おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「悪貨」 島田雅彦

2010年08月10日 | さ行の作家
「悪貨」 島田雅彦著 講談社 (10/08/09読了)

 私にとっては、初の島田雅彦作品。いかにも恬淡とした印象の文体が、この人の「味」なのだろうか? 正直なところ、文章はあまり私好みではないし、ストーリーとしてツメが甘いところもあるような気がするのですが… それでもなお、不思議な魅力と、不気味さに惹き込まれる作品です。

 社会への不満と、貨幣経済の在り方に疑問を抱いた日本人の若者が、中国人の犯罪組織の手先となり、中国で日本円の偽造を指揮する。高い技術を持つにも関わらず、正当に評価されていない紙漉き職人や印刷工をリクルートし、高性能の偽札鑑定機をもすり抜ける超精巧な偽札を400億円作る。

 最初、実験として100万円を東京の公演のホームレスに渡した時は、悪貨は、何人かの人生を狂わせただけだった。しかし、それが数百億円規模になると、ハイパーインフレを引き起こし、日本経済そのものを狂わせていく。

 では、もしも、日本経済を転覆させる目的で、国家ぐるみで偽札製造して、国家ぐるみでマネーロンダリングをしたとしたら…いったい、何が起こるんだろう-と、あながち、ありえなくもない想像をして、ちょっと薄ら寒い気持になる。

 ストーリーの中で、中国が日本の地方債を買いまくっていて、日本そのものを買収しようとしているという記述がありました。個人的には、あまり、おどろおどろしい陰謀説のようなものには肩入れしたくないけれど、2010年8月9日の日経夕刊のトップ記事の見出しは「日本国債購入、中国、上半期で1.7兆円」でした。もちろん、それは、欧米の金融市場が混乱する中で、日本が資金の逃避先になっているというだけのことなのですが(それに、日本の国債発行残高から見たら1.7兆なんて、はしたガネ)…みんながみんな日経の中身まで熟読しているわけでもなし、時代の流れをうまく取り入れた、アジテーション力のある物語だとは思います。

 なのに、「いやいや、警察の捜査って、そんなに、犯罪者に都合よく、特定のところにだけ抜け穴つくりませんから!」「海外送金で、自分が持ち込んだ紙幣そのものを、指定した団体に送るなんてことはできないでしょう!?」と突っ込み入れたくなるところ多数。もう少し、そういうところをツメれば、もっと読者の気持ちをかき乱せたかもね…と思います。あとは、人物描写というか…心情をじっくり描きこんで欲しかった。面白いけれど、中途半端に薄味な印象でした。

 この本で一番センスがいいなぁと思ったのは、本に挟み込まれていた栞。まさに、ストーリーにピッタリの「偽札風栞」なのです。もちろん、日銀や金融庁や警察庁から叱られない程度の偽札なのですが、最初に見た瞬間はハッとしました。




2 コメント

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読むのをやめます (古河)
2010-08-13 21:29:08
『 悪貨 』 は気になっていた小説です。著名な作家の作品ですが、ツメの甘い部分が多いとのご指摘。肩すかしを喰う読後感が待ち構えているようですので、読むのをやめようかと思います。
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世間的には高評価です。 (おりおん。)
2010-08-14 10:58:48
古河さま。コメント有難うございます。「悪貨」世間的には、結構、高評価ですよね。私は、相当、濃い目の味付けが好きなのでイマイチかなぁと思いましたが、あくまでも、好き好きの問題だと思います。

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