招きねこの手も借りたい

主婦のち仕事、ところによって母、時々芝居。

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絵画の値段

2007年09月29日 | 日常
昨日、地元のテレビニュースで地元出身のとある画家の油絵が紹介され、
400万円…というのをやっていた。

「え~っ?これが?良さがわからないなぁ。
 モデルの女性もイマイチおへちゃだし」
と、美術知識のない中年夫婦はテレビの向こうの芸術作品に対して
失礼発言を続けた。

失礼発言を続けつつも、私はそのとある画家の
別の作品を持っていることを思い出した。

実は、そのとある画家の作品、
亡くなった伯父が、嫁いで行く私にくれたのである。
大事にしなさい。
何かあったら助けてくれるかもしれない。
そう言われた。

美術センスと知識のない私は、
それがどれほどの価値のあるものなのか、見当もつかなかったし、
立派な額縁にいれられた裸婦像を飾れるような家にも住んでいないので、
片付けたままほとんど忘れていた。

テレビのニュースで紹介されていたその絵に比べたら、
うちにある絵のほうがなんだか格調が高いような気もする。
「あれが400万円なら、うちのはもっと高いかもね」
と言うと、夫は
「とりあえず出して、じっくり見てみよう」
と言う。

クローゼットの奥からごそごそ出してきて梱包をとく。

上品といえば、上品。
あっさりしているといえばあっさりしている。

というより、テレビで見たその画家の作品と、
なんだか作風が違うような気もしてきた。
ん?
贋作?

いや、いや。
伯父は贋作をつかまされるような人ではない。
かなりいろいろ見る目のある人だったし、
その道の専門家とも親交があった人だ。

作風がどんどん変わる画家もたくさんいる。
こんなことなら、なんでも鑑定団に、髭の骨董商役で出演した時に持って行って
鑑定してもらえば良かった。

「なんでも鑑定団に出して、見てもらおうか?」
という私。
「で、高い値がついたらどうするんだ?」
「そうだね~、ここはひとつあなたの治療費にしようか。
 個室にいれてあげる。特別室。
 で、たか~い薬使い放題。どや?」
「うむ。亡くなった伯父さんがなんと言うかだな」

よく分からない絵を前に、悪巧みをする中年夫婦。

でもさ。
そんな価値のあるものだとしたら、
伯父さんがあんなに気前よく持たせてくれるとは思えない。
意外とたいしたことがないのかもしれない。
いや、でもひょっとして…
なんて考えているのが楽しいのかもしれない。

あの世で伯父さんは、
「ふふふ。しんどい時にそうやってあれこれ夫婦で考えていると、
 楽しい気分になるだろ?
 そういう意味で助けてくれるかもと言ったんだよ」
と、ほくそ笑んでいるような気もする。

ま、夫は相部屋でいいって言ってるし。
この絵は、こうして時々出してあれこれ想像する楽しみのために置いておこうと思う。


でも…ほんとはいくらくらいなんだろ?
こんなこと考える私、下世話かしら。
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言いたい放題の病人たち

2007年09月28日 | 日常
母のほうは、順調に良くなっている。
ポータブルトイレは撤去して、自分で病室の向かいのトイレに歩いてくようになった。
しかも歩行器なしで。
けっこうすたすたと。
すごい。
リハビリでも、階段の上り下りをらくらくとやってみせているようだ。
昨日は、入院してから初めて入浴がOKになった。
これまで頭だけ洗ってもらったり、
足だけ洗ってもらったり、
身体を拭くだけだったので、
たいそう気持ちが良かったそうだ。

でもまだ、先生からすると少し心配な部分もあるとかで、
胸までお湯につかることはできず、
腰湯をして、肩からかけ湯をしてもらったとのこと。
それでも、これまでのことを思えば大変な進歩である。

こうなってくると母の頭の中は「退院」の2文字でいっぱいになっている。
私の顔を見れば、いつ退院できるかしら?
快気祝いのリストを作ってちょうだい。
退院して通院するときは何曜日に来ればいいか聞いてちょうだい。
などなど、もう前のめり状態でせかしてくる。

かあさん、いくらなんでもまだ無理だから。
病院のほうから退院の日についての相談の連絡があってから
考えたり、決めたり、相談すればいいから。ね?

