ネットサーフィンをしていろんな人のブログや、
サイトのBBSをのぞいていて感じることがある。
ネット上でのコミュニケーションのとり方が、驚くほど下手くそな人もいれば、
上手い人もいるということだ。
幸い、私のブログにコメントを書き込んで下さる皆さんは、
ほんとに楽しく盛り上げてくださっている。
私が皆さんのブログに遊びに行ってのやりとりも楽しい。
しかし、よそのブログやBBSをのぞくと時々こんな人たちをみかける。
①記事の内容に真っ向から反論する人
(反論や違う意見を書き込むことがいけないのではなく、そのものの言い方がえげつない)や、
②全く記事の内容を無視して、延々個人的通信を書き込む人
(知人ならメールでやりとりすればいいのに)や、
③それまでのやりとりの流れや、場の空気を読まずにいきなり長々と自分語りをする人
(自分のブログやサイトでればいいのに)などなど。
私も無意識にそんなことをしているかもしれない。
よそに書き込みをするときは気をつけよう…という反面教師にしている。
ネット上だけではなく、実生活の会話でもコミュニケーションが下手な人は確かにいる。
しかし、圧倒的にネット上にそういう人が多いように思える。
ネット上だと顔がわからない、どこの誰かわからないから、
自分の発言に責任をとらなくてもいいという甘えが出る人がいて、
実生活ではちゃんとできていても、ネット上ではできないということになるんだろうか?
夫が聞き捨てならないことを言った。
「コミュニケーションをとるのが下手な女性には美人が多い」
なんだと?
どういうことだ!
では、コミュニケーション上手は不細工だとでも言うのか!
あんた、私のブログの女性読者全てを敵にまわしたね。
いきりたつ私。
「まぁ、聞け。
美人は子どものころからいつも注目され続けてきた。
何を言おうが、まわりは美人だということを免罪符にして許容してくれた。
だから、自分から努力してコミュニケーションをとる必要がなかった。
ネット上では、美人かどうかなんてわからないから、
なんとか注目を引こうとして、安直に人と違うことを言って気を引いたり、
なんでもかんでも反論して目立とうとしたり、
とりあえず『私ってこんな人なのよ~』と自分語りをしてしまうんだ」
ふ~ん。
なかなか理にかなった分析のようにも思える。
ここで私はある疑問をぶつけてみた。
「で、私はコミュニケーション下手?上手?」
「えっ?…………ど、どうなのかな~。あははは。
わんこの散歩行ってくる」
逃げやがった…。
サイトのBBSをのぞいていて感じることがある。
ネット上でのコミュニケーションのとり方が、驚くほど下手くそな人もいれば、
上手い人もいるということだ。
幸い、私のブログにコメントを書き込んで下さる皆さんは、
ほんとに楽しく盛り上げてくださっている。
私が皆さんのブログに遊びに行ってのやりとりも楽しい。
しかし、よそのブログやBBSをのぞくと時々こんな人たちをみかける。
①記事の内容に真っ向から反論する人
(反論や違う意見を書き込むことがいけないのではなく、そのものの言い方がえげつない)や、
②全く記事の内容を無視して、延々個人的通信を書き込む人
(知人ならメールでやりとりすればいいのに)や、
③それまでのやりとりの流れや、場の空気を読まずにいきなり長々と自分語りをする人
(自分のブログやサイトでればいいのに)などなど。
私も無意識にそんなことをしているかもしれない。
よそに書き込みをするときは気をつけよう…という反面教師にしている。
ネット上だけではなく、実生活の会話でもコミュニケーションが下手な人は確かにいる。
しかし、圧倒的にネット上にそういう人が多いように思える。
ネット上だと顔がわからない、どこの誰かわからないから、
自分の発言に責任をとらなくてもいいという甘えが出る人がいて、
実生活ではちゃんとできていても、ネット上ではできないということになるんだろうか?
夫が聞き捨てならないことを言った。
「コミュニケーションをとるのが下手な女性には美人が多い」
なんだと?
どういうことだ!
では、コミュニケーション上手は不細工だとでも言うのか!
