招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

へこんだ

2009年05月29日 | 日常
自分は、その集団の一員だと思っていたのに、
どうもそういう認識をされていない扱いをされていることに気がついた。

気がつかなければ良かった。

知らない方がいいことも世の中にはたくさんある。
が、どうせいつか分かることで、
それが遅いか早いか、どのタイミングか、
誰からどういう形で聞くかでも随分印象は違う。

本当に悲しい。
最近いろいろこれに近いことが続いたので
だんだん人を信用できなくなっている。

ていうか、私が悪いのか。
私が勝手にひとりで思いこんでいるだけで、
ほんとは誰も私のことなんて相手にしてないということなのかもしれない。

「あんたは、いらない人間」
「必要じゃない」
「役に立たない」
「使い道がない」

面と向かって言われたほうがよっぽどいい。

夫が亡くなって、後ろ盾がなくなったら、
仕事でも芝居関係でもプライベートでも、
なんだかバカにされているとか、
軽んじられていると感じることが多い。
もちろん、良くしてくれる人も多い。
でも最近は、それと同じくらいイヤな思いもしている。

ひがんでいるのか、
それとも正味の私が価値がないことが露呈しているだけなのか。

夫がどれだけの大きさと力と温かさで
私を守り、包んでいてくれたのかということを
つくづく感じている。

先に逝って、私を最後まで守りきれないのなら、
生きている間に私に現実の厳しさや、
人の信用のできなさについて味合わせてくれれば良かったとも思う。
それか、逝くときに一緒に連れて行ってくれれば良かったのに。
「連れてって。置いていかないで。」
と臨終間際に叫んだ私の声は届かなかった。

大昔の中国では、夫に先立たれた妻は、殺されたそうだ。
それを読んだ時は、なんて残酷なんだと思ったけれど、
現実の厳しさや、不安、孤独感を味わうよりは、
残酷ではないのかもしれないと思う。

「世界は、残されて生きていくpecoさんのためにあるんだよ」
と、言ってくれた人もいたが、
とてもそうは思えない。

疲れた。








反面教師

2009年05月28日 | 日常
仕事と、社会的責任のある用件と、必要最低限の用事があり、
今日は丸一日外出していた。

土曜日から今日まで、あまり人と会わないように過ごしてきたので、
いっきにたくさんの人と会ったり接したりして、
人にあてられた感じで疲れてしまった。

もちろん、馴染みの仕事先ではバカ話で笑ったり、
初対面の人とやけに気があってもりあがったりもした。

しかし、ひじょうに不愉快な思いもした。
嫌いな人や不愉快な思いをさせる人に出会ったら、
なんで自分がその人を嫌いか良く観察したらいいと
以前40代前半と、50代後半の女友達に助言されたことがある。

私は臭いものに蓋をするタイプで、
「わ、なんじゃいこいつっ」と思ったら、
近寄らないようにするか、なかったことにするか、
気にしないために無視するかだったのだが、
その2人は、観察するという。

ふむ。
ということで、今日はじっくり観察してみた。

その人は
根拠のない上から目線と威圧的な態度。
自分の間違いを認めない。
できない人の立場を考えない。
そのくせ、自分の苦手なことや都合の悪いことを指摘されると
しどろもどろになるが、
絶対に自分の非を認めなかった。

私のなかにも、ちょっとそんな部分はあるかもしれない。
だから、イヤなのだろう。
そして、絶対こうはならないぞと思う。

反面教師とは良く言ったものである。

こんな人と、
私は定期的に時間をともにしなければならなくなった。
きつい。

でも、嫌いというのは好きの裏返しで、
何かの拍子にひょいとオセロのようにひっくり返ることもあるという。

……う~ん、ないな。
せめて異性なら、何かの拍子ということもあるやもしれないが、
同性だとたいてい私の場合、第一印象が変わることはない。

はてさてどうしたものか。

これを乗り切ると、なんか人としてのスケールが大きくなれる気はする。
ちょっとチャレンジしてみるか…。










ひきこもり命令

2009年05月25日 | 日常
仕事や、社会的責任が伴うこと、
必要最低限以外のことでは外出をせず
しばらく自宅にひきこもることにした。

60代、50代、30代の女友達3人と
今夜食事に行く約束もキャンセルした。

電話やメールも、来たものに応えるだけ。
こちらから「元気?」とか「どう?」とか「ご飯食べに来ない?」
などという連絡はしない。

ずっとというわけではなく、短期の期間限定。
いつまでかは決めてないけど、もう少し心が元気になるまで。
人と喋るのはとても疲れる。
お喋りが大好きだったはずなのに今は負担のほうが大きい。