同じ会話を繰り返している。

ま、これはこれでうれしいこと。

で、夫のほうは
「ぜったい外出していたほうが気分的にしゃっきりする。
 家にいると、な~んかどよーんとしてくる」
と言う。

「家の中に何か悪いものが充満してるのかね?
 お祓いでもしてもらおうか。」
と、冗談まじりで言う私に対して夫が返してきた言葉。

「お祓いより、お前を『追い払い』たい。わははは。」

…………。
……………。

わははは、じゃないだろ。
こんなに心配して、いろいろ尽くしてる(かどうかどうかは微妙だが)私を
追い払いたいなんて。
くそ~~っ。

で、娘に
「お父さんは家にいるとどよ~んとすると言っているけど、
 なんか悪い『気』でも家にあるのかしらね?」
と相談メールをしたら

「お母さんの『早く元気になってほしい』という頑張りすぎオーラが家の中に充満しているのだと思います」

と、返事がきた。
………頑張りすぎオーラ。

無理しないで、できることだけすればいいよ。
という励ましのアドバイスで結んであったけど、
結局夫の体調をより悪くする元凶は、私だったのかぁ~。
がーん。

好き放題言いたい放題の家族の看病生活は、
始まったばかりである。

これからは、頑張らないように頑張ります。
って、おい、だめじゃん、私。
つい頑張っちゃうんだよな、なんでも。
ま、夫の口から憎まれ口が聞けるようになっただけでも良しとしよう。
     
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大人の療養生活

2007年09月27日 | 日常
とにかく自分の身体を大事にして!
とりあえず、近所のホームドクターのところに行って!

と、力説して朝いちばんで夫を病院に送りだした。
私は外せない仕事が入ったので、出先から何度もメールをして、
様子を確認した。

で、診断結果。

「膨満感は、ちょっとお腹にガスがたまってるから。
 腸の働きが鈍くなってるんでしょう。
 便秘もそのせい。
 今できているガンのせいではないですね」

「倦怠感?食欲不振?半分病気のせいで、半分気のせい」

………半分気のせいって、あんた。

「ああ、また再発した、イヤな治療が待ってる。
 やりかけの仕事も投げ出さないといけない。うんざりだ。」
という気分が、どんどん体調を悪くしているのだと先生。

なるほど。

もしかしたら、そう言って夫を励ましているのかもしれないが、
でもそんなふうに言われるとそんな気になってくるものだ。

処方された薬を飲んだら、膨満感も治り、
便秘も解消。
食欲も出た。

倦怠感のほうはイマイチ。
とりあえず、今日の午後は私の言うことを聞いて、寝ていた。
しかし、夜になったらまた仕事で出て行った。

夫曰く、
「寝ているとどんどん病気になっていく気がする。
 外で何かしているほうが、気が紛れるし、必要とされていると思うと張りがある」

たしかにそうかもしれない。
無理をしない程度にしてくれればそれでいい。

うまく自分の身体と心をコントロールし、
飲むべき薬はちゃんと飲んで、
大人の療養生活を送ってほしいものである。

ちょっとだけひと安心の私。
私までおたおたして、夫を病気気分に追い込んではいけないのだ。

皆さん、いろいろご心配をおかけしました。





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弱音と泣き言

2007年09月26日 | 日常
ブログをはじめる時に、読んでくれる人が楽しい気持ちになったり、
好奇心を持ってくれるたり、
大笑いしたりできるような文章が書けたらいいなぁと思った。

しかし、やはり時には愚痴や弱音や泣き言を書きたくなる。
ということで、今日は弱音と泣き言。
そんなのは苦手という方、スルーしてください。


入院を前に、自分の関わっている企画の引き継ぎや、
来年度の予算や企画の提出日がせまっているところなど、
仕事が山積みの夫は、昨日まで忙しく動きまわっていた。
外で人と会っているときの夫は、元気そうで積極的だ。

しかし、家に帰るとその反動でへとへとになっている。
これまで3回の再発の時は、全くこんなことはなく
治療がはじまるとその副作用で体力を消耗するくらいだった。
今回は、ちょっと違う。
もうすでに体力がなくなり、食欲も半減している。
横で見ていて私は気が気ではない。
検査入院の日程を決めた時点では、これほど状態が悪くなかったので、
入院が検査機械の導入日に合わせて延期になっても、
「猶予期間ができて、仕事を片付けられてラッキー」
程度に思っていた。

これだけ、しんどそうな夫を見ていると、
一刻も早く入院して身体を休めながら検査を早くすればいいのにと思う。
現在夫は全く薬などを飲んでいない。
近所のホームドクターから、
入院するまでのつなぎとして飲む薬(多分整腸剤と便秘薬)の処方箋をもらっていた。
その薬をのんでいた間は、結構快調に過ごしていた。
薬がきれたとき、「追加の薬をもらってくれば?」
という私のことばを夫は無視した。
大丈夫だよ、と。

今日は、午前中の仕事を終えた時点で、とうとうダウンして寝込んだ。
ホームドクターのところへ行こうとどれだけすすめても、
寝ていたら治るの一点張り。
これ以上、もう予定を入れないでと言っても、
責任と立場があるから、そういうわけにはいかないと言う夫。
自分の健康よりも大切な責任と立場ってなんなんだろう?
私には分からない。
たしかに、周囲の人たちには多大な迷惑をかけている。
それは申し訳ないと思う。
でもそれは、元気になってからまた恩返しすればどうだろうか?

