私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




S. Bach • Weltliche Kantaten
Archiv 457 348-2
演奏:Dorothea Röschmann (Sopran), Axel Köhler (Altus), Chrostoph Genz (Tenor), Hans-Georg Wimmer (Baß), Ex Tempore (Chor), Musica Antoque Köln, Reihard Goebel (Leitung)

ベルリンの国立図書館に保存されている世俗カンタータ「鳴り交わす弦の相和した競演(Vereinigte Zwietracht der wechselnden Saiten)」(BWV 207)の自筆総譜と完全なオリジナルのパート譜は、この作品の成立事情だけでなく、演奏の際の編成の規模も示していて、非常に興味深い。
 1726年12月8日付けでライプツィヒ大学の法学の准教授に任命されたゴットリープ・コルテ(Gottlieb Kortte, 1698 - 1731)は、12月11日に就任を記念する講義を行った。このカンタータは、その当日かその何日後かに初演されたと思われる。注文したのは、おそらくコッターの教え子の学生と思われる。歌詞の作者は分かっていないが、バッハの多くのカンタータや受難曲などの作詞を手がけたクリスティアン・フリートリヒ・ヘンリーツィ(Christian Friedrich Henrici, 1700 - 1764)の可能性がある。オリジナルの総譜やパート譜には一部しか記されていないが、「幸福、勤勉、感謝、名誉」を比喩的に表現した4人の人物による対話の形式をとっている。
 完全な形で残っているパート譜を見ると、第1、第2ヴァイオリン各3枚、ヴィオラ2枚、通奏低音4枚が含まれており、編成も声楽4部、トランペット3、ティンパニ1、フラウト・トラヴェルソ2、オーボエ3(1枚は「ダ・モーレ」という追記がある)、ターユ1、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ、ファゴット、鍵盤楽器となっている。この編成から推察すると、屋外で演奏されたように見えるが、初演が行われたのは12月であり、屋外で行われたとは考えにくい。大学の施設で演奏するには、教授会の承認が必要で、この様な私的な催し物が許可されるとは思われず、コッターの自宅あるいは他の場所であったろう。
 この作品は後に、ザクセン選帝候兼ポーランド国王アウグストII世の命名祝日を祝うカンタータ「陽気なラッパの高らかな響き(Auf, schmetternde Töne der muntern Trompete)」(BWV 207a)として、おそらく1735年8月3日にツィンマーマンのコーヒーハウスでバッハが指揮するコレーギウム・ムジクムによって演奏された。選帝侯はこの演奏には臨席せず、当時ワルシャワにいた。この演奏には、もとのカンタータのパート譜がほとんどすべて流用され、3つのレシタティーフの声楽部と通奏低音を記した全紙1枚と、新たな歌詞を付けた声楽4部が作られた。
 自筆総譜には、冒頭に標題を記入した表紙を兼ねた全紙に「行進曲(Marche)」が記入されている。カンタータと同じ楽器による41小節の短い曲である。そしてこの曲は、オリジナルのパート譜には存在しない。そのため、この曲が実際にどのように演奏されたのか、カンタータの演奏に先立って演奏されたのか、独立して演奏されたのか、判断する手掛かりがない。使用されている用紙は、本体とは異なっているようで、この用紙や筆跡等から作製された時期を特定することが出来ず、1735年の「陽気なラッパの高らかな響き」への流用の際に付け加えられたとも考えられる。新バッハ全集では、BWV 207、BWV 207aともに全曲の後に付録として掲載されている。
 このカンタータの第1楽章は、ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調(BWV 1046)の第3楽章に合唱を組み込んで作曲されたものである。この様な転用は、「合唱組み込み(Choreinbau)」と呼ばれ、既存の器楽曲に合唱を付け加えたもので、他にも管弦楽組曲第1番ニ長調(BWV 1069)の序曲が、降誕節第1日のカンタータ「我らの口は笑いに満ち(Unser Mund sei voll Lachens)」(BWV 110)の第1楽章の合唱として転用されているような例がある。原曲のブランデンブルク協奏曲第1番の第3楽章では、2本のホルンが演奏するパートがトランペットに置き換えられ、3本のトランペットとティンパニに増強されている。さらに第5楽章のソプラノとバスのアリアに、同じブランデンブルク協奏曲第1番の第4楽章の第2トリオが、独立したリトルネッロとして、トランペット2、オーボエ・ダ・モーレ2、オーボエ・ダ・カッチャ1と弦楽器によって演奏される。ブランデンブルク協奏曲は、他にも第1番の第1楽章と第3番の第1楽章が、カンタータの冒頭のシンフォーニアとして転用されている。