その場にどんな顔をして、どんなリアクションをして、
どう応えればいいのか、
最近よく分からない。
聞きたくなかった話しや、
知らないでいたほうが良かった話しを聞いたとき、
先方に悪気はないだが、私を傷つけることを言われたとき、
全く私の興味のない話しで盛り上がっているとき。

以前の私なら全然気にならなかったいろんなことが
なぜか過敏に感じてしまう。

五感のうち味覚以外の全部が過敏になっている。

味覚は、逆に薄味が分からない。
煙草が良くないのかと思い、禁煙してみたが
あまり変わらない。

そんなこんなでちょっとだけ、
なんちゃってひきこもり生活。
ムリに外出したり、気分転換のつもりで人とあって
へとへとになるよりはひとりで家で過ごすほうが
治りが早いと主治医も言った。

ちょっと試してみる。












口癖

2009年05月23日 | 日常
8月の一周忌の日時をお寺と相談して決め、
食事をする店の予約もした。
親戚や、知人への連絡もぼちぼちとしなければいけない。
そもそも、親戚をどこの範囲まで呼べば良いのか判断が難しい。
料理をいくらのコースにするとか、
おつけするお土産は何にすればいいのかとか、
まだ急がなくてもいいとはいえ、
具体的なことも考えないといけない。

節目のこういうことはちゃんとしなければいけない。
だが、あんまり楽しいものでもない。
淡々と粛々と進めるしかない。

誰かに相談したいが、母も義母も
「私はそういうこと分からない」
「あんたの好きにすれば」と頼れない。
長兄も住んでいる地域が違うから、
そっちの常識は分からないとつれない。

夫に相談しよう…

冗談ではなく、ふとそう思った自分がおかしかった。
夫の一周忌の段取りなのに、
なんだか夫がいるような気がして
夫に相談しようと思ったのだ。

だから……。
いないんだってばさ。
と、自分に言い聞かせる。


先日から何人かと夫のことを話していて
それぞれ違う集団や団体で
夫と芝居や仕事や企画を一緒にやっていたのだが、
口を揃えてみんなが認めた夫の口癖があった。

会議や、稽古や、飲み会や、集まりで
さんざん自分で盛り上げておいて急にいつも夫は言ったそうだ

「嫁さん待っとるし、帰るわ。じゃあね~、バイバイ!」

みんなはあっけにとられたらしい。
え、今?
急に帰る?
おいおい。
もう~しょうがないなぁ。

苦笑いやら、舌打ちやらに見送られ、
夫はとっとと帰ったらしい。
もちろん、やることはやり、
残った懸案については持ち帰り後日きちんとフォローするため
なんとか許されていたという。

生前は、さほど私は夫の帰りを待ちわびていたわけではない。
留守なら留守で、好きな映画をゆっくり見ていたりした。

一番盛り上がる感動のラストシーンで、
さぁ号泣しようとした瞬間
「ただ~いま~」と呑気な声で帰ってきては
私に「タイミングわる~。なんでよりによって今?」
と責められたりしていた。