「平気、平気。大丈夫。元気ですよ。」
心配する周囲の人にはそう答えるため、
またどんどん予定が入ってくる。

今日も午後いっぱい横になったあと、
たいして回復もしていないのに夜の予定をこなすため出かけていった。

私の言うことを聞かないのは、今に始まったことではない。
でも、身体のことでこちらの心配をよそに、
言うことを聞かず、無理を重ねる夫。
なぜなんだろう?
軽口や、冗談ももうほとんど出ない。
家にいるときは寝ているか、黙ってテレビを見ているだけだ。
なんとか明るい空気に変えようと、
私が何か話しかけても、会話はすぐ終わる。

病気のときは、おもしろ可笑しくすごすのが、大事なのに
今のわがやはお通夜の席のようになっている。

どうしたらいいんだろう。
自分の無力さが歯がゆい。

とにかく明日は、朝いちばんでホームドクターのところに行くように説得しよう。

明日はいい日でありますように。
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変わらない私

2007年09月24日 | 日常
先日ちょっとした朗読の舞台に立った時のこと、
共演のNさんの知り合いが、
偶然に私の中学時代の同窓生の男性だったらしい。
Nさんからチケットを買って見に来ていた彼は、
舞台の私をひと目みて「あ、○○中学にいたpecoだ!」
と分かったという。
「あいつ、全く変わってない」
とも言っていたらしい。

この話しを聞いて、一瞬喜んだ。
「あら、あたしってまだまだ若いんだ」と。
しかし夫は言う。
「落ち着いて考えてみろ。
 20代や30代の時の知り合いが、『全く変わっていない』というのなら
 喜べばいい。でも、中学の同級生だろ?」

そうだ。
中学時代の私はかなりダサかった。
三つ編みに黒縁のメガネをかけて、
生徒会の役員をしていた。
詳しくはこちら ぽちっと

え?
あの状態とかわっていないというのか?
たしかに年を重ねて、
お肌の張りやつやはなくなってきたといえども、
それなりに化粧をし、それなりにヘアスタイルを整え、
それなりの服を着て、よそ行きの顔で舞台に立った私が、
あのだっさい女子中学生だった頃の私と変わっていない…。

悲しい。
悲しすぎる。
これまで重ねてきた歳月で培ってきた大人の女としての品格?や知性?
それらが醸し出す内面からにじみ出る美しさがないということなのか?

がっくりと落ち込む私に夫は言った。

「ま、その彼が、お前が年と共に重ねた脂肪のほうに気がつかなかっただけ
 良しとしたらどうだ?」

慰めになってませんからっ。
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頑固ばばあストーリー

2007年09月23日 | 日常
この週末は忙しくて、母のところに行けなかった。
代わりに通ってくれた兄から、嬉しい報告があった。

先週からリハビリ効果が出て、歩行器を使っての歩行もしっかりしているし、
ベットからポータブルトイレへの移動も、
らくらくとできるようにはなっていたのだが、
一昨日あたりからはポータブルトイレを使わずに、
病室の前にあるトイレまでつたい歩きで行っているという。
自分の病室の中では洗面台まで、
すたすたと歩いて移動しているともいう。

支え棒を持っての立ち上がり動作からはじまったリハビリも、
今ではちょっとした段差の昇り降りまでしているとのこと。

母の超猛スピードの回復ぶりは、
病院内でもちょっとした語りぐさになっているらしい。

母は若いときから運動が苦手だ。
老人会の行事も文化系の行事は参加しても、
体育会系の行事はいつもパスしていた。
痩せているのでスタミナもない。

それでも、早くうちに帰りたい一心で、
母は頑張っているらしい。
うちは階段が多い。
母の部屋はリビングの上。
どうしても階段を登らなければならない。
リビングの隣りの私たちの寝室と部屋を替わろうかという話しも出た。
しかし、母はやはり自分の部屋に愛着がある。
母の部屋は家中でいちばん見晴らしがいい。
陽当たりも抜群だし、風の通りもいい。
仏壇も神棚も母の部屋にある。

