私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Adam Reincken: Hortus musicus and Works for Harpsichord
Chandos Chaconne CAN 0664
演奏:The Purcell Quartet

ヤン(ヨハン)・アダム・ラインケン(Jan Adam Reincken)は、1643年にオランダのデフェンターで生まれたと考えられている。かつてはヨハン・マッテゾンの1623年ドイツのヴィルデスハウゼン生まれという記述が信じられてきたが、最近上記の1643年のデフェンターの教会の記録が発見された事により、改められた。幼少時代の記録はなく、おそらく郷里でオルガン演奏の基礎を学んだ後、1654年にハンブルクの聖カタリナ教会のオルガニスト、ハインリヒ・シャイデマンの弟子となった。1657年に一時郷里デフェンターの市教会のオルガニストに採用されたが、翌年にはハンブルクに戻り、シャイデマンの助手となり、シャイデマンの死後1663年にその後任となり、1722年に死亡するまで、59年間その地位にあった。ラインケンは北ドイツの代表的なオルガニストの一人に数えられ、その華麗な即興演奏で有名であったが、現存するオルガン曲は非常に少ない。オルガンのためのコラール(コラール幻想曲)は2曲しか残っていない。その内の1曲、「バビロン河のほとりで(Am Wasserflüssen Babylon)」は、バッハが1700年に聖ミヒャエル学校付属の朝課合唱隊に加わるためにリューネブルクに来ると同時に、聖ヨハネ教会のオルガニストであった、チューリンゲン出身のゲオルク・ベームの教えを受けることになり、その直後に彼の許で写譜を作製した作品である。それから20年後、ハンブルクの聖ヤコビ教会のオルガニスト募集に応募したバッハは、聖カタリナ教会のオルガンでこのコラール「バビロン河のほとりで」による変奏を披露し、これを聴いた77歳のラインケンは、「このような芸術はすでに死に絶えたものと思っていたが、まだあなたの中に生きていることを知った」と述べたと「死者略伝」に記されている*。
 ラインケンの現存する唯一の室内楽作品は、1687年にハンブルクで出版された”Hortus musicus”と題された6曲のパルティータである。ヴァイオリン2、ヴィオラ・ダ・ガムバと通奏低音という編成で、緩・急・緩・急の4部からなるソナタと、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジークなどの舞曲から構成されている。このような形式の作品は、前に紹介したブクステフーデのソナタと同じである。各楽章には1から30までの一連の番号が付されていて、「ソナタ1(Sonata 1ma)」は、アダージョ、フーガ、アダージョ:プレストからなり、それに続いて同じ調性のアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグが続く、いわゆる「教会ソナタ」とそれを前奏曲とした「室内ソナタ」を合体させたような構成である。これに続く単位は、第6から第10番、その次は第11番からというようになっている。バッハはこのラインケンのソナタ集から、第1番から第5番までと、第11番のソナタとそれに続く第12番アルマンドを鍵盤楽器のために編曲し、さらに第6番のソナタからのアレグロ:フーガの主題によるフーガを作曲した。これらの作品は自筆譜が無く、第6番に基づくフーガ以外の2曲のソナタの最も古い手稿は、ヨハン・ゴットフリート・ヴァルターによる筆写譜で、その筆跡から、1717年以前、おそらく1714年から1717年の間に作製されたものと思われる。しかしこれは、バッハの編曲が、それ以前に成立したことを示すにすぎない。第6番のソナタに基づくフーガ変ロ長調(BWV 954)は、ヨハン・ペーター・ケルナーの遺産に由来する手稿に、不明の筆者によって記入されたものが唯一の原典で、この筆写譜は1730年代に作製されたと考えられている**。
 ここで紹介するCDで演奏しているパーセル・クァルテットは、1983年に結成されたバロック時代の音楽をレパートリーとする楽団である。以前はヒュペリオン・レーベルに録音していたが、その後シャンドス・レーベルにパーセル、コレッリ、ヴィヴァルディ、バッハの作品等を録音している。なおこのCDでは、6曲のパルティータの内第1番のみが省略なしの全曲で、第4番ではソナタを除外、他の4曲では、ソナタの一部を省略している。ソナタが何れも類型的で冗長であるという判断なのだろうか? それに対し、チェンバロ独奏による「バレー:種々のパルティータ」ホ短調、トッカータト長調、組曲ト長調が加えられている。2つのヴァイオリンとバス・ヴィオールは、17世紀から18世紀のオリジナル楽器で、チェンバロは、ブルース・ケネディによる1764年ミヒャエル・ミートケ作の2段鍵盤のチェンバロの複製である。ピッチはa’ = 415 Hz、チェンバロの調律はケルナーの音律によっている。
 録音は、1999年12月にオクスフォードの聖バーソロミュー教会で行われた。このCDは、現在も販売されている。

発売元:Chandos

* 1754年のミーツラーの「音楽文庫(Musikalische Bibliothek)」に掲載された、会員の追悼文の一つで、生涯と作品に関する部分は、バッハの次男、カール・フリップ・エマーヌエル・バッハとヨハン・フリートリヒ・アグリコーラによって書かれたもので、バッハの生涯に関する最も重要な資料の一つである。新バッハ全集の別巻として刊行された「バッハ資料集」の第3巻に666番の資料として掲載されている。

** このバッハの作品については、「私的CD評」の「 バッハによるラインケンの『ホルトゥス・ムジクス』の編曲を聴く」を参照。

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
偶然にも・・・ (くらんべりぃ)
2008-05-24 13:51:32
今日のバッハのブログで、「BWV 954」を取り上げたところだったので、記事を読ませて頂いてびっくりしました。慌てて追記でリンクを貼らせて頂きました。

先日ご紹介していただいたCDで、注文していたのが先日届いて愛聴しています。

記事でご指摘のように、曲の一部を省略しているのが不思議です。ブックレットを読んでも理由らしきものが書かれていませんしね
 
 
 
不可解な省略 (ogawa_j)
2008-05-24 17:52:59
チェンバロ独奏の曲を3曲も加えているのですから、演奏時間が長すぎたわけではないようですし不思議ですね。せっかくHortus MusicusをCD化するのですから、全曲を入れた方が良さそうな気がします。パーセル・クァルテットの考え方によるのでしょうが・・・。
 
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