天国か極楽か知らないが、とりあえず今夫がいる場所の責任者に
口癖であった

「嫁さん待っとるし、帰るわ。じゃあね~、バイバイ!」

と、言ってなんとか帰って来ないものだろうか。

今なら、映画のラストシーンの号泣直前だろうがなんだろうが、
お帰り!と、大歓迎する。
それは確実だ。

気持ちの持って行き場所

2009年05月20日 | 日常
心が折れるようなことがあった。

夫がいたら、当然

「聞いて、聞いて。こんなところで、こんな人に、こういうこと言われて、
 ものすごく納得もいかないし、心も傷ついたし、もうあたしダメかもしれん」

と、泣きついていたと思う。

夫はきっと

「そうか。それはしんどかったなぁ。大丈夫や。そんなこともあるわいや。
 でも、お前ならやっていける。平気、平気。」

と、頭を撫でただろう。

もしかしたら

「そりゃあ、お前が間違っとるぞ。
 だって、○○で、××で、☆☆じゃないか。そうやろ?」

と、私が納得するかたちで話しをしてくれたかもしれない。


とにかく、そうやってこれまで私は局面を乗り越えてきた。
これからどんどんこういうことが増えるのだろうと思う。

今日は、その相手に反論もできず、
傷ついたということも表現できず、
イス蹴飛ばして席を立つこともできず、
曖昧に笑って固まっていただけだった。

自分の考えや思いを、相手が納得できるように
感情的にならず具体的に説明する能力に欠けている。
かといって、感情を前面に出してぶつける勇気もない。

そこに居合わせたほぼ初対面の20人弱の集団のなかで、
曖昧に笑って、やり過ごすのが精一杯だった。

言えば良かったかもしれないあんなことばやこんなことばが浮かぶ。
でもそれはもしかしたら言わなくて良かったのかもしれない。
その判断がつかない。

大事なことの決断や判断を夫任せにしてきたツケは大きい。







中途半端な妥協

2009年05月18日 | 日常
テレビショッピングで見たゲルマニウムローラーが欲しかった。
高畑淳子さんが宣伝してるやつ。
でも高い。

で、中途半端に妥協して生協の企画にあった類似品を買った。
値段は激安。

効き目はわからない。
こういう中途半端な妥協が私の悪いところだ。
ま、やってみる。
ほうれい線をなんとかしたい。
造顔マッサージは さあやるぞ!というエネルギーがいるが、
これはテレビ見ながらできるからね~。

私みたいな怠け者にぴったりなのさ。

でも、本物買えば良かったかなぁ~。

激ウマ、小倉トースト練乳がけ

2009年05月17日 | 美味しいもの
先日試した、小倉トースト練乳がけの写真
トーストのはじっこが焦げている件についてはスルーしてね。



久々に圧力鍋で粒あんを作ったので、
ちょいと小豆が固めだったのが、残念。
次回はもう少し茹で時間を延ばそうと反省。

でも、味は最高。

え~~~っ、粒あんに練乳?
と、最初はひいたのですが、
「美味しいから。絶対あうから。」
と鼻の穴をふくらませつつ力説されたので、
そんなに言うならと試したけど、
いやはやそのとおりだった。

サクサクのトーストにたっぷり塗った
バターの塩っぱさとコクに、
粒あんの甘さがひきたち、
そこに練乳が加わることでマイルドに。

案外、デニッシュパンにも合うかもしれない。


しかし。
しかしだ!

いくら美味しいからと、こんなものをしょっちゅう食べていたら
私は以前の体重に速攻逆戻りだ。
新しく買ったあの服も、このジーンズも、
リフォーム店でせっかくサイズなおししたワンピースも
全部着られなくなるではないか。

カロリー高すぎだろっ。
私を陥れようとして、すすめたのか?この食べ方を。

ほんとに、甘美な誘惑は危険と隣りあわせである。
それは、ものすごく魅力的だが
絶対たちが悪いと分かっている女たらしからの誘惑のようである。

それなりの覚悟がないとだめだ。

誘惑にのりたい。
のりたいが、覚悟はない。

というわけで、残った粒あんは小分けにして冷凍庫にしまった。

今度食べるのはいつだろう。
もしくは、陥れたいライバルに食べさせるというのもありか。
ふっふっふ。



呼び捨てについて

2009年05月15日 | 日常
小倉トースト練乳がけは激ウマだった。
写真は、明日載せますね。

今日はどうしても書きたいことが。

私は生まれてこのかた、名前を呼び捨てにされたことがない。
名字の呼び捨てはある。
先生や、クラスメートの男子とか。
下の名前の呼び捨ては、親兄弟、親戚一同誰もしなかった。
夫も、つきあい始めから、新婚当初まで
名字+ちゃんという、当時の私の呼び名で呼んでいた。
子供が生まれたら「おかあさん」になり、
人前で私を呼ぶときは下の名前にさん付けをして呼んだ。
家の中でも「ねぇ、ねぇ」とか
喧嘩すると「あんた」呼ばわりしたり。
それでも下の名前の呼び捨てはなかった。