あんた、私のブログの女性読者全てを敵にまわしたね。
いきりたつ私。
「まぁ、聞け。
美人は子どものころからいつも注目され続けてきた。
何を言おうが、まわりは美人だということを免罪符にして許容してくれた。
だから、自分から努力してコミュニケーションをとる必要がなかった。
ネット上では、美人かどうかなんてわからないから、
なんとか注目を引こうとして、安直に人と違うことを言って気を引いたり、
なんでもかんでも反論して目立とうとしたり、
とりあえず『私ってこんな人なのよ~』と自分語りをしてしまうんだ」
ふ~ん。
なかなか理にかなった分析のようにも思える。
ここで私はある疑問をぶつけてみた。
「で、私はコミュニケーション下手?上手?」
「えっ?…………ど、どうなのかな~。あははは。
わんこの散歩行ってくる」
逃げやがった…。
このブログでは腹の立つことも、いやなことも、辛いことも、
面白可笑しく笑い話に出来るほど熟成したものだけを書いて行こうと思っていた。
それでも、今日はどうしても書いておきたいことがあるので、
熟成できていないけれどあえて書いておこうと思う。
楽しい気分になろうと思って来て下さっている方は、
とばしてください。
次回からはまたもとどおりの内容にします。
めったにワイドショーは見ないのだが、
平塚で五遺体が発見されたショッキングな事件に関しては、
ちょっと思うところあってついつい見てしまう。
溺愛していた大事な娘を殺してしまった母親。
その裏には、想像にも及ばない複雑な家庭環境と人間関係がありそうだが、
そんなことに興味はない。
私が注目しているのは、娘との関係だ。
今日見ていたワイドショーのコメンテーターたちが分析していた。
「母親というのは、娘に自分の理想を押しつけ、自分の分身としてかわいがる」
「娘の痛みは自分の痛み、娘の喜びは自分の喜びにしてひたすら娘と同化しようとする」
「それは、娘を愛しているのではなく、自分が若い頃満たされていなかった思いを
押しつけて、自己満足するため」
「娘をひとりの人格として認めず、自分の虚栄心を満たすための道具にしている」
「だから、自分のコントロールからはずれて娘が自立しようとするのを受け入れられない人が多い」
「自分が子どもの頃満たされなかった部分を埋め合わす愛情表現として、
品物を買い与えることしかできない」
聞いていて胸が痛くなった。
私は娘を殺したりしないが、言われている母親像は全て私にあてはまっている。
だから、娘とうまくいかなくなってしまったのだという事実を
つきつけられた気がした。
今日、娘が悩んだ末にひとつの決断をした。
私に2ヶ月近くぶりにメールを送ってきた。
娘に代わって娘の決断に伴う雑事を引き受けている私への感謝のメールだった。
なんと返信していいか、とっさに分からず
何度も文章を作り直して随分遅い返信をした。
少し前に私からのメールで、娘が辛い思いをしたと夫から聞いていたので、
どういう文面がいいのか悩んでしまうのだ。
それでも、久しぶりの娘からのメールはとても嬉しかった。
短いメールだったが、何度も何度も読み返すほど嬉しかった。
夫は、娘がどんなかたちであれ、そこにいるだけでいいという溺愛のしかただ。
私は、いつも娘に自分の理想を押しつけてきた。
娘はそれに必死で応えようとムリをして頑張ってきた。
本当に可哀想なことをした。
娘との距離のとりかたが今はまだよく分からない。
私は本当の意味での「母親」になっていない。
それでも、もしいつか私を必要とする日が来たときに、
遠すぎず近すぎずという距離にいられたらと思う。
面白可笑しく笑い話に出来るほど熟成したものだけを書いて行こうと思っていた。
それでも、今日はどうしても書いておきたいことがあるので、
熟成できていないけれどあえて書いておこうと思う。
楽しい気分になろうと思って来て下さっている方は、
とばしてください。
次回からはまたもとどおりの内容にします。
めったにワイドショーは見ないのだが、
平塚で五遺体が発見されたショッキングな事件に関しては、
ちょっと思うところあってついつい見てしまう。
溺愛していた大事な娘を殺してしまった母親。
その裏には、想像にも及ばない複雑な家庭環境と人間関係がありそうだが、
そんなことに興味はない。
私が注目しているのは、娘との関係だ。
今日見ていたワイドショーのコメンテーターたちが分析していた。
「母親というのは、娘に自分の理想を押しつけ、自分の分身としてかわいがる」
「娘の痛みは自分の痛み、娘の喜びは自分の喜びにしてひたすら娘と同化しようとする」
「それは、娘を愛しているのではなく、自分が若い頃満たされていなかった思いを
押しつけて、自己満足するため」
