招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

純粋巣蜂蜜 

2007年05月31日 | 美味しいもの
いきつけのはちみつ専門店に、
新物のアカシア蜂蜜を買いに行った。
例の、蜂のひとさしを買ったのも、この店。
蜂のひとさし、また夏に売り出されたら今年も買う予定だ。
これを飲んでいるときの、夫のやる気の出方はなかなかすごい。
そして、私にとってはいろいろ家事を手伝ってもらえるのでありがたい。


さて、今の時期に売り出される、
新物のアカシア蜂蜜は、さらっとしていて、とても美味しい。
以前、大きい姉ちゃん(一緒に九州旅行に行ったあの姉さんね)に
いただいてから、すっかりやみつきになっている。

ちょっと元気がないなぁと思う日の朝食の時、
厚切りトーストにたっぷりバターを塗って、
この蜂蜜をたらして食べると、かなり元気が出る…
ような気がする。
グレープフルーツにかけたり、
生姜の絞り汁をいれた紅茶にいれたり、
レモンと蜂蜜でドリンクにしたり、
料理にも使う。

今日、店に行ったらこんなものを見つけた。



「純粋巣蜂蜜」と書かれている。
国産純粋ボーダラ蜂蜜。
100グラム800円。
ボーダラがなんなのかも分からないまま、
店長さんの
「おいしいですよ。ビターな風味の蜂蜜です。
 噛んで楽しんで、巣のほうは吐きだしてください。」
という言葉に心惹かれて、
好奇心で買って来た。

アップにすると、こんなかんじ。



みっちり、蜂蜜が巣穴のなかにつまっている。
相当甘いとみたので、味見にほんのちょっとだけ、
切り分けて盛りつける。



スプーンですくうと、こんなかんじ。



いやはや、なんともいえない甘さ。
ビターなかんじの蜂蜜というのが納得。
飲み物や、料理に使うには、
さらっとした新物蜂蜜がお気に入りだが、
こうしてお菓子のように口に含むには、これ、最高。
ほんのひとくちで満足する。
疲れもとれるような気がする。

巣本体の部分が口に残るので、
それを最後にぺっとするのが面倒といえば面倒。

安価な駄菓子は、量をたくさん食べないと満足できないが、
こういう自然の恵みの甘さは、
ほんのわずかで満足感を与えてくれる。

蜂さん、ありがとう!
そんな気分になった。


コメント (7)

観劇

2007年05月30日 | 日常
みなさまにご心配をかけましたが、
無事?長兄を送りだし、心は平穏のほうに戻りました。

今日は、夫と、夫の母と、私で観劇。
これまで、夫と私で鑑賞団体に入っていたのだが、
この春から義母も誘って、
数が月に一度の観劇を三人で楽しむことにしている。

義母は、歯に衣着せぬ人で、
全てのことにおいて一刀両断。
竹を割ったような性格で、
その割った竹の先でするどく斬りつけるような人である。
結婚当初、かなりとまどいまくったが、
今では、義母のお腹に全く腹黒い所がないのがよく分かったので、
全然平気である。

きれいごとを言い、お世辞がうまい世渡り上手よりも、
本音で生きてきた義母はすごいと思う。

かなり損をしていたり、誤解されやすいのだが、
一緒にいて「なるほど!」と思うことがたくさんある。
とてもユニークな、常識にとらわれない発想をし、
大変合理的な考え方をする。
人からどう思われるかとか、
世間的に見てどうかとか、そんなことはいっさいお構いなし。
自分が、「好きかキライか」「やりたいか、やりたくないか」
その基準だけで生きている。

うちの母とは真逆のタイプなので、
以前みんなで旅行に行ったときは、全然意見がまとまらないし、
一緒に食事をしても、お互いが妙に牽制しあうため、
両方の母にいっぺんにサービスしたり、
こちらがとりもって仲良くさせるのはあきらめた。

うちの母には母の、義母には義母の良さがあるし、
もちろん欠点もある。
2人足して2で割ったらどんなにか素晴らしい母親像になるだろうと思う。
が、私自身が理想の娘でも、理想の嫁でもないので、
そんなことは望んではいけない。

義母と一緒に芝居を見て、
あれこれ感想を自由に言い合うのは楽しい。
義母は、しょっちゅう映画を見に行く人なので、
芝居の感想もなかなか鋭い。
シェークスピアだろうが、日本の芝居だろうが、
全て自分の経験に置き換えて理解し、
その豊富な人生経験のなかで会得した様々な人生訓を語る義母。

