招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

今年を振り返ったりしてみる

2006年12月31日 | 日常
やった~!
とりあえず、なんとかかんとか終わった。
考えてみたらたいした料理してないんだけど、
年々段取りが悪くなって、ムダに時間がかかってしまう。

お重に詰めたのを写真撮ろうかと思ったけど、
彩り用のパセリなどを買い忘れ、
写真に撮るほどきれいじゃない。
残念。
義母の分、自宅の分、
いつも美味しいものを下さるひとり暮らしの知人の分、
3つのお節を詰めて、
台所をざっと掃除した。


温泉で優雅に年越しというわけにはいかないので、
せめて生の柚子を浮かべて今年最後のお風呂。
あがったあと、勢いにのり裸で風呂掃除をしている自分が情けないが。

夫は年越しイベントの仕事で出かけてしまった。
ほんとは私も一緒に行っても良かったが、
母を残していくのも可哀相だし、
自宅でのんびりテレビと漫画三昧することにした。

さて、今年一年いろいろあったが、
私にとって、ブログを始めたのが一番の収穫だった。
こんなにたくさんの方たちとお友達になれるとは思ってもいなかった。
どれほど、この場に支えられただろうか。
皆さん、ありがとうございました。
そして、来年もどうかよろしくお願いします。

ブログには書けないあれやこれやがあり、
今年は私にとってかなり波瀾万丈の年だった。
そして、そのおかげで大切なことに気がついた。

私はこれまで
「人は幸せな人と、ごく普通の人と、不幸な人」に分けられると思っていた。
しかし、それは違った。
不幸な人以外は、みんなとても幸せな人なのだ。
ごく普通であることの幸せに気がついた。
昨日と同じ今日、
今日と同じ明日をおくることができるのは、
とても幸せなことなのだ。

夫が大病したときに気がついたはずだったのだが、
喉もとすぎればなんとやらで、
私は平穏な生活に不満をもったり、
もっと幸せになれるはずだと思ったりしていた。

今年は、そのことが身にしみた。
丁寧に、大切に、毎日の生活を楽しもう。
感謝しよう、いろんなことに。
来年も。
再来年も。
これからずっと。

というわけで、来年も皆さんよろしくね~。





ばたばたです

2006年12月30日 | 日常
今朝おきてから、食事の時間以外でこうしてゆったり座ったのは、
今くらいかもしれない。

年末にばたばたするのがイヤで、
早めからこまめにプチ大掃除をしてきた。
しかし、それが慢心のもとだった。
結局、やりたくないところ、面倒くさいところが
手つかずのまま今日の日を迎えたため、
半泣きでばたばたするはめになった。

うちにはトイレが3つある。
現在の家族は3人。
ひとりにひとつ状態である。
実は事務所部分のトイレはほとんど使っていない。
多分、ものすごく汚れているだろうな~と思い
ドアを開けるのも躊躇していたが、
そんな状態で新年を迎えるわけにもいかない。
意を決して開けてみた。
思ったほどではなかったが、それでもぴかぴかにするのは
時間がかかった。
あと2つのトイレも、ふだんは簡単にしかしていないので、
今日は念入りにした。

で、その合間に年末最後の買いだし。
鶏もも肉の中華風ローストの仕込み。
和風ローストビーフ。
煮豚。
煮豚を作っているあいだに、キッチンの戸棚とガラス磨き。
餅を切り分け、冷凍分と正月分にわける。
事務所のストーブが壊れたので、
夫とホームセンターに買いに行く。
仏壇の掃除と、お鏡の飾り付け。
晩ご飯は、鱈のあらで鍋。

あとは、明日することの段取りをたてる。

筑前煮。
海老の中華煮。
鶏団子。
お雑煮の出汁をつくる。
お重とお雑煮用の漆器を出す。
きんとんは、今年も作るヒマはなさそうだ。
せっかく昨日立派なくわいを買ったのに、
夫がどうも市場で落っことしたようで、
くわいの煮物も作れない。

私はくわいの煮物ときんとんぐらいしか伝統お節は作れない。
黒豆も、伊達巻きも、昆布巻きも、
全部デパ地下製である。
紅白なますは、母のつくるのが絶品なのだが、
今年は体調が悪いので難しそうだ。

肉料理だけ数品作って、市販品の伝統お節と一緒にお重に詰める。
義母の分も、ひとり用のお重に詰めて届けるが、
今年は2日から旅行に行くとかで、
量はあまりいらないようだ。

夫は1日のみ休みで、あとは仕事が入っている。
娘は南の島に行っていて帰ってこない。
母は、歯と体調が悪く食欲がない。
正月に人が訊ねてくる予定はいっさいない。

じゃあお節、いらないじゃん!