「娘をひとりの人格として認めず、自分の虚栄心を満たすための道具にしている」
「だから、自分のコントロールからはずれて娘が自立しようとするのを受け入れられない人が多い」
「自分が子どもの頃満たされなかった部分を埋め合わす愛情表現として、
品物を買い与えることしかできない」
聞いていて胸が痛くなった。
私は娘を殺したりしないが、言われている母親像は全て私にあてはまっている。
だから、娘とうまくいかなくなってしまったのだという事実を
つきつけられた気がした。
今日、娘が悩んだ末にひとつの決断をした。
私に2ヶ月近くぶりにメールを送ってきた。
娘に代わって娘の決断に伴う雑事を引き受けている私への感謝のメールだった。
なんと返信していいか、とっさに分からず
何度も文章を作り直して随分遅い返信をした。
少し前に私からのメールで、娘が辛い思いをしたと夫から聞いていたので、
どういう文面がいいのか悩んでしまうのだ。
それでも、久しぶりの娘からのメールはとても嬉しかった。
短いメールだったが、何度も何度も読み返すほど嬉しかった。
夫は、娘がどんなかたちであれ、そこにいるだけでいいという溺愛のしかただ。
私は、いつも娘に自分の理想を押しつけてきた。
娘はそれに必死で応えようとムリをして頑張ってきた。
本当に可哀想なことをした。
娘との距離のとりかたが今はまだよく分からない。
私は本当の意味での「母親」になっていない。
それでも、もしいつか私を必要とする日が来たときに、
遠すぎず近すぎずという距離にいられたらと思う。
ちょっとこれ、ぜひいろんな方に聞いてみたい。
複数のお子さんをお持ちのお母さんは、母としての立場で。
子どもはいなくても、兄弟姉妹のいる方は、子どもとしての立場で。
母は、昔話をするとき必ず
「H(←長男の名前)が大学の時」とか「Hが結婚した年だから~」などと
枕詞に長男の名前が入る。
普通に昭和○○年とか、平成○○年とは言わない。
全ての基準は長男の動向にあると言っても過言ではない。
次男や私のことを基準に過去を語ることはない。
うちの長兄は遠方で暮らしていて、母は私と同居している。
母の様々な用事は全て次兄と私で担当している。
にもかかわらず、母の基準は長兄。
なぜ?
友人で、3姉妹の真ん中でいつも親が
長姉ばかり大事にするとむくれていた子がいた。
自分が親になったら絶対に3人平等に接すると断言していた。
で、彼女は今3人の子どもの母だ。
そして、長兄をなめるように可愛がっている。
なぜ?
本人曰く、一番上の子と下の子には超えられない壁があるらしい。
私には子どもがひとりだけなので、その感じがよくわからないのだ。
一番上というのは、何もかもが親にとって初めての体験だから
とても刺激的で新鮮だから印象に残りやすいのだろうと思う。
それにしてもだ。
あまりに下の子と差別しすぎではなかろうか?
母の世代は、長男が家を継ぎ親の面倒を見るというのが常識だったから
なおさら大事にしたのだろうし、
長兄は昔とても優秀だったから応援しがいもあったのだと思う。
しかし、故郷には戻ってこなかったし、母が体調を崩しても引き取る気もない。
週1回母に電話してきて、自分と自分の家族のことばかり話しているようだ。
それでも母は「Hは優しい子だ」とか「Hの子どもたちはHに似て優秀だ」と言い、
長兄からの電話を楽しみにしている。
なぜ?
腑に落ちない。
まじで。
私に複数の子どもたちがいたら、やはり同じことをするのだろうか?
複数のお子さんをお持ちのお母さんは、母としての立場で。
子どもはいなくても、兄弟姉妹のいる方は、子どもとしての立場で。
母は、昔話をするとき必ず
「H(←長男の名前)が大学の時」とか「Hが結婚した年だから~」などと
枕詞に長男の名前が入る。
普通に昭和○○年とか、平成○○年とは言わない。
全ての基準は長男の動向にあると言っても過言ではない。
次男や私のことを基準に過去を語ることはない。
うちの長兄は遠方で暮らしていて、母は私と同居している。
母の様々な用事は全て次兄と私で担当している。
にもかかわらず、母の基準は長兄。
なぜ?
友人で、3姉妹の真ん中でいつも親が
長姉ばかり大事にするとむくれていた子がいた。
自分が親になったら絶対に3人平等に接すると断言していた。
で、彼女は今3人の子どもの母だ。
そして、長兄をなめるように可愛がっている。
なぜ?
本人曰く、一番上の子と下の子には超えられない壁があるらしい。
私には子どもがひとりだけなので、その感じがよくわからないのだ。
一番上というのは、何もかもが親にとって初めての体験だから
とても刺激的で新鮮だから印象に残りやすいのだろうと思う。
それにしてもだ。
あまりに下の子と差別しすぎではなかろうか?
