旅日記④ 津和野、長門峡、広島で (2012・4・9)
4日、お天気は晴天、雲ひとつ無い。昨日の暴風が嘘のようだ。旅の疲れが全く無い。移動は勿論野樹さんちの車だが、名所名所でどれほど歩いたかわからないのに心がリフレッシュされ全く疲れを感じないのだ。
津和野に行った。まずは五重の塔のある瑠璃光寺だ。五重の塔と周りの景色との調和があまりにも美しくてしばし池の辺りの岩の上に腰掛け、時を忘れぼーっと眺めた。春爛漫!日本にはこんなに素晴らしい所が一杯あるのだ。この世に居る間にどれほどの風景を眼に収めることができるだろうか。
「綺麗ねぇ。」を連発しながら雲ひとつ無い空を見上げた。次に行ったのは長門峡だ。
そりゃ心が洗われるはずだ。橋の名前が洗心橋だった。
次に訪ねたのは森鴎外の生家と記念館だが記念館に高い入場料を払ってまで入るほどのファンはいなかったので外からだけ眺めた。
津和野や萩の街並みは城下町を思わせる風情があった。ツワブキの料理で有名なお店に案内されたが残念、お休みだったので適当なお店でうどんを食べた。この街では鯉を放し飼いにしているがまるまる太りすぎて少し嫌だった。なんでも程々が良い。
昼食後、「安野光雅美術館」に入り、安野さんの素晴らしい作品に触れた。作品のジャンルがとても豊富で源氏物語を絵画にしていると思えば小学生向きの挿絵や洋画もあり、あまりにもの素晴らしさに一体どんな人生を歩んで来られたのかに興味が湧き、河津さんと半分ずつ出し合って、自叙伝のような本を買った。
そのあと、教室のような図書室で彼の作品が掲載された本を沢山見させてもらい、安野さんが自らナレーションをされたプラネタリウムでしばし時を忘れた。あまりにも気持ちが良くて、全員しばらく寝入ってしまっていた。
全ての名所巡りが終わり広島に向かったのだが、友人たちとの待ち合わせまで時間が1時間以上あったので野樹さんちに寄って陸史君のピアノ演奏を聞かせていただくことになった。3歳のころから他人とのコミニュケをとるため音楽教室に通わせたそうだが、今はピアノ演奏がとても好きになって有名な「エリーゼのために」や「トルコ行進曲」を楽譜を見ながら勝手に弾けるようになったそうだ。
演奏は素晴らしかった。とても小学2年生が我流で弾きこなしたとは思えなかった。私は陸史くんは天才だと思う。私たちが写っている写真はほとんど全部、彼が撮影した。秋芳洞の案内の時も感じたが彼はきっと博士になると思った。
広島ではメル友の原畑さんと産婦人科医の河野先生が食事会を開いてくださった。
原畑さんは2010年11月21日「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」の広島朗読会で知り合い、その後一年間私の詩のブログを作って「ふるさとへの道 1,2」を毎日更新してくださった方だ。今年の1月5日に自分でブログ「ニョニョのひとりごと」を立ち上げるまで原畑さんのお蔭で毎日詩を書く楽しみを味あわせていただいた。
河野先生は原畑さんのブログを通じて私の初めての日本語の詩「ふるさと」に触れられお知り合いになったばかりか、昨年11月27日ソウルでの朗読会にまで駆けつけて下さった方だ。広島ブログでは毎日ご本人のブログ「河野美代子のダイアリー」がダントツ人気ナンバーワンだ。
2時間ほどの間、楽しい食事会が続いた。河野先生は全国を回りながら性教育に関する講演を続けていらっしゃるばかりか最近は福島のお母さんと子供たちとの交流を深め、専門医の診察を受けさせたり食事の世話をされたり励まし続けていらっしゃる。本当に素晴らしいお医者さんだ。名残惜しかったが夜9時3分広島発の新幹線に乗って出発した。3日間の素晴らしい旅はきっと大きなエネルギーになるはずだ。お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。(終)
4日、お天気は晴天、雲ひとつ無い。昨日の暴風が嘘のようだ。旅の疲れが全く無い。移動は勿論野樹さんちの車だが、名所名所でどれほど歩いたかわからないのに心がリフレッシュされ全く疲れを感じないのだ。