と思ったが、夫が
「ないのはいやだ」
と駄々をこねるので、とりあえずなんとか体裁を整えねばならない。

むなしい。

というわけで、なかなか皆さんのところにコメントを残せない。
申し訳ない!
でも、楽しみに記事は読ませてもらっています。

とにかく、なんとか明日1日を切り抜けねば。

頑張れ、自分。






墓参り

2006年12月29日 | 日常
今日、12月29日は父の祥月命日である。

生前の父は、私たち家族はもちろん周辺の関係者に
多大な迷惑をかけまくった。
このへんの事情を詳しく書いていると、
ちょっとした長編小説になりそうな人である。
その生き方をそのまま象徴するかのように、
亡くなるときも年末のくそ忙しいときに、突然だった。

29日に亡くなり、30日にお通夜。
大晦日に葬儀というなんともはや、はた迷惑な日程となった。
私が20歳のときに父と母は
それまでの長い別居生活に終止符をうち離婚した。
葬儀は父の新しい家族たちが仕切った。
私の母は参列しなかった。
いろいろ思いはあったと思う。
こちらからは長兄と次兄と私が、
それぞれ配偶者もこどもも伴わず、ひっそりと参列した。
新しい家族たちは、本当に良くしてくれた。

その後、一周忌には出たが、
三回忌からは、母が嫌がるだろうからと言う長兄と次兄に従い、
出席していない。

そのかわり祥月命日には、必ず私は墓参りすることにしている。
昨年は大雪が降り、墓地公園の途中までしかいけず、
父の墓にたどりつけなかった。
今年も、昨日から雪が降った。

墓地公園は、こんなかんじだった。



膝まで雪に埋まりつつ、墓のそばまでたどりつく。

しかし、見渡すかぎりの銀世界で、
墓に書かれた字が読めない。

たくさんの同じ形の墓が、整然と並ぶ墓地公園では、
右から何番目の何列目、というふうにしっかり把握していないと、
雪のなかで見つけるのは大変だ。
雪がなければ、墓の色や、裏に書かれた名前で分かるので、
毎年お盆と祥月命日には、必ず来ているとはいえ、
恥ずかしながら私も夫も正確な場所を記憶していない。

このあたりだろうと、だいたいのあたりをつけて
雪に埋もれた墓を掘り出す。

が、見知らぬ人の墓だった。

おっと、いかん、いかん。

仕方がないので、長兄に電話して確認する。
長兄はこういうことはしっかりしている。
電話口から的確に指示を出す。

夫と2人、さっき間違えた墓の1列下の墓を掘り起こす。

「あった!」

誰もいない墓地公園で、私と一緒に父の墓を探して
雪の中から掘り起こしてくれるのは
世界中で、この人くらいだろう。
私の父のためではなく、おそらく夫は私のために、
墓参りにつきあってくれている。

花を供え、線香を立て、
「来たよ」
とだけ父に伝えた。

晩年の父と私は、残念ながらいい関係ではなかった。
父は私を可愛がろうとしていたようだが、
私のほうで拒絶することが多かった。
大きな喧嘩もした。
それでも父は、毎年年末に自分が手作りした干し柿とかぶら寿司、
翌年の干支の木目込み細工を届け続けた。

そんな父の死に目に、私は間に合わなかった。

ごめんねを言うかわりに、祥月命日に墓参りをする。

私は屈折したファザコンである。
やっとそれをここ数年になって、認めることができた。



自己嫌悪

2006年12月28日 | 日常
今日は、自己嫌悪の一日だった。

年老いて、年々自分でできないことが増えているのに、
その分頑固になる母。
なるべく声を荒げるのはやめようと思いつつも、
ついついイライラして怒鳴ってしまう。
私が怒鳴ると、母はびくっとなって小さい身体をもっと小さくする。
それを見ると、自分自身がいやになる。

母は体調が悪かったり、歯が痛かったりしても、
ぎりぎりまでがまんする。
病院に行くのがいやなのと、
送迎する次兄や夫に遠慮するのと、両方だと思う。

がまんにがまんを重ねてムリをして、
にっちもさっちもいかなくなって、
SOSを出す。

今日もそうだった。
前々から、歯が痛いとか歯茎が腫れると言うので、
歯医者に行こうと言っていたのだが、
そのたびに大丈夫だと言い張っていた。
しかし、昨晩痛みで一晩中眠れず、
朝食のリンゴもかめないと言う。
歯医者はそろそろ年末休みに入るので、
あわてて連れていくことにした。

心臓のほうもあまりにも息切れがひどいようだったので、
かかりつけの内科に行ってきた。
あともう少し来るのが遅かったら、
入院しなければならないところだったようだ。

そんなことが重なっていたので、
私も少々神経質になっている。

母のほうは、そういう状況にもかかわらず、
まだあれこれうちの中の細々したことをしようとする。
ゴミ出しや、牛乳瓶の出し入れや、
洗濯物のとりこみ、食後の洗い物。
べつに、母がしなくても私がすればいいことを、
息をきらし、ふらふらしながら、
おぼつかない手つきでしようとする。
そして、失敗する。

私がしたほうが、早いしきれいになる。
合理的に片付ける方法も分かっている。

しぶしぶ母は私に任せても、
80を過ぎた母は、
40をとっくに過ぎた娘にあれこれ指図する。
それも的外れな指図。
体調が悪いと耳も遠くなるので、
私とのやりとりもとんちんかんになる。