先日、夫の側の親戚の集まりがあった時のこと、
本家の跡取りであるところの夫の従兄弟が
親戚中の前で私のことを話すとき
何度も何度も下の名前を呼び捨てにした。

これまで一度もそんなことはなかった。

夫の本家には夫が亡くなってから色々とお世話になった。
これまであまり交流がなかったのだが、
顔を合わす機会も増えたので、親しみからの呼び捨てなのだろうとも思う。

でも、やっぱり呼び捨てはイヤだ。

夫すらしなかった下の名前の呼び捨てを
いくらかなり年上とはいえ、夫の従兄弟にされたくない。

イヤなものはイヤなのだが
「ちょ、呼び捨てやめて下さいっ」
と、夫の親戚の前で言う勇気がない。

どうせ呼び捨てされるなら、
とびきり素敵な男性に、
人前ではなくふたりきりのときに耳元で囁かれたい。

ムリか…。

それにしても、夫はなぜ私を呼び捨てにしなかったんだろう。
今となっては尋ねることもできない。


小倉トースト

2009年05月14日 | 美味しいもの
現在私に強い影響力を持つ、とある方が、
毎朝必ず食べているという小倉トースト。

いかにそれが美味しいかを力説されていたため、
無性に食べてみたくなった。
その方は、自分で作る際は手軽に缶詰の餡を使うとのことだったが、
どうせなら粒餡から自分で作ろうと思った。
圧力鍋を使えばあっという間だ。

小豆を買ってきた。

久しく料理らしい料理を作っていなかった。
圧力鍋を出すのは、昨年の秋以来だ。
最後に使ったのは、豚の角煮を知人に食べさすためだった。
それ以来埃をかぶっていた。

埃をぬぐい、スタンバイさせた圧力鍋。
小豆は今晩ひとばん水に漬ける。

明日は早起きして、粒餡作りだ。

小倉トースト楽しみだ。
ちなみに、教えてもらった小倉トーストは
トーストにたっぷりバターを塗り、
粒餡をのせた上に仕上げに「練乳」をかけるそうだ。

甘っ!
レシピ書いただけで、甘っ!

美味しいそうに出来て、しかもほんとに美味しかったら
写真付きで記事にしま~す。



好きやねん、大阪

2009年05月10日 | 日常
大事な用事で大阪日帰り。

またまた、どん引きされると思うが、
私はひとりで地下鉄を乗りついで移動したことがなかった。
路線図を見て、目的地を探し、
券売機で切符を買ったこともなかった。
駅から地図を見ながら目的地に行ったこともなかった。
人に道を聞くのも、めっちゃ恥ずかしくてできなかった。

そういうことは全部、夫がしてくれた。
ほら、私、姫キャラだから(はい、ここつっこむとこ~)

で、今日はそれらを全てやった。
べつにさほど大変ではなかった。
てか、楽しかった。

券売機でお金をいれたのに切符が出てこなかったので、
隣りにいたお兄さんに「これ、どうするんでしょう?」と聞いたら
親切に教えてくれた。

自分のいる場所が分からず思わず飛び込んだコンビニでは、
あきらかにハングルなまりの片言の日本語の店員さんが
地図を出して一生懸命に説明してくれた。

それでもまだ迷って、
配達中の宅配便のお兄さんや、
たこ焼き焼きまくっているたこ焼き屋のおばちゃんに聞いたら、
ものすごく丁寧に教えてくれた。

ビバ、大阪の人情!