なんとか階段の昇り降りをらくらくとできるようにして、
元々の自分の部屋に帰る!
と母は決意表明をしていた。

その上、母は自分の部屋にベッドを入れることを拒み続けている。
夜中のトイレへの移動や、
朝晩の布団の上げ下ろしの手間を考えると、
みんなでベッドにするほうがいいとすすめたのだが、
断固拒んでいる。

布団の上げ下ろしは私がするにしても、
布団から立ち上がって移動する筋力をつけて
以前と同じスタイルで生活したいらしい。

あまりのことに先日、私は母の前で小さい声でつぶやいた。
「頑固ばばあ」

耳が遠いはずの母が
「頑固で悪うございましたねぇ」
と、即答した。

聞こえてるのかよっ。

思ったよりずっと母の退院は早そうである。
パワーアップした母が帰ってくる日はもうすぐそこだろう。
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ちとせと娘

2007年09月22日 | 日常


わがやの放蕩娘に可愛がられて、とろとろになっている
peco家の末娘チワワのちとせ。
ちとせの成長記録ブログウチワワンダフルのほうに乗せようかと思ったのだが、
あまりの可愛らしさに(超親ばか発言)少しでもたくさんの方にみていただきたくて、
あちらのブログよりもアクセス数の多い
こちらのブログに載せてみた。

放蕩娘は、ちとせを遊ばせたりしつけしたりするのがうまい。
夫と私では、ついつい、ただまったりとだっこしたり、
べたべた可愛がるだけになってしまいがちなのだが、
彼女はメリハリをつけて相手をしてやる。
ちとせも、放蕩娘に遊んでもらったり、
可愛がられているときの表情はとても豊かだ。

娘は、入院中のおばあちゃんを励まし喜ばせ、
夫に自分の身体を大切にするように説き、
昨日帰っていった。
空港のエスカレーターに乗って、
手を振る娘を長い間見ているとなんだか泣いてしまいそうだったので、
私たちはそそくさと帰ってきた。
10日後の夫の入院を前にして、
私はえらく心細くなって涙もろくなっているようだ。

また近いうちに帰省して、ちとせの相手をしてくれるとうれしいねと、
この写真を見ながら夫と話している。





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ベジタリアンランチ

2007年09月19日 | 日常
母の見舞いと、夫の様子を見るために
放蕩娘が仕事の合間を縫って帰省している。

帰って来た娘は、ベジタリアンになっていた。
ほんの数年前までは、お肉大好き。
お肉がないと食べた気がしないと言っていたのに、
今はお肉、乳製品、卵を食べないようにしているという。
お魚も少しづつやめる方向で考えているともいう。

卵製品のみ、時々どうしてもプリンなどの加工品を食べたくなったときは
口にするらしいが、
ふだんは玄米と野菜、豆類中心だそうだ。

数年前から体調をこわし、
彼女なりに食生活や暮らし方ををいろいろ勉強し、
マクロビオティックや、オーガニックにこだわったりするうちに、
自分の身体のためだけではなく、
肉を食べないことで地球温暖化をとめる手だてになるという
そういう考え方の本や、人に出会ったのだという。

娘はまじめで、いつもひとつのことに一生懸命になる。
今彼女が一生懸命感じている食に対してのこだわりや、
地球に対する思いなどを、
いろいろ聞いた。

私自身もここ最近随分考え方は変わってきている。
地元で採れた旬のものを中心にして
肉を食べる量も減っている。
けれでも、娘ほど徹底することは食いしん坊の私には多分かなりむずかしい。

それでも、夫の病気のこともあってか、
娘は食生活を少しずつでも変えていくことを説いている。
とりあえず娘がいるあいだは、
ゆるめのベジタリアンメニューを実践してみる。

娘のものの考え方や、食生活などにぴったりのお店を知人から教えてもらい、
時々そこで買い物をして送ってやったりしているのだが、
そこのランチを3人で食べてみることにした。

お店のホームページ  ぽちっと


ベジタリアンだと伝えると、詳しくそれぞれ何を使っているのか、
味付けに使っている調味料やだしまで教えてくれる。


娘が選んだのは
玄米ごはん、野菜スープに、キャベツの白和え、もやしの玉葱ソースかけ、
人参と豆のサラダ、大豆タンパクの甘酢あん。

アップでよるとこんなかんじ。


ふむふむ、なるほど。
こんなかんじね。メモメモ。
これなら私にもできそうかも。

玄米ごはんは、良く噛むとほんとうに美味しかった。
が。
私にするとかなり良く噛んでいたつもりが、
噛み方が足りない、食べるのが早すぎると娘からのダメ出し。

はい。すみませ~ん。

しかし、こんなに食生活に気をつかっている娘は
なかなか顔の吹き出物が消えず、
全くものを考えずに食べている私の肌がすべすべなのが
納得できない娘のようだった。

そんなこんなで、今週中はなんちゃってベジタリアン。
なんちゃってマクロビオテックなpeco家になりそうだ。
続いていくかは、まだ未知数。

みなさん、食生活へのこだわりありますか?