そんなことに構うより、病院に行く準備をすればいいのに。
飲まねばならないクスリを早く飲んでしまえばいいのに。
横になって身体を休めればいいのに。


「子供叱るな、来た道だもの。
 年寄り叱るな、行く道だもの。」

という言葉がある。
その通りだと思うが、正直母にいらだつことが最近やけに増えた。
呆けていないだけ、寝たきりになっていないだけ、
どれだけありがたいことかということも分かっている。

母は、家の細々したことをやらないと
自分が呆けるのではないかと思っている。

本来なら長兄か次兄と同居すべきなのを、
娘の私のところにいるのが、
私の夫や夫の母に対して申し訳ないと思い、
その分家事をたくさん分担することで
『役にたっている』と自己主張しているようにも見える。

迷惑だとか、ここにいるのは筋違いだとか、
誰も言ったことも思ったこともないのに、
へんに遠慮して、
必死に役にたつおばあちゃんでいようとしている。
そして、その遠慮のせいで
逆にこちらが迷惑することが多いのだ。
そのことに気がつかない母。
家事をしようがしまいが、
元気だろうが病気だろうが、
私も夫も、母を大事にするのに。
その気持ちが伝わっていないように見える。

ちょっと今日はいろんなことに疲れた。
愚痴っぽい記事で申し訳ない。
多分、一晩寝たら気分も変わるはず。


外はしんしんと雪が降りだした。
こちらは大雪になるという。
明日は、父の祥月命日。
雪のなかの墓参りになりそうだ。




新年の用意

2006年12月27日 | 日常
今日は新年に向けての飾り付け。
29日にするのはいけないとか、
一夜飾りはだめだとか、
母がいろいろうるさいので、今年は早めにやれるところから。
玄関入ってすぐの壁。

この熊手、あまりのかわいらしさに今日午前中に衝動買い。
かわいくて縁起のいいものに目がない私。


階段の踊り場の小箪笥まわりも、こんなかんじ。



私が小さい頃使っていたという(記憶にないけど、多分いただきもの)の
帯を飾ってみた。
十二支が揃った箸置きセットを並べてみる。



これは、伯父が浅草の羽子板市に出向いたものの、
気に入ったのがなくて、結局三越で買った羽子板。


小さい頃は、なんで華やかなお姫さまのにしなかったんだろう?と
思っていたが、最近この渋さが分かるようになってきた。
勧進帳の羽子板。
結構大きいので出すときに気を遣う。
これを出すと一挙にお正月気分。



これは、晩年の父が干支の木目込み人形を
毎年持ってきてくれたうちのひとつ。
結局全部は揃わないまま父は他界した。


ちなみに下に敷いてあるのは、母が嫁入りのときに持ってきた帯。
箪笥にしまいっぱなしももったいないので、
今年から飾ってみることにした。

もうひとつ花嫁衣装のときにしめた帯もある。それがこれ。




この帯たちにはちょっとしたエピソードがある。

この帯を買ったのは昭和17年ころ。
すでに物資不足、贅沢品ははばかられる時代。
それでも母の母はどうしても新調した帯を
嫁入りする娘に持たせてやりたくて、
織りもとに特注したそうだ。
で、それを電車に乗って取りに行き、
帰りは帯2本をぐるぐるお腹に巻いて帰ってきたという。
悪い奴に盗まれないように、
贅沢品として没収されないように、
自分の着物の下に巻いて、
「私は太った女で~す」
と素知らぬ顔で電車に乗ったおばばちゃん。

いくら寒い時期とはいえ、どんなに大変だったかと思うと、
おばばちゃんの母に対する愛情をしみじみ感じる。
いろいろあって、せっかくの着物や帯を手放すことが続いた母だが、
この2本は大切にとっておいたそうだ。

それを、昨年もらった私。
でも、今さら私がしめるには派手なので、
どうしたものかと思っていたが、
飾ればいいんだと思いついた。
母も嬉しそうだ。




これは、園芸店がセールをやっていたので、
ミニ葉ボタンと、南天などのポット苗を買って、
かごの中にいれてアレンジメント風にした。
水引や繭玉もどきは、100均にて購入。
なんとなく、正月っぽいつもり。
ちょっとごちゃごちゃしてるのが、惜しい。

ま、来月半ばには外植えにするからいいか。

これも、100均。
つくりは雑だけど、ぱっと見のかわいさについつい買った


あ、忘れてはならない手ぬぐい額縁。
お正月といえば鯛。

そんなわけで、わがやは一気にお正月ムード。
細かい汚れは気にしない気にしない。
今夜は、お正月用リースづくりの教室に参加して、
初めてリースを作ってくる。
うまくいったら、それも飾る予定。

大掃除の総仕上げもせず、今日はこんなことばかりやっていた。
では、リース講習会に行ってきま~す。


追記
リース、作ってきました。
なんと、生徒は私ひとりだったので先生を独占状態。
好みの花をチョイスして、だいたいの配置を決めるんだけど、
私の配置に、先生がちょいちょいと手を加えると、
あら不思議ずっとセンスよくなっていく。
「それもステキだけど、こういうのはどうかしら?」
とさりげなく誘導する先生。