そんで、なんてこともないお店で親子丼を食べたのだが、
これがものすごく美味しかった。
え?この値段で、このボリュームとこの美味しさ!
びっくりだった。

とりかえしのつかないことになっていた前髪は、
友人のアドバイスに従い、
結局服に合う帽子を購入した。

が。
室内では帽子をとるので、
やはり前髪そのものをなんとかしたいと思った。
……気合で伸ばした。
前髪~伸びろ~と念じたら、それなりに伸びた。
帽子をかぶっていたので押さえられたというのもあるだろう。

以前、友人が
「試供品でもらった、自分の顔の色に合わないファンデーションは、
 気合で顔色をファンデーションに合わせて使う」
と言っていた。
気合って…と笑ったが、
案外効果あるかもなぁと、今回思った。

そして、ものすごく忙しい人が
私のために貴重な時間をさいて親身になって相談に乗ってくれた。
問題そのものは解決しなくても、
そうしてくれる人がいるということの喜びで
頑張っていけそうな気がする。

哀しみと喜びを行きつ戻りつしながら、
少しづつ変わっていけばいいと思った一日。













MAX peco

2009年05月09日 | 日常
痩せたら、いろんな人から
「娘さんに似てきた」と言われる。

おいおい。
娘が私に似ているのだ。
逆だろ。
と思うのだがいろんな人に言われるのだから仕方ない。

人によっては
「pecoさんをMAX美しくした状態が、娘さん」
とまで言う。

使用前、使用後かっ。

母親が美しいのに、娘が残念な場合がある。
うちは、娘がMAXpecoで良かったと思う。







ビバリーヒルズ・チワワ

2009年05月08日 | テレビドラマ・映画
先日、映画ビバリーヒルズ・チワワを観てきた。

以前、ジェニさんがブログで紹介していて、
ネットで予告編を夫とふたりで観た。
日本で公開されたら、絶対ふたりで観よう!と盛り上がった映画。

ひとりで観ることになるとは、
その当時は思ってもみなかった…。


タイトルどおり、セレブなチワワの女の子が主人公。
ひょんなことから、メキシコで誘拐され
波瀾万丈を経て自宅に戻るのだが、
その波瀾万丈の旅の途中で人生にとって大切なことを学び、
真の愛を知る。
私の下手くそなあらすじの書き方だと
なんだかありきたりなベタな映画に聞こえるかもしれない。

いえいえ、とんでもない。
さすが、ディズニー映画。
笑わせて泣かせて、きゅんとさせて、
チワワはもちろん、ありとあらゆる犬種が登場するし、
人間の登場人物のキャラもたっているし、
メキシコの景色もめっちゃ明るくて楽しい。

おすすめな作品なのだ。

私は、身を挺してヒロインを守る
元警察犬で、ちょっとわけありなシェパード犬に
まじ、恋をした。

「黙って俺について来い」的な。
「言い訳はしない」的な。
「お前のためなら俺はどうなってもいい」的な。

なので、ラストはちょっとわたし的には納得していない。

ネタバレになるので詳しくは書かない。
機会があればぜひ観て、
私の納得いかない感に共感できるかどうか
考えていただければ幸いである。


で。
この映画について、私より若いが
人生経験は私の数倍豊富な友人に語っていた時のこと。

「私はね、大きな背中の後ろから付いていきたいんよ。
 ほんとは、彼も不安なのかもしれないけど、
 それをおくびにも出さずに
 『お前は俺についてくればいいんだ』
 とずんずん行く男の後を付いていきたいんよ。」

と、私は熱く語った。
夫がそういうタイプだった。
てか、夫以外の男をほとんど知らないから、それがいいと思ってるし。

友は言う。

「私は付いて行きたくない。
 私は自分が行きたいところに自由に行きたい。
 男は私の後ろにいて、私が危なくなったら
 さっと手を差し伸べてくれればいい。」


おお~~。
さすがに深い。

多分、彼女は自分の行きたいところがはっきりしているからだ。

私は一人歩きを始めたばかりで、
どこをどんなふうに歩けばいいか分からない。
だから付いていく大きな背中の目印を求めているのだと思う。

大きな背中はもうないのだから、
なんとか自分で行きたいところを決め、
どうやって行くかも自分で考えないとなぁ。
しかも、危ないときにさっと差し伸べてくれる手もないのだから。