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千の風

2007年09月14日 | 夫ネタ
夫は呆れるほど忙しい。
ちょっとオーバーワーク気味で、心配なのだが、
日中無理やり時間を作って昼寝をしたりして、
なんとかこなしている。
入院までのあと半月の間に、
めどをつけておかないといけない事が山積みなので
仕方がないとはいえ、やはり心配だ。

疲れてくると夫は、歌を唄って元気を出そうとするのだが、
今日は
「千の風になって~~」
などと唄いだしやがった。

「まだ、千の風にはならなくてよろしいっ!」
速効でつっこんでおいた。

ただでさえ、私はナーバスになりがちなのだから、
そんな歌を朗々と歌われると困る。

夫は病気になると、毎度毎度ものすごい自虐ギャグをとばしまくる。
笑えませんから。
とはいえ、これだけ回数を重ねてくるとそうも言っていられない。
私ももう少し図太くなったほうがいいようだ。

そんなことを考えつつ、むっつり黙っていたら、
「おや、奥さんどうされました?お元気がないようですね?」
と、夫に言われた。
「ご存じないかもしれませんが、夫が病気になりましてね。元気も出ませんよ。」
と答えた。
「ほ~、それはお気の毒に。ご主人によろしくお伝え下さいね。」
「はい、ご丁寧にどうも。」

こんなことを言い合っている場合か?
大丈夫か、うちらは。

明日から3日間も、なかなかハードな日々である。
自虐ギャグだろうが、なんだろうがとばしまくって
乗り越えていかないといけない。

17日には、放蕩娘が仕事の合間をぬって帰省してくる。
可愛い娘の顔を見たら、夫も元気が出るかもしれない。
それまで、頑張れ夫。
頑張るぞ、自分。


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第二の劇団時代 (波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台 完結

2007年09月13日 | 芝居
第二の劇団時代(波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台の巻

第二の劇団時代(波瀾万丈編)番外編 スリリングな舞台の巻 つづき


顔をこわばらせて戻ってきたかかしさんを見て、
私たちはいやな予感がした。
が、かかしさんはどこも殴られたり蹴られたりした様子もない。
とりあえず何か話し合いができたようだった。

ひょっとしてこのまま公演は中止にしなければならないのだろうか?
今後の公演はどうなるのだろうか?

不安いっぱいの私たちや、何が起きたのかまだよく分からないお客さんにむかって
かかしさんが説明を始めた。

同じフロアにお住まいのかたから、
公演による音と振動について苦情がありました。
しかし、本番中であることを考慮していただき、
このまま公演は続ける許可をもらいました。
音に関しては、少し音量を下げて上演いたします。
大変ご心配をおかけして、申し訳ありません。

という内容だった。
あのすごい剣幕のこわもてさんが、よく譲歩してくれたものだ。
かかしさんたちはいったいどうやって納得してもらったのだろう?
今となっては、詳細は分からない。
とにかく、こわもてさんが怒鳴り込んで来て中断された場所の少し前から
また何事もなかったように芝居を始めることができた。

全く文句を言わなかったお客さんもすごいし、
そんなことがあったあとに、何事もなかったようにまた、
芝居の世界に入っていける役者達もすごいと思う。
私は、まだ少し心臓がどきどきしていたが、
スポットライトを扱う手が震えるほどではなかった。

そんなこんなで、なんとか公演を終えた。
速攻で、かかしさんたち大人組は菓子折を持って
こわもてさんのお部屋をたずねた。

戻ってきたかかしさんの話しによると、
こわもてさんの奥さんは、とても恐縮していたようだ。
こわもてさんは、その筋の事務所で、
ちょっと大きな失敗をして、
ちょうど小指をつめておわびをしたところだったらしい。
(おいおい。)
で、その傷口が化膿して熱も出て、
部屋でうんうんうなっていたところ、
私たちに劇団の公演の音が耳についてイライラし、
飛び込んできたとのこと。