多分、自分ひとりでやっていたら、こんなふうになできなかったと思う。
てか、細かいところとか、肝心なところ、
ほぼ先生作。
いいのか、これで。
ま、デザインは自分でやったからよしとしよう。





前世チェック

2006年12月26日 | 日常
kyonさんが、面白い占いを載せていた。

10問の設問に答えると、自分の前世が分かるそうだ。

前世チェック

さっそくやってみた。
すると、なんと私は

【平安の世に蝶よ花よと面白おかしく遊び暮らした貴族】のようです。

あなたの前世は平安貴族。
裕福な家庭に生まれ育ち、あまり苦労しないで宮廷で出世した
運の良さの持ち主だったようです。
特に和歌を得意として、帝から篤い信任を受けていました。
生涯のうち、ほとんど苦労をすることを知らず、
その一生をまっとうしたのです。
数百年のときを経て、現代世界に転生したあなたですが、
前世の生き様のためか、あまりこだわりのない性格のようです。
友達や遊びを愛して、毎日面白く暮らせればいいや、
という思いが心のどこかにあるでしょう。
頭脳労働をしているときに、
あなたの心に眠る貴族の血が騒ぐことがありそうです。

………だというのである!

え~っと、そういうことであるなら

できれば前世に戻りたいんですけど、私。

ていうか、今の状況を考えると
この前世と今の私の間に、何かよほど悪いことでもして、
現在それを償っているのかもしれないとすら思った。


ちなみに『前世は平安貴族だった私』が今日したこと。


仕事に行き、帰宅後すぐクリスマス飾りの片付けをし、

母が次兄と港の市場で買ってきた天然物の鰤と格闘し
(といってもすでに市場で3枚におろしてもらってあったけど)

刺身と切り身に分け、

鰤のあらを大根と一緒に煮たことである。



多分、本当の前世は

『明治時代の下働きの女中さん』だったのではないかと思う。




クリスマスの思い出 (サンタの秘密)

2006年12月25日 | 日常
さて、各家庭にサンタクロースはやってきたのだろうか。

うちの娘は小2の春休みまで、サンタクロースを信じていた。
毎年12月になると、サンタさんに
お願いのお手紙をせっせと書いていた。
幼稚園の年長あたりから、
「サンタなんていないんだぜぇ~」とか
「サンタを信じてるなんて、お前ガキだなぁ」などと
ほざく小憎たらしい悪ガキがちらほら娘の周りにもいたようで、
何度も何度も、サンタさんは本当にいるのかと質問された。

だいたい、お前ガキだなぁ~と言っているお前もガキだろうがっ!
と思ったが、よそ様のガキ…あ、失敬、
お子様の頭を後ろからどやしつけるわけにもいかない。

とにかく長い間サンタさんの存在を信じている子供は幸せ。
という親側からの勝手な思いこみもあり、
なんとかいろいろな質問を切り抜けてきたのだ。

そして、娘が書いたサンタさんへのお手紙は、
かわりにこの父と母がたしかに届けておくから…
と言って預かっていた。
拙い字で書いてある手紙がかわいくて、
私はそれをリビングの戸棚の奥深くにしまっておいた。

娘が小2の春休み。
私たちは引っ越しの準備をしていた。
娘にも手伝わせていらないものを処分したり、
荷造りをしたりしていた。

と、その時!

「おかあさん。これ…。」

しまってあった、サンタさんへの手紙数通を握りしめて涙目の娘。

そう。
彼女は、見てはいけないものを見てしまったのであった。

「なんで、ここにあるの。サンタさんに送ってたんじゃないの?」

私と夫に、まっすぐな瞳を向ける娘。

「え~っと、え~っと。」

どう答えたものかと悩み、言葉を探すうちに
完全に挙動不審になっている私と夫。

「いないって、ことなんだよね。サンタさん。」

そんな私たちを泣きながら追い詰める娘。

「いや、あのね。いるんだよ。いるんだけどさ。」
「じゃあ、なんで手紙がここにあるのに、プレゼントが届いてたのっ。」

そりゃそうだ。
小2とはいえ、娘のつっこみは鋭い。

苦し紛れに私と夫がひねり出した答えは、

「FAXで送っていたから、原本はあるのよ。
 ほら、郵送より早いし、安いし。
 手紙の控えはとっておいたほうがいいと思って。」

で、あった。

娘は、
「ふ~~~~~~~ん。」
と、納得しきれない…というか、
全然信用していない様子で、軽く私たちに幻滅したかの様子で
その場を去っていった。

こうして、娘は小2の春に
私の不注意により真相に気がついたのであった。


ロンリークリスマス

2006年12月24日 | 日常
うちのツリー、夜バージョン。
動画、うまくUPできるんだろうか?