母の世代は、長男が家を継ぎ親の面倒を見るというのが常識だったから
なおさら大事にしたのだろうし、
長兄は昔とても優秀だったから応援しがいもあったのだと思う。
しかし、故郷には戻ってこなかったし、母が体調を崩しても引き取る気もない。
週1回母に電話してきて、自分と自分の家族のことばかり話しているようだ。
それでも母は「Hは優しい子だ」とか「Hの子どもたちはHに似て優秀だ」と言い、
長兄からの電話を楽しみにしている。
なぜ?
腑に落ちない。
まじで。
私に複数の子どもたちがいたら、やはり同じことをするのだろうか?
夜10時すぎに、暗い人通りのない夜道をひとりで歩くはめになった。
びくびくする年でもないが、まぁあまり楽しいものではない。
向こうから、くたびれたサラリーマン風の酔っぱらいのおっさんがふらふら歩いてくる。
しかもなんか私に言っている。
「いやだなぁ~。こんな人通りのないとこでからまれたら困るな~」
と思いつつも、1本道なのでまっすぐ歩いて行くしかない。
ろれつのまわらない、千鳥足で歩くおっさんはしきりに何か私に呼びかけてくる。
私の嫌悪感がマックスに達し、なおかつお互いの距離が顔を確認出来る位置になったとき、
そのおっさんは私の顔を見るなり
「チェッ!」といいおった。
そして、またふらふらと歩いていきおった。
「チェッ!」て…
人の顔見て言うにことかいて「チェッ!」てどういうことよ。
そのチェッ!の後にはおそらく
「おばちゃんかよ」とか
「デブかよ」とか
「ブスかよ」などの言葉が続くのであろう。
べつにからんでほしいわけではない。
抱きつかれても困る。
ナンパされたくもない。
こっちからお断りだ。
しかし。
「チェッ!」はないだろうがっ。
そんなことは、あんたの心の中で勝手につぶやけ。
私の顔見て言うなっ。
ああ、なぜ私はあのとき「ケッ!」と言い返さなかったのだろうか。
悔やまれてならない。
びくびくする年でもないが、まぁあまり楽しいものではない。
向こうから、くたびれたサラリーマン風の酔っぱらいのおっさんがふらふら歩いてくる。
しかもなんか私に言っている。
「いやだなぁ~。こんな人通りのないとこでからまれたら困るな~」
と思いつつも、1本道なのでまっすぐ歩いて行くしかない。
ろれつのまわらない、千鳥足で歩くおっさんはしきりに何か私に呼びかけてくる。
私の嫌悪感がマックスに達し、なおかつお互いの距離が顔を確認出来る位置になったとき、
そのおっさんは私の顔を見るなり
「チェッ!」といいおった。
そして、またふらふらと歩いていきおった。
「チェッ!」て…
人の顔見て言うにことかいて「チェッ!」てどういうことよ。
そのチェッ!の後にはおそらく
「おばちゃんかよ」とか
「デブかよ」とか
「ブスかよ」などの言葉が続くのであろう。
べつにからんでほしいわけではない。
抱きつかれても困る。
ナンパされたくもない。
こっちからお断りだ。
しかし。
「チェッ!」はないだろうがっ。
そんなことは、あんたの心の中で勝手につぶやけ。
私の顔見て言うなっ。
ああ、なぜ私はあのとき「ケッ!」と言い返さなかったのだろうか。
悔やまれてならない。
今朝、TBSのサンデーモーニングを見ていたら、
マンションの耐震偽装問題について札幌の2級建築士がインタビューに答えていた。
「偽装したつもりはございません。
私としては、何度計算しても安全基準の数値にならなかったため、
理想である数値におきかえたという認識です」
みたいなことを言ってた。
おいおい。
理想とする数値に置き換えただと?
じゃあ何かい。
私がサイズを 「身長168センチ 体重48キロ B88、W57、H88です。」と言って、
「これは私が理想とする数値に置き換えただけでサイズの偽装ではありません」
と言い張ってもいいってことかい!
あり得ないですから。
マンションの耐震偽装問題について札幌の2級建築士がインタビューに答えていた。
「偽装したつもりはございません。
私としては、何度計算しても安全基準の数値にならなかったため、
理想である数値におきかえたという認識です」
みたいなことを言ってた。
おいおい。
理想とする数値に置き換えただと?
