私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Clavier-Büchlein für Anna Magdalena Bach 1722
Hänssler Edition Bachakademie CD 92.135
演奏:Mario Videla (Cembalo, Clavichord, Orgel)

現在ベルリンのドイツ国立図書館に収蔵されている手稿(Mus. ms. Bach P 224)は、緑色の紙を貼られた厚紙の表紙に収められた手稿で、その大半はバッハの自筆で書き込まれている。ただこの手稿は、実際の表紙の背の厚さから見て、かなりの部分が欠落しているように見える。1894年にこの手稿の状態について記述しているパウル・グラーフ・ヴァルダーゼーによると、「この冊子は25葉を含み、内48頁は記譜されており、2頁は五線が引かれているが未記入である。すべての用紙は綴じが解けており、用紙の紛失がある。」現在残っている表紙の背の厚さから推察すると、製本時には現存する25葉のおよそ3倍、70葉から75葉あったと思われる。また、巻頭の2葉を始め、何カ所か途中に欠落しているところも見られる。
 表紙の裏には、アンナ・マグダレーナ・バッハの筆跡と思われる「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラフィーア帳。1722年」という記入があり、その下にバッハの筆跡で、神学者アウグスト・パイファーの3つの著作の名が、メモ風に記されている。現在残っている内容は、いわゆる「フランス組曲」の第1番から第5番までの現存する最も古い形態と、いくつかの小曲、および「フランス組曲」の第2番および第3番のメヌエットである。その内「フランス組曲」第2番のメヌエットと別のメヌエットト長調(BEV 841)の記入は、アンナ・マグダレーナの筆跡と思われる。巻頭の2葉の欠落部には、標題と「フランス組曲」第1番の「アルマンド」および次の「クーラント」の最初の部分が記入されていたはずである。さらに、サラバンド、メヌエット1と2、ジークの途中までの後、ジークの後半と第2番のアルマンドとクーラントの始めの部分が記入されていたはずの2葉が欠けている。さらにこの第2番のジークの大半と第3番の途中、クーラントとサラバンドおよびガヴォットの始めの部分が記入されていた1葉ないし2葉が失われている。そしておよそ40葉の紛失した部分は、「フランス組曲」第5番のあとに記入された、「オルガンのためのファンタージア」(BWV 573)と「エアーハ短調」(BWV 991)の後、コラール変奏曲「イエスは我が確信(Jesu, meine Zuversicht)」(BWV 728)の前の部分と思われる。このコラールのあとにメヌエット3曲が記入されているが、その内アンナ・マグダレーナによって記入されている2曲の筆跡は、彼女の現存する筆跡の内でも最も古いもので、遅くとも1725年までのものと思われる。したがって、この1722年の音楽帳は、1725年までにすべて記入され、そのために1725年に新たな音楽帳が作製されたと考えられる。しかしながら、後に紹介する「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳 1725」の記入状態を詳細に観察すると、この1722年に記入し始められた音楽帳に於いても、前から順に最後まで記入されたとは限らないと言う推定も可能であり、そうであれば、もしかしたら、間にまだ記入されない部分がある内に、何らかの事情で、例えばインクをこぼしたとか、何かの液体がしみ込んで、記入が出来なくなり、その部分を取り除いた可能性も考えられる。それは、1736年頃に作製された「マタイ受難曲」(BWV 244)の自筆総譜の前半部分で、用紙が損傷したため、その部分を切り取って新しい紙を貼り、その部分の記譜を再度記入するという補修を行った例からも、あり得ることのように思われる*。
 現在この手稿は、1935年に修復され、綴じ直された状態にある。この欠落、紛失は何時生じたのかを示す痕跡、記録は存在しないが、何時かの時点でフィリップ・エマーヌエル・バッハの手に渡り、その後何人かの手を経て最終的に現在のベルリンの国立図書館に所蔵されることとなった。
この1722年の音楽帳の現在残っている内容は、「フランス組曲」の第1番から第5番までと、6曲の小曲からなっている。これは1725年に記入が始められた音楽帳と共通しており、紛失した部分には、主として小曲が、それも必ずしもバッハの自作ばかりではなく、当時の他の作曲家の作品も含まれていたであろう。しかし、今となってはその内容を知る手掛かりはなさそうである。
 今回紹介するCDは、ヘンスラー社が2000年のバッハの死後250年の年に刊行したバッハ作品全集「エディション・バッハアカデミー」の1枚である。このCDには、以前に「バッハ一家の団欒を反映しているような、アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖」で紹介したノンサッチ盤では省略されていた「フランス組曲」関連の曲もすべて収録されている。ただ、その収録の方法は、元の手稿とは異なっていて、「フランス組曲」は、手稿では欠落している曲も含まれており、手稿では末尾に記入されているメヌエットも、それぞれの組曲に組み込まれている。ただ、「フランス組曲」の様々な写譜では、含まれている曲に相違があり、このCDは、基本的には1722年の音楽帳に含まれていたと推定出来る曲の限っている。「フランス組曲」以外の曲の収録順も、手稿とは異なっている。手稿では断片の「オルガンのためのファンタージア」(BEV 573)と「エアーハ短調」(BWV 991)は、前者はヘルマン・ケラーによる復元が、後者はこのCDで演奏しているマリオ・ヴィデラが復元をしている。
 マリオ・ヴィデラは、1937年アルゼンチン生まれのオルガン、チェンバロ、クラヴィコード奏者で、現在もアルゼンチンを拠点として活動している、南アメリカを代表する音楽家の一人である。アルゼンチンのラ・プラタ国立大学の芸術学部でオルガンを習得し、その後オランダとドイツで学んだ。ヴィデラは、しばしばヨーロッパの音楽祭などにも出演しているようだが、 活動は主としてアルゼンチンであるため、長い活動歴の割には知名度が低いように見受けられる。
 演奏しているチェンバロは、1730年ニコラ+フランソア・ブランシェ作のイギリス、フィンチコックのアドラム-バーネットによる複製(1979年)、クラヴィコードは、1740年ヒエロニュムス・ハス作のメッツドルフによる複製、オルガンはドイツ、バーデン=ヴュルテンベルク州のレオンベルクにあるミュールアイゼン・オルガン製作所が、シュトゥトガルとのソリテューデ城の礼拝堂に設置した2段鍵盤とペダル、22のレギスターを備えた楽器で、録音も当然この礼拝堂で行われた(1999年9月)。チェンバロとクラヴィコードの録音は、1999年7月にアルゼンチン、ブエノス・アイレスのエンリクェ・ラレータ博物館で行われた。各楽器のピッチや音律については、何も触れられていない。

発売元:Hänssler-Verlag

注)「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳 1722」については、新バッハ全集第第V部門第4巻のゲオルク・フォン・ダーデルセンによる校訂報告書(1957年)を参考にした。

* 「マタイ受難曲」(BWV 244)の総譜の状態については「聖金曜日を前にして、バッハのマタイ受難曲」を参照。

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