津和野に行った。まずは五重の塔のある瑠璃光寺だ。五重の塔と周りの景色との調和があまりにも美しくてしばし池の辺りの岩の上に腰掛け、時を忘れぼーっと眺めた。春爛漫!日本にはこんなに素晴らしい所が一杯あるのだ。この世に居る間にどれほどの風景を眼に収めることができるだろうか。
「綺麗ねぇ。」を連発しながら雲ひとつ無い空を見上げた。次に行ったのは長門峡だ。
そりゃ心が洗われるはずだ。橋の名前が洗心橋だった。
次に訪ねたのは森鴎外の生家と記念館だが記念館に高い入場料を払ってまで入るほどのファンはいなかったので外からだけ眺めた。
津和野や萩の街並みは城下町を思わせる風情があった。ツワブキの料理で有名なお店に案内されたが残念、お休みだったので適当なお店でうどんを食べた。この街では鯉を放し飼いにしているがまるまる太りすぎて少し嫌だった。なんでも程々が良い。
昼食後、「安野光雅美術館」に入り、安野さんの素晴らしい作品に触れた。作品のジャンルがとても豊富で源氏物語を絵画にしていると思えば小学生向きの挿絵や洋画もあり、あまりにもの素晴らしさに一体どんな人生を歩んで来られたのかに興味が湧き、河津さんと半分ずつ出し合って、自叙伝のような本を買った。
そのあと、教室のような図書室で彼の作品が掲載された本を沢山見させてもらい、安野さんが自らナレーションをされたプラネタリウムでしばし時を忘れた。あまりにも気持ちが良くて、全員しばらく寝入ってしまっていた。
全ての名所巡りが終わり広島に向かったのだが、友人たちとの待ち合わせまで時間が1時間以上あったので野樹さんちに寄って陸史君のピアノ演奏を聞かせていただくことになった。3歳のころから他人とのコミニュケをとるため音楽教室に通わせたそうだが、今はピアノ演奏がとても好きになって有名な「エリーゼのために」や「トルコ行進曲」を楽譜を見ながら勝手に弾けるようになったそうだ。
演奏は素晴らしかった。とても小学2年生が我流で弾きこなしたとは思えなかった。私は陸史くんは天才だと思う。私たちが写っている写真はほとんど全部、彼が撮影した。秋芳洞の案内の時も感じたが彼はきっと博士になると思った。
広島ではメル友の原畑さんと産婦人科医の河野先生が食事会を開いてくださった。
原畑さんは2010年11月21日「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」の広島朗読会で知り合い、その後一年間私の詩のブログを作って「ふるさとへの道 1,2」を毎日更新してくださった方だ。今年の1月5日に自分でブログ「ニョニョのひとりごと」を立ち上げるまで原畑さんのお蔭で毎日詩を書く楽しみを味あわせていただいた。
河野先生は原畑さんのブログを通じて私の初めての日本語の詩「ふるさと」に触れられお知り合いになったばかりか、昨年11月27日ソウルでの朗読会にまで駆けつけて下さった方だ。広島ブログでは毎日ご本人のブログ「河野美代子のダイアリー」がダントツ人気ナンバーワンだ。
2時間ほどの間、楽しい食事会が続いた。河野先生は全国を回りながら性教育に関する講演を続けていらっしゃるばかりか最近は福島のお母さんと子供たちとの交流を深め、専門医の診察を受けさせたり食事の世話をされたり励まし続けていらっしゃる。本当に素晴らしいお医者さんだ。名残惜しかったが夜9時3分広島発の新幹線に乗って出発した。3日間の素晴らしい旅はきっと大きなエネルギーになるはずだ。お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。(終)
ついつい退屈で昨年のブログなんて再掲いたしました。久しぶりに読み返したら楽しかった日本の方々との生まれて初めての旅行が思い出されました。
私たちもどこかへ出かけましょうね。
心が洗えますね。
オンニョさんの詩友が全国にいらっしゃるのがわかります。
雨の日はさすがに撮影の散歩も出来ないですね。
私のように新参者にはこういう以前の「日記」も楽しみです。