私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Sebastian Bach: Flötensonaten
Raumklang RK 9701
演奏:Michael Form (Blockflöte), Fabio Bonizzoni (Cembalo)

バッハは1720年前後にフラウト・トラベルソを使用するようになったが、それ以前の管弦楽曲やカンタータではリコーダーを編成していた。その境目を成しているのは、ケーテンの宮廷楽長であった時期で、ブランデンブルク協奏曲では、第2番と第4番でリコーダーを起用している一方で、第5番ではフラウト・トラベルソを独奏楽器に採用している。しかしフラウト・トラベルソのためのソナタは作曲したが、リコーダーのための作品はない。バッハは、独奏楽器のためのソナタを、おそらくはヴァイマール時代の後期には作曲していたと思われるが、作曲に際しては、当該楽器の特定の奏者の存在が前提となっていたと思われ、優れたリコーダー奏者が身近にいなかったために、リコーダーのための独奏曲は作曲しなかったのかもしれない。あるいは、独奏楽器としてリコーダーの表現力に限界を感じていた可能性もある。
 今回紹介するCDは、バッハのフルートのためのソナタをリコーダーで演奏したドイツ、ラウム・クラング盤である。バロック時代のフラウト・トラベルソとアルト・リコーダーでは、その基音が異なり、フラウト・トラベルソはd’、アルト・リコーダーはf’で短三度高い。音域には大差はなく、ジャック・オットテールの「フルートの原理(Principes de la Flute...)」によると、フラウト・トラベルソはd’ – g’’’、アルト・リコーダーはf’ – g’’’である。従って、リコーダーでバッハのフルート・ソナタを演奏する際には、最低音がe’、es’(dis’)、d’である場合は移調するか、基音がd’のヴォイス・フルートを使用する必要がある。ただそれだけではなく、指使いの関係で演奏が極めて難しくなる場合もあり、その場合も移調あるいは基音の異なる楽器を使用する必要がある。バッハの作品の場合最低音は、通奏低音を伴うホ長調のソナタ(BWV 1035)がe’、オブリガート・チェンバロを伴うロ短調のソナタ(BWV 1030)がfis’である以外はすべてd’である。
 収録されている曲は、無伴奏のソナタイ短調(BWV 1013)を短三度高いハ短調に移調して、通奏低音を伴うホ短調(BWV 1034)とホ長調(BWV 1035)、オブリガート・チェンバロを伴うロ短調(BWV 1030)とイ長調(BWV 1032)のいずれも新バッハ全集の第VI部門第3巻に掲載されている5曲である。
 バッハのフルートのための作品については、この「私的CD評」ですでに詳しく触れた*。新バッハ全集の上記の巻でフルートと通奏低音のためのソナタハ長調(BWV 1033)、フルートとオブリガート・チェンバロのためのソナタ変ホ長調(BWV 1031)、ト短調(BWV 1020)が除外された理由は、様式批判に基づきバッハの作品ではないと主張したハンス・エプスタインの影響が強いが、これらの作品が除去されたことに関しては、根強い反対意見があり、特にドミニク・ザックマンとジークベルト・ラムペによって明らかになった、クヴァンツが考案したes’キー付きのフラウト・トラベルソとシャープ3つ以上の調性の作品との密接な関係など、バッハの真作とする意見を支持する研究が現れたこともあって、BWV 1020以外の2曲は、新バッハ全集第VI部門第5巻「種々の室内楽作品」に収録されることとなった**。したがって、このCDに収録されている5曲が、バッハの独奏フルートのためのソナタのすべてではない。
 演奏をしているのは、ドイツ、マインツ生まれのリコーダー奏者ミヒャエル・フォルムとイタリア人のチェンバロ奏者ファビオ・ボニッツォーニである。いずれも中世からバロックの古楽器演奏の教育を受け、ヨーロッパ各国で様々な演奏会、アンサンブルとの共演を行っている。
 演奏されているリコーダーは、いずれもオーストラリアのフレデリック・モーガンの工房作のもので、ブレッサンタイプのf’管、ビゼイタイプのe’管、それにブレッサンタイプのd’管のヴォイス・リコーダーである。シャルル・ジョセフ・ビゼイ(Charles Joseph Bizey, c. 1695 – 1758)は、フランスの代表的な木管楽器製作者で、通常そのアルト・リコーダーは、当時のフランスで一般的であった現在のピッチより全音低いa’ = 392 Hzのf’管として製作されているので、この場合も同様と思われ、現在のピッチより半音低いa’ = 415 Hzで見ると、e’管となる。従って、このCDにおける演奏のピッチは、a’ = 415 Hzであると考えられる。チェンバロは、1715年にチューリンゲン、グロースブライテンバッハのヨハン・ハインリヒ・ハラスによって製作されたものを、ザクセン、タムメンハインのマルティン・シュヴァーベの工房で複製したものである。
 録音は1997年1月にハレのパウロ教会で行われた。ラウムクラングは、1993年に創設されたドイツのレーベルで、その名前”Raumklang”(空間の響き)は、このレーベルの録音の方針を示すもので、1個のステレオ・マイクによって、何ら加工を加えることなく、自然な演奏空間の響きを捉える録音を行っている。レパートリーは、いわゆる「古楽」をオリジナル楽器によって演奏したものに限っている。このCDは、現在もウェブサイト上のカタログに掲載されており、購入可能である。

発売元:Raumklang

* 「バッハのフルートのための作品について ー 原典の状態(その1)」、「バッハのフルートのための作品について ー 原典の状態(その2)」「バッハのフルートのための作品 ー 真作か否かを巡る論議(その1)」「バッハのフルートのための作品 ー 真作か否かを巡る論議(その2)」、「バッハのフルートのための作品 ー 真作か否かを巡る論議(その3)」、「「バッハのフルート・ソナタを有田正広の演奏で聴く ー その1」「バッハのフルート・ソナタを有田正広の演奏で聴く ー その2

** エプスタインの論文は:Hans Eppstein "Studien über J. S. Bachs Sonaten für ein Melodieinstrument und obligates Cembalo", Acta Universitatis Upsaliensis, Studio musicologica Upsaliensia, Nova Series 2, Uppsala, 1966, "Über J. S. Bachs Flötensonaten mit Generalbaß", Bach-Jahrbuch 1972, p. 12 – 23, "Zur Problematik von Johann Sebastian Bachs Flötensonaten", Bach-Jahrbuch 1981, p. 85、ザックマン・ラムペの論文は:Dominik Sackmann und Siegbert Rampe "Bach, Berlin, Quantz und die Flötensonate Es-Dur BWV 1031", Bach-Jahrbuch 1997, p. 51 – 85

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