*1年のまとめ
コラム⑧
「心の傷は消えない」 (2012・2・18)
昨日2月17日、アンソロジー刊行会の<朝鮮学校への「高校無償化」制度即時適用を求める詩人の要請書>と、賛同者名、125名の貴重なコメントを携え、河津聖恵さんはじめ詩人、歌人4名とウリハッキョ支援者3名で文科省と内閣府で要請を行った。
約束の10分前、文科省に着くと、すでに東京の朝青トンム達が胸に無償化除外反対のゼッケンを着けプラカードとハンドマイクを手に、寒空の下、元気一杯のシュプレヒコールを行っていた。若者達の力強い支援を受けた私たち一行は百人力を得て、彼らの想いを胸に、中に入った。私たちが要請を続けている間も、彼らのシュプレヒコールは院内にまで途絶える事無く届き、力を添えてくれた。
院内の一室(2年前と同じ部屋)で要請が始まった。まず河津さんが要請書を浪々と読み上げ、力強い要請の火蓋を切った。次に残りの6人が交代で次々と発言した。
私は日本の最高教育機関である文科省が2年間も、事あるごとに政治問題と絡め、朝高生たちへの無償化問題を延ばし延ばししている間に、それを良い口実にして、大阪、東京をはじめ、地方の自治体が何十年も続いてきた助成金をカットしたり、停止している問題に対してどう責任を取るのかと詰め寄った。
又、1昨日、宝塚での神戸朝高生達の素晴らしい吹奏楽演奏と、司会をしていた女学生が無償化から除外されている問題に触れた時、民族を愛するものは未来に夢を持ってはいけないのかと絶句したことに触れ、私たち大人が未来ある学生たちにこんな悲しい思いをさせて良いのか、彼らが受けた心の傷に誰が責任を取るのかと問いただした。
又、日本政府は日本の子供たちをどんな人間に育てようとしているのか、無償化除外を続けることにより、朝鮮の子供達には差別をしてもいいんだという風潮を撒き散らし、公然といじめを助長してきた罪は重いと発言した。そして、もうお願いはしない。当然の権利である無償化を即時適用するよう求めた。
要請参加者がすべて各々の立場での思いをぶっつけ、あっという間に40分が過ぎてしまった。内閣府でも同じような要請が続いた。
内閣府では担当の人が無償化自体が無くなるかも知れないというような主旨のことを云ったので、私達は尚更、怒りを抑えることが出来なかった。担当の人達は勿論、何か決定する権限がある訳では無いということを分かりながらも、逃げ腰な態度に怒りをぶっつけざるを得なかった。
同行した日本の方が、日本の未来が心配だ、日本の子供達が朝鮮人に対する公然とした差別を目の当たりにしながら、どんな人間に育っていくだろうかと不安でならないと発言したとき、本当にそのとおりだと思った。
要請が要請したという事実だけで終わってはならない。子供達が受けた心の傷を決してそのままにしてはならない、最後までたたかわねばと心に誓い東京を後にした。
コラム⑧
「心の傷は消えない」 (2012・2・18)
昨日2月17日、アンソロジー刊行会の<朝鮮学校への「高校無償化」制度即時適用を求める詩人の要請書>と、賛同者名、125名の貴重なコメントを携え、河津聖恵さんはじめ詩人、歌人4名とウリハッキョ支援者3名で文科省と内閣府で要請を行った。
約束の10分前、文科省に着くと、すでに東京の朝青トンム達が胸に無償化除外反対のゼッケンを着けプラカードとハンドマイクを手に、寒空の下、元気一杯のシュプレヒコールを行っていた。若者達の力強い支援を受けた私たち一行は百人力を得て、彼らの想いを胸に、中に入った。私たちが要請を続けている間も、彼らのシュプレヒコールは院内にまで途絶える事無く届き、力を添えてくれた。
院内の一室(2年前と同じ部屋)で要請が始まった。まず河津さんが要請書を浪々と読み上げ、力強い要請の火蓋を切った。次に残りの6人が交代で次々と発言した。
私は日本の最高教育機関である文科省が2年間も、事あるごとに政治問題と絡め、朝高生たちへの無償化問題を延ばし延ばししている間に、それを良い口実にして、大阪、東京をはじめ、地方の自治体が何十年も続いてきた助成金をカットしたり、停止している問題に対してどう責任を取るのかと詰め寄った。
又、1昨日、宝塚での神戸朝高生達の素晴らしい吹奏楽演奏と、司会をしていた女学生が無償化から除外されている問題に触れた時、民族を愛するものは未来に夢を持ってはいけないのかと絶句したことに触れ、私たち大人が未来ある学生たちにこんな悲しい思いをさせて良いのか、彼らが受けた心の傷に誰が責任を取るのかと問いただした。
又、日本政府は日本の子供たちをどんな人間に育てようとしているのか、無償化除外を続けることにより、朝鮮の子供達には差別をしてもいいんだという風潮を撒き散らし、公然といじめを助長してきた罪は重いと発言した。そして、もうお願いはしない。当然の権利である無償化を即時適用するよう求めた。
要請参加者がすべて各々の立場での思いをぶっつけ、あっという間に40分が過ぎてしまった。内閣府でも同じような要請が続いた。
内閣府では担当の人が無償化自体が無くなるかも知れないというような主旨のことを云ったので、私達は尚更、怒りを抑えることが出来なかった。担当の人達は勿論、何か決定する権限がある訳では無いということを分かりながらも、逃げ腰な態度に怒りをぶっつけざるを得なかった。
同行した日本の方が、日本の未来が心配だ、日本の子供達が朝鮮人に対する公然とした差別を目の当たりにしながら、どんな人間に育っていくだろうかと不安でならないと発言したとき、本当にそのとおりだと思った。
要請が要請したという事実だけで終わってはならない。子供達が受けた心の傷を決してそのままにしてはならない、最後までたたかわねばと心に誓い東京を後にした。
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