もんく [とある南端港街の住人になった人]

前の記事の (仕事は人に) の続き

前の記事のように書いてしまうと「そりゃ絶対日本の方が良いよ」とみなさん言うに決まっている、と気付いた。役所の窓口で担当が休みで明日また来てくれと言われる事を考えれば、だいたいそう思うはずだ。どうしたって日本が良いと言うだろう。


ただ、実際にマレーシアで生活してみて思うのはマレーシア式がそんなに悪いとは感じられない。むしろマレーシアの方が良いかもしれない。


窓口で担当が休みは確かに困るけれども、少なくともマレーシアのその担当者はたしかに普通の人間だと感じることができる。買い物でも役所の窓口でも気持ち良く用を済ます事ができるのは日本より絶対にマレーシアなのである。

逆に日本はどうかと言うと、確かに窓口は開いている。うまくすれば簡単に用が済む。が、それでも特に快適さは感じられない。なぜかと言うと、その相手がゴーストだからだ。窓口で対応してくれる担当者は人ではなくて、その役職の皮を被った"誰か"である。その人は"いらっしゃいませ"と丁寧に挨拶してくれるがそれはATMの画面のアニメが"いらっしゃいませ"と言うのと何ら違いはない。コンビニの店員もレストランのウェイターも同じようだ。

ファストフード店のメニューにスマイル0円となっていて、そう言う発想もたいしたものではあるがそのスマイルは確かにアルバイトとして機械的に作られるスマイルに過ぎず0円でそれが買えたからと言ってうれしいものでもない。


マレーシアにはそう言う発想は無くて、店員さんでもバスの中でたまたま隣り合った人でも公務員でも、皆人間としての微笑みをくれる。店員さんはお客であるこちらが知らずに不利な買い物をしそうになった時には、特に訓練されたわけでもないのに"こっちのが良いわよ"と勧めてくれたりする。ゴーストにはこんな事は絶対にできはしない。


日本のサービスは優れていると言う人が多いけれども、日本のその優れたサービスとやらは将来全てロボットに置き換えられるだろう。マッサージがマッサージチェアやマッサージ器になって満足するのは他のやり方を知らない日本人だけかもしれない。(それを機械に置き換えられない事に感づいた人は人にマッサージしてもらう方を選ぶのだと思うが、そっちもだんだんとコンビニ的なサービスになりつつあるとしたら・・・)


長く書いたけれども、要はマレーシア式にも良いところが多くあると言うことだ。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「3年目に突入マレーシア」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事