講演後参加者に抱きつかれ胸のチェが困った顔をしている今月に入って出ずっぱりでBlogをご無沙汰した。西安の兵馬俑や空海記念のお寺等を訪問して帰国後、青春時代の瞬間を味わう日が3日間続いた。そのI.6日、大学時代の近辺在住同期生5人と横浜で会った。この日は我々夫婦の結婚記念日、集まる仲間の殆どは夫に先立たれた未亡人、というわけで、異文化夫婦の我々ながら54年も続いた感謝をこめて筆者の友人たちにご馳走したいと夫が思い立ち、サプライズ参加、笑声の絶えない会となった。そのII.7日、翌日は横浜線の中山にて筆者のミニ講演会、オーストリアで予期せず3回会った陽子さんがお膳立てしてくれた講演会のタイトルは「泣き笑い挑戦人生:未来への扉」。若い人が多く50人弱集まっておられた。副題には1、自己の壁に挑戦、2.年齢の壁に挑戦、3.文化の壁に挑戦、4.挑戦に適齢期なし、5.未来への扉:自己実現と共生活動の交点、とした。参加型にしたので質問やご意見も多く大変活発だった。「人生は壁乗り越える泣き笑い」だが筆者は今では文化の壁も年齢の壁もあまり意識しない。還暦博士号を取得した娘に84歳の母が揮毫した「静かな泉の水は涸れる:Constant renewal keeps the oasis alive」も刺激になり得たかな?「私の名前は泉です。涸れないよう日夜努力します」と若い参加者が言ってくださったけれど。この講演会でも我が青春の1コマ1コマが戻ったのは、年齢の壁の説明で、アメリカにおける58-60歳での苦しい博士課程、“Course Work-Comprehensive Exam-Proposal-Research-Defenseを説明していた時だ。午前2時に就寝、6時にはもう起きた最後の数か月の瞬間、瞬間が胸にキュンと戻ったからだ。年齢無関係、必死の努力こそ青春だ。参加者にインド系アメリカ人、クリシュナンさんがいてwriting comprehensive exams, a proposal for a dissertation, and a dissertation defense were part of my own past. と彼も懐かしんでいた。そのIII.8日は同窓会ゆえこの日も青春!そのIV.9日は検査入院。これも青春の身体に戻ってクリアだ!と希望的観測をしていたが、どうもそうは問屋が…人間万事塞翁が馬。(彩の渦輪)