すっかり恒例行事のようになってしまった伊豆大島名物の
ワンパックのアイス。
1度書けば充分と言われそうなものですが、そうでもないのでまた登場。
戦後、日本の食糧事情はずいぶんと発展しました。
(通常、こう言うことについてこう言う書き方をするときは、”食糧事情”とは言わず”食文化”と言うのが正しいのでしょうか。しかしここではなぜか食糧事情と言いたい。)
今の日本には世界中から美味しいものが何でも入って来ます。しかし、ちょっと前にはそうでもありませんでした。そのちょっと前と言うのはどんな時代か、平成生まれのやっと選挙権をもらえたヒヨコさんたちには想像もつかないことでしょう。デパートのみならず、スーパーの棚にパルマ産の生ハムが並んでいるとか、フォションのグースパテとか、パリのショコラティエさんが作ったチョコレートとかそういった、いわゆる本場の食品を昭和のかなり後期にだって目にすることはありませんでした。
あの時代のハムと言えば肉や塩以外にいろいろな物質を入れて水増しされたものでしたし、ラーメンも何やらラーメン”らしき”物体で、チョコレートはチョコレートもどき、その他の食品も概ねそんなものでした。つまりは日本はその経済力に比べて乏しい食糧資源を何とかそう言う水増し、捏造で乗り切ってきたわけです。それが悪いわけじゃありません、必要だったと言うことです。
ただそのやり方があまりに進んでいるものですから、豊かになった現在でもその技術による産物がたくさん出回っていてどちらかと言うと主流になっているのだと思います。
そう言うわけで、こうしたアイスクリームでもたくさん人に食べてもらおうとして作る場合はどうしても何らかの水増しの手段がとられることが多いものです。最初はそうでなくても、だんだんとそうした方向に傾いていく例はたくさんあるように感じられます。
そうしたやり方がこの国では一般的であるにも関わらず、なぜかこの”ワンパック”のオヤジはその反対をやりたがる性質があるようです。今回のアイスクリーム(モナカとカップ)では、何を考えたか高価な塩がこれまでよりたくさん使われているのが食べてみてよくわかります。その他のチーズなりクリームなりコーヒーなりそう言った材料がどうも濃くなっているようにも感じられて、触感が以前と違うようでもあります。
普通、食べ慣れると同じに作られたものでもどんどん薄く感じられるものなのですが、ワンパックのオヤジはきっと自分の舌が物足りなくなってきてしまって、それを補いたい衝動を抑えられずどんどん濃くしてしまっているのではないでしょうか。
食べているだけのこちらにはそのメリットは大きいのですが、たぶん、売っても儲からなくなっているはずです。そう言うわけで、食べるごとに進化を続けているので、恒例のようにまたこうして書かざるを得ないのであります。