あけぼの

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城壁の街で温故知新~西安~

2015-11-15 12:59:20 | 旅行記、多文化教育、国際

 大兵馬俑坑 写真1.大兵馬俑坑 2.修復が終わり出番を待つ俑たち 「これを見に来たんです!」秦の始皇帝の陵墓を守る軍団、大兵馬俑。中国は桂林、無錫、広州、北京、上海と随分古くから訪問してきた筆者だが、「ここを見なければ死ねない」とやってきた西安は中国一の古都、かつての唐の都、長安だ。まずは大兵馬俑へ。1987年に世界文化遺産に登録されたが、眼下で土埃にまみれた等身大の俑(人形)軍団が同方向を向き整列する光景は威容だ。日に平均5000人、多い日には10万人見物に来るとか。1号坑の後ろから入り正面へ。正面では人の肩越しがやっとだ。俑は全部で8000体、1号坑に6000体立つそうだが、発掘されたのは3分の1。後方には発掘作業が見え、横たわった俑も修復が終わり出番を待つ俑もある。戦士や隊長の顔も装備もリアル、微笑んだ兵士もいる。万里の長城を築いた始皇帝は巨大な墓を造りつつ永遠の生命を願い「宮殿だけでなく宇宙までも地下に作ろうとした」と学習院大の鶴間教授は新聞紙上で解説していたが、始皇帝はこの地下に静かに眠っているそうだ。

電気自転車のバックに点滴中の男 古寺の近くには高層ビルが回民街 

西安は一周14キロの城壁に囲まれた街、林立するビル街の合間に由緒ある古寺が大切に保護されている。この城壁の下を南の城門から西の城門まで歩いたが、一昔前の写真では自転車通勤群に圧倒されたが現今は車と電気自転車の洪水だ。車の販売が促進され、渋滞や駐車場不足が問題のようだが、なんと電気自転車の後ろに点滴中の人が跨いでいた。外堀に沿って美しい公園があり、体操や踊りをしている。踊りの音楽が騒音公害だそうだ。西安市の花は石榴、沿道には石榴屋さんが軒並みだ。一軒のおじさんと目があったら追っかけて来たので4こ20元(400円)で買った。ここのはシャキッと美味で病みつきになり、滞在中むさぼり食べた。続く(彩の渦輪)

 


青春の瞬間が蘇った3日間、その勢いで検査もクリア!とは行きかず…

2015-11-11 10:51:04 | 旅行記、多文化教育、国際

講演後参加者に抱きつかれ胸のチェが困った顔をしている今月に入って出ずっぱりでBlogをご無沙汰した。西安の兵馬俑や空海記念のお寺等を訪問して帰国後、青春時代の瞬間を味わう日が3日間続いた。そのI.6日大学時代の近辺在住同期生5人と横浜で会った。この日は我々夫婦の結婚記念日、集まる仲間の殆どは夫に先立たれた未亡人、というわけで、異文化夫婦の我々ながら54年も続いた感謝をこめて筆者の友人たちにご馳走したいと夫が思い立ち、サプライズ参加、笑声の絶えない会となった。そのII.7日、翌日は横浜線の中山にて筆者のミニ講演会、オーストリアで予期せず3回会った陽子さんがお膳立てしてくれた講演会のタイトルは「泣き笑い挑戦人生:未来への扉」。若い人が多く50人弱集まっておられた。副題には1、自己の壁に挑戦、2.年齢の壁に挑戦、3.文化の壁に挑戦、4.挑戦に適齢期なし、5.未来への扉:自己実現と共生活動の交点、とした。参加型にしたので質問やご意見も多く大変活発だった。「人生は壁乗り越える泣き笑い」だが筆者は今では文化の壁も年齢の壁もあまり意識しない。還暦博士号を取得した娘に84歳の母が揮毫した「静かな泉の水は涸れる:Constant renewal keeps the oasis alive」も刺激になり得たかな?「私の名前はです。涸れないよう日夜努力します」と若い参加者が言ってくださったけれど。この講演会でも我が青春の1コマ1コマが戻ったのは、年齢の壁の説明で、アメリカにおける58-60歳での苦しい博士課程、“Course Work-Comprehensive Exam-Proposal-Research-Defenseを説明していた時だ。午前2時に就寝、6時にはもう起きた最後の数か月の瞬間、瞬間が胸にキュンと戻ったからだ。年齢無関係、必死の努力こそ青春だ。参加者にインド系アメリカ人、クリシュナンさんがいてwriting comprehensive exams, a proposal for a dissertation, and a dissertation defense were part of my own past.  と彼も懐かしんでいた。そのIII.8日は同窓会ゆえこの日も青春!そのIV.9日は検査入院。これも青春の身体に戻ってクリアだ!と希望的観測をしていたが、どうもそうは問屋が…人間万事塞翁が馬。(彩の渦輪)