うちの母は、芝居や映画、ドラマを見ても、
女優さんの衣装がきれいだったとか、
景色がきれいだった、あそこには行ったことがある、
という無難な感想しか出てこない。
まぁ、それはそれでそういう楽しみ方もあると思うが、
ストーリーから感じた深い思いを語らないので、
つまらない。

その点、義母の感想はほんとに面白い。
義母の言葉に一点のウソもない。

義母が以前、私が出演した舞台を見て、私に言った感想は
「あんたの声は聞き取りやすい。うまい。」
だった。

で、私が出演したテレビCMを見ての義母のアドバイスは
「あんたは不器量だから、アップでテレビにうつらないほうがいい。」
だった。

義母は本音で生きている。
なんとか私も修行を積んで、
義母のような婆さんになりたいと画策中である。





コメント (6)

くすぶる怒り

2007年05月28日 | 日常
長兄が、今日から2泊3日の予定で来ている。

ここのブログの常連の皆様方ならば、この一行で、
私の現在の精神状態はもうお分かりかと思う。

あああああああああああああああ~~。

修行だと思って過ごすことにしている。
今日も明日も、私も夫も仕事がそれぞれ忙しい。
出たり入ったりしつつ、食事の買いだしと支度。

ささくれだった気分で行動しているので、
夫ともちょっとした言葉の行き違いで、
険悪なムードになりがちだ。

いかん、いかん。

さっきスタジオで収録してきたコメントの中に、
「怒りの気持ちが強いときに、表情を笑顔にしていると、
 いつの間にか、気持ちも穏やかになるという学説もある。」
というような内容があった。

ということで、さっきからむりやり口角をきゅっと上げ、
眉間に深く刻まれがちなしわをめいっぱい伸ばし、
にこにこしつつ、
ここでこうして心の奥でくすぶる怒りを、
パソコンのキーボードにすごい勢いでぶつけている。
はたで見ているとかなり不気味かもしれない。

ほんとに、笑顔を維持してたら、
気分まで明るくなるのだろうか?

どう思います?
コメント (9)

理想の父さん

2007年05月27日 | 思い出場話(懐かしの昭和編)
昨晩から、NHKの土曜ドラマの枠で、
「こんにちは、母さん」が始まった。

これ、新国立劇場で上演された舞台をドラマ化したものだ。
舞台のほうは、NHKでオンエアされたのを見た。
脚本も買って読んだし、地元の劇団が上演したものも見に行った。
私の大好きな作品である。

今回のドラマでは、キャストは舞台と変わっている部分もある。
むしろ、ちょっと豪華になっているかもしれない。
舞台出身の役者たちを、ぜいたくに脇役に配して、
メインの母子は、舞台と同じく加藤治子さんと平田満さん。
とにかく、へたくそな役者が一人も出ていないので、
安心して見ていられる。

第一回目の昨日は、二年ぶりに母親のところを訪れた息子が、
母のあまりの変貌ぶりに驚く…
という内容だったのだが、その母親の恋人役が児玉清さん。
舞台では、杉浦直樹さんだった。
演技力では申し分なかったのだが、
今回テレビ写りを考えると、児玉清さんで正解ではないかと思う。

実は、私の子供の頃の理想の父親は、
児玉清さんだった。
若い人にはクイズ番組の司会者の印象や、
博多華丸の物まねの印象が強いかもしれないが、
私の子供の頃は、
男前で、背がすらっと高く、物腰おだやか、知性的。
なんてすてきな人なんだろうかと、
テレビドラマを見ながら思っていた。
私が見ていたころは、お父さん役よりも、
独身男性役が多かったが、
私は「こんな人がお父さんならいいなぁ」
とぽ~っとなってみていた。

なんで、うちのお父さんは
児玉清さんみたいに格好良くないのだろうかと、
思ったものである。


父は……江戸家猫八を軟派にしたような容姿だった。
こども心に大変残念だった記憶がある。

おそらく父のほうも、
なんで、うちの娘は山口百恵じゃないんだろうかなどと
思っていたかもしれない。

久々に、児玉清さんのダンディぶりを見て、
ちょっと気持ちがタイムスリップした。

今思うと随分勝手なことを考えていたものだ。
ごめんね、父さん。



コメント (12)   トラックバック (1)