さて、イブだけど夫はいない。
地元のこどもたちと一緒に、舞台に立っている。
さきほど、観劇してきた。
こどもたちも、夫も、観客も、みんなが楽しそうで、
こちらも幸せな気分になった。

打ち上げが終わってから帰ってくるので、
夕飯は母と私だけだ。


観劇の帰りデパートに寄ったら、
ラブラブなカップルと幸せそうな家族連れであふれかえっていた。
昨日の映画から「おひとりさま」慣れしている私は、
それらをものともせず、かき分け押し分け、
ツリーのオーナメントが半額になっているコーナーに行った。
来年は、がらりとツリーの雰囲気を変えようと思っているので、
半額になった今がその買い時である。
倹約主婦の鑑のような私だ。

一応ケーキは決まりものなので、
ショートケーキも買う。

さて、プレゼントだが娘はもうプレゼントを欲しがる年齢ではない。
プレゼントより現金をほしがるだろう。
ふっ。
サンタさんにたどたどしい手紙を書いていた頃が懐かしい。
それでも何か送ってやろうかとも思ったが、
実は先日から勉強と休養を兼ねて南の島に行っている。
正月もそこですごすとのこと。
プレゼントはいらんだろうと判断。

夫には老眼鏡にしようと思ったら、
先日絶対にいらないと固辞された。
ああ、そうですか、そうですか。

でも、何もしないのもどうかと思い
昨日私の娘の幼なじみが勤めるお店で、
夫の手袋を見立ててもらった。
赤ちゃんの頃から知っている彼女が、
きびきびとレジを打ち、ラッピングをし、
付き合っている彼氏の話をしてくれた。
ちょっと感慨深いものがあった。
「これ、ご主人の枕元に置いておくんですか?」
「あはは、まさか。」
と会話したものの、それも面白いかもしれない。

こっそり今晩枕元に置いてみることにする。

で、夫は私に何をしてくれるのだろうかと思ったら、
昨日年賀状印刷中に、私のプリンターが壊れた。
夫は、その日のうちに新しいプリンターを買い、
それを『自分の』パソコンに繋いだ。
で、自分の『お古』を私のパソコンに繋いだ。
そして、
「はい、クリスマスプレゼント」
と言った。
 
………おいっ!





おひとりさま

2006年12月23日 | 日常
単独行動を「おひとりさま」と呼ぶらしい。

私はおひとりさま、OKである。
ファーストフード(ほとんどいかないが)も、
ラーメン屋も、回転寿司も、ホテルのラウンジも、
喫茶店も、漫画喫茶も、インターネットカフェも、
飲み屋も、平気。
さすがに、焼肉屋はない。
それはちょっと寂しすぎる。
観劇も、夫と時間が合わないときはほとんどひとり。

しかし、そんな私が唯一「おひとりさま」をしないところがある。
しないのではなく、できないところ。
それは映画である。

シネコンが主流になり、繁華街にある映画館が次々と閉館になり、
車を運転しないものが気軽に映画にいけなくなった。
黄金のペーパードライバーの私は、郊外にあるシネコンに単独で行くには、
バスで行くしかなく、えらく時間がかかってしまう。
ここ最近の私にとって映画は、誰か(ほとんどが夫)に
連れていってもらうしかなかった。

この秋、駅前に大きなシネコンができたおかげで、
こんな私でも気軽に観に行くことができるようになった。
とはいえ、いつでもいけるとなると、
結局なかなか行かないものである。
ひとりでシネコンに行ったことがないというのも、
いい年をしてどうかと思い、
夫が一日留守なのをいいことに、思い切って出かけてみた。

はじめてのシネコン、おひとりさまである。

感想。
快適じゃん!
集中して観られるじゃん!
自分のペースで行動できるじゃん!

ことわっておくが、私は夫が嫌いなわけでも
仲が悪いわけでもない。
このブログをお読み下さっている方ならお分かりのように、
むしろ大好きで、仲良しである。

が。

映画を一緒に観ていて感じるいらだちは別である。

夫は上映中、しょっちゅう足を組み替えたり、
前のめりになったり、ごそごそ動いたりする。
気になる。
鼻炎のため、鼻をぐすぐすさせる。
うるさい。
無意味に大きなため息をつく。
勘に障る。
2人で1個でいいだろうと夫が主張し、
1個しか買わなかったドリンクをほぼ独り占めする。
喉が渇く。

自分が観たいと言った映画ですらこれなので、
さして興味がないのに、私に無理やりひっぱられて観た映画の時などは、
この比ではない。
せめて黙って、じっと寝ていてくれたほうがマシだ。
しかし、夫は熟睡するとイビキをかく。
そのたびに、私はそっと膝頭をたたいて起こさねばならない。

良いシーン、良い台詞、台無しである。

だから段々映画を観に行かなくなる。

夫と観ていていいことと言えば、
終演後あれこれ感想を言い合えることと、
理解力が低く、知識に乏しい私が、
分からなかったシーンや、台詞について質問すると、
ほぼ9割方分かりやすく解説してもらえることである。

今日は感想の確認と内容の解説はなかったが、
思い切り集中し、
思い切りドリンクを飲み、
終演後、次に観る映画のチラシを好きなだけながめ、
自分のペースで行動できた。

こ、こんなに映画鑑賞のおひとりさまが快適だったとは。

皆さんは「おひとりさま」、映画も含めてしていますか?