 バッハの世俗カンタータの演奏については、いままでにも触れたことだが、女声の独唱者、混声合唱という編成が、いわゆるオリジナル編成を謳う演奏で、何の疑問もなく行われているが、宮廷において演奏された作品は別にして、ライプツィヒの公式行事等の機会に演奏されたカンタータの場合は、その演奏形態を充分に検証してみる必要がある。バッハが活動していた当時のライプツィヒには、オペラが無く、職業的なオペラ歌手は居なかったはずである。オーケストラは、町庸楽士とライプツィヒ大学の学生からなるコレーギウム・ムジクムで構成されていたと思われる。 それに、何らかの方法で収入を得ていた町庸楽士に属さない音楽家が存在していたようである。その内の何人かは、名前や活動時期も分かっている。 しかし独唱者、合唱は、職業的な男性の歌手、それとおそらく大学生によって担われていたと思われる*。トーマス学校の合唱団は、教会における任務もあり、教会外の合唱まで歌う余力はなかったと考えるべきであろう。独唱、合唱とも、ソプラノやアルトも男性の歌手が歌っていたと考えるのが自然である**。この様な状態を反映した世俗カンタータの録音は、いままで行われたことがないようである。したがって、残念ながら、バッハの世俗カンタータを聴く場合には、真の意味での「オリジナル編成」は期待出来ないのが現実である。
 今回紹介するCDは、ムジカ・アンティクヴァ・ケルンの演奏によるアルヒーフ・レーベルの2枚組で、他に「狩りのカンタータ」(BWV 208)、「フェープスとパンの争い」(BWV 201)、「喜んで舞い上がれ(Schwingt freudig euch empor)」(BWV 36c)、「結婚クォドリベット」(BWV 524)が収録されている。ムジカ・アンティクヴァ・ケルンは、1973年にラインハルト・ゲーベルによって結成されたアンサンブルで、1978年にアルヒーフ・レーベルと専属契約を結んだ頃から広く知られるようになり、編成や構成員の変動はあったものの30年以上にわたって活動し、2006年に解散した。競演をしている合唱団「エクス・テムポ-レ(Ex Tempore)」は、1989に組織されたベルギーの合唱団で、幅広いレパートリー、特に17世紀から18世紀の音楽を演奏する混声合唱団である。独唱者はここには紹介しないが、それぞれオペラや声楽曲の歌手として活動している。
 録音は1996年11月と1997年1月に分けてケルンで行われた。ラインハルト・ゲーベルが指揮するムジカ・アンティクヴァ・ケルンの演奏は、速いテンポの活気に満ちた華やかなもので、人によって好みが分かれる点はあるが、世俗カンタータの演奏としては聞き応えがある。BWV 207では、冒頭に「行進曲」が演奏されている。ただこの処置は、第1楽章の効果を弱めているように思える。このCDは、現在もアルヒーフ盤として販売されている。

発売元:Deutsche Grammophon Archiv

注)作品の成立事情については、新バッハ全集第I部門第37巻「ザクセン選帝候一家のための祝祭音楽」と第38巻「ライプツィヒ大学の式典のための祝祭音楽」のヴェルナー・ノイマンによる校訂報告書(1960年、1961年刊行)を参考にした。

Hans-Joachim Schulze, “Bachs Aufführungsapparat - Zusammnensetzung und Organisation”, Die Welt der Bach-Kantaten Band III Johann Sebastian Bachs Leipziger Kirchenkantaten, J. B. Metzger/Bärenreiter in Gemeinschaft mit The Amsterdam Baroque Orchestra & Choir 1999

** アンナ・マグダレーナ・バッハは、バッハと結婚した当時、歌手として活動しており、結婚後もケーテン宮廷から俸給を受けていた。このアンナ・マグダレーナが、ライプツィヒの公式行事等に演奏された世俗カンタータで歌っていた可能性を指摘する意見もあるが、それを示す記録や証言は残っていない。

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