晩酌

2007年05月26日 | 料理
酒屋さんで、美味しそうなお酒を発見。



獺の祭と書いて、「だっさい」と読みます。
以前、ZEROさんのブログで紹介されていたような気がします。

これは、にごり酒の発泡酒。
酒屋のご主人も、すごくすすめるので買ってみた。

あわせる肴は…

まず、アスパラとベーコン、はんぺんと卵を炒めたもの。
味付けはシンプルに塩胡椒だけ。



サラダ。新玉葱とサーモン、ハム。大葉とラディッシュを添えた。



なんてことのない焼き茄子。



山芋となめこの和え物。
味付けは、めんつゆのみ。



朝市で買ってきた春菊をごま和えに。これは母が作った。



お酒のあとのしめは、枝豆と鮭を混ぜ込んだおにぎり。
塩は、新潟で買った昆布塩。
海苔は各自で巻く。



食べ盛りの子がいたり、働き盛りの男性には物足りないかもしれない。
けど、平均年齢が高いわが家ではこれぐらいで丁度。

お気づきの方もいらっしゃると思うが、
手の込んだものはひとつもなし!

今日は煮物をしたり、揚げ物をする気が全然なかったのだ。
素材そのものの美味しさに助けてもらい、
美味しいお酒の力を借りて大満足の夕飯だった。

日本酒ばんざい!
コメント (9)

年代もの

2007年05月25日 | 思い出場話(懐かしの昭和編)
ちとせに、新しい服を買ってやった。
詳しいことは 「ウチワワンダフル」 にてどうぞ。

で、ちとせの服を収納するために、
私の近所のお姉さんが使っていたのをもらって私が使い、
それをうちの放蕩娘が使い、
今は納戸にしまいこんであった、
お人形用の洋服タンスと、整理タンスを出してきた。





中をあけると、私が娘の2体のジェニーちゃん人形のために縫った服が出てきた。



縫い方も雑だし、生地はその時家にあった端布で作っているので、
若干貧乏くさい。
娘は、友達のお母さんが縫うような
ひらひらふわふわの生地で作ったドレスや、
もっとこう派手でぱ~っとした柄のワンピースを望んでいたので、
これらの服は、あまり喜ばれなかったように記憶している。

せっかく頑張って作ったのに…
と、当時寂しかったのを憶えている。

が、今こうして改めて見ると、たしかに地味めである。
幼稚園児が喜ぶような柄、デザインではない。
まぁ、当時の私の能力、財力、諸事情から考えて、
これが精一杯だったのだが、
こどもにしたらそんなことは関係なかったと思う。

せめて、もっと華やかな端布を見つけてやればよかったなとか
リボンやお花やビーズやレースを足してやれば良かったなと思った。
久々に出してきて、いろんなことを思い出した。

そして、このタンスは今日からはちとせのものである。
なんとちとせで四代目。
近所のお姉さんの年齢を考えると50年以上はたっている。
しっかり作られている木製のおもちゃは、
すごいなぁとつくづく思う。






コメント (7)

千歳と雅

2007年05月24日 | わんこのこと
チワワのちとせとの生活は、ウチワワンダフル ( ぽちっと)のほうに詳しく書いているが、
ちょっと今日はこちらでも少し書いてみようと思う。

夫も私も母も、完全に親バカと化している。
ちとせが何をやっても、「えらい!」「賢い!」「可愛い!」
と褒めちぎり、
例え悪さをしても、その場で一瞬は叱るものの、
陰では「これだけのことをするのも知恵がついてきた証だよね~」
と、目を細めている。

犬を飼ったとことのない人から見ると、
理解しがたい様子だと思う。

まだ、生後3ヶ月にも満たないのに
トイレは完璧に失敗しなくなった。
「ハウス」と言えば、ケージに自分で入っていく。
夫も私も手が離せないときや、仕事で出かけるときは、
ケージにいれていくのだが、
全く文句も言わずに留守番をしている。

ケージから出して遊んでいるときも、
私や夫が横ですることがあるときは、おもちゃで一人遊びできる。
そのかわり、私たちが相手をするときは、
徹底的にたのしんで遊んでいる。
切り替えが早く、あきらめも早く、さばさばした性格のように見える。
乳歯がむずがゆいのか、私たちの手を甘噛みするのだが、
おばあちゃんの手は、絶対に甘噛みしない。
ちゃんと、人を見て遊び方を変えているようだ。

うちには、できすぎた子である。


みやびが昨年12月に亡くなって、本当にまいっていた。
亡くなってまだ半年もたたないのに、次の子を飼うのは、
なんだか私は心苦しかった。
まるで、病気で妻に先立たれた夫が、若い後妻を速攻で家に入れる‥
みたいなやましさがあった。