第二の劇団時代 (波瀾万丈編) その39

2006年12月22日 | 芝居
バニーちゃん姿で「愛の水中花」を唄う母という、
もうけ役なんだか、恥ずかしい役なんだか微妙な役で、
それなりの存在感をアピールした私ではあったが、
相変わらずラストのダンスでは苦労していた。

千秋楽の日。
お客さんは、やけにノリノリで
手拍子が鳴りやまない。
アンコールである。
当時の私たちの劇団は、ダンスは入るが、
ミュージカル劇団を目指しているわけではなかった。
それでも、お客さんの拍手には応えなければならないということで、
1回通して踊っただけでかなりへとへとになる踊りを、
3回アンコールに応えるという無謀な指示を出した。
さすがに3回目のアンコールの指示が出たときは、
袖に待機していた出演者全員が
「え~っ!」と落胆していた。

そのとき使った音楽を今聞いても、
当時のへとへと感や、
びっしょりかいた汗の感触まで蘇る。

そんなこんなで、前月の女4人の芝居で失いかけた信用を、
取り戻せた劇団。

千秋楽が終わって、片付けがすむとまた、
例によって打ち上げをするでもなく、
その夜のうちに次の演目のキャスティングと読み合わせに入った。

次の演目は女性の出演者が2名だけ。
さすがに私は2作続けての出演だったので、
今回はスタッフだろうと思っていたら、そのとおりだった。
しかし、脚本を読んでいると女優心をくすぐられる、
かっこいい台詞がたくさんある。
お笑い系の役が続いていたので、
こういうシリアスなシーンも演じてみたいという欲もあったが、
贅沢は言えない。
ダブルキャストでパタリロ、フリフリ、お嬢、スーちゃんさんの
4人の女優たちが演じることになった。

今回は、スタッフとして彼女たちをしっかりサポートしよう。
苦手なスタッフ仕事をマスターしよう。
自分なりに目標を持つことにした。

男性陣はほとんど総出演である。
ロボットさんも、ちょっとかっこいい役で出演する。
シリアスな役者としてのロボットさんの演技を見るのは
久々なので、それも楽しみだったりする。

今回はダンスシーンも歌もないため、
みっちりと芝居の稽古が続くことになるだろう。
スタッフ仕事をしつつ、しっかり稽古を見て、
出演者のいいところを盗もう。
私は、キャストで参加するときとはまた違った、
わくわくした気持ちで翌日からの稽古にのぞんだ。

それにしても、相変わらずロボットさんとの距離は遠かった。
あまりに遠すぎて、自分が片思いをしていることすら
忘れそうになるほど遠かった。
しかし、この公演からその距離は少しずつ近づいていくことになる。

つづく。


微妙な微熱

2006年12月21日 | 日常
今朝起きたら、寒気はおさまっていたが
なんとなく顔がほてる。
念のために熱を測ったら、37度だった。

微妙だ。

日頃から平熱が低い人は、
37度でもだるそうにしてたりするが、
私は結構平気だ。
なんとなく、ぽわんとしてるかな?ぐらいにしか感じない。
心は繊細だが、自分の体調の変化には鈍感だと良く言われる。
仕事柄、喉のメンテナンスだけはきちんとするが、
熱があっても喉が痛くなければ、
気にしないという大胆さである。

葛根湯を飲み、仕事に行き,
仕事の合間に市場で買いだしをする。
一応心配して夫が荷物もちとしてついてきてくれた。

みやびの霊前に供えるためのお花を買う。
市場は千円も出せば、自己流だが
それなりのアレンジメントが作れる。

いつもの魚屋さんに鱈の切り身があったので、
鍋にすることにした。
あと、がす海老。
こちらでは、甘エビが有名だが地元の人間は
どちらかというとこのがす海老を食べる。
私は名前の「がす」が、どうにも感覚的にNGで、
ずっと敬遠してきたのだが、
一度食べたら病みつきになった。
それが、これね。

ボタン海老のミニサイズ版のような味だ。

とりあえず、好物を食べて元気を出すぞと、
食事の支度に励む私を尻目に、
夫はこんな状態。



私がたまこさんから全巻借りた
「ガラスの仮面」の文庫版を
ソファにもたれて読みふけっている夫。
しかも、文庫の文字が小さく読みにくいので、
巨大ルーペ片手なところが情けない。
そうまでして読みたいのか、ガラスの仮面。
今年のクリスマスプレゼントは、老眼鏡で決まりか?

ちなみに私は、あれこれ忙しくて、
まだ全然読み進んでいないというのに、
私よりもっと忙しいはずのこの男は、
すでに巨大ルーペ片手に12巻まで読み進んでいるのだ。

手伝えよっ。
家事を。
茶碗ぐらい並べろ。
箸ぐらい出せっ。

と、叫ぼうと思ったが
あれっ?喉が痛くて大きい声が出ない。

くそぉ~っ。

ついに、喉にも来たか。

そんなこんなでなんとか、鱈鍋ができた。


箸、いれたあとで写真撮ったら
なんだかごった煮風。
でも味は美味しかった。

コレ食べたら、結構復活!
予算の関係で白子が入ってないのが残念だったけど。

明日は仕事がはいってないから、ゆっくりできそう。
早めに治したいなぁ。



風邪ひきそう

2006年12月20日 | 日常
仕事からさっき戻ったんだけど、
背中がぞくぞくして頭も痛い。
風邪か?


