Music by Bach’s students
Glossa DGC 920802
演奏:Wilbert Hazelzet (traverso), Jaques Ogg (harpsichord), Jaap ter Linden (violoncello)
バッハには、ミュールハウゼンの聖ブラジウス教会のオルガニストであった頃に弟子となったヨハン・マルティン・シューバルト(Johann Martin Subart, 1690 – 1721)に始まり、多くの弟子がいたが、それらの中で作品を残している音楽家となった者も多くいる。今回紹介するCDには、そのような弟子達が作曲したフルートのためのソナタが収録されている。ここに収録されている作品の多くは、1760年代に作曲されたもので、時代的にはギャラント様式が支配的であったが、バッハの弟子達の作品は、まだ対位法的要素を含んでいるものが多い。
まず、ヨハン・フィリップ・キルンベルガー(Johann Philipp Kirnberger, 1721 - 1783)であるが、フリートリヒ・ヴィルヘルム・マープルク(Friedrich Wilhelm Marpurg, 1718 – 1795)によれば、1739年にライプツィヒに来てバッハの弟子となり、作曲と鍵盤楽器を徹底的に習ったという。後にむしろ音楽理論家として知られ、多くの著書がある。1751年以来ベルリンに住み、一時プロイセンの宮廷楽団に属し、1758年からは、プロイセンのアンナ・アマリア姫の音楽教師となった。今日ベルリンの国立図書館に収蔵されている膨大な音楽蔵書である「アマリア蔵書(Amalienbibliothek)」の形成に貢献した。また、ベルリンでは、カール・フィリップ・エマーヌエル・バッハやヨハン・ヨアヒム・クヴァンツと交流があり、作品の中には、10曲のフルートのためのソナタが含まれている。このCDに収録されているのはその内の1曲、フラウト・トラベルソと通奏低音のためのソナタト短調で、自らが発行する「音楽雑記(Musikalisches Allerlei)」の第17巻、1761年3月3日号に掲載された。他にチェンバロ独奏で、フーガへ短調も収められている。
ヨハン・ゴットリープ・ゴールトベルク(Johann Gottlieb Goldberg, 1727 - 1756)は、バッハの「ゴールトベルク変奏曲」によってその名が知られているが、幼くしてヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵(Reichsgraf Hermann Carl von Keyserlingk, 1696 - 1764)にその才能を見出されて、宮廷鍵盤楽器奏者として召し抱えられ、バッハのもとに送られたと伝えられているが、その時期や期間は必ずしも明らかではない。カイザーリンク伯爵の住むドレースデンには、当時ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハが聖母教会のオルガニストとして活動しており、伯爵とも交流があったので、ゴールトベルクの指導もしていたのではないかと考えられている。1756年に若くして死亡したゴールドベルクの作品は、それほど多く残っていないが、このCDに収録されているトリオ・ソナタハ長調は、1950年に刊行されたヴォルフガンク・シュミーダー編纂のバッハ作品総目録(BWV)にBWV 1037として掲載されていた。そこでは「バッハの作であることが充分には確認されていない(ゴールトベルク作?)」と記されている。この混乱の原因は、1761年のブライトコプのカタログにゴールトベルク作とされていることや、18世紀後半に作製された複数の筆写譜にゴールトベルクの名が記されていることによる。バッハの作と見なされていたことがあることから分かるように、1750年代の若い作曲家の作品としては、古い様式の作品である。
カール・フリートリヒ・アーベル(Carl Friedrich Abel, 1723 - 1787)は、バッハがアンハルト=ケーテン候の宮廷楽長であった時期に、その宮廷楽団に属するガンバ、チェロ奏者であったクリスティアン・フェルディナント・アーベル(Christian Ferdinand Abel, 1682 - 1761)の息子で、実際にバッハの弟子であったかどうかは明かではない。しかしバッハの推薦で、ドレースデンの宮廷楽団の指揮者、ヨハン・アドルフ・ハッセ(Johann Adolph Hasse, 1699 - 1783)の許で、1748年から1757年まで宮廷楽士として雇用されていた。その後南ドイツの幾つかの場所やパリを経て1759年にロンドンに渡り、ガムバやバリトンの奏者として成功した。1762年にバッハの末息子、ヨハン・クリスティアン・バッハがロンドンに来てアーベルと会い、すぐに友人となり、1764年に「バッハ・アーベル・コンサート」を企画し、イギリス最初の予約演奏会として大成功を収めた。この様に、アーベルは厳密にはバッハの弟子とは言えないが、このCDには、フラウト・トラベルソと通奏低音のためのソナタホ短調作品6の3が収録されている。この曲は、1763年にロンドンで作曲された。作風は、バッハの影響を残す対位法的要素よりも、多感様式の要素が強い。