しかし。

ちとせとの暮らしが始まり、
私たちはみやびの元気だった頃のこともひんぱんに思い出すようになった。
それまでは、病気で苦しんでいる姿や、
病院の診察台の上で冷たくなって横たわっている姿など、
悲しい思い出ばかり思い出していた。
それが、ちとせの様子を見ていて、
「そういえば、みやびはあんなことをしたね」とか
「みやびのときは、こうしていたね」
「みやびも賢い子だったね」
と、前向きな思い出話をたくさんするようになった。

ちとせのおかげだと思う。

みやびも、ちとせも、
私たち家族を小さな身体で支えてくれている。
コメント (6)

迷子、ひとそれぞれ 私の場合

2007年05月22日 | 思い出場話(懐かしの昭和編)
さて、やたらしっかりしていたうちの娘だったが、
今回は私が4歳くらいのときのこと。

珍しく父が私と母方の祖母をつれて、
日本三大名園のひとつ兼六園に遊びに行った。
私は父と出かけた事が嬉しくて、
やたらはしゃぎまわっていたらしい。
園内を駆け回ったという。
だいたい、兼六園はこどもが駆け回るような公園ではない。

ごったがえす観光客の波にのまれ、
ハイテンションで奇声をあげて駆け回る4歳児は
あっという間に迷子になった。

あっという間にテンションは下がった。
ふだんは、大人びて妙にしっかりしたこどもだったが、
アクシデントにはめっぽう弱く(そのへんは今も変わらずである)
テンションの高い奇声は、すぐに号泣に変わった。

ただならぬ私の泣き声を遠巻きに見る団体観光客。

そのうち、見かねた茶店のおじさんが、
「おじょうちゃん、お名前は?
 どっから来たの?
 誰と来たの?」
などと話しかけてきた。

しかし私は泣きじゃくりながら
「名前を聞いても分からない」、
「おうちを聞いてもわからない」という、
犬のおまわりさんの唄そのままの反応だった。

茶店のおじさんは、おだんごをくれて、
私を肩車してくれた。
そして、大きな声で、
「この子のおとうさんか、おかあさん、いますか~。
 迷子ですよ~。」
と、そこらをぐるぐる廻ってくれた。

号泣していた私だったが、おいしいおだんごと、
初めての肩車体験で、
かなり機嫌がなおりつつあった。

青くなって私を捜していた祖母が、すぐに気がついて、
茶店のおじさんに何度も何度もお礼を言った。
私は、せっかくの肩車から降りるのがなんだか名残惜しかったが、
祖母に促されて、しぶしぶ降りた。

父は、その間公園のベンチで、
なんとも優雅に煙草をふかしていた。

探せよっ、娘を!
と、その当時の私が父に対して思ったかどうかは憶えていない。

コメント (4)

迷子、ひとそれぞれ  娘の場合

2007年05月20日 | 思い出話(平成編)
テレビを見ていたら、エンタの神様の再放送をしていた。
久々に見るエンタの神様。
ドランクドラゴンが、やたらしっかりした小学生の男の子(塚地)が、
「迷子になった」とデパートの迷子センターに行くコントをしていた。

ん?
なんかこの設定、どこかであったような?

そうそう。
うちの放蕩娘だ。

あれは、放蕩娘が幼稚園の年長さんになったばかりの頃。
東京ディズニーランドができて数年目。
私たちは、オープンした時からこつこつ積み立てをして、
娘が年長さんになるのを待って
2泊3日の大名旅行をすることにした。
行きは2階建ての新幹線。
帰りは飛行機。
ホテルはランド内の豪華ホテルの良いお部屋。
たんまり軍資金を持ち、
日頃の貧乏生活を忘れて豪遊するつもりで、
3人ともがぜんテンションがあがっていた。
2階建ての新幹線に乗ったのは初めてだったので、
放蕩娘も妙にテンションがあがっていた。
私と夫は、ガイドブックを片手に効率のいい楽しみ方の研究に余念がなかった。

「トイレ、行ってくる」

普段なら、着いて行く私だったが、ひとりで大丈夫という娘を信用して、
ひとりで行かせた。

なかなか帰って来ない娘。
あれ?
どうしたんだろう?

これが、ここ最近のことなら変質者に捕まったんじゃないのかとか、
心配になるのだろうが、当時は今に比べてかなりのんびりしていた。
夫も、どこか新幹線の中を探検でもしているんだろうと
さして心配もしていなかった。

そうかなぁ?
探しに行ったほうがいいんじゃないかな?

