おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「私の男」  桜庭一樹

2011年03月10日 | さ行の作家
「私の男」 桜庭一樹著 文藝春秋社 2011/03/09読了 

 なんか、しばらく前に話題になった作品だったなぁ―と思ったら、2007年の直木賞受賞作でした。マグマがフツフツと沸いてくるような、不気味なパワーを感じる作品です。書き手の底力も伝わってくる。でも、読み終わってため息が出るというか… 言葉では表現しきれない疲労感が残る作品。私は好きになれなかったです。

 1983年の北海道南西沖地震による津波で家族を失って孤児になってしまった花は、親戚の腐野淳悟のもとに引き取られていく。この時、花9歳、淳悟24歳。

 物語は花の結婚式を間近に控えて、花の婚約者と養父・淳悟が顔を合わせる場面から始まる。この時点で花と淳悟の間にはただならぬ爛れた空気が漂っていることが伝わってくる。何しろ、花にとって、養父の淳悟は「私の男」なのだ。そりゃあ、24歳の男が、9歳の女の子を引き取ることになれば、早晩、父としての役割よりも、欲望のはけ口として少女を見るようになることであろうことは想像に難くない。

物語は、時計の針を逆戻しするように、少しずつ、9歳と24歳の2人が出会う瞬間に向かって遡っていく。それにつれて、花と淳悟の関係が、常人の私が想像したほどに単純なものではなく、もっとプリミティブで、もっと倒錯的なものであることが明らかになっていく。読んでいて、生理的に「気持ち悪い」と感じるばかりでなく、「ありえないでしょ!」と突っ込みを入れたくなる場面多数。

 小中学生の子どもは、あくまでも子どもであって、尋常ではない状況に陥っていることを他人に気取られることなく日常生活を送れるほどには感情や行動のコントロールができなないと思うのです。淳悟という人物の常軌の逸し方が異常であることは言うまでもないのですが、私には、むしろ、中学に上がるか上がらないかのうちから、「現実」と「倒錯」を器用に行き来する花という存在の方が、一段と現実離れしたあり得ない存在に思えました。

まぁ、でも、やっぱり、好きになれない最大の理由は、理屈では単純に「気持ちわり~」と感じてしまうということです。



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