「まち研明石」20周年のつどいが明石市のグリーンヒル明石で開かれた。参加者は200人くらいはいただろうか。明石市の市民、行政職員、議員、組合の幹部、企業の方、県職員など他業種の方たちが一同に介しての集まりだった。
まち研明石は1989年にまちづくり研究会として立ち上げ、その後明石まちづくり研究所と改称したが、毎月2回の定例会を重ねて、その回数は440回になろうとしている団体である。
シンポジウムには
井戸兵庫県知事
北口明石市長
中川加西市長
清水播磨町長
古谷稲美町長
がパネラーとして参加。
市民主体の街づくりと行政の役割について討論がなされた。
討論というより、それぞれの立場での報告と現状把握、今後の方向性という形を
それぞれが話されたという印象だったが、これらの市町に近いわが三木市の首長なら、どう語られるだろうか、などと思いながら話を聞かせていただいた。
感想
シンポジストのメンバーもさることながら、参加者の多様なメンバーが一同に介して、「市民主体のまちづくり」を市民の団体が主催されることが、すごい!と思った。今回コーディネーターをつとめられていた代表の松本さんは、かつて現明石市長と、市長選を争っていた関係である。行政とこの団体は必ずしも親密ではなく、
緊張関係もあったと推察される。しかし、それはそれとして、きちんと論議の場に
招き、またそれに答えて参加するという、大人の関係ができていることに敬意を表したいとおもう。
1部のシンポジウムでは、タイトルにあったように、市民主体のまちづくりとは何か?というところからはじまり、どのようなしくみをつくっていったか、というようなやり取りがあり、財政や情報開示、市民が参加しやすいしくみづくりなどが出された。
特に予算編成時の、議会や市民への情報公開や、広報のしかたなど具体的なところに関心があった。
振り返って三木では、こうした論議の場が極端に少ない。同じグループ、集団では論議しているのかもしれないが、違う立場の人と、同じテーマで継続して論議していくことが、あまりに少ない。だから、お互いの非難や中傷が先行するような気がしてならない。
それは議会にも言えることで、何が市民の要求であり、声なのかを、しっかり捕らえたうえで論議しなければならないと思う。
まち研明石は1989年にまちづくり研究会として立ち上げ、その後明石まちづくり研究所と改称したが、毎月2回の定例会を重ねて、その回数は440回になろうとしている団体である。
シンポジウムには
井戸兵庫県知事
北口明石市長
中川加西市長
清水播磨町長
古谷稲美町長
がパネラーとして参加。
市民主体の街づくりと行政の役割について討論がなされた。
討論というより、それぞれの立場での報告と現状把握、今後の方向性という形を
それぞれが話されたという印象だったが、これらの市町に近いわが三木市の首長なら、どう語られるだろうか、などと思いながら話を聞かせていただいた。
感想
シンポジストのメンバーもさることながら、参加者の多様なメンバーが一同に介して、「市民主体のまちづくり」を市民の団体が主催されることが、すごい!と思った。今回コーディネーターをつとめられていた代表の松本さんは、かつて現明石市長と、市長選を争っていた関係である。行政とこの団体は必ずしも親密ではなく、
緊張関係もあったと推察される。しかし、それはそれとして、きちんと論議の場に
招き、またそれに答えて参加するという、大人の関係ができていることに敬意を表したいとおもう。
1部のシンポジウムでは、タイトルにあったように、市民主体のまちづくりとは何か?というところからはじまり、どのようなしくみをつくっていったか、というようなやり取りがあり、財政や情報開示、市民が参加しやすいしくみづくりなどが出された。
特に予算編成時の、議会や市民への情報公開や、広報のしかたなど具体的なところに関心があった。
振り返って三木では、こうした論議の場が極端に少ない。同じグループ、集団では論議しているのかもしれないが、違う立場の人と、同じテーマで継続して論議していくことが、あまりに少ない。だから、お互いの非難や中傷が先行するような気がしてならない。
それは議会にも言えることで、何が市民の要求であり、声なのかを、しっかり捕らえたうえで論議しなければならないと思う。