と、思い始めた頃、車内放送が入った。

「○○市からお越しの△△さま(←私たちの本名)。
 お嬢様の※※ちゃんが迷子になっておられます。
 至急、車掌室までおいでください」

て、お~~~い。

あわてて迎えに行く夫。

車掌室に悠然と座る放蕩娘。

「いやぁ、しっかりしたお嬢さんですねぇ。
 ご自分で、私に『迷子になったので放送をいれてください。父の名は△△。
 ○○市から来ました』と、言いにこられました。」

放蕩娘は、取り乱した様子もなく、
「待っていれば放送を聞いたお父さんかお母さんがすぐ来ると思った」
と、けろっとしていたらしい。

トイレに立ち、少しそのへんをうろうろしているうちに、
自分の座席の車両が分からなくなった放蕩娘は泣くでもなく、騒ぐでもなく、
車掌さんに言ったという。

いや、本当にしっかりしているのなら、
トイレの後自分の席が分からなくなったりしないだろう。

それにしても、閉鎖された新幹線の中ということもあるが、
なんという冷静さだろう。
わが娘ながらあっぱれである。

そして、迷子になったらかなり大変なディズニーランドでは、
私たちの手を離すことがなかったので、
はぐれることはなかった。

そんなことを、コントを見ながら思い出した。


あ、迷子といえば、私にも夫にもちょっとしたエピソードがある。
それはまた、後日。

コメント (8)

夢と運動の関係

2007年05月19日 | 日常
カーブスへ通い始めて明日でやっとひと月になる。
ゴールデンウィーク以外は、週3回ペースを地道に続けている。
まだまだ、何がどう変わったなんてことはないのだが、
とりあえず行った日の夜はぐっすり寝られるようになった。

以前べつにところにもちらっと書いたことがあるのだが、
私はほぼ連日連夜悪夢を見ていた。
しかも手を変え品を変え、
様々なパターンのありとあらゆる不愉快な状況の悪夢だ。

それは、生理的に耐えられない編と、
精神的に耐えられない編とに大別された。

生理的に耐えられない編は、
例えば、蛇口をひねったら水の変わりに蛇がにょろにょろとか、
布団をめくったら数千数万のむかでがびっしりとか、
カラスの大群に追いかけられつつきまわされるとか、
そういうかんじ。

精神的に耐えられない編は、
着飾ってパーティに行ったら、
私は招待されていなくて追い払われたとか、
すごく仲良しの人たちの集まりに行ったら
誰一人私のことを覚えていないとか、
家族にののしられ、灯油をかけられて燃やされるとか、
地球上に自分しか存在していないとか、
そういうかんじ。

いつも、「わ~~~っ」とか「助けて~」とか「いっや~~!」
などと夢の中で絶叫しようとして声にならない…
いや~な汗をかいてはっと目覚めるというパターンだった。

どんだけ、ストレスとプレッシャーがあるんじゃいっ
というような夢見の悪さである。

それだけに、たま~に見る幸せな夢は、
まさに「夢よ醒めないで」状態だ。
なぜかいい夢を見ているときは
「これは夢。夢だから何やってもOKだよね。
 うへへへ~、やり放題じゃ~」
という感じで、欲望の限りを尽くしている。
内容は、ここでは書けないような内容である。
読者の皆さんのご想像にお任せいたします。

で、夢だと自覚している夢は、
悲しいことに意外にあっさりと目覚めてしまうのである。
ほんとに幸せな夢を見た朝などは、
目覚めてしまった悲しさに涙することすらある。

てなほどに、悪夢、幸せな夢、
とにかく夢を見ない日はなかった。
まぁ、夢というのはみんな見るそうだから、
覚えていない日はないと言った方が正しいのかな?

それが、身体を動かすようになったら
眠りが深くなったのか、ほとんど夢を覚えていなくなった。
悪夢もみなければ幸せな夢もみない。

身体と精神的にはすごくラクである。
が、ちょっと刺激が少なくなって寂しいと言えば寂しい。


皆さん、夢ってみます?


