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もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

猫はいたか?

2008-06-23 19:47:37 | いろいろ雑記帖
ゴッホ絵にネコ存在の可能性(中国新聞) - goo ニュース

ゴッホ:「ドービニーの庭」には猫がいた?(毎日jp)


以前、恐山でゴッホに会った時にこの件について話したことがある。
私がなぜかを尋ねたところ、ゴッホは言った。
ゴ「私は同じような絵を描くことはあっても、それを同時に描くことはできないんだよ。筆を持つ手は1本しかないのだからね。」
私「どう言うことですか?」
ゴ「いやね、1枚目を描いた時には猫が歩いていたんだが、2枚目にとりかかった時にはもう歩き去ってしまったのさ。猫は歩くものだからね。」

残された時間

2008-06-20 00:06:25 | いろいろ雑記帖
今年はエドがランニングー 日テレ「24時間テレビ」(共同通信) - goo ニュース

「エドはるみ」と言う人はすごいなあ。
「私には残された時間が少ないから」と、他の若手芸人と比べて自分についてそう言う。彼女の芸が好きではないがその気持ちはよくわかる。何を隠そうここ数年、自分もそんな台詞を言うようになっていた。

外を歩いている自分より年齢の高い人を見て、あそこまであと○○年位、あの人まであと○○年、などと思ってしまう。最近話題の後期高齢者とか年金とかそう言った話題を新聞やテレビで見るとさらに身近に感じることもある。


また、こんな事も思うようになった。先日久しぶりに車を運転した時に「こうして生きていられるのも偶然なのだなあ」と。

多くのドライバーさんたちは安全運転しているから大丈夫と思っているだろうけれども、それは間違いで、多分ラッキーなだけ。ちょっとだけ注意が反れた瞬間、ちょっとしたあるタイミング、そんなどうにもしようのないものにある確立で遭遇するか、それともまだしていないだけの違いでしかない。


いきなり結論になってしまうけれど、大事なのは時間だけなのだと思う。人生と言う限られた短い時間、それだけ。時間を過ごしてその最後に何かを得るような、算数の問題を解くようなものではなくて、時間をどう使うかだけが価値なのではないのかなあ、と。


エドさん、がんばって。