先日、TBS『はなまるマーケット』で紹介された
ホットドリンクを作ってみた。
生姜をスライスしたもの5切れを
水200CCにいれて沸騰させ
そこに蜂蜜大さじ3杯をいれてまた温める。
最後にレモンの絞り汁適量(私は半個分にした)をいれ
よく混ぜる。

生姜の風味がのどにやたらしみる。
かぁ~っとか言いつつ飲んでいる。
辛いのに甘い。
蜂蜜はもう少し控えた方がいいかも。

てか、これ、このあたりの名菓柴舟風味だわ。
たしかに身体はぽかぽかしてきた。

明日も仕事が忙しい。
もう寝ることにしようっと!
皆さん、風邪ひかないようにね。

あ、なにかとっておきの風邪予防対策か、
ひきそうな時にこれがあれば!というアイディアがあれば
教えてね。


平手打ち

2006年12月19日 | 仕事
某県のみでオンエアされるローカルCMの撮影だった。

久々にというか、またまたというか、
強烈なキャラクターの妻役である。

夫役の人を思いきり平手打ちするのだ。
夫役を演じるのは、今回は私の夫ではない。

ふだんの私は、心優しく、慎ましく、しとやかで、
夫をたて、物静かに、三歩下がっているので、
こういう役は苦労する。

お芝居なんかで、殴るシーンは殴る真似をして、
音を袖にいる人が出すというようなこともある。
今回はリアルさがほしいという、ディレクターの希望で、
スゴイ形相をした私が、思い切り本気で平手打ちをする。

なんの恨みも、怒りも感じていない相手役さんには申し訳ないのだが、
かといって手加減すると結局NGになり、
何度も相手役を痛い目にあわすことになる。
ここは涙をのんで、思い切り殴らせていただくことにした。

リハで1回。
カメラをまわしてから3回。
角度を変えて撮るので、これが最低回数である。

撮り終えたあと、夫役の方の頬が赤くなっていた。
私の手もかなり痛い。
そして殴ったことで心も痛む。
人を殴るのは、殴るほうも痛いのだ。


考えてみると、平手打ちをしたのは、
私の人生においてこれが2回目の体験である。
(1回経験があるところがすごいな、私)
1回目の相手は、皆さんの期待を裏切って申し訳ないのだが、
夫ではない。
私たち夫婦の間に暴力が介在したことは、
幸いなことにない。
お互い、心の中で毒矢を放ったことは
数え切れないほどあるはずだが、
実際に叩いたり、叩かれたりはない。

私が平手打ちをくらわしたのは、
小学校の同級生の男子である。
すごく失礼なことをされて、
頭に血がのぼって平手打ちをお見舞いした。
あとにも先にも、この時だけである。
さて、私が平手打ちした理由はなんだったでしょう?



て、分かるわけないですね。

力いっぱい、おっぱいをもまれたのである。
当時スカートめくりが流行っていた。
だから、スカートをめくられるぐらいなら
(まぁ、ぐらいというのもどうかと思うが)まだ許せる。
ブルマもはいているし、
当時の男子からすると挨拶みたいなものだ。

しかし、おっぱいはアウトだろ。
ちょうどふくらみかけたバストは、
ドッチボールをキャッチしてすら激痛が走る。
そこを、渾身の力でもまれた私はぶち切れた。
恥ずかしいとか、いやん、やめてとかそういうのではなく、
「わりゃあ、何してけつかるんじゃい!」的な怒りである。

で、平手打ち。
あ、このときは殴った手は痛かったが、
心は痛まなかった。
全然。

殴られたほうは、泣いて先生に言いつけに行きやがったが、
逆に私の言い分を聞いた先生は、
私の正当防衛を認め、そいつはこっぴどく叱られていた。

そんなことを思い出した、仕事であった。

皆さん、平手打ちしたことあります?
もしくは、されたことあります?