コメント (10)

新茶

2007年05月18日 | 美味しいもの


これ、500グラムづつの新茶が真空パックされたもの。
全部で10個。
合計5キロの新茶です。
わがやの一年分。
このうち1キロぐらいは、放蕩娘や知人に分けたりするものの、
あとは全てうちで消費。
夫は、大のお茶好きである。

知人の実家が静岡でお茶栽培をしているので、
そこから直接送っていただいている。
1キロ6700円は、かなり格安だと思う。
このお茶が、どういう種類のお茶で、
ランク的にどれくらいなのか知らないのだが、
地元のデパ地下のお茶屋さんで買う
高級なお茶よりもずっと美味しいと思う。

私は結婚するまで、緑茶はお客さんに出すもの、
家で飲むのは何か特別なとき…
と思っていた。
自宅では、いつも番茶だった。
夫の家は昔からふんだんに緑茶を飲む習慣があった。

夫は朝起きてすぐ、濃いお茶を飲む。
朝食後、昼食後、夕食後、
仕事の合間、外出から帰って、
とにかくことあるごとに飲む。
もちろん、そのたびにお茶の葉を大胆に替える。
けちって、替えずに淹れようものなら機嫌が悪い。

若いころは夫の実家から少しだけ分けてもらっていたが、
足りなくなってスーパーで安い緑茶を買うと、
夫は不満たらたらだった。

「お茶だけが楽しみなのに」

夫のこの○○だけが楽しみなのには、
あてにならない。
時によりそれは、お酒だけがや、芝居だけがや、本を買うことだけが
に変わっていく。
どんだけ「だけ」があるんじゃい。

というわけで、随分前からこうして静岡の農家から
直接分けてもらうことにした。
美味しいお茶は、夫の活力のもとである。




コメント (9)

ある日の晩ご飯

2007年05月17日 | 料理
今日は、ばたばたと忙しいので
夕飯は市販のルーを使ったビーフシチュー。


それをここにわざわざ載せるのもなんなので、
今日の記事は、先日作った鶏手羽元とゆで卵の中華煮。


にんにくも一緒に煮込んである。
ほくほくと、お芋のような食感。
栄養満点である。
味付けは砂糖と醤油と、ネギの青いところと、赤唐辛子1本のみ。
鶏手羽元は煮込む前に、ごま油で炒めて、
ちょいと蒸し煮してある。
油をきってから調味料で煮るから、
さほどしつこくない。

これはいろんな豆と、新玉葱のスープ。
豆は水煮缶を使っているし、
スープはコンソメキューブ使用の超手抜きだが、
とても美味しい。



豆の水煮缶は、いつも常備していて、
サラダにしたり、スープにしたりしている。
甘い煮豆も美味しいが、量は食べられないので、
サラダやスープで食べることが多い。

この他に、トマトとチーズのサラダ。
これは写真を撮らなかった。

あとは、母がつくったたけのこの木の芽和え。


悲しいほどひとりあたりの取り分が少ないので、
せめて取り分ける小皿は、きれいなのを使ってみた。
次回の朝市では、もっとたくさんの木の芽を買おうと思っている。


鶏手羽元も、豆の水煮缶も、
いつもきれないように置いてある食材だ。
考えてみると、うちの冷凍庫は鶏肉だらけだ。
鶏ミンチ、鶏もも肉のブロック、
ササミ、手羽先。
どんだけ、鶏好きだ、私。
あとは、豚小間肉と、牛小間肉とベーコン。
それ以外は、必要な時に買いたす。
お魚はなるべく冷凍したくないので、
欲しいときに市場に行く。
忙しくなりそうなときのみ、魚は下処理をして冷凍しておく。

野菜は、週1回の生協と、週末の朝市、
足りない分はスーパーと市場でその都度調達。
農家の知り合いが多いので、新鮮な野菜をいただくことも多い。

さて、皆さんのうちの、
常備してあるものって何かありますか?


コメント (7)

会社の顔

2007年05月16日 | 日常
夫が、芝居のために注文した小道具や衣装、資料用の書籍などが
連日届けられている。
民営化が決まったあの赤い車のところや、
猫さんや、鳥さんや、飛脚さんや、豹さんなどなど
いろんな動物の会社が届けてくれる。
ネットで注文したものやオークションで競り落としたものが、
あっという間に届くのは本当にありがたい。

しかし。
どことは言わないが、配達の人の感じ悪さで、
とても印象の悪くなった業者がある。
べつに、そこの会社全てが感じ悪いのではなく、
たまたまうちに配達に来た人が
ダメダメな人だっただけのこと…
とは思ってみても、
やはり自分が荷物を出すときは、絶対そこを使いたくないな
と感じるのだ。

何度かうちに配達に来ただけで、
なぜか友達気分でため口の配達のおじさん。
着払いは、できるだけおつりがないように用意しているのだが、
それでもどうしても細かいのがないことだってある。
で、こっちが遠慮しいしい、
「ごめんね、おつり願いね」
と丁寧に頼んでいるのに
「え~、おつり?まいったなぁ」
とか言うし。
「ないんですか?」
と聞くと、
「車にはあるんだけどね。」
と言う。


以下、私の心の声。
じゃあ、いいじゃん。
取りに行ってくれよ。
そりゃあ、うちの玄関は階段を登ったところにあるよ。
でも、それ仕事のうちでしょ?
ていうか、はじめからおつりのための財布持ってくればいいじゃん。



「全然ないの?」

これ、私が言ったのではない。
配達のおじさんが言ったのである。
あり得ん!

