)その48  ←ここをぽちっと
を、お読みください。

また、最近読者になっていただいた方は、
カテゴリーの芝居のなかに、これまでのお話が入っておりますので、
興味のある方をそちらからどうぞ。

       ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※      
          
さて、公演の宣伝ポスターを憧れのロボットさんと深夜に2人で
電柱に貼り歩いているところを、
警官に声をかけられ叱られた私は、
警官から芝居の内容を尋ねられ正直に答えようとしていた。

ロボットさんは、私が「学生…」と言いかけたところをさえぎり、

「いや~、くだらないお笑いのお話です。
 お時間をとっていただいて、聞いていただくような内容ではありませんよ。
 あははは。」
と、いやに媚びたような笑い方をしてごまかした。

いやだ。
こんな、こびへつらうような人じゃないのに。
なんだ、ロボットさん、どうしたんだ?
もともと、偉そうにしている役人とか警察官とかに
イイ感情持っていない人なのに。
それに、自分たちがやる芝居のことをそんなふうに言うなんて。

私はロボットさんの意外な言動にとまどったが、
すぐにその理由が飲み込めた。

そのポスターの演目は、学生運動の闘志くずれのダメ男と、
そこに同居する妻と愛人、
そしてその3人の幼なじみでいまだに爆弾作りをして革命をめざす男と、
その男を追い続ける幼なじみで刑事(←それがロボットさんの役柄)
の話しだった。
べつに当時の私たちは、政治的な意図のある劇団ではなかった。
この作品も、革命万歳!みたいなそういうものではなく、
学生運動を通じて男たち、それをとりまく女たちの生き方を描いているだけである。
しかも、くだらないギャグや言葉遊び満載の、
まあ当時の流行りの流れにのった作品だ。
警察にやましいところがあるわけではない。
ただ。
この「檸檬」を「ね~も~」と誤読し、
なんだか態度も横柄なこの警官相手に
誤解されないように内容を説明するのは
おそらくとても面倒くさいことになりそうだった。

ロボットさんはそのへんを予想して、
こんな態度をとったのだろう。

私も調子を合わせることにした。
「そうです。そうです。ギャグを言葉で説明するのは難しいです。
 ごめんなさい。」
若い警官は、何か言いたそうにしていたが、
先輩警官の言葉に遮られた。
「ふ~ん。そんなくだらないことに、時間をかけてご苦労なことやな。」

き~っ。
かぁ~っ!
自分のはらわたがふつふつと煮えくり返る音が聞こえそうだった。
それでも、ロボットさんが卑屈に
「えへへ、ほんとそうですね。すみません。」
と答えているので、私は我慢した。
若い警官は、
「でも、この劇団よくチラシとかみかけますよ。
 若い人たちに人気があるみたいですよ。」
と先輩警官に向かって言った。

わ~、うれしいこと言ってくれる。
この人は分かってくれてる。
私はほっとした。

先輩警官は、
「わしゃ、よう分からんが、ま、とにかく電柱にポスターを貼るのはいかん。
 後日、始末書を書きに出頭するように。」
と結んだ。

一刻も早く立ち去りたかったロボットさんと私は、
「はいっ。分かりました!すみませんでした。」
と、やたらきびきびと頭を下げ、
車に乗り込んだ。

車を発進させると同時に、ロボットさんは本当に悔しそうに、
「くそ~、今に見てろ」とつぶやいた。
私も悔し涙でうるうるして、目の中のロボットさんの横顔がゆらゆら揺れた。

しかし、この夜の体験がロボットさんが今回の役柄を演じる上で、
かなりプラスになっていくのであった。

つづく。
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本日千秋楽

2007年03月04日 | 芝居
本日、舞台は千秋楽である。
明日からは、またみなさんのブログに遊びに行き、
コメントを書いたりできそうだ。

おかげさまで、連日満員のお客様に恵まれている。



後ろ姿で失礼いたします。
舞台セットの上で、女将と亭主が御礼申し上げます。
私の着物姿と、髪型のかんじ、
誰かに似ている、どこかで見たぞと思ったら、
………京塚昌子だった。

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