私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Johann Sebastian Bach: Frühe Orgelwerke. ORGELWERKE (X)
RICERCAR 246772
演奏:Bernard Foccroulle (Schnitger Orgel der Jacobi Kirche in Hamburg)

前3回の「バッハの初期のオルガン及び鍵盤楽器のための作品について」の項で説明した、バッハの初期のオルガン作品を収録したCDの一つとして今回紹介するのは、リチェルカール・レーベルの、ベルナール・フォクルールがハンブルクの聖ヤーコビ教会のシュニットガー・オルガンを演奏した盤である。このCDには19曲が収録されているが、その多くは1708年にヴァイマール宮廷のオルガニスト兼宮廷楽団員となる以前に作曲されたものである。
 現存する最も古いバッハの作品のひとつと考えられるのが、前奏曲とフーガハ長調(BWV 531)である。この曲は、1700年から1703年の間、したがってリューネブルクの聖ミヒャエル学校在学中に作曲されたものと考えられている。この曲は、バッハの長兄、ヨハン・クリストフ・バッハが作製した、いわゆる「メラー手稿」に含まれている。さらにこの「メラー手稿」にバッハの自筆で記載されている前奏曲とフーガト短調(BWV 535a)がある。この作品は、フーガの途中までしか記入されておらず断片になっている。バッハは後に前奏曲を大幅に拡大し、調性も変更して前奏曲とフーガニ短調(BWV 535)を完成させた。この曲の完成時期ははっきりしないが、1717年以降ではないかという考えがある。このCDには、この完成版が収録されている。さらに「メラー手稿」には前奏曲とフーガニ短調(BWV 549a)が1704年から1707年の間にヨハン・クリストフ・バッハによって記入されている。
 同じくヨハン・クリストフ・バッハによって作製された「アンドレアス・バッハ本」に含まれているファンタージアハ長調( BWV 570)とコラール「神よ、あなたの好意によって(Gott, durch deine Güte)」(BWV 724)がある。これらの作品はバッハがアルンシュタットの新教会のオルガニストであった間の作と考えられている。
 バッハの最も古い自筆譜があり、その上「メラー手稿」にもヨハン・クリストフ・バッハによって筆記されているコラール「なんと美しく輝く暁の星」(BWV 739)は1705年頃の作と考えられている。ノイマイスター手稿に含まれる4曲のコラール(BWV 1102, 742, 714, 737)は、アルンシュタット時代、もしくはそれより早く、すでにオールドルフ(1695年から1700年)で作曲された可能性もあると考えられている。
 前奏曲とフーガニ長調(BWV 532)は、前奏曲とフーガ別々に作曲されたようで、それぞれ別の手稿が多く存在する。前奏曲の始めは、鍵盤楽器のためのトッカータニ長調(BWV 912)の冒頭と全く同じで、いずれかが他からの転用ではないかと思われる。トッカータの古い形(BWV 912a)は、「メラー手稿」に含まれており、1704年から1707年の間に記入されたと思われるが、BWV 532の前奏曲の冒頭は、後の形(BWV 912)と同一なので、後者と同時期に作曲された可能性が高いように思われる。フーガは、前奏曲とは別に作曲されたようで、その作曲時期ははっきりしないが、単一の主題によるフーガで、全体にわたって繰り返しこの主題が使われていて単調な印象がある。その一方、華麗で非常に技巧的なペダル声部が特徴的である。
 コラール「高きにある神にのみ栄光あれ(Allein Gott in der Höh sei Ehr)」による2曲(BWV 715と711)、「讃えられるべきイエス(Gelobet seist du, Jesu)」による2曲(BWV 722と723)それに「私はあなたに別れを告げる(Valet will ich dir geben)」(BWV 735a)は、ヴァイマール時代の作と思われる。
 コラール”In dulci jubilo”(BWV 751)は、ヨハン・ゴットリープ・プレラーによると思われる筆写譜があり、そこでは”In dulci jubilo, nun singet und etc. di Bach”と言う標題があり、それによってバッハの作品として1904年にペータースのバッハのオルガン曲集の第X巻に掲載された。しかし、ノイマイスター手稿にヨハン・ミヒャエル・バッハ作として掲載されており、おそらくこのノイマイスター手稿の作者名が正しいだろう。
 未完の作品「ペダル練習曲(Pedalexcercitium g-moll, BWV 598)」は、カール・フィリップ・エマーヌエル・バッハによって1730年代に作製された手稿があるが、そこには作者名として”Bach”としか記されておらず、おそらくは父の指導の下にフィリップ・エマーヌエルが楽譜にした作品ではないと考えられている。この様に最後に挙げた2曲は、バッハの作品でない可能性が高い。
 1953年ベルギー生まれのオルガニスト、ベルナール・フォクルールは、リチェルカール・レーベルにバッハのオルガン作品全曲を録音しているが、今回紹介するCDもその内の1枚である。演奏しているオルガンは、ハンブルク、聖ヤーコビ教会のシュニットガー・オルガンである。この教会のオルガンは、既存の楽器を修復、拡張する目的で、1689年から1693年にかけてアルプ・シュニットガーによって製作された。第2次世界大戦中に教会が爆撃によって大きな損害を受けた中、幸い戦争が始まってすぐに解体されて、地下倉庫に保管されていたため、破壊を免れた。戦後再建された教会にオルガンも復元されたが、その設置方法は批判の対象となっていた。その上、長らく整備されずに放置されたため、演奏不能の状態にあった。1984年に教会は根本的な復元を決定し、1993年4月11日に落成した。4段鍵盤とペダル、32フィートパイプを含む60のレギスターを有する大規模なオルガンである。ピッチは495.45 Hzのコーアトンで、1/5シントニックコンマ中全音調律である。コラール「なんと美しく輝く暁の星」(BWV 739)の演奏の最後では、星がきらきらと輝くようなツィンベルシュテルンと言う名の鈴の音が聞ける。
 このCDを含め、リチェルカール・レーベルのフォクルールによるバッハのオルガン作品のCDは、現在ほとんど廃盤となっているのは残念なことである。ドイツ各地のオルガンの名器を用いた録音は、ぜひ再版して欲しい。

発売元:RICERCAR

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