「はい。ありませんっ。車に戻っておつり持って来てください」
怒りでわなわなしつつ答える私。

このおじさん、前に来たときも
「ここ。サインかはんこ。」
と、まるで言葉を憶えたての幼児か何かのように
ぶつぎれの言葉を話していたっけ。
子どもの使いのほうが可愛いからよっぽどましだ。

この業者に苦情の電話かメールをしようかとも思ったが、
めんどくさいからやめた。
おそらくそのうち、このおじさんは私ではなくても、
誰かの怒りをかう日が必ずやってくると思う。
そうでなくても、少しづつ少しづつ確実に
自分の会社のイメージダウンに貢献していくことであろう。
知らん。
ここの会社のイメージがどうなろうと。
宅配業者を選べる相手の場合、
絶対夫も私もここの会社を指定しない。
それだけのことである

私は、めちゃめちゃ爽やかで感じが良く、
なぜか若くてハンサムな配達のお兄さんが必ず来る
とある業者がお気に入りである。
当然のことだ。

典型的なおばちゃん感覚と、呼びたいなら呼んでもいい。

それにしても、なんでこんな態度の全くなってない人を
雇っておくんだろうか。
分からん!
コメント (8)

無謀なチャレンジャー

2007年05月15日 | 仕事
夫は現在同時進行で、複数の企画に関わっている。
頼まれると、断れない性格のため、
どんどん忙しくなっている。
身体さえ大丈夫なら、多少忙しくなるのはいいと思う。
しかし、私が「おいおい」とつっこみたくなるのは、
夫の守備範囲の広さである。
ていうか、そこ、あんたの守備範囲なの?
と心配になる。

地元のこども達を集めて、オペラを上演するという企画。
演目は「オペラ ヘンゼルとグレーテル」
その演技指導を頼まれた。
まだ、参加したい子ども達を公募する段階である。
各学校へ、
オペラを教える先生や、ピアノの先生とともに廻って、
宣伝活動をするという。
摸擬演技では、夫はお父さん役を演じる。

しかし。
夫、歌えませんから。

よく話しを聞くと、お父さん役は台詞のみだそうである。
そりゃ、そうだろ。
ほっとした。
ベテランのオペラの歌唱指導の先生に混じって歌うなんて、
無謀すぎる。
それでも、まだつっこみどころはある。
夫、オペラを生で観たことがないですから。
知人のイタリア歌曲のコンサートを聴きに行ったことはあるし、
DVDでちらっと有名な作品を観たことぐらいはあるが、
生のオペラは見たことがないのだ。
いくら、地元の子ども達とつくるとはいえ、
そんなんで、大丈夫なのか~と思う。
演技の仕方も、普通の芝居の仕方とは違うのではないのだろうか?

そういえばずっと前、
ゴルフをした事もなければ、ルールすら知らない頃、
ゴルフ番組のレギュラー司会者の仕事の依頼がきた。
「ぼく、ゴルフできませんよ。それでもいいですか?」
と、念を押した上で引きうけた夫。
もちろん、決まった時点でルールの解説本を買い込み、
レッスンビデオを見、
近所の打ちっ放しに何度か通い、
レッスンプロに基礎を習った。
ゴルフウェアに身を包み、ゴルフ場で司会をする夫は、
「趣味はゴルフです」というような顔をしていた。
その後、ゴルフイベントの司会なんかもこなしていた。

もっと昔、全くタップダンスなど踊れないのに、
舞台でちょこっとタップを踊るシーンのある役の依頼が来たときも
「ぼく、踊れませんよ」
と念を押した上で、快諾した。
依頼する方も依頼するほうだが、快諾する夫も夫である。
で、タップシューズを買い、
知人のタップダンサーのもとに通い、
基礎を習得後、とりあえず派手に見えそうな技をいくつか習い、
本番でそれなりに披露した。
見る人が見れば誤魔化している振り付けだが、
タップの素人が見ればなんかすごそうに見えた。

