東北関東で起きた大震災は、日を追うごとにその被害の甚大さを思い知ることになりました。
いろいろな方法で、情報を得ながらさがしている母の安否はまだ確認されていません。たくさんの方にご心配おかけしていますが、残念ながらまだいいニュースはお伝えできずにいます。どこかで、辛抱強く生きていることを祈るのみです。
そんなわけでわたしも、何をすべきか、を迷いながらいたずらに日が過ぎていくという気がしてあせっています。現地に行くことも考えましたが、近隣市に住む弟や妹でさえ、行けずにいるのに交通手段のないわたしが行ってもおそらく現地にはたどりつけないし、かえって迷惑をかけてしまうでしょう。
ここ三木でわたしができることは何だろうと考えてみました。
阪神淡路のときは、みきは救援物資の集積と仕分けの場所でした。各地から送られてくる物資を仕分けするボランティアに通ったのを思い出します。
その後は、被災地に近いということで炊き出しを持って被災地に向かいました。そしてあまりテレビにうつらないような避難所を回って御用聞きを市、必要なものをききとって届けました。
その後は、全国のネットを使ってこちらの情報をお伝えしたり、子どもの本を送ったり送られた理の橋渡しをしました。
又三木に避難してきて、転校してきている子どもたちを招待して、一緒にたのしむイベントなどもやりました。
その後は、県で立ち上げた、災害救援専門ボランティアの事務局となり、ボランティアの方々との橋渡しの仕事をしていました。そのなかで研修やイベントもしてきました。
また市民活動では、災害時におこる女性特有の支援もしてきました。災害時やその後の復興時におこるさまざまな課題、たとえば女性に必要な、医療や生活用品の対応、プライバシーを守れないことから来るトラブルや性的な被害予防への対処など、今後に活かしたい教訓もたくさんありました。
その中で今、わたしができることは何だろうと考え始めました。
社協では災害支援の募金活動が始まっています。
そして今朝のrfuruyaさんからの情報。さすが武雄ははやい!
自治体としてできることをすぐに打ち出しています。きのうわたしも民生の委員会(消防や病院)で質問しましたが、消防では実際に救急援助隊として派遣したりしているそうです。
しかし武雄のような自治体としての取り組みは、三木市はこれからだと思われます。
これは、他人事といってる場合ではない。日本国中がいや世界中が皆で取りくまなければならいおおきな問題です。
私たちが何ができるかを考え行動しなければならないと思います。私は何ができるのか
今わたしの知りうる情報を、テレビとは違う小さな情報を、できるだけ間近におつたえすることかな、と思います。
そして三木でできることをそのなかから見つけ出したいと思います。限られた情報ではありますが、すぐにでも必要な支援が何かをまずは見つけたい。
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