私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




La Dynasitie des Couperin
Adda 581063
演奏:André Isoir (orgue)

クープラン一族は、17世紀から19世紀まで、200年以上にわたってフランス音楽の中心的な音楽家を輩出してきた。特に1653年にルイ・クープランが就任して以来174年にわたって、パリのサン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガニストを歴任してきた。ルイ・クープラン(Louis Couperin, c. 1626 – 1661)は、オルガニストをつとめると同時に、宮廷音楽家としても活動し、パリの代表的音楽家として高く評価されていたが、35歳で死亡した。その作品は生前には出版されることなく、手稿の形で約200曲が残っている。それらの中には20世紀中頃になって発見されたものもある。ルイ・クープランは、フランス・バロックのオルガンおよびクラヴサン音楽の形成に中心的な役割を果たした。特にプレリュード・ノン・ムジュレ(prélude non mesuré)と呼ばれる形式の創始者と考えられている。これは「定量化されていない前奏曲」という意味で、ルイ・クープランは、楽譜を全音符のみで記譜し、小節線もなく、拍子やリズムの解釈は、奏者にゆだねられている。オルガン音楽に於いては、ジャン・ティテルーズ(Jean Titelouze, c. 1562/3 – 1633)に代表される厳格な対位法から、ギョーム=ガブリエル・ニヴェ(Guillaume-Gabriel Nivers, 1632 – 1714)やニコラ・ルベグ(Nicolas Lebègue (Le Bègue), c. 1631 – 1702)に代表される色彩的なコンチェルタント様式への橋渡しをしたとされている。
 フランソア・クープラン(Feançois Couperin, 1668 - 1733)は、クープラン一族の中で特に傑出した者として、「大クープラン(Couperin le Grand)」と呼ばれている。1685年に父のシャルル・クープラン(Charles Couperin, 1638 – 1678)の後を継いで、サン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガニストになった。1693年には、師のトムリンの後を継いで、王宮礼拝堂のオルガニストに就任し、1717年にはルイ14世の王宮楽団の常任楽士に任命された。大クープランのクラヴサンのための作品については、「大クープランの膨大なクラヴサン曲集を、まず撰集で聴く http://blog.goo.ne.jp/ogawa_j/e/aed3e4780e2da6116153e0b030eacbb6 」ですでに述べた。オルガンのための作品は、「2つのミサからなるオルガン曲集(Pièces d'orgue consistantes en deux messes)」のみが残されており、この手稿は1690年頃に作製されたと考えられている。この作品は、ニヴェやルベグあるいはジャック・ヴォイヴァン(Jacques Boyvin, c. 1649 – 1706)など先人達の様式に従っている。フランスの伝統的なオルガンのミサには、装飾記号やオルガンのレギスター、鍵盤の指定がされている様で、このフランソア・クープランのミサにも、そのような詳細な指定が記されている。
 アルマン=ルイ・クープラン(Armand-Louis Couperin, 1727 – 1789)は、1748年に父親のニコラ・クープラン(Nicolas Couperin, 1680 – 1748)の死後サン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガニストに就任した。同時代の証言によると、アルマン=ルイは即興演奏の名手として知られていた。4人の内3人の子供達も音楽家となり、彼らが成長すると、サン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会の任務を彼らに任せ、他の様々な教会のオルガニストになった。それらの内にはサン・バルテルミー教会(1772年まで)、サン・ジャン=アン=グレーヴ、ノートルダム聖堂(1755年から)、サン・シャペル(1760年から)、宮廷礼拝堂(1770年から)などがある。オルガンのための作品は、このCDに収録されている、1775年に作曲された「シャリュモーとファゴットの対話(Dialogue entre le chalumeau et le basson...)」のみが残っている。この作品の様式は、教会と言うよりむしろサロンに向いているように思える。この曲の大きな謎はその音域で、サン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガンの音域を越えているだけでなく、他のアルマン=ルイが演奏したどのオルガンにも適合せず、この曲を演奏することを予定していたと思われる1778年に落成したサン・スルピス教会のオルガンの音域は、1776年までは分からなかったはずである。