その後、あの北野武監督の「座頭市」で
みごとな下駄タップを披露したHIDEBOHさんが若かりし頃、
こちらの舞台に立つ際、地元の先生から進行役を依頼され、
しかもちょっとタップのステップも踏むということもした。
HIDEBOさんの前でタップを踏むということは、
例えていうなら
料理の鉄人道場六三郎の前でだし汁をとるとか、
イチローの前で打撃フォームをするとか、
マジシャン セロの前でトランプマジックをするとか、
黒柳徹子の前で早口言葉を言うとか、
そういうことである。
するか、普通!

そのほかにも、社交ダンスが踊れないのに、
劇中踊るシーンのある役を引きうけ、習いにいったりもしている。
あと、声楽も短い期間だが役のために習いに行ったこともある。

そうやって、必要に迫られまくり、
追い込まれ、泥縄的な、付け焼き刃的な状況で
様々なことを習いに行った。
これら全てをずっと継続していれば、
もしかして夫はマルチな才能を発揮するスーパーローカル俳優として、
地元で一世を風靡し、
名を成し財を成したかもしれない。
あ、財は成せないか。

しかし、彼は好奇心と瞬発力はあるが、持久力がない。
どれもこれもちょっとできるようになったところでやめている。
ま、経済的な壁もあったし。

一応それらを噛み砕き、飲み込み、
自分の血や肉にはしているようだが、
それをエネルギーに変えて
新たな展開をみせるというところには至らない。

いつも、何か物珍しいこと、
やったことのないこと、
出会ったことのない人との出会いを求めて、
頼まれればほぼなんでもやっている夫。

さて、今回はどうなることか。
そして、次に彼が挑戦するのはなんなのだろう?
それはそれで興味深いものがある。

無謀なチャレンジャーの挑戦は、果てしなく続く。




コメント (7)

関西のおばちゃんと中学生の少年

2007年05月14日 | 仕事
今晩からいよいよ、例のあの教材アニメの吹き替えの仕事が始まった。
さっき、無事終えて帰ってきた。
おかげさまでさして問題もなく、さくさく進んだ。
偉いぞ、自分。

実は、今日の日中久しぶりにコント風のラジオCMの仕事があった。
このごろは、しっとり系の温泉とか、
お固い金融系のナレーションや、
きっちりかっちり読むビデオのナレーションが多いのだが、
今回はなぜかこてこてのアクの強い、
インパクトありまくりの関西のおばちゃん役だった。

台詞は「関西弁風で」とただし書きがついている。

ローカルCMの仕事をしていると、
地元の方言でのナレーションや、隣県の方言のナレーションは
しょっちゅうある。
私の両親は一方の隣県出身なので、
幸いそれは方言指導なしでもなんとかなる。
もう一方の隣県には友人がいるので、
ニュアンスはなんとなく分かる。
東北弁風でとか、江戸っ子風で、
なんてのもあった。
この「○○風」というのがくせ者である。

おそらくネイティブの人が聞いたら違和感ありまくりだろう。
でも、ローカルCMなのでこちらの地元民のみしか
聞かないので大丈夫!というなんだか大雑把なGOサインが出るのだ。

でも、それは私自身とても気持ち悪いので、
なるべく方言指導ができる人に立ち会ってもらえるようにお願いする。

で、今日の関西のおばちゃんの台詞。

だいたい、原稿自体が関西弁になっていない。
方言指導もつかない。
おいおい。
な~んかこんなかんじか?と見当をつけて、
自分で台詞をなおして読んでみる。

ああ、ジェニさんがここにいたら‥
と、半泣きになりつつ。

関西弁といっても、大阪でも場所によってニュアンスが違う。
うちの兄が関西在住なので、なんとなく単語のアクセントの感じは
つかんでいるつもりだが、
奈良、京都、大阪、兵庫、滋賀、
このへんの違いなんか分かるはずもない。
求められているのは、大阪の下町でまくしたてるおばちゃんの言葉。
知らんがな、そんなん。

それでも、なんとか気合と勢いとはったりで、
それっぽく6本のCMを読んできた。

で、その関西のおばちゃんの勢いがそこはかとなく残るなか、
アメリカの中学生の男の子のアニメの吹き替えに行った。
仕上がりが、関西のおばちゃんに育てられた
アメリカの中学生の男の子ならないように細心の注意をしたのは言うまでもない。
コメント (8)