ヨハン・ルートヴィヒ・クレープス(Johann Ludwig Krebs, 1713 - 1780)は、バッハのヴァイマール時代に、ヨハン・ゴットフリート・ヴァルターの弟子で、同時にバッハの教えも受けた、ヨハン・トービアス・クレープス(Johann Tobias Krebs, ca. 1690 - 1762)の息子で、1726年にライプツィヒのトーマス学校に入り、バッハのもとでトーマス教会合唱団に加わり、バッハの教会カンタータなどの写譜にも従事した。1735年からはライプツィヒ大学で哲学を学び、1737年にツヴィカウのマリア教会のオルガニストに就任するまでバッハの弟子であった。父親のヨハン・トービアスが作製し始めたバッハやヴァルターの作品などを含む手稿を、ヨハン・ルートヴィヒが引き継ぎ、それによってこれらの手稿は、バッハの初期から成熟期のいたる多くのオルガン、鍵盤楽器のための作品の重要な原典となっている。このCDに収録されているのは、フラウト・トラベルソとチェンバロのためのソナタ・ダ・カメラ第4番ホ短調で、1761年の作とされている。この作品は、バッハの影響が感じられる反面、明らかに多感様式を感じさせる。作品として充実しており、このCDの中で最も質の高い作品と言えるだろう。
ヨハン・ゴットフリート・ミューテル(Johann Gottfried Müthel, 1728 - 1788)は、1747年にメクレンブルク=シュヴェーリン公爵、クリスティアン・ルートヴィヒII世の宮廷楽士、オルガニストに任命され、1750年5月に1年間の学習のためライプツィヒに送られ、バッハの最後の弟子となった。しかしそれは3ヶ月ほどであった。その後バッハの弟子で、娘婿であるヨハン・クリストフ・アルトニコル(Johann Christoph Altnickol, 1720 - 1759)に教えを受け、後にはカール・フィリップ・エマーヌエル・バッハと親交を結んだ。ミューテルの作品は、ほんの僅かしか出版されず、広く知られることはなかった。このCDに収録されているフラウト・トラベルソと通奏低音のためのソナタニ長調は、数少ない器楽曲の内の1曲である。しかしこの曲には、バロック様式は感じられない。曲名には通奏低音と記されているが、独奏楽器のフラウト・トラベルソにチェロとチェンバロの伴奏が付いていると言って良い。チェロとチェンバロの「通奏低音」声部は、フラウト・トラベルソの独奏中に、しばしば休み、「通奏」していないのである。そして声部としての独立性が、ほとんど無い。
これらの生前のバッハと何らかの関係があった音楽家達による1760年代の作品を聴くと、その多くは依然としてバロック時代の様式を残している曲が多いが、その一方で、時代は確実に次の時代へと移行していることを感じることが出来る。
このCDで演奏しているのは、いずれもオランダのオリジナル楽器奏者である。先ずウィルベルト・ハーゼルゼットはデン・ハーグ生まれのフラウト・トラベルソ奏者で、長らくムジカ・アンティクヴァ・ケルンに属していた。演奏している楽器は、1760年頃にドレースデンのC. A. グレンザーが製作したフラウト・トラベルソを1990年にブリュッセルのアラン・ウィーメルスが複製したものである。ジャック・オグは、マーストリヒト生まれのチェンバロ、フォルテピアノ奏者で、アムステルダム音楽院でグスタフ・レオンハルトに学んでいる。演奏している楽器は、1700年頃にベルリンのミヒャエル・ミートケが製作したチェンバロを、1992年にオランダ、ツッフェンのヤン・カルスベークが複製したものである。チェロを演奏しているヤープ・テル・リンデンは、ムジカ・アンティクヴァ・ケルン、イングリッシュ・コンサート、アムステルダム・バロック・オーケストラの主席チェロ奏者を務めるなど、多くの団体で演奏している。演奏している楽器は、1765年頃にアムステルダムのヨハネス・テオドルス・クイペルスが製作したチェロである。
グロッサ・レーベルのCDは、ライブ録音が多いが、このCDは、1997年にオランダ、デフェンテールの洗礼教会において録音された。このCDは、残念ながら現在Glossaのウェブサイトのカタログには掲載されていない。
発売元:Glossa
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