じゃあ何かい。
私がサイズを 「身長168センチ 体重48キロ B88、W57、H88です。」と言って、
「これは私が理想とする数値に置き換えただけでサイズの偽装ではありません」
と言い張ってもいいってことかい!
あり得ないですから。
私のことを、下の名前で呼び捨てにして呼ぶ人はこの地球上に存在しない。
なんだか壮大な書き出しだ。
親兄弟も、私のことは呼び捨てにはしない。
小さい頃から家族だけが呼ぶニックネームは呼び捨てだけど。
夫は、私を呼ばない。
「ねぇ」とか「おい」とか「おかあさん」とかがせいぜいだ。
人前で、どうしても私を呼ばないといけない時は、下の名前+さんづけ。
後輩や、仕事関係の方たちも、下の名前+さん。
友人達のほとんども、下の名前+さん。
随分年上の友人知人すら、下の名前+さんだ。
社会的地位も高く、私自身とてもお世話になっていて尊敬している方からも
呼び捨てでは呼ばれない。
ちゃんづけすらもほとんどいない。
昔々の劇団仲間のごく数人のみ、ちゃんづけで呼んでくる。
もしかしたら、私から
「オラオラ、気安く呼び捨てで呼ぶんじゃねぇぞ、バカヤロ~」
というオーラが出ているのかもしれない。
実際、それに近いことは思っている。
自分は、平気で人を呼び捨てで呼ぶくせにだ。
とろけそうなくらいいい男が、耳元で呼び捨てで呼んでくれるのならOKだ。
しかし、残念ながらとろけそうなくらいのいい男の知り合はいない。
ネット上のハンドルネーム「peco」も呼び捨てでは呼ばれない。
……ああ、ひとりだけpecoを呼び捨てにする奴がいた。
めずらしい。
ま、ハンドルネームに関しては、全然気にしない。
私を呼び捨てで呼ぶような豪傑は今後出てくるのだろうか。
大変興味深い。
なんだか壮大な書き出しだ。
親兄弟も、私のことは呼び捨てにはしない。
小さい頃から家族だけが呼ぶニックネームは呼び捨てだけど。
夫は、私を呼ばない。
「ねぇ」とか「おい」とか「おかあさん」とかがせいぜいだ。
人前で、どうしても私を呼ばないといけない時は、下の名前+さんづけ。
後輩や、仕事関係の方たちも、下の名前+さん。
友人達のほとんども、下の名前+さん。
随分年上の友人知人すら、下の名前+さんだ。
社会的地位も高く、私自身とてもお世話になっていて尊敬している方からも
呼び捨てでは呼ばれない。
ちゃんづけすらもほとんどいない。
昔々の劇団仲間のごく数人のみ、ちゃんづけで呼んでくる。
もしかしたら、私から
「オラオラ、気安く呼び捨てで呼ぶんじゃねぇぞ、バカヤロ~」
というオーラが出ているのかもしれない。
実際、それに近いことは思っている。
自分は、平気で人を呼び捨てで呼ぶくせにだ。
とろけそうなくらいいい男が、耳元で呼び捨てで呼んでくれるのならOKだ。
しかし、残念ながらとろけそうなくらいのいい男の知り合はいない。
ネット上のハンドルネーム「peco」も呼び捨てでは呼ばれない。
……ああ、ひとりだけpecoを呼び捨てにする奴がいた。
めずらしい。
ま、ハンドルネームに関しては、全然気にしない。
私を呼び捨てで呼ぶような豪傑は今後出てくるのだろうか。
大変興味深い。
何気なくつけていたテレビから流れてきた言葉。
道を究めたパティシェが言っていた。
「当たり前」のことを続けるのは意外に難しい。
…深い。
手を抜いて楽ばかりしょうとしている身にとっては耳が痛い。
そして、心も痛い。
道を究めたパティシェが言っていた。
「当たり前」のことを続けるのは意外に難しい。
…深い。
手を抜いて楽ばかりしょうとしている身にとっては耳が痛い。
そして、心も痛い。
今や、猫も杓子もブログ、ブログ。
ということで私もブログを、今日からはじめることに
。
がんばれるのか、自分。
読んでくれる人がいるのか。
不安と期待を胸にはじめの一歩。
とりあえず、ごく親しい人にお知らせ
を送っておいた。
ということで私もブログを、今日からはじめることに
。がんばれるのか、自分。
読んでくれる人がいるのか。
不安と期待を胸にはじめの一歩。

とりあえず、ごく親しい人にお知らせ
を送っておいた。