こわもてさんも、稽古中か何かだと思っていたのが、
たくさんのお客さんが入っての本番中だったため、
かなり焦ったようだった。

小指の傷さえよくなってしまえば、
こわもてさんはかたぎには手を出さない穏やかな?その筋の人となった。
以後、公演中はもちろんのこと、
稽古中にさえも怒鳴り込まれることは一度もなかった。

それにしても、こんな経験、
世の中にたくさんの劇団があるが、
私たちくらいではないだろうか。

あと、もう一度だけ、公演中に芝居が中断したことがある。
それはまた次の機会に。

番外編 スリリングな舞台の巻 ~完~




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母の女心

2007年09月12日 | 日常
母は、日一日と元気になってきている。
一日2回、歩行器を使って病室前の廊下をはじからはじまで歩く。
だんだん足取りもしっかりしてきた。
はじめは腰を支えてもらわないと不安がっていたが、
昨日私が持っているふりをして、離してみたら、
(子供の自転車の補助輪をとった時の後ろの支えを離す要領)
なんの問題もなく歩いていた。

母もごきげんだ。
あれこれ楽しげに話していて、ふと見ると、
先日持って行った手鏡が片付けられている。
どうしたの?使わないの?と聞くと、
「髪は伸び放題のばさばさだし、顔も眉毛がぼさぼさでうぶ毛で薄汚いないから、
 鏡は見たくない。」
と言う。

婦長さんに院内の美容院か理髪店に連れて行ってもいいか相談してみた。

車イスを使ってならOKだとのこと。
さっそく昨日のうちに予約をいれ、今日連れて行った。
行きは看護士さんがわざわざ付き添ってくれた。

美容院に予約をいれていたのだが、
ちょっとたてこんでいたようで、少し時間がかかると言う。
美容師さんは、
「なんならお隣の理髪店のほうに行っていただいてもいいですよ。
 そのほうが待たずにできますよ。」
とすすめてくれた。

理髪店のほうはご夫婦でやっておられて、
幸いお客さんはいなかった。

理髪店でカットするのはなぁ…
とはじめは躊躇していた母だが、
「顔剃りも一緒にしてもらえばいいじゃん」
と言う私の提案で納得。


念願の、ヘアカットをしてもらう、嬉しそうな後ろ姿。



眉毛も整えてもらい、気にしていたうぶ毛もきれいに剃ってもらい、
すっきりしたようだ。
理髪店の奥さんのお世辞半分とはいえ、
「鼻筋のとおったきれいな顔立ちですね」
「小顔でお若い頃は随分おきれいだったでしょ?」
などのトークにご満悦の母。

病室に戻り、さっそく片付けてしまってあった手鏡を出して、
ためつすがめつ自分の顔を見ていた。

そういう余裕が出てきて本当に良かったと心から思う。

夫の病気の再発については、母には伝えていない。
今は呑気にのんびりと過ごしてもらいたいと思っている。


夫のほうは、10月1日から検査入院をすることになった。
ちょうど、その日からPET検査という、
身体の隅々までガン細胞を調べることができる機械を
導入するということで、
精密検査の日をその日まで延ばすことにしたのだ。
一刻を争うような状況ではないので、
この際最新式の検査で、詳しく調べてから治療方針を決めるほうがいいと
担当の先生はおっしゃった。

おそるおそる私は、
「今回のこの再発で、命に関わるようなことはありませんか?」
と聞いてみた。
「それはないですよ。大丈夫。
 ひつこいガン細胞ではありますが、また頑張ってやっつけましょう」
と、先生はにっこり笑った。

2回目に再発したときに、かなりきつい治療をしたにもかかわらず、
こうして4回目も出てくるというのは、
かなりたちの悪いタイプらしい。
今回、それをまた強い治療で徹底的にやっつけるのか(ただしリスクが大きい)、
ほどほどの治療で(そうするとまた数年後出てくるらしい)様子を見るのか、
検査をしてからみんなで話し合うことになった。


母のことがうまく行っているので、
きっと夫のこともうまく行く。
そんなふうに思うことにした。


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第二の劇団時代(波瀾万丈編) 番外編 スリリングな舞台の巻 つづき

2007年09月11日 | 日常
前回のお話 第二の劇団時代(波瀾万丈編) 番外編 スリリングな舞台  ぽちっと

こわもての「その筋の事務所に所属している」夫妻が入居してきてから、
稽古場での私たちはかなりびくついていた。
向こうも、私たちをとって食おうと思っているわけではないと思うが、
芝居好きでないものにとって、
劇団の稽古場から漏れる音は騒音に過ぎないだろうというやましさがあり、
いつすごまれても仕方ないと思っていた。
なるべく稽古中の音は絞り、
出入りは迅速かつ静かにを心掛けるようにした。