ブログタイトルではないが、
「招き猫の手も借りたい」くらいだ。



とりかえしのつかないこと

2009年05月07日 | 日常
な~んか、くさくさしたので、
仕事と仕事の合間に顔剃りエステ。
もちろん、いつもの癒しの理髪店。

フルメイクがすっぴんになっちゃうけど、
夕方の仕事は気心の知れたスタジオで
気心の知れたスタッフと一緒なので、
ま、いいっか。

顔剃りエステのついでに、
ちょいと伸びてきた前髪を揃えてもらうことにする。
美容院には先月行ったばかり。
来月末にヘアカラーと全体のカットをしてもらうまでの
前髪調整は理髪店で充分だ。

黙って座れば、いつものとおりの仕上がりに…
あれっ、ちょっ、ちょっ、
そんなに切るかっ、え?あ~~。

と、思ったときは遅かった。

私の理想とするところは、
桃井かおり的ボブカットである。
前髪の長さは微妙だ。
眉毛が全部隠れてるのはうっとうしくていやだが、
かといって全部見えるのもいやだ。

で、今日は何を思ったか理髪店の奥さん、
眉毛丸見えカットにしてしまったのだ。

鏡の向こうに見えるのは、
桃井かおりではなくちびまる子ちゃん…。

週末、大切なお出かけがある。
憂いをおびた影のある未亡人キャラで行こう!と思っていたのだが、
(↑ここ、つっこんでいいっすよ)
これではおっちょこちょいでへりくつ言いの小学生キャラだ。

桃井かおりを目指して、
デコルテゾーンが美しく見える黒い服も用意したのに…。
嗚呼。
もひとつおまけに、嗚呼。

ひっぱったら伸びないかしら?
と、前髪をひっぱっていたら…抜けた。

誰か、数日で前髪が伸びる方法知りませんか~。






鎖骨

2009年05月05日 | 日常
痩せたら、鎖骨がはっきりくっきり出た。
何年ぶりかで見るおのれの鎖骨。

小5の秋、私は鎖骨を骨折したっけなぁ。
骨折した瞬間よりも、
病院で折れたところをお医者さんがはめる瞬間のほうが痛かった。
あ、それってこどもを産む瞬間よりも、
母乳を出すためのマッサージのほうが痛かったみたいなもんだ。

話しがそれた。
鎖骨の話しだった。

首が短いので、首周辺、鎖骨あたりを見せたほうが
すっきり見えるのだが、
今までは太っていて鎖骨がきれいに出ていなかったから、
せいぜいがボートネックどまりだった。

今年の春夏は、鎖骨を出すぜっ
と、あきの大きいTシャツや、
これまで縁のなかったキャミソールを買い、
シャツと合わせたりしている。

体脂肪率は22%
これをキープしていけば、健康的にも美容的にもいいはずだ。
小綺麗にして、人生を楽しみ、元気で長生き。
そうありたい。





リスザル

2009年05月02日 | 日常
リスザルは、寂しすぎると自然死するとどこかで聞いた。
真偽のほどは分からないが、
ああ、リスザルでなくて良かったと思う。

今日は、結婚記念日だ。

「結婚記念日」は家族の誕生日だと言ったのは夫。
うちの家族はもう年をとらない。


元気なときは、結婚記念日には美味しいものを食べに出かけていた。

習慣を変えるのが哀しいので、
ひとりで飲みに出かけようかとも思ったが、
母の退院でばたばたして疲れてしまった。
母は、呆けてはいないがどんどん思い込みが激しくなり、
そのうえデリカシーもなくなり、
それをたしなめるとしくしくと泣く。
「長生きしすぎた。みんなに迷惑をかけている。」
ほんとにそう思っているのか、
そうやって泣くことで自己主張しているのか分からないが、
とにかく私を心身ともに疲れさせる。

歩いて20分の場所で別居して良かったとつくづく思う。

でも、誰もいないうちにへとへとで帰ってくると
寂しいと思う。
今のあの母とは暮らせないし、暮らしたくもない。
でも、ひとりはしんどい。
娘は大きな回り道はしたが、今は本来やりたかったことに向かい、
東京で頑張っているというのに、
私はこのありさまかと情けない。


かといって誰かを誘ったり、呼ぶのも今日はなんか違う。
結婚記念日なんだし。


明日になれば、訪ねてくる人もいる。
それまでは、リスザルじゃなくて良かったと思いつつ
過ごすことにした。