私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Bach: Magnificat, Händel: “Utrecht” Te Deum
TELDEC DAS ALTE WERK 0630-13573-2
演奏:Nikolaus Harnoncourt, Concentus musicum Wien

バッハは、トーマス・カントールに就任した1723年に「マグニフィカート」を作曲し、キリスト降誕の祝日の晩課で初演した。この時の作品は、ラテン語の典礼文による12楽章に加え、降誕祭のコラールなど4曲が挿入されている。この4曲の挿入により、これが降誕の祝日のための作品であることが分かる。この作品の調性は変ホ長調である。これは現在BWV 243aという作品番号が与えられている。
 そしてそれから10年ほど後、その原典の状態から1732年から1735年の間に、バッハは第2稿の総譜を作製した。この版はニ長調で、ラテン語の典礼文のみの形である。そして1723年の版の場合、第9楽章”Esurientes implevit bonis”で、オーボエ奏者2人がリコーダーに持ち替えて演奏しているところを、フラウト・トラヴェルソに変え、このフラウト・トラヴェルソを他の楽章にも加えている。
 バッハは1723年にこの曲を作曲する際、挿入曲なしに、ラテン語の典礼文のみによって全体を構成していたことが、この新しい版ではっきり理解することが出来る。実際、1723年に作製された自筆総譜は、ラテン語の典礼文のみの形でまず作曲され、そのあとの挿入する4曲が、それぞれその挿入場所を示して記入されている。そして1723年当時のドイツ語の歌詞による教会カンタータとは、かなり異なった曲想である。後のロ短調ミサ曲では、カンタータ同様、独奏楽器と通奏低音の伴奏によるアリアを多用しているが、この「マグニフィカート」では、その様式は第9楽章だけである。
 ところで、この1723年の変ホ長調を1730年代にニ長調に変更したのはなぜか? 実はこの二つは絶対音高では同一であったようだ。つまり、1723年に初演した際は、木管楽器、オーボエ、リコーダー、ファゴットのピッチが、その後ライプチヒの教会で使用されていたものより半音低かったと思われるのである。そのためニ長調より半音高い変ホ長調で記譜されていた。 コーアトーンの楽器であるトランペットやオルガン(オリジナルのパート譜が残っていないので、確証はないが)は同じハ長調で記譜され、同じ楽器で演奏された。弦楽器の場合は、前者の場合、半音低く調弦された。ちなみに、ケーテン宮廷楽団のピッチは、この低い方のカムマートーンだったようだ。
 このCDには、もう1曲、ヘンデルの「ユトレヒト・テ・デウム」(HWV 278)が収められている。 テ・デウムの名称は、ラテン語の典礼文”Te Deum laudamus”(神よ、私たちはあなたを讃えます)という冒頭の歌詞に基づくもので、政務日課の日曜、祝日の朝課の最後に歌われるものだが、戦勝記念などの祝賀行事でも歌われるものである。ヘンデルの「ユトレヒト・テ・デウム」は、1701年に端を発したスペイン継承戦争が、1713年に締結された「ユトレヒト条約」によって収束し、その結果多くの権益を得ることになって、イギリスが一人勝ちとでも言って良い結果となった。これを祝う式典が、同年7月7日にロンドンのセント・ポール聖堂で行われ、その際この「ユトレヒト・テデウム」と「賛歌(Jubilate)」(HWV 279)が演奏された。しかし「ユトレヒト・テデウム」の自筆総譜には、ヘンデルの自筆で1713年1月13日に完成したという記述があり、この時点では、「ユトレヒト条約」はまだ締結されておらず、ヘンデルが誰の依頼で、何の目的でこの曲を作曲したのか、謎となっている。「賛歌」についても同じで、すでに1713年2月には完成していた。「ユトレヒト・テデウム」は合唱が主体の華やかな作品である。歌詞は、ラテン語典礼文の英語訳である。
 演奏しているのは、ニコラウス・アルノンクール指揮、コンセントゥス・ムジクス・ウィーンである。「マグニフィカート」の合唱はウィーン少年合唱団とコルス・ヴィエネンシス、「ユトレヒト・テデウム」は混声のアーノルト・シェーンベルク合唱団である。ところが、「マグニフィカート」のソプラノ1と2に女性を起用している。バッハの教会での演奏の声楽部に女性を参加させることは考えられないことであったから、せっかくオリジナル楽器編成のオーケストラと少年合唱団を起用しながら、この2人の女性歌手の起用によって、当時の演奏の再現という意図は、全く失われてしまった。バッハのカンタータ全集やマタイ受難曲ほか、多くの宗教声楽曲を、オリジナル編成で演奏してきたアルノンクールが、こういう妥協をしたことは、実に残念なことである。ヘンデルの作品において、女性歌手、混声合唱団の起用は当然のことであったので、このCDでの編成は問題ない。それ故なおさら、「マグニフィカート」の編成は、このCDの価値を著しく下げている。
 なお、このCDは、現在もワーナー・クラシックスのテルデック・レーベルのカタログに載っている。

発売元:TELDEC

ブログランキング・にほんブログ村へ
クラシック音楽鑑賞をテーマとするブログを、ランキング形式で紹介するサイト。
興味ある人はこのアイコンをクリックしてください。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« アンハルト=... パーセルの時... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。