 ジェルヴェイ=フランソア・クープラン(Gervais-François Couperin, 1759 – 1826)は、アルマン=ルイ・クープランの息子の一人で、兄のピエール=ルイ・クープラン(Pierre-Louis Couperin, 1755 – 1789)の後任として、そしてクープラン一族の最後のサン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガニストに就任した。さらに1789年から1793年まで、ノートルダム聖堂のオルガニストも勤めた。ジェルヴェイ=フランソアの活動していた時期は、フランス革命、ナポレオンの皇帝就任、王政復古など、フランス国家の大乱の時代で、その時々の権力者の求めに応じて曲を提供し、演奏をしていた。今回紹介するCDで演奏されている「ルイ18世あるいはフランスへの幸福の回帰(Louis XVIII ou le Retour du bonheur en France)」は、ジェルヴェイ=フランソアが1814年にブルボン家のルイ18世の即位による王政復古に際して作曲したものである。
 今回紹介するCDは、上に述べたサン・ジェルヴェイ=サン・プロテ教会のオルガニストを代々勤めたクープラン一族の内の4人の作品を収録したADDA盤である。収録されているのは、ルイ・クープランのシャコンヌ、デュオとファンタジー4曲、フランソア・クープランの「修道院のためのミサ」からの「キュリエ」、「グローリア」、「聖体拝領」、「サンクトゥス」、「聖体奉挙」、「アニュス・デイ」、「グラティアス」、アルマン=ルイ・クープランの上述の「シャリュモーとファゴットの対話」および ジェルヴェイ=フランソア・クープランの「ルイ18世あるいはフランスへの幸福の回帰」である。
 演奏をしているアンドレ・イゾアールは、1935年生まれのフランスのオルガニストで、永年にわたって教会のオルガニストを勤め、様々な音楽院でオルガンを推してていると同時に、演奏会、レコード・CDの録音を行ってきた。およそ60のレコード・CDの録音があるが、中でもカリオペ・レーベルでのバッハのオルガン作品全集が特によく知られている。
 イゾアールが演奏しているのは、フランス、エーヌ県のティエラーシュにあるサン・ミシェル大聖堂の、1714年にジャン・ボアザールによって建造された4段鍵盤とペダル、31のレギスターを有するオルガンである。4段鍵盤の第1鍵盤(Positif)とポジティフ鍵盤(Grand Orgue)は48鍵、第3鍵盤(Récit)は25鍵、第4鍵盤(Echo)は30鍵、「フランス風」ペダル(Pédalier à la française)は24鍵である。 1855年に大幅な改修が行われたが、1980年から元の状態への復元が行われた。ピッチも1714年当時と同一で、現在の標準より全音低く(a’ ≒ 393 Hz)、調律はフランドルのオルガニスト、ランベール・ショーモン(Lambert Chaumont, 1630/1635 – 1712)が提唱した、中全音律の修正型が採用され、FからGisまでの9つの5度を1/4シントニックコンマ狭く、Es - B、B - Fの5度を純正、その差をGis - Esで拡げ、6つの純正3度と、2つのウルフ5度を有している。この楽器は、典型的な盛期バロックのフランス世俗教会のオルガンで、フランスのオルガン独特の響きは、閉管(Bourdon)を主体とした管構成や、クルムホルン(Cromorne)、トランペット、コルネットなどのリードパイプによって作り出される。このCDの第1曲目、ルイ・クープランの「シャコンヌト短調(Chaconne en sol mineur)」の冒頭から、その独特の響きを聴くことができる。上述のアルマン=ルイ・クープランの曲の音域に適合させるため、イゾアールは、ト長調からニ長調に移調し、ジェルヴェイ=フランソアの曲も、ニ長調からハ長調に移調して演奏している。
 この様に16世紀中頃から19世紀初めに至るフランスのオルガン音楽をクープラン一族の作品で聴くことのできる貴重なCDであるが、ADDAレーベルについてはウェブサイトもなく、情報がほとんど無い。推察するところ、レコード、CDの配給会社のようで、今回紹介するCDも、1987年4月にラジオ・フランスが録音した音源によっており、他にもヤープ・シュレーダーの演奏によるバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのスミソニアン協会の録音によるCDもある。他にも古楽を中心にかなりのCDが発売されているようだが、このCDは現在主なネット上のCDショップには見当たらない。

発売元:ADDA

注)ここで取り上げたクープラン一族4人の経歴等と作品については、CD添付の小冊子に掲載されているジャン・ミシェル・ヴェルネイジュによる解説と、ウィキペディア英語版の”Couperin”、”Louis Couperin”、”François Couperin”、”Armand-Louis Couperin”、フランス版の”Gervais-François Couperin”、を参考にした。

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