クリスマスの思い出 (プレゼントの巻 3)

2006年12月18日 | 思い出場話(懐かしの昭和編)
今日のクリスマスの思い出話は、
娘がうんと小さいときの話し。

自分が、伯父夫婦の深い愛情に反して、残念ながら
早くにサンタの存在を信用しなくなってしまった経緯
ここと、ここをぽちっと)により、
自分の娘にはできるだけ大きくなるまで
サンタの存在を信じさせたいと思っていた。

クリスマスが近づくと、
サンタさんにお願いの手紙を書こうねということで、
文字を覚え始めたころから手紙を書かせた。

あれは、娘が幼稚園の年中さんか年長さんのことだったろうか?
その年の娘のほしいものは、ミシンだった。
ほら、よくある子ども用の直線縫いができる小さいやつ。
横にキャラクターの絵が書いてあったりする。
私の母は、洋裁ができたので
娘の服の多くは母がミシンで縫ってくれていた。
ブラウス、ワンピース、コート。
こんなかんじで…と見本の写真を見せると、
だいたいその通りに縫ってくれた。
それを横で見ていた娘は、おそらくミシンさえあれば、
自分もすいすいと縫い物ができるとでも思ったのだろう。

違うぞ。
それは違うぞ。
私も立派なミシンは持っているが、だからといって、
すいすいといろんなものが縫えるわけではないぞ。
せいぜい、雑巾や、
裏をつけなくてもよくて人前に着ていくこともないような
パジャマが縫えるくらいだ。
ミシンが縫うのではないのだよ。

そのあたりを教えてやろうかとも思ったが、
子どもの夢を壊すのはよくないため、
「ミシン、いいんじゃないの。」
と賛成した。

娘は覚えたてカタカナも使い、手紙を書いた。
サンタさんあての手紙は、
当然諸般の事情により夫と私がこっそり封を切る。
なになに?

「サンタさんえ。
 ニシンをください。」

え?ニシン?
魚が食べたいのか?
年末の年越し蕎麦にのせるニシンの甘露煮の材料を
早めに気を廻して頼んでくれたのか?

違う。
娘は、当時ミシンのことをなぜか、
『ニシン、ニシン』と発音していた。
子どもって、口がまわらないのと思いこみの強さで
おかしな発音をすることが多い。
もっと小さいころは牛乳が言えなくて、
にゅーにゅーと言っていたっけ。
newを2回繰り返して、
よほど新しい牛乳がほしいと強調していたのだろうか。
ま、それはおいておいて。

手紙にでかでかと「ニシンをください」と書いた娘。
当然これはミシンのことだと、私たちには分かる。
しかし、これでいいのだろうか?

ニシンではなく、ミシンだよっとつっこめば、
サンタさんあての手紙を
私たちが、発送する前に封を切ったとばれてしまう。
とはいえ、この間違いを見逃すのは、
娘の言語教育上、よくないのではないか。
迷った。

ニシンはニシンであって、ミシンではないということを、
それでは、サンタさんにも、世間的にも通じないということを
枕元にミシンではなく、ニシンを置くことで
分からせてやるほうがいいのではないか?

一瞬そう思ったが、
寝室中に漂うニシンの生臭い香りに包まれて
目覚めるのもどうよということで、
ていうか、子どもの夢をぶちこわす厳しさは
この際必要ないだろうということで、
ミシンをプレゼントしたのである。

めでたし、めでたし。
か?

娘のサンタさんあての手紙に関しては、
もうひとつ面白いエピソードがある。
それはまた、今度。

リモコン地獄

2006年12月17日 | 日常
ソファの横のテーブルに、またリモコンが出しっぱなしである。
リモコンをまとめて収納するための
収納BOXを出してあるにもかかわらず、
夫は絶対そこには戻さない。

「ちっ」とか「けっ」とか言いつつ私が片付ける。
また、夫がそこから出して出しっぱなし。
また私が片付けるという無益な行為がエンドレスで続くわがや。
なんでこんなにテーブルの上が片付かないのだろう?
リモコンのせいか?

リビングにいったい何個のリモコンがあるか、数えてみた。

そしたら、奥さん。
なんと、9個!

これって、どう?
多すぎやしませんか?

テレビ、ビデオ、HDDレコーダー、ステレオ、
スカパー!、スカパー!2、ケーブルテレビのチューナー、
パソコン、エアコン。

夫は、テレビを見るときいくつかのリモコンを
あたかも2丁拳銃をかまえるガンマンのように、
もしくは二刀流の剣豪のようにしてかまえ、
見ている。


それもこれも、テレビ大好き人間の夫が
『あれもこれもそれもどれも、
この世に存在するチャンネルはみんなみたいんだいっ』
という駄々をこねて加入したからである。
ま、私も見るけどね。

でも、見るチャンネルや番組なんてだいたい決まっているし、
頑張って録画したところが、録画したことに安心してず~っと見なかったりする。
私は、テレビを見ているより、
ネットサーフィンしている時間のほうが断然長い。
夫にしたところが、腰を据えてテレビを見る時間は限られているのだ。


スカパー!とスカパー!2のチャンネルの多くは、
ケーブルテレビで見られたりする。
重複しまくりである。
先日、そういうムダを見直そうと契約の仕方を改めてチェックしたのだが、
入り組んでいて考えているうちに面倒くさくなった。
スカパー!でしか見られないチャンネル、
スカパー!2でしか見られないチャンネルがあり、
解約するわけにもいかないのである。

では。
せめて、リモコンの整理整頓だけでもやってくれたまえ、愛しい夫よ。

せっかくリモコン4個を収納できる便利なBOXや、

壁には布製のポケットを張って
収納場所を確保している私の身にもなってほしい。




ちなみに、今わがやにとって一番必要なリモコンは、

『夫を操るリモコン』である。