私たちの心配をよそに、
その筋の事務所の仕事が忙しいのか、
こわもてさんと出くわすことはなかった。
私たちの稽古時間は平日は夜から深夜。
日曜祭日は、昼間から夜。
ちょうどそれはこわもてさんの仕事時間でもあるようだった。

よかった。

私たちは安堵した。

そして、公演当日となった。
お客さんも8割方入り、演目も私たちの自信作だった。
客席は多いに盛り上がり、
舞台上の役者もノリにノっていた。
私は、スポットライト担当で客席の後方で、
ライトを操作していた。

芝居も佳境に入り、ヒロイン役のアラレちゃんのモノローグが始まってすぐのことだった。

客席入り口のドアがすごい勢いで開かれた。

「ばっきゃろ~~っ!!!
 うるせぇ~っ。
 何考えてるんだ。やめろ、やめろ!」

もともとのこわもてを百倍くらいこわもてにした、
こわもてさんがそこにいた。

あまりのことにそのまま固まる舞台のアラレちゃん。

お客さんの半分くらいは、
「もしかして、これは演出?」と思い、ちょっとわくわくし、
あとの半分は、
「わ~、なんか大変なことに巻き込まれるんじゃないの?」
という不安で身を固くしていた。

私は、スポットライトを持ったまま、
心臓がばくばくしていた。

「おいっ、責任者!
 あ~ん?出てこんか、責任者っ!
 だいたい、普通の住民がいる中で、こんなことやってていいのかっ!」

顔を真っ赤にして、怒鳴り散らすこわもてさん。

役者として出演していた代表のかかしさんが、
舞台を下りて、こわもてさんのほうに駆け寄った。

「すみません。申し訳ありません。
 とにかく劇場の外でお話を伺います。」

いったん、音楽はきられ、照明がつけられた。

かかしさんは、こわもてさんに米つきバッタのように頭を下げながら、
劇場の外へ出て行った。

「申し訳ございません。
 しばらくそのままお待ちください。」

残った役者たちがお客さんに謝る。
ざわつく観客席。

公演が続けれられないかもしれない。
いや、それよりかかしさんは大丈夫だろうか。
怒り狂ったこわもてさんに、暴力をふるわれるのではないだろうか?
心配したロボットさんも、劇場の外へ出て行った。

芝居が途切れて、怒ったお客さんが帰ってしまうのではないかと心配したが、
幸い誰ひとり劇場から出る人はいない。

よく考えると、劇場の外には怒り狂ったこわもてさんがいるのだ。
その横を通って、帰るのはかなり勇気がいる。
そんなこんなもあって、
舞台上の役者も、舞台裏のスタッフも、観客席のお客さんも、
みんな息を詰めて、今後の展開を待った。

そしてしばらくして、
ちょっと顔をこわばらせたかかしさんが戻ってきた。

つづく。


 
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第二の劇団時代(波瀾万丈編) 番外編 スリリングな舞台の巻

2007年09月10日 | 芝居
ここんとこずっと、この第二の劇団時代(波瀾万丈編)を
書いていないことに気がついた。

すでにもう、お忘れになっている方や、
初めての方は、カテゴリーの「芝居」のところを読んでいただくと、
結婚前の若かりし頃の私が地元劇団で過ごした日々を綴ったものが読めます。

ということで、今日はその番外編。
これ以上スリリングな思いはできないだろうという
私にとってもお客さんにとっても強烈な舞台の想い出。

私たちの劇団は、その当時地元劇団で初めて、
稽古場兼、常設劇場を持っていた。
繁華街から車で10分ほどの住宅街にある古いスーパーの2階を借りて、
自分たちの手で改装し、
照明設備から音響設備の工事、
客席のベンチまで手作りした。
劇団員は、ひと月一万円の団費を払いそこを維持していた。

猫の額ほどの小さなスペースだったが、
劇団員は、その場所を愛し、守ろうとしていた。
団費だけではもちろん足りないので、
毎月1本新しい作品を上演するという、
今から考えると無謀な挑戦をし、
自転車操業状態で頑張っていた。

大家さんは、それなりに私たちに理解を示してくれていたが、
やはり劇団の稽古や公演で大きな音や振動があると、
他の店子さんたちからクレームがたくさん来た。
稽古場の下はスーパー、
そして上はなんと普通のアパートの部屋だったのである。

よくまぁ、そんなところに劇場を作ったものだと、
今さらながらあきれるのだが、
稽古中に怒鳴りこまれるたびに、
かかしさんとロボットさんが頭を下げ、
音量を調整し、稽古の内容を調整しつつ、
なんとかかんとか、他の店子さんたちとうまくやっていた。

