私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Harpsichord Music by the Young J. S. Bach
Hänssler Edition Bachakademie CD 92.102
演奏:Robert Hill (Harpsichord)

すでに「バッハの初期のオルガン及び鍵盤楽器のための作品について」の項で説明した、バッハの初期の作品の原典として重要な「メラー手稿」と「アンドレアス・バッハ本」に含まれているバッハの最も初期の鍵盤楽器のための作品を収録したCDとしては、今回紹介する、2000年のバッハ死後250年の機会に発売されたヘンスラー社の「エディション・バッハアカデミー」のシリーズの1枚が、最も優れた企画であろう。このCDでチェンバロを演奏しているロバート・ヒルは、1953年生まれのアメリカの鍵盤楽器奏者、音楽学者で、アムステルダムのスウェーリンク音楽院で、グスタフ・レオンハルトにチェンバロ演奏の教えを受け、1974年にソロイストの学位を受けている。1987年には、ハーヴァード大学から「メラー手稿」と「アンドレアス・バッハ本」に関する研究論文*で学位を受けた。1980年代にムジカ・アンティクヴァ・ケルンと共演するなど演奏家として活動する一方で、現在フライブルクの国立音楽専門学校の教授でもある。このCDの解説書もヒルが書いており、作品に関する造詣の深さを示している。
 収録の曲、先ず「メラー手稿」の中から。カプリッチョ「旅立つ親愛なる兄弟に寄せて(Capriccio. Sopra il Lontananza de il Fratro dilettissimi)」(BWV 992)は、長らくバッハの兄ヨハン・ヤーコプ・バッハ(Johann Jacob Bach, 1682 - 1722)が1704年にスウェーデン軍に入隊してポーランドに向かう際に作曲されたと考えられて来たが、この作品の曲想に、軍隊や戦争を表現したものがなく、「親愛なる兄弟(fratro dilettissimo)」という用語の意味が、必ずしも肉親の兄弟を意味しないと言った点から、異論が出されている。しかしこの作品が、「メラー手稿」に掲載されていることから、1703年から1707年頃の間に記入されたものと思われるから、アルンシュタットのオルガニスト時代あるいはそれ以前に作曲されたことは確実と思われる。この作品は、ヨハン・クーナウの「聖書物語」に範をとったもので、各楽章の始めにドイツ語による説明が付されている。最後の2楽章、”Aria di Postiglione”と”Fuga all’imitatione di Posta”は、郵便馬車のラッパの音を模した曲である。「第3旋法による前奏曲とパルティータヘ長調(BWV 833)」と「組曲イ長調(BWV 832)」は、いずれも後の「フランス組曲」、「イギリス組曲」や「6曲のパルティータ」へと繋がる種々の舞曲から成る作品。イ長調の組曲は、各舞曲の完成度が高く、よく言えば「フランス組曲」を10数年先取りしているように思える。「ソナタイ短調(BWV 967)」は、ドメニコ・スカルラッティのような1楽章のソナタ、それに「前奏曲とフーガイ長調(BWV 896)」と「ファンタジート短調(BWV 917)」がある。
 「アンドレアス・バッハ本」からは、まず「組曲(序曲)へ長調(BWV 820)」であるが、これは明らかにフランス音楽からの影響が感じられる作品である。ヒルはこの特徴を生かし、フランスの演奏習慣、例えば同一音価の繰り返しは、付点付きの音と短い音で演奏している。「アリアと変奏イ短調(Aria variata、BWV 989)」は、主題と10に変奏からなる作品であるが、後のバッハの作品と比較すると、極めて単調な変奏である。最後の「ファンタジーとフーガイ短調(BWV 944)」は、同時期の「7曲のトッカータ(BWV 910 - 916)」と共通するところのある作品である。
 これら2つの手稿からの作品を見ると、ケーテン及びライプツィヒ時代のバッハによる作品に比べて明らかに未熟で、手本となったドイツ、フランス、イタリアの作品の影響が、生の形で反映していることが分かる。これらの作品の中には、他の手稿でも伝えられているものもあるが、それに比べると装飾音記号が多く、もしかしたらバッハの兄ヨハン・クリストフ・バッハによって書き加えられたのかも知れない。ロバート・ヒルは、この装飾音を尊重し、装飾記号の少ない曲にも、豊富に装飾音を加えて演奏している。
 演奏に使用しているチェンバロやピッチ、調律については何も記されていない。このCDを含む”Edition Bachakademie”のシリーズは、すべて現在でも入手可能である。

発売元:SCM Hänssler

* Robert Hill, “The Möller Manuscript and the Andreas Bach Book: Two Keyboard Manuscripts from the Circle of the Young Johann Sebastian Bach”, Ph. D. dissertation, Harvard University, 1987

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