もし私が、上のアパートに住んでいたとしたら、
そのうるささと振動に絶対耐えられないと思う。
なぜなんとかなっていたのかが今となっては本当に不思議である。

さて、そんなある日私たちの稽古場と同じフロアに、
新しくアパートの部屋ができた。

え?
同じフロア?
それはまずいんじゃないだろうか?
大家さんはどういうつもりなんだろう?
いったいどんな人が入居するんだろうか?
同じフロアに、人の出入りがやたら多い、
大きな音で音楽を流したり、
どたどたダンスやマット運動したりする劇団があることを、
納得して入居してくるのだろうか?

私たちは、びくびく様子をうかがっていた。

……入居してきたのは、見るからにこわもての、
いわゆる「その筋の事務所に所属している」
男性と、その奥さんらしき人だった。

そして私たちのイヤな予感は的中することになる。

つづく。



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エゴ

2007年09月09日 | 日常
夫はいつもと同じように、忙しく過ごしている。
いくつかの稽古をかけもちし、
家にいるときは電話でうちあわせしたり、
パソコンに向かって書き物をしている。

私もなるべくいつもどおりにすごそうとしてみた。
ふと時間があいたりすると、
考えてもしかたのないことや、
得体のしれない不安感に包まれてしまうからだ。


今日気がついたことがある。
私がおろおろしているのは、夫のためではない。
本当に大変なのは夫なのに、
私は夫が治療のために不在になる間の
「自分のこと」を心配しているのだ。

家の中の様々なことを切り盛りし、全ての決断を下してきた夫。
闘病中は、それが私の肩にかかってくる。
夫が治療で辛そうにしている様子を、横で見るのは辛い。
泣き言や弱音を言わない人とはいえ、
あきらかに治療中はやつれていき、しんどそうな夫に、
どうすることもできずにいる自分が歯がゆく辛い。
そのことにまた自分が耐えられるのかと、
やはりこれも「自分の」心配をしている。

本来なら、夫の心中を察して、
その悔しさや不安を共感して悲しんだり、
おろおろしたりするのではないだろうか?

ほとほと自分のエゴにいやになった。

「何も心配しないで、あなたは治療に専念して!
 私がついてるから大丈夫よ!」

そんなふうに言えたらどれだけいいだろうか。
言霊という言葉を思い出し、
とりあえず口だけでもそう言ってみることにした。

夫は鼻で笑った後
「無理せんでいいぞ」と言った。




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平常心

2007年09月07日 | 日常
夫は、いつも平常心である。
そこはとても尊敬している。
そのかわり嬉しいことがあっても、
「え?そんだけ?」くらいしか嬉しそうにしないので、
張り合いがないこともない。

それでも、辛いとき、困ったとき、ピンチのときにも、
全く動ぜず、淡々と目の前にあることに冷静に対処するので、
今までどれだけそれに私が助けられたことか。

そして、今日。

やはり夫は平常心である。

大腸のポリープは悪性だった。
それが、4回目の悪性リンパ腫の再発なのか、
それとも別に新たにできたものなのかは、
もっと詳しく検査しないと分からない。
それによって治療方針は変わってくる。
正直私は目の前が真っ暗になり、
嘔吐をし、お腹を壊した。
これまで、夫の病気が再発するたびに、
夫はけろりとしているのに、
私がおろおろし、おそらく神経性の胃炎からくる嘔吐をしてきた。
今回も同じである。
「お前が体調崩してどうする」
と夫に言われる。

状況に納得し、覚悟が決まり、腹が据わると、
私の体調はもとに戻る。
そのためには少しだけ時間が必要だ。

悪いところは治療すればいいだけのこと。
今できる最善を尽くすだけ。
どうなるか、どうするか、現時点で自分たちには分からないことを、
あれこれ心配しても仕方ない。
週明けに、主治医の先生に相談しにいくことになっている。

入院治療になるのか、手術するのか、
通院で抗ガン剤治療になるのか、
今は分からない。

夫は今5本の舞台の企画に、様々なかたちでかかわっている。
それらをどうするのか、
事務所の経理事務などをどうするのか、
考えていると私は手が震えてくる。
これも毎度のことである。
これまでの3回もなんとかしてきたので、
多分またなんとかなるのだと思う。
そう思いたい。
でもやはり、手が震える。

夫は、いつもどおり私がいれたお茶を飲み、
わんこを抱いて、テレビを見ている。

なるようにしかならないんだから、
じたばたするな。
落ち着け。
夫